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大分から、こんばんは。今日は大寒、一日中雨、大降りはしませんでしたが。*********1月17日(水)、国東の西光寺さんへ。臨済宗妙心寺派のお寺さんです。鐘楼傍の南天がきれいでした。本堂です。極めて珍しい国東塔と、後方高台には天満宮の拝殿。塔身には四体のお地蔵さまが刻まれています。説明板です、ご興味があればお読みください。←適当ですみません。^^;1月17日は、義父の25回忌法要でした。次は8年後33回忌法要、私は80歳になります。そして今年9月は、
不動山下山後、富貴寺に立ち寄りました。ちょうど紅葉が最盛期を迎えていました。富貴寺境内には、宝塔の一種である国東塔、板碑、笠塔婆などの石造物が多く残っています。(現地解説板より)富貴寺境内(国指定史跡)指定年月日平成25年10月17日指定面積17834.9㎡指定基準(3)社寺の跡又は旧境内その他祭祀信仰に関する遺跡富貴寺境内は、平安時代後期に創建されたと考えられる寺院境内で、のちに国東半島に所在する天台宗寺院の集合体である「六郷満山」の一つとなった。
文殊仙寺の次は、岩戸寺(いわとじ)拝観料が不必要なしっとりとしたお寺石立山岩戸寺-国東市観光協会宇佐神宮六郷満山霊場第18番札所【宗派】天台宗【ご本尊】薬師如来【拝観料】参拝の際はお心付けを参道にた…"石立山岩戸寺"の続きを読むvisit-kunisaki.com午後4時を回っていたので、まったく人に出会うことはなかった妻みおが大好きな仁王様がお出迎え紅葉がきれいです最古の国東塔(くにさきとう)で重要文化財!後ろは講堂面白いの
宝塔五輪塔国東特有の塔という意識が薄れます国東に行くとあちこちに見かけることがあるのでよくわかりませんが他所にはないのかな石に意味があるのですが…大堂左奥から境内の方を裏に廻ります階段と軒が増設されたんでしょうかここから中に入るようになってますパネル展示がありました天気が良くて湿度が低いと拝観できます写真撮影は禁止ですこれが説
百寺巡礼日本三阿弥陀堂蓮華山富貴寺大分県豊後高田市、みほとけの里国東養老二年(718年)仁聞菩薩の開基富貴寺参道石幢(せきどう)石造仁王像江戸中期の作参道石段の脇にあったものを仁王門に収められています。仁王門額国宝富貴寺大堂(阿弥陀堂)平安時代後期の建立日本三阿弥陀堂の一つ宇治の平等院鳳凰堂平泉の中尊寺金色堂国東の富貴寺阿弥陀堂九州最古の和様建築物ご本尊は現世安穏のご利益、そして極楽へ導いて頂け
今日はよく歩きました。今日は“やばはく”のトレッキングツアーです。“文人墨客も歩いた古道を越え、縄文遺跡・枌洞窟などを巡る”という事で、羅漢寺川が流れる谷から屋形川の流れる谷へ羅漢寺峠を越えるという結構ハードなトレッキングツアーでした。(山登りというよりも、昔の人になりきり峠を越えるという感じです。)集合場所の古羅漢駐車場へ到着しました。駐車場から見た古羅漢今日は望遠レンズを持ってきたので拡大して撮影してみました。年末
さて昨日のブログでの宇佐八幡宮から次に行ったのが、国東半島の中にある六郷満山の中の1つ富貴寺・・・・ここは宇佐宮大宮司の祈願寺として、12世紀後半に建てられたものでした。宇佐宮とは、宇佐八幡宮こと「宇佐神宮」の事ね。バスの中でガイドさんが、不穏な事を口にした。「もしかしたら扉が開いていないかもしれない・・・・」つまりそのぉーー、この日は朝から小雨が降り時より濡れるくらいの雨も降っていた。国東半島は暑さ寒さがはっきりしていて、冬はめちゃ寒いし
ふ両子寺講堂へ向かいます🚶鬼橋(両子寺の七不思議のひとつ)昔千徳坊という大力僧が一枚の大石を引き下ろしてかけたと…。一枚岩の一本橋大きさが写真ではわからなくて残念…再建された大講堂には、撮影禁止なので阿弥陀如来は、拝顔するだけパンフレットより…木造阿弥陀如来坐像檜材寄木造り内くり上漆箔仕上げ玉眼篏入。羅髪彫りだし(粒状)。84.8米鎌倉時代末期慶応二年(1866年)江戸最後の年号だ‼️やはりさすって…とあるなぁ(笑)左奥のが、松平杵築藩主側室の墓その隣の
