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療養中にクルマの運転再開から半年以上が過ぎた。状況に変化はあまりない。慣れたといえば慣れてきたのか。でも今だに運転するのは通勤だけだ。独りでの運転は妻の許可が降りないのだ。先日、自分のクルマで自分が運転し、助手席に妻を乗せて走った。その日の事情で夕方から家を出て、自分のクルマに給油する必要があった。妻が、ついでにあっちもこっちも行こうとなり、近場を出ては停め、出ては停めを繰り返した。自分は四分盲とPPPDのめまいの影響で、この駐車する行為が結構な負担になってきたのが判った。駐車
昨年12月に会社から年末調整の用紙を受け取り、会社の指示により期日までに記入して提出した。昨年は1月から入院、手術、療養と7ヶ月間仕事を休ませてもらい、会社には傷病手当金の手続きをしてもらった。おかげで療養期間分の収入は、給与の約3分の2のお金を受け取ることが出来た。当時もここに書き留めたが、3分の2と言っても、そこから会社と折半している社会保険や厚生年金を会社に振り込んだ。そうなると残りは僅かだ。これだけではとても家族を食べさせていけない金額しか残らなかった。正社員のお給料の有り難
先日の日本列島の特に日本海側を襲った大雪。自分の住む地域でも積雪があり、あいにくの朝の通勤となった。積雪の恐れがある予報の時は、前夜から落ち着かない。天気予報は注意して見るようになり、早朝出勤に備えての朝食、昼食の準備と少し慌ただしくなる。こんな時妻は、自分が早朝出勤が出来るよう食事を準備してくれる。朝食は自宅で摂らず、その分早く家を出て雪道でもスムーズに行けるようにする。こんな日は朝食と昼食を持って出かける事になる。そして早く着いた職場で朝食を摂るのが定着している。これらの準備
復職して早いもので、5ヶ月が過ぎた。今回脳神経外科内科のリハビリで、職場に渡す為の診断書を出してもらう事になっている。2ヶ月分の診断書でこの度で3回目だ。2、3回目と遅れ遅れになってきた診断書だが、自分的にはあまり気にしていない。診断書は職場に提出するが、形式的なもので、カタチとして示しているだけに過ぎない。こういった書面は職場に提出したところで、会社の人は全く意に介さないからだ。自分の病気や後遺症について病院から会社への配慮をお願いした内容になっているが、以前と全く何も変わりはない
毎朝、PPPDのめまいを感じながらの通勤だ。クルマの運転で、めまいはさほど気にする事はないが、職場の駐車場に着き、クルマを降りてからの歩きからめまいを意識し始める。めまいを意識しない時はほとんど無い。それでも出来るだけ周りの景色や空を見ながら意識しないように歩いている。職場に着き、タイムカードを押し、いつもの職場の朝が始まる。自分の部署の部屋に入り、蛍光灯のスイッチを入れると数多くある中の1本の蛍光灯が点滅している。蛍光灯が切れかかっているのだ。朝1番に部署の部屋に入る自分が、度々
大寒も過ぎ1月も終わり、お世話をしている菜園を見た。いい意味であまり手を入れず、放ったらかしの菜園だ。容赦無く生えてくる草を敵にせず、肥料と言えば今は米ぬかだけを振り撒いている。おかげで手がかかる部分はあるが、結果、お金はかからないやり方になった。父親が倒れてすぐに自分が菜園を引き継ぎ、今に至る。もう5年半が過ぎた。引き継いだ2年目に今の自然農法を知り、強い興味を抱いた。草を抜かず、生かすやり方。草刈りから解放される、と安易な希望も持ってしまったが、それは違った。春から秋にかけ
年が開けて初めてのめまい外来の診察だ。PPPDと診断されて3回目、2ヶ月振りの診察になる。季節柄か、耳鼻咽喉科の病院の待合は人で溢れている。座れずに立っている人も居る。そのせいもあり、こんな環境ではめまいが酷い。もうクラクラだ。とても立ってはいらない。人は多いが、回転が早く、すぐに席が空いた。妻と一緒に座る事が出来、眉間を押さえながら、うつむく姿勢になる自分。うーん、めまいが辛い。PPD発症から1年が過ぎたというのに、めまいは本当に辛くしんどい。日常の行動も色々な場面でやる
