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奥の防波堤の右手にはどうやら四阪島らしい以前は煙突がそびえ立ち遠目にも確認できたけど、今はぼんやり知人が四阪島へのエアコン設置業務で四阪島へ渡った通常の新居浜発は人のみの輸送なので、車2台の知人は、今治から乗り込んだ降りる時は、船のエンジン吹かしつつタラップを掛けて無理やり下車定期便ではあるが、住友関係者しか搭乗出来ないいつか訪れてみたい島続く
企業は、持続可能な社会の実現のために活動をしていることになっています。建前上は。中国からレアアースが来ないという問題に。来なけりゃ来ないでいいではないか。モノが作れなくなっても、昔は必要なかったのだから。ちょっと強引だけど。それよりも、都市鉱山を活用していけば良いのではと。例えば、中国製電気自動車。EVカーを。これから大量に破棄が始まるだろうから、回収するというの有りなのでは。さて、中国のレアアースの現場って、どうなっているのか、凄く気になった。何していたか、ばれるのが怖い
今日はお昼ごはんを食べに出かけた。昨年末にオープンしてまだ行けてなかった焼肉きんぐ新居浜店へ他店舗は何度も行ったことあるけど新居浜店は初めて。接客がとても気持ちいいし店員さんが素晴らしかったです。どの店舗もですが焼肉きんぐさんはメニューが充実していて食事に満足感もある。新居浜店は家からいちばん近い店舗だしリピート確定です!さて、ちょいと食べすぎたので少し動こう。家族が買い物に行っている間に僕は日暮別邸記念館までお散歩することにした。写真の真ん中の下あたりに見える洋館みたいな建物が
最近、天気荒れていますね。まだまだ寒いです。今日は、当社のサービスカーが、四阪島への搬入のお話です。車はまだまだ元気です。精錬所さんで使うとの事ですので、今治港まで運んで来ました。今治港、すごくきれいでした。今治、人気あるんですね。四阪島精錬所すごく歴史がある会社みたいです。前は新居浜からフェリー出てたみたいですが、最近は今治からだけみたいです。無事フェリーに積み込み出来ました。今後とも、よろしくお願いいたします。有限会社シンコーオート商会
日暮別邸に続くカラミ煉瓦の石段です。2011/12/22の日付が読み取れます。1977年4月には住民は殆ど撤退している下記3枚は「別子銅山産業遺産の残存状況について」吉村久美子著より石やセメントで造る所をカラミ煉瓦で造っている。下記3枚は絵ハガキより別子山の山奥で育った私は島には縁がないので詳しい事は分かりません充分な説明が出来なくてごめんなさい。
『坂の上の雲』のまち松山社長日記ブログより看板の下にカラミ煉瓦が写っています。カラミ煉瓦の故郷は「上陸禁止」です。住友金属鉱山総務課でそれとなく聞いてみたのですが「別の会社なので・・・」との事(株)四阪製錬所住友金属鉱山株式会社の子会社です。2010年10月1日に、住友金属鉱山の四阪工場が分社化され、新たに設立されました。事業内容粗酸化亜鉛の製造調べてみると四阪島に渡る船も別会社のようです。社名住鉱物流株式会社
日暮別邸から約150mほどの山の頂上に丸いカラミ煉瓦の構造物がある。四阪島のシンボルだった、大煙突が解体された。底部内径(9.7m)をカラミ煉瓦で再現したものだ。高さは64mもあったと言うから産業遺産になっていたのだがおしい事をしたと思っている人が多いはずだ。せめてここで思いを巡らせてみよう。この展望台に立つと新居浜を360度見渡せ、海上を見れば四阪島山の方には別子銅山のあった銅山峰も望むことができる。円形の周囲には普通のサイズのカラミ煉瓦が敷
二宮金次郎像の台座にも使われています。さすがにこれは盛りすぎでは?四阪島にあった時はセメントの台座の上に建っていた。高さはこのぐらいだろうか案内板があります詳しい説明はこちらで。二宮金次郎像は、家庭の手助けと学習の両立を奨励する象徴として、昭和初期に全国の多くの小学校に建立された。本像は、島民の寄贈により昭和12年頃美濃島頂上付近の小学校正門横に建てられたものである。その後、昭和52年に新居浜からの通勤に切り替わり、76年間で5,000名余り