【蓮華山富貴寺(ふきじ)】天台宗国宝『富貴寺大堂』養老2年(718)仁聞(にんもん)菩薩の開基と伝わります。『寺号碑』『富貴寺入口』『仁王門(山門)』『仁王像』『参道』国宝『富貴寺大堂』伺った際は、阿弥陀三尊像が御開帳の期間でした大堂では、「板絵著色阿弥陀浄土図」「板絵著色阿弥陀如来並坐像」「板絵著色四仏浄土図」の壁画も拝見出来ました。『奥の院薬師岩屋』「大
212号線を中津方面に進んで行くと3月に開通したばかりの耶馬溪道路があったので通ってみました国道500号線に突き当たり左折して進んでいると右手に古羅漢が見えて来ました駐車場に車を停め古羅漢探勝道を上ります石段が急鎖場はちょっと怖いで下りて来ました
真玉八幡神社大分県豊後高田市西真玉3332御祭神:足仲彦尊(仲哀天皇)誉田別尊(應神天皇)息長足姫命(神功皇后)元正天皇の養老年中の創建一の鳥居鳥居扁額伊美別宮でも同じように灯籠を頭に乗せた狛さんでしたね。狛犬文久2年(1862)随神門(南門)寛政九年(1669)造営天井絵色鮮やか随神様手水拝殿拝殿彫刻と扁額拝殿内扁額幣殿と本殿本殿神馬境内社錦山社㊨に粗削りな狛犬1体だけ灯籠を
六郷満山寺院に伝わる仏教行事「修正鬼会」は、約1200年前からの歴史ある国重要無形民俗文化財です寺名;石立山岩戸寺宗派;天台宗御本尊;薬師如来所在地;大分県国東市国東町岩戸寺1232TEL;0978-77-0537養老2年(718年)仁聞菩薩が開いた六郷寺院の一つここには、重要文化財国東塔や無形文化財修正鬼会(しゅじょうおにえ)が開催される寺院です特徴は、縦に連なる伽藍配置をもっている事であります山門前山門と本堂堂内鐘楼
神仏習合発祥の地国東半島では全国八幡社総本宮の「宇佐神宮八幡大神」と宇佐八幡神の化身である「仁聞大菩薩」に依り山岳宗教「六郷満山」を開山され盛時には65の寺院があったとされてますが平成30年には1300年の節目を迎え宇佐神宮と30の霊場で記念事業の計画がされていますのでその折は紅葉の見頃に温泉を満喫しながらの気ままな旅も一興ですね。寺名;足曳山両子寺(ふたごじ)宗派;天台宗御本尊;無風帯不動所在地;大分県国東市両子1548TEL;0
杵築城大分県杵築市杵築16-19:30~17:00(入場は16:30まで)一般400円/小・中学生200円1394年の築城。築城当時“木付”と命名されながら、幕府朱印状に誤って“杵築”と記されて以来「杵築」に。また島津の猛攻撃に2か月も耐えたことから別名「勝山城」とも呼ばれている。城主も前田、杉原、細川氏と入れ替わり、小笠原氏、そして松平氏を最後に江戸の時代も終わりを告げ、杵築城は新たな城主を迎えることなく今に続く。下の石には「木付」と彫ってありますね~一松
おはようございます。今朝は、いいお天気の大分です。*******さて先日の国東方面紅葉偵察。七巻神社を後に帰路に就きました。半島横断道他を経て、杵築市山香町に出ました。ついでに山香町山浦に立ち寄ります。周りを田圃に囲まれて、こんもり茂る場所があります。金亀山泉福寺(廃寺)跡です。立て看板(案内板)が見えますね。^^泉福寺石風呂です。詳細は、案内板をお読みください。←適当ですみません。^^;↓↓↓お読みいただけたら、チョッと覗いてみましょう。メタボ
おはようございます。朝から雨になった大分、外は肌寒いです。前記事の椿八幡神社を後に照恩寺へ。説明は、案内板に丸投げします。^^;国指定重要文化財照恩寺宝塔(国東塔)。国東塔は、国東半島だけで見られる様式の石塔です。椿八幡神社のすぐ近く、浄土真宗本願寺派のお寺です。門前の小川、蛍が飛び交いそうです。
おはようございます。昨日と打って変わり曇り空の大分です。さて昨日。神さん実家の仏壇閉眼供養の相談に行ってきました。お寺さんには、国東でも珍しい国東塔があります。詳細は、説明版をお読みください。塔身に彫られたお地蔵さまが見え難いですね。これならどうでしょうか?。国東半島だけにしか無い国東塔。塔身にお地蔵さまが彫られたのは珍しいそうです。行きに見かけたきれいな花。なんという花なのでしょうか?。水仙も種類が多いですね。春ですねぇ。相談を終えて帰り