ついに入院、手術から丸1年が過ぎた。とてつもなく早い、あっという間の1年だった。振り返り、思い出さずにはいられない。自分の運命が変わった時だ。妻や次男にも言ってしまう。1年前の今日、入院したんだよ。1年前の今日、手術前日だったんだよ。1年前の今日、手術したんだよ。毎日のように言うもんだからウザがれた。仕事中、心の中で思う。今頃手術直前だ。今、まさに今手術室に入った。手術台に横になってペタペタとシートを身体中に貼られていると、、、、、、、。前触れなく意識は消えた。無の状
診察後は続いてリハビリだ。ここリハビリ室も新年の気配を感じない。すっかり平常運転といったところか。そのせいで、本年もよろしくお願いします、の挨拶も吹っ飛んでしまった。想像するに、年末年始も休まず稼働していたのだろう。患者の病気に休みが無ければ病院も休みはない。自分も入院中は土日、祝日も休みなくリハビリしてもらえたっけ。本当に頭が下がる思いた。そんな事を話しながら外来担当の作業療法士さんとのリハビリ雑談が始まった。復職後、2週間毎、月2回のリハビリ通院は変わらない。それに合わせ
年明け最初の脳神経外科内科の主治医の診察と続いてリハビリだ。新年を迎えたとはいえ、新年を感じさせない、いつもの待合だ。本当に多くの患者で席は埋まっている。半数近くは付き添いのようだが、患者の不調に休みは無い。自分は最近、睡眠は眠剤のおかげかストレスフリーになったのか、普通に眠れている。どちらもかも知れない。熟睡とまではいかないが、眠れないという事はない。ただ眠れない事があったら、と思うと、後日に影響を残して眠れなくなる恐れがあるのでは、と思うと、眠剤を飲まずにはいられなかった。手
真冬に突入し、我が家は灯油ストーブがメインの暖房器具だ。エアコンの暖房も併用しているが、その時々で使い分けている。起床時はタイマーでリビング、キッチンをエアコンで温め、それ以外は灯油ストーブという具合だ。古い家をリフォームしてリビングに置く灯油ストーブなので、少しだけ見た目にこだわったものにしている。その灯油ストーブは真鍮製で、本体と灯油タンクと一体になっており、給油の際、本体ごと持ち運ぶ必要がある。カラに近い状態ならそれほど重くは感じないが、満タンに給油すると、3ℓ以上の給油でプラス
とても穏やかな年越し、新年を過ごす事が出来た。これも健康あってこそだ。とても有難い。一年前を振り返るとよく分かる。去年の今頃は、、、。手術からもうすぐ丸1年。後遺症はあれど、とても穏やかに過ごせている。気持ちが穏やかになったのは、会話の場面でも見られる。自分は年上の人には自然と敬語で話しているが、昔からそれは変わらない。仲が良くなり気心が知れるような関係性になっても、それはほぼ変わらない。それは逆に年上の人にタメ口を使えない性格だからだ。と同時に自分の中では年上、年下をしっ
術後1年を前に振り返ると、もう一つ変わった事がある、気がする。以前からここに書き留めているが、気持ちが穏やかになったと思える事だ。以前の自分は少し短気な面があった。ちょっとした事でイラッとしたり、他の人を責めたり。自分でも嫌な気持ちだった。それが今は少々の事では、そんな気持ちにならなくなった。自分で気持ちを抑えている訳でもなく、我慢しているのでもない。以前ならイラッとする場面でも笑って素通り出来るような事が増えたのだ。波風の吹かない心になったというか、短気な思考が麻痺したというか
12月も中旬を過ぎると毎年行うのがクルマのタイヤ交換だ。冬用のスタッドレスタイヤの着用が必須な職場に通う自分は毎年恒例の作業だ。自分の住む地域は雪が積もらなくても、職場は山頂にある工業団地で、山を登れば雪が積もっている事が普通にある。天候により山のふもとから積もっている事もある。しっかり降れば登れなくなるクルマが続出する。平地なら冬用タイヤさえ履いていれば問題のない地域だが、山はかなり事情が違ってくる。新雪ならまだいいが、圧雪された坂道は手強い。新雪を狙って普段より2時j間早く家を
6ヶ月振りに心臓の手術をしてもらった循環器の病院に診察に行った。前回の診察の時に6ヶ月後の予約を入れてもらっていた。この時期、この季節、この雰囲気、どうしても1年前を思い出す。診察前の心電図検査を済ませ、待合いの席に座る。12月も中旬を過ぎたというのに変わらない患者の多さにため息が出る。全体的には年配の方が多いように見えるが、中には同年代か自分より少し若いかなという方も居た。心臓の疾患は意外に多いと聞くが、それを診察、治療していく病院は大変だ。高齢化社会にまっしぐらの日本は大丈夫か