ここまでやるか!!と言うような使われ方です。本当にこんな使われ方をしたのだろうか?見つけました。「別子銅山産業遺産の残存状況について」吉村久美子著42ページの写真です。本当だったんだ疑ってゴメンナサイこのカラミ煉瓦の向こうに御代島がある木の影になって見えないが右のほうに僅かに見えている。その先ここから18.5kmの所に四阪島がある。残念ながら四阪島は御代島の向こうなので隠れて見えない。銅山峰から見ると日暮別邸・御代島・四阪島がほぼ一直線上にある
駐車場から坂道を登って行くと日暮別邸を仰ぎ見るように聳えるように見えます。明治時代の建築物風格があります。その外壁にカラミ煉瓦が使われています。素人には信じられない建築あの重たいカラミ煉瓦が壁に張り付いています。どうなっているのか気になりますね。調べてみました。「日暮別邸移築・復元工事の軌跡」という小冊子が発行されています12ページに「地階部の再現には、四阪島で取解きしたカラミ煉瓦を石材加工場で厚さ45mmに加工し、擁壁に張り付
日暮別邸の駐車場?わかんないでしょね!前田郵便局の真ん前です。それでも?・?50台以上駐車でき、観光バスのスペースもあります。入口の門柱?がカラミ煉瓦でできています。数えてみると30個かな近くで見ると模様が全て違います。製造工程によって違うのかな?後ろの花壇(ソテツが植えてある花壇)もカラミ煉瓦です。この駐車場の奥の方に日暮別邸に行く道路が付いています。一口メモわたしは分かりやすく「カラミ煉瓦」と書いていますが、一般的には
日暮別邸は四阪島にあった。朽ちるには忍びないのでこの高台に移築した。(これわたしの創造)四阪島から別邸だけでなく大量のカラミ煉瓦も運んできました。じっくりとご案内します。建物・展示物については全く書きません。ここは入場無料です。分かりやすく案内をしてくれます。ぜひ訪問してください。カラミとはなにか?についてもちょっと小難しい話も織り交ぜながらお付き合いのほどを...
この秋からテレビドラマで取り上げられたので、元々有名な島だったのに更に有名になってしまった感のある「端島」その愛称である「軍艦島」の方が知られているものの、私は大人になるまで「軍艦島」は広島県豊田郡大崎上島町にある「契島」だと思っていた。「契島」は今でも現役稼働している島全体が鉛工場になっており、鉛の生産が日本一とも言われている。夜になると工場の明かりが本州側から今でもはっきり見えるので、現役の軍艦の様相だ。この島が「端島」と違うのは、比較的本州に近くて穏やかな海域にある島なので、島に社
昨日釣りに行きました。ご近所さんに誘ってもらい釣りに行ってきました。予報では曇りでしたが晴れてました…波も風もほとんどなく、とにかく暑かったです。見積もりが甘く持って行った飲み物を飲み干してしまい保冷用に持って行っていた空きペットボトルで作った氷の水を飲みました水道水を凍らせていたのですがキンキンに冷えた水だったのでうまかったですいつもは氷は買っていくのですがこれからは夏はペットボトルを凍らせて持っていっておこうと思いました釣果はアジが釣れました群れにあた
昨日釣りに行きました。ご近所さんに誘われてレンタルボートでキス釣りに行ってきました。先日はあまりキスが釣れなかったのでキス釣りメインで行ってきました。キス釣りをしていたのですがキスの仕掛けでアジが釣れました。底に落ちる前に釣れたり仕掛けを回収中に釣れたりアジはたくさんいるようです。キス以外も釣れたのでいいおかずになりました。n男
昨日久しぶりにレンタルボートでキス釣りに行きました気が付けば運転するのは1年ぶりでした先日連れて行ってもらった時には近場で釣ったので少し遠くへ行きました。キスはいつでも釣れるのでまずはサビキで何か狙ってみようと始めたらアジが釣れたのでアジを狙ってぐるぐるしました。アジは、「釣れなくは無い…」程度だったのでやめ時が難しくてズルズルとアジ釣りを続けてしまいキス釣りに行ったのにキス釣りの時間があまりとれませんでした。キスは思ったほど良くなくて結局近場まで戻ってきて
ランチのあとは・・・新居浜市まで足を延ばしてマイントピア別子へ新緑がええよぉ~~ここへ行きたかったんです旧端出場水力発電所煉瓦造りがええ雰囲気出しとるじゃろ~~これが一番の見所今後訪れる方の為にあえて説明はしませんが見学の価値はありますよ!本日も皆様にとって穏やかな一日になりますように・・・2024.4.
