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定禅寺ストリートジャスフェスティバルや先日開催されたゴスペルフェスティバルの会場となった元鍛冶丁公園は、立派な屋根付きステージを備えています。夜の歓楽街国分町通りのすぐ横で、隣は交番。さて、この元鍛冶丁という地名。鍛冶衆=町民のまちだから「町」のはずなのに、侍のまちを指す「丁」が付くのはなぜ?私の疑問は、鍛冶町の由来を調べることで、一気に解決しました。伊達政宗が寛永年間(1624年~1644年)の初め頃に鍛冶職人を配置=鍛冶町ができたほどなく鍛冶職人たちは城下の南北に移される=南鍛冶町
こんにちは仙台に、2週間越えで行っておりました。その間、ブログを書くつもりでPC持参。しかし、ラグ交換,コタツ設置、冬タイヤ交換、外の鉢を室内移動、花の苗買い出し等々・・。冬支度手伝いに忙しく、書けないまま帰宅。それでも、11月1日に↓に参加出来ました。日頃のグータラが祟り、前日は疲れ果て、風邪の前兆なのか寒気、加えて大雨予報。キャンセルを迷ううちに、迎えた晴天の朝!大崎八幡宮大鳥居の下に、集合。応募数は4倍だったとのこと、キャンセルなんて申し
中河原御嶽神社から西方面に進む。歩き始めて気づいたのだが、このルートは、ちょうど1年前に歩いていた。四谷用水の分水路が入り込み、住宅街の間に、田んぼがみられる。間嶋(あいじま)神社(府中市住吉町3-71-2)(主祭神)間島大神(神社前の「ごんげん橋」石碑の記載では、元の祭神は子ノ権現とする→明治の神仏分離令により変更されたが、正体不明になっている)(社格等)-(小字間嶋の鎮守社)(沿革等)当社は、1671年の多摩川洪水で流失した青柳島から移住してきた森田家一族の鎮守として創建
※2024年11月9日訪問※仙台市青葉区上杉の【上杉山橋跡(四ッ谷用水路)】を訪れました▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼ここには江戸時代から仙台の街をうるおした四ッ谷用水の本流が流れ、橋がありました。昭和十年代の初めに暗渠になりましたが、現在も道路の下を広瀬川の水が流れています。▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲現在は暗渠になっており、当時の橋の様子を想像するのは難しいですが、【上杉山橋】の標柱と【かみすぎやまはし】と彫られた石碑だけが、この場所に流れていた四ッ谷用水の歴史
仙台三越向かいの東一センタービル。このビルが建つ前は、4つの横丁からなる東一連鎖街という、居酒屋やスナックなどが立ち並ぶ場所であった。その東一センタービルの1階西側にあるのが中華そばひさごである。同じビルにはツルハドラッグや業務スーパーなどが入居している。この中華そばひさごは、かつて東一市場にあって今よりもさらにこじんまりとした店だったらしい。東一市場は戦後のバラック商店街から発展したところで、仙台三越の南側にあり今も昭和のノスタルジックな雰囲気満載で各店が立ち並ぶ。私はおつかいを頼まれると
石切町の瀬田谷不動尊のわきに階段があるんです。人家への入り口ではなく公道。このあたり一帯は高低差が大きいのでこんなところがたまにある。こうして上から見下ろすとなかなかの落差ですね。のぼりきったところは袋小路。ここ、中学一年生の時に迷い込んだ場所だ!仲が良かったA君と八幡神社のほうまで自転車で行き、夕暮れの帰り道。「北六番町に出る裏道がある」とA君。だが、ひとつ曲がり角ひとつ間違えて~(古)である。地図で見ると、確かに道路の形状は間違いやすかっ
仙台で暮らし始めた頃、観光地図を頼りに自転車であちこち巡りました。仙台駅西口から北山方面に向かったときのことです。少しキツい坂が続き、勾当台の東側まできてようやく平坦になってきた辺りに、古い石標があり“かみすぎやまはし”と書かれていました。(写真は最近撮影)結構上ってきた感じだし、近くに“上杉山中学校”があるくらいですから低い土地ではありません。木製の説明柱によると“四ツ谷用水”が流れそこに橋が架かっていたとあります。そのときは単純に、農業用の用水路の跡くらいに思っていました。ところが
毎週火曜夜8時放送ラジオ「鈴木はるみの“ソーシャルで行こう!”」【次回予告】2021年9月7(火)夜8時放送~シリーズ~フリージャーナリスト大和田雅人さんに聞く(4)ゲスト:フリージャーナリスト大和田雅人さん今回のテーマは、伊達政宗が仙台に城下町をつくるときに、張り巡らせた四谷用水。前半は、その成り立ちをご紹介していきます。そして、後半は、現代の仙台の街に四谷用水をよみがえらせ、未来の資源として活かしていこう、という動きをレポートします。(詳しくは番組で!)どう
2020年11月26日仙台初日は二つの神社にお参りしました。第1は宮城県護国神社でるーぷる仙台だと仙台城跡バス停で下車するとすぐです。一の鳥居続いて二の鳥居です。社殿は仙台城本丸跡にあります。拝殿神社の由緒等は厄難消除ひょうたん体中の悪いものを吐き出すように、息をひょうたんの中に吹き込み蓋をしてひょうたん掛けに納めます。沢山のひょうたんが納められていることから、ご利益あらたかなのでしょう。鎮魂の泉説明落葉が綺麗でした。頂いた御朱印です。
子供のころ好きだった遊びは?鬼ごっこと鉄棒です。今も、鬼の如きぎゃんわん!なきわめく近所の元気な犬🐶を避けて、ゴミ出しダッシュとか公園でさかあがりしているたいそう品のない、無駄に元気なお姉さんばばあです。お姉さんばばあです。お