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筧克彦博士(1872ー1961)は東京帝国大学法学部で憲法、法理学(哲学)などを講じた神道思想家です。貞明皇后(大正天皇の后)からの信頼も厚く、何度も御進講を行っています。その際の講義録を纏めた『神ながらの道』は筧博士の主著と言っても良いでしょう。筧博士は、天皇機関説事件で有名な美濃部達吉教授(1873ー1948)と同時代の人物で、憲法学の講義は美濃部教授との「競争講座」として設定され、学生は2人の授業を選ぶことができたそうです。さすがは東京帝国大学法学部、贅沢だなあ😳大学には選択科目という
4月24日東京都内にて日本の心を学ぶ会(渡邊昇代表)故四宮正貴先生追悼集会今回は会員のみのごく少数で開催した小生と四宮先生とは、平成10年頃、元陸軍大佐草地貞吾氏が役員をされ、山崎幸一郎氏が会長をされた「日本民族覚醒の会」会合にてお見知り置き頂いた。その時は挨拶程度であったが、本格的に謦咳に接したのは平成29年頃「日本の心を学ぶ会」に参加してからである。集会当日は小生も登壇し先生を追懐、漢文調の我が文章をお見せした時に「林さんね、美文調も良いけれど、もっと優しい言葉、やまと言葉も入れ
故四宮正貴先生法岳真皇信士一周忌法要に参列致しました。真言宗真光寺ご親族様と、渡邊昇代表以下、日本の心を学ぶ会有志一同の参列となった。私は晩年の四宮先生の慈しみのある謦咳に接しましたが、テレビなどで報じた「怖い」印象は毫もない。敬愛しつつお話をさせていただいた先生でした。「右翼」というよりも、ご親族様ともお話をして、人間としての四宮先生のご遺徳に深く敬意申し上げます。
明治初期、あのおぞましき廃仏毀釈はなぜ起きたのであろうか。四宮正貴氏によると、徳川時代における神社側の仏寺への従属が続いたことへの反発が、維新断行と共に廃仏毀釈運動を展開させたのである。(『政治文化情報』第420号)特に薩摩藩と水戸藩で活発であった。葦津珍彦氏は西郷隆盛は徹底した神仏分離主義者であり、薩摩藩は慶応元年から廃仏に着手、明治4年の宮中神仏分離の建白は西郷の筆跡といわれる。(『国家神道とは何だったのか』)しかし、廃仏毀釈も一過性に終わった。庶民意識は依然として、仏壇の仏さまと
万葉集研究家・民族主義者四宮正貴先生のご逝去を知り泣いた。四宮正貴先生は本当の愛国者だった。皇室への恋闕の心と日本を愛していた。四宮正貴先生のご冥福を心から祈ります。散る桜、残る桜も、散る桜。
四宮正貴先生、ご逝去されました。享年74歳。日本の心を学ぶ会にて、毎月ご教授いただきその謦咳に接し、先生の愛国至誠の情、人間的な温かみに、心より敬慕の念を抱いていた。昨年来、心臓を患い入退院をされていたが、4月3日頃までフェイスブックの投稿があり、普通の生活をされていたようなので、突然の訃報に驚きと悲しみに耐えず、言葉にならない。3日に投稿された先生の最期の歌があまりにも悲しい散り敷ける桜の花びら踏みて行くまた来年も咲くを信じて我もまた来年の春は生きてをらむ桜の花は散りそめにけり母
新型コロナ大流行が収まらない今日である。我国歴史を見ると、同じようなパンデミックに苦難した記録がある。奈良時代、聖武天皇の御代735年に天然痘が流行したという。『續日本紀』に、豆のように盛り上がった瘡、と書かれており痘瘡(天然痘)であるとされる。翌736年には遣新羅使の阿部継麻呂が対馬にて天然痘で死去。一行が帰朝するとウィルスも持ち込まれ、737年天然痘は全国的に大流行。『續日本紀』には「疫瘡大に発る。初め筑紫より来り、夏を経秋に渉りて、公卿以下天下の百姓、相次ぎて没死する事勝(あげ)て計
1月26日東京都内にて日本の心を学ぶ会出席。18時から20時過ぎ迄四宮犬塚両先生の講義を拝聴する。「日本の伝統信仰を考える」四宮先生◯我国は古来より敬神崇祖と自然調和が中心的な信仰であった。◯この信仰の中心となすのが太陽神であり、これは天照大神信仰である。◯奈良時代は仏教の時代と言われるが、聖武天皇は大仏を造る為に、橘諸兄を伊勢神宮へ遣わせた。◯我国は、外来宗教や文化を取り入れるも、これらを伝統信仰すなわち惟神の道で抱え込んだ。◯キリストやユダヤ教は神が人を造る。日本は国土も神も
東京都内にて日本の心を学ぶ会に参加。講師は四宮正貴先生。「続発する自然災害と神の祭祀」平成の御代は、上皇陛下が災害地へ赴かれ激励された。御皇室の自らあらせらる御稜威。国民皆歓呼の声であり、平成の御代代わりに比し、御皇室への批判は殆ど無くなった。誠に有難きこと。自然災害やその他災害は残念ながら、数多あった。雲仙・普賢岳、阪神淡路大震災、地下鉄サリン事件、東日本大震災…。しかし我が国民の、倫理、技術、地域共同体、総じて民度の高さがあった。自然災害に関しては、世界に於ける12パーセントが日
日本の心を学ぶ会報(渡邊昇代表)創刊号令和元年10月25日発行私の寄稿も掲載されたので以下引用したい「当会に参加して学んだこと」林雄毅日本の心を学ぶとは果たして何であろうか。有り体に言えば歴史を信じることである。現在は過去より生まれ刻々と過去となり、未来は現在に孕まれて刻々と現在となる。我々は時間と呼ばれる長い長い川の中に生を受けたのであり、今この空間のみに生きるのではなく、時間すなわち歴史を生きているのである。その歴史を深く信じ、継承していくことが、真に日本の心を学ぶことであろう。
10月27日日本の心を学ぶ会、第百回記念講演および祝賀会に参加。講師四宮正貴先生来賓に魚谷哲央先生田母神俊雄先生瀬戸弘幸先生丸川仁先生弊会渡邊昇の御礼の挨拶私も僭越ながら講師の先生のご紹介をいたしました本日は誠に有難うございます