「四阪島」恥ずかしながら、どう読むのかも知らなかった。「しさかじま」、愛媛県新居浜市の沖合約20Kmの瀬戸内海に浮かぶ人口ゼロ、無人の島だ。江戸時代(1961)に四国・新居浜で開坑した別子銅山。明治時代に入って、精錬による煙害が大きな社会問題となり、その解決策として住友が沖合の無人島を買い取って開拓したのが四阪島だ。銅の精錬工場(1905年操業)と共に、従業員の社宅や子どもたちが通う私立小学校(1901年開校)、病院、社交の場、娯楽の場、郵便局、商店街などが造られた。最盛期
四阪島にあった日暮邸を移築30ヶ月かけて住友の迎賓館であった建物館内の展示ではその模様のビデオが崩れた石垣の修復現場でも石、一つ一つに番号を降る膨大な作業そこかしこに根気と匠の技を感じる結構な坂道を登る車椅子用に車で乗り付けてエレベーターを利用する方法もある写真奥にはイオンモール坂道の左側には住友の庭園が臨める写真奥の赤白の煙突の後ろに御代島島との間を埋め立てて工業団地が広いわけだこちらは、カラミ煉瓦そこかしこに使われている中々趣がある似たようなものを見たこと
久々の投稿になります。前々からタチウオが狙いたいその思いでいましたが、情報が非常に厳しい状況でした。今日は、4人で四阪島へタチウオ狙いでと収集しましたが、状況が悪いからイカ狙いに急遽変更になりました。メンバーは、四阪島でアオリが釣れるから行こう。近場では釣れる気がしないと😥近場の調査も兼ねてしたかったのですが、結局向かいました。釣果的には、劇的な釣行とは言い切れませんが、家族で食べるだけの数は釣れました。ポイント的には、水道周り、岸よりで狙いによりサイズのよい物が釣れました。
昨日釣りに行きましたご近所さんにボートをお借りして行ってきました。今回はアジを釣るぞと意気揚々と早朝出発したのですが借りた船の魚探が古くて使い方がわからず(魚探のせいにしたらダメですが)現在地もわかりづらし水中の反応も微妙でウロウロしていたのですが魚の反応を見つけられず波と風が少しだけあったので早々に同行者が船酔いでグロッキーです。体調が戻るまで波が少ないポイントでキス釣りをしました。キスは一時期より型も小さく数も少ない感じでした。昼前に同行者の体調がだいぶ落ち着いたような
昨日レンタルボートで釣りに行きました。大潮だったので今度こそアジやサバが釣れるかと意気込んで行きましたが結果いつものほぼキスのみでした。初めはアジやサバを狙ってやっていたのですが魚探にも竿にも反応が無いので嫌になりキス釣りに移行しました。キスはまあまあ反応も良くコンスタントに釣れたので晩御飯のおかずが出来たということで欲が出てまたアジやサバを狙いに行ったのですがやっぱり反応は無く残念な感じです。帰るころになると周りでナブラが湧き出し一生懸命追いかけて行ったのですがサ
こんにちは(≧∀≦ゞお立ち寄り頂きましてありがとうございます旧石鎚村の諏訪神社を後にして石鎚成就スキー場へ向かっております前回の「旧石鎚村(千足山村)土居地区の諏訪神社へ」から続きます『旧石鎚村(千足山村)土居地区の諏訪神社へ』令和4年1月30日(日)16日に続いての2度目の石鎚スキー場・・・を訪れる前に、またもや寄り道ですw『石鎚村立石鎚小学校・中学校跡へ』こんにちは…ameblo.jp゚・:,。゚・:,。★゚・:,。゚・:,。☆゚・:
おはようございます先日の事休暇村ランチに行ったの🎵この日は東京では雪だったんですが小春日和の穏やかな瀬戸内でしたここは「休暇村瀬戸内東予」一番近くに見えるのは平市島と小平市島そ右向こうに四阪島平市島の左側は比岐島、小比岐島その向こうは梶島この日は、そのまた向こうの島まで見えた。三階のレストラン穏やかな海を眺めながら待つ食事ね夫の煮魚定食🐟手前は私の「しらす丼定食」サラダ、ほうれん草のお浸し、みそ汁ええぇ~しらす丼がしらすが~尖ってるがね~⤴️こんな