古羅漢前回の蔵神社へ行ったのち、大分県中津市にある古羅漢(ふるらかん)へ行きました。古羅漢は羅漢寺(らかんじ)前に屏風を拡げたような岩山で、高さは100m程。その独特なフォルムから「陸の軍艦島」とも呼ばれる、耶馬溪(やばけい)のパワースポットです。山上に羅漢様が並んでいる様相から古羅漢と名前がついたそうで、ここ古羅漢に付近の石仏が一夜のうちに飛び移ったという伝説もあります。古羅漢全景駐車場へ車を停めて、下の写真の所か
大分県豊後高田市の真木大堂に行って来ました。こちらの収蔵庫には丈六の阿弥陀如来を初め日本最大級の大威徳明王や不動明王など大降りな佛像が収蔵されています。どれも平安時代の木造佛です。本堂真木大堂には、周辺地域より収められた石造物が野外資料館の様に散策することができます。庚申塔石塔石幢五輪塔宝篋院塔石祠燈明石六十六部廻国供養塔国東塔境内で出迎えてくれた猫。真木大堂でいただいた不動朱印。
くのうらS60(1985).04.01〜国東塔、岩戸寺の講堂、来浦富士
くにさきH06(1994).07.03〜岩戸寺国東塔、九重塔、畳表
むさしS35(1960).12.15〜重文・照恩寺国東塔、吉弘楽の楽人、大杉
目的地は大分県臼杵市なのですが色々見て回りたいモノがあり敢えて熊本空港から入りました。そしてレンタカーして臼杵へGO‼️まず第1寄り道はこちら七ツ森古墳群です。ご覧の通りちょうど彼岸花の咲く季節に来られたので最高でした。一瞬あの世へ来ちゃったかな?と思うほどでしたよ。お次は普光寺磨崖仏。磨崖仏とはこういった崖地などに彫刻さした仏様を言います。因みに移動できる仏様は石仏と呼ぶそうです。スゴイですよねー800年前に造られたって書いてあるのに綺麗に残ってました。ランチも楽
石立山岩戸寺(大分県国東市)『いしたてさんいわとじ』と読む境内近くの駐車場🅿に行くには、ちょっと道路が狭く、離合できないため、離れた駐車場🅿にを停めて、徒歩で向かいました💨大丈夫かなぁと思うほど、荒れた参道や鳥居本堂を右手に見て、さらに参道を進むと荒れ果てた手水舎参道挟んで右手に、国宝岩戸寺国東塔さらに参道を進むと、左腕に講堂さらに、その先にある薬師堂、六所権現etc・・・本堂に向かう参道前駐車場🅿に移動鐘楼堂ここは、宇佐神宮六郷満山霊場第十八番札所御
大分県国東半島の寺院巡り最初は、岩戸寺へ階段登って、国東塔、国東半島で最古とても、穏やかな所でした。
国東市の伊美八幡別宮社。これニの鳥居です。一の鳥居の画像がない…(´・ω・`)そして神社の池にしょんべん小僧とはこれいかに三の鳥居前にまたまた頭に灯籠を乗せた狛犬さん。大分県以外にもいるのだろうか?マンガにでてきそうな顔してます。皇紀2600年(1940年・昭和15年)製ざんす。すごい良い笑顔だ!ほのぼのしますね♪でも見ていると私のほうが肩凝りしそう-w扁額は「八幡社」随神門に神馬がいました。青いほう佐々木蔵之介か大泉洋に似てるね(^m^)拝殿と本殿本殿両脇に境内社
大分県の国東半島の地質は、第四紀(170万年前以降)の150~110万年前に活動した両子火山群によって、花崗岩類の基盤の上に鮮新世(約500~170万年前)の火山砕屑岩類と第四紀の両子火山噴出物が覆っています。両子火山群は、第四紀でも古い時代に属するため、山体の侵食が進み、放射状に谷筋が広がり、六郷(来縄、田染、伊美、国東、武蔵、安岐)と呼ばれました。一方で浸食されなかった部分は屏風のような岩尾根に姿を変えました。そして、所々に凝灰角礫岩等から成る岩峰が屹立する形で残
9月27日、6日目、岩戸寺へ。岩戸寺(いわとじ)にある、最大の国東塔(くにさきとう)。国東塔は、国東半島で発達した宝塔の一種です。よく見かける五輪唐や宝篋印塔とはすこし違うのがおわかりいただけますでしょうか。ディテールの細かさなど、岩戸寺国東塔は、本当にすばらしかったです20130927岩戸寺Android携帯からの投稿(CanonEOS6D+EF24-70/4LISUSM)大分県の歴史散歩(歴史散歩)[大分県高等学校教育研究会]楽天市場