職場での実際の作業はどうか。これは仕事に復帰して初めて判った事だが、物事の理解に難があるという事だ。相手の話している事がイメージしにくいというか。結果、スッと頭に入ってこない。これは療養中には感じれなかった事だ。高次脳機能障害の検査でも微妙な分野はあったが、実際の生活では感じれない仕事での込み入った話には眉間にシワを寄せ、指で抑えてしまうような格好になってしまう。うーん、自分はどうなってしまったのか。やはり役職を降り、役割を代わってもらったのは大正解だったと、こんなところでも思って
仕事復帰して丸4ヶ月が経過した。仕事は慣れてきたのか。うーん、慣れたとは言えない。しんどさは自分の中ではほぼ変わりはないように感じている。朝起きてすぐは変わらずクラクラしない。階段を降りて洗面所の照明を点けるあたりから、自分の動きと視野がリンクしなくなる。それは脳内で小さく視野がグワンとしてズレているような動きから始まる。起きてものの3、4分後の事だ。毎日ここから始まる。年が開ければPPPDが発症して1年が来る。ちょっと長いな。いい加減長過ぎる。治る気がしなくなってきた。
時は過ぎ、月日は流れ、これから色々な場面を思い出す日々が続くだろう。あれから一年。循環器のクリニックに通院し、いよいよ動悸や不整脈、心房細動の状態が悪くなり、手術を勧められた日から丸1年が来る。この時期から連続して思い返すだろう。自分の運命が変わる時だ。手術を勧められ、脳梗塞になってしまったが、手術を決断した事に全く後悔はない。あのままでは自分は父親と同じ道を歩む事になっていたに違いない。父親が自分に見せた病気の辛さ、怖さを死をもって教えてくれたような気がしてならない。なので迷わ
続いてリハビリだ。いつものように内容はリハビリではなく、カウンセリングのようなものだ。外来担当の作業療法士さんとの会話だ。今日は報告がある。主治医にめまいを専門医で診てもらう為に紹介状を書いてもらい、先日そのめまい外来へ行って来た事を。色々検査して診断が出ましたよ、PPPDって言われました、PPPD、P、P、P、D、最後はデーです、と。外来担当の作業療法士さんも初めて耳にするその病名に、きょとんとした表情で聞いていた。とりあえず診断がついて良かったですね、お薬も出たんですか、と未知
2週間毎に予定されているリハビリの日だ。仕事復帰させてもらい、もう2ヶ月が過ぎた。今日も半日有給を使い、妻と一緒に来させてもらった。少し早く着き、リハビリ室入り口近くにあるソファに座って時間を潰していた。ここに座っているとスタッフがよく通る。それをなんとなく見ていると自分に関わってもらったスタッフに会えないかなぁと、いつも思ってしまう。今年の4月で配置替えがあったと聞いていたので、ここを通るスタッフは知らない顔が多い。もう本当に会えないかもと思っていたら自分の横で立ち止まった人が居
PPPDの診断が出て薬を飲み始めて10日が過ぎた。変わらない。全く変わらない。急に効くものではないよ、と妻は言うが、自分はもう少し期待していた。そりゃそうだよな、とも思うが、少しくらい変化が感じられるかと勝手に想像していたが、どうやら違うようだ。これくらいで効果を期待する方が都合が良すぎるか。じゃ数週間、いや1ヶ月、まだまだ2ヶ月、それ以上か。どれくらいなのかは知らされていないが、期待ばかりが大きくなっていく。処方された抗うつの薬でPPPDに効果があるとはとても不思議だ。ど素人
祭囃子とともに神輿の進行が始まった。自分達、交通安全部もポジションに着く。と言っても、出発から2km近くはクルマの往来がほとんどない道路だ。田舎ならではだ。そんなに気を遣わず、交通整理も必要の無いと思えるほどの区間で、同行していればいい感じだ。神輿も意気揚揚とゆっくりと左右に蛇行しながら進んでいく。ここの祭りは一人が神輿の上に乗り、拡声器を持って囃子を歌いながら進行する。この囃子唄は非常に卑猥な歌詞で、とてもテレビの電波には乗せる事が出来ない単語と内容だ。その地域毎の代表者が神輿