本年も昨年同様、宜しくお願い申し上げます。新年早速のお知らせで大変恐縮ですが、今まで新造船として就航以来皆様にご利用いただいておりました高速船「ゆきひめ」が、今年から諸事情によって取り扱いできない事になりました…今までご愛顧くださっておりました皆様には大変ご迷惑をおかけいたしますが、宜しくご理解くださいますようお願い申し上げます。今後もご利用をお考えくださっております皆様へは、現在代替案を検討しております。しかし今のところ今後の運航に関しては全く何も決まっておらず、ご迷惑をおかけ致します
昨日釣りに行きました。ご近所さんと釣りに行ってきました。釣り具屋等の情報で今年はまだ早いのかタチウオはあまり釣れていないとのことでしたので期待せずに行ってきました。写真ではわかりづらいですがあまり釣れていないと言ってもタチウオシーズンなのでソコソコ船がいます。釣ってみるとやっぱり渋く場所移動したり戻ったりで朝から15時くらいまでねばって何とか6匹釣れました。ほとんど指3本くらいのベルトサイズでしたが1匹だけ大きいのが釣れました最後のほうはほとん
今日はお隣の新居浜市に行く用事があって近くまで来たので天気もいいし日暮別邸記念館の展望台へ登ってみることにしました。日暮別邸記念館新居浜の沖合20kmに位置する四阪島の別子銅山の四阪島製錬所あった住友家の別邸ですが100年以上の建物で老朽化が進んできたことからここ星越山に移築されました。遊歩道を歩きます。トカゲさん見えてきました。時間の関係で記念館には入らず展望台へ住友系の会社が並ぶ景色天気は悪くないけど奥に見える四阪島が少し霞んでいる。地元の製紙会社とはまた違った感じ
昨日釣りに行きました。先月行って全然ダメでそれから1ヶ月程行けてなかったのでずっと釣りに行きたくてやっと行けました。事前に釣具屋で情報を聞いてみても今の時期はタチウオだという情報しかもらえずタチウオには潮が悪いけどしょうがなくタチウオ狙いで四阪島に行ってきました。タチウオのポイントに着いたら少し船はいましたがあまり釣れてない様子で私たちもチャレンジしましたが撃沈。アタリも無いし漁師以外の船はどんどんどっか行ってしまうので早々にタチウオはあきらめました。タチウオの
(本日2回目のブログです)小生が島嶼と鉱山の丸一型日付印をまとめたことを知った大先輩から「住友の四阪島と四坂郵便局」という本をいただきました。山崎善啓氏が平成13年に出版された本です。四阪島については、別子銅山近くの精錬所の鉱害回避のために新居浜から約20km離れたこの島に精錬所を置くことで問題解決を図ろうとしましたが、思い通りにいかなかったことを「明治時代の鉱山局」で書きました。そのことや住友専用の精錬のための島に如何に郵便局が開設され、どのような経緯で存続、廃止に至ったかを当時の文
昨日は自宅勤務日だったので、17時以降は津田沼徒然草NEXTの編集に没頭。ブログの更新もすっ飛ばしてしまいました。さて、今日は以前話題にした測候所から鈴木金一郎氏に宛てたエンタの中から、「住友私設新居濱気象観測所」を紹介します。明治時代の伊豫国には「松山一等測候所」が存在していましたが、私立測候所として住友別子鉱業所(当時の名称)による「住友新居浜測候所」及び「別子(べっし)・四阪島(しさかじま)・東平(とうなる)の各観測所」が存在したことが「松山地方気象台のHP」に記載されています