秋祭りは前夜祭と当日の2日間で行われる。お昼12時半の出発に合わせて続々と人が地元の神社に集まるのに合わせて自分も集合した。自分の町内会は、祭りは町内会とは独立した有志の会が運営、実行している。自分も地元に家族で帰ってから10年間、この会に所属させてもらった。自分は20年ほどここを離れていたので地元とは言え、地域の事がよく分からなかった。でもこの会に入った事で、知り得なかった人達と知り合え、色んな役員をした事で多くの人達と交流する事が出来た。人見知りで、人間関係を構築するのが苦手な自
秋本番の中、先日町内会の秋祭りに参加させてもらった。といっても自分が依頼されたのは神輿の進行を円滑にする役割の交通安全部としての参加だ。今自分は町内会の交通安全部に所属しており、ここ数年、恒例の参加になりつつある。でも今回は療養明けでも身体の調子は悪くないものの、例のめまい、PPPDが辛く、どこまで出来るかは自分でも未知数だ。具体的な役割としては、神輿の進行を事故なく安心安全に遂行出来るよう、交通整理をしながら同行する。神輿の通るコースは狭い道もあれば、片側2車線の国道を横切るところも
自分のPPPDには視野の欠け、四分盲も加担していると感じている。視野に欠けた部分に吸い込まれるような独特な歪みに似た感覚がある。視野の画像は決して歪んではいないが、頭の中を回されているような気がしてならない。それがグワングワン、グワーンといった表現になる。下を向いたり、しゃがんだり、顔を横に向ける等した場合も、めまいは強くなっていく。菜園の作業がそれだ。楽しく作業しているが、めまいが辛い。そういう時に、例えばスマホを手に取るとスマホの上下が判らなくなる事がある。手にした物の上下左
めまいを少しだけ楽にする方法も自分なりに発見している。その場しのぎではあるが、めまいの原因のヒントになるかもしれない。・眼に力を入れる、ガンリキと言うやつで、数秒間めまいを軽減出来る。・片目を閉じる。これも何かのヒントになるかもしれない。閉じている間はクラクラしない。・寄り目をしてみる。これも一時凌ぎで楽になる。これくらいしかないが、横になって眼を閉じるのが一番楽だ。こうしてみると、目からの情報により酷くなったりするのかと思われ、もしそうなら目からの情報を少なく、も
とても不思議だ。今思えば、PPPD発症当初から朝起きてすぐの歩行に、めまいは感じない。1日のうち唯一めまいを気にしない時間だ。その時間は1分程度だが。その後、徐々にめまいが顔を出し始める。退院後、家に返って療養中、朝起きてすぐに酷いままいが1度だけあった事を思い出す。あれはとても酷かった。とても行動出来ないほどの強さで、たまらず又、布団に潜り込んだ。それ以外、朝起きて一番はほぼ良好だ。良好と言っても約1分もすればクラーとしてクラクラ、グワーンとなっていく。このめまいはとても不
めまい外来での診察結果はPPPDであろうと診断された。そして自分に処方された薬は3種ある。1つ目は漢方で、めまいを改善するものらしく、1日3回、食前に飲むという。食事前の30分前までに飲むように言われた。2つ目は抗うつ剤らしく、この病気には一般的に出される薬のようで、1日1回、食後に飲むという。自分はうつ病なのかと思ってしまうが、結果、PPPDに有効なのだろう。でも、ある意味自分はそうなのかもしれない。発症後、そろそろ9ヶ月が経とうとしている。本当に頭がどうにかなりそうだ。循環
自分が恐らくPPPDと言われ、少しホッとしたところもある。まず、自分が訴えていたのが世間で言われるめまいとは区別して言える事。もう少し範囲を絞って言える事。提唱されたPPPDという病名がある事。これくらいのスッキリ感が出来た事だけでも診てもらって良かったと感じる。とは言え、マイナー過ぎて、人に説明しても、へーそれなんだ、とはならないだろう。皆・・・・となるに違いない。今まで、めまいでネット検索してもPPPDには辿り着けなかったが、これからはピンポイントで検索出来る。動画にもいくつ
恐らく〇〇さんのめまいは、これだと思います。渡された紙には、PPPD、とあり、簡単に説明が記してあった。PPPD(持続性知覚性姿勢誘発めまい)とは持続性知覚性姿勢誘発めまい(PPPD)は2017年に提唱された新しい概念のめまいです。急なめまいを発症後、急性期症状は改善したにも関わらず、雲の上を歩いているような状態が、3ヵ月以上にわたってほぼ毎日みられる病気です。一般的に3か月以上症状が持続するめまいを慢性めまいといい、その原因としてPPPDが最も多く、約40%を占めると言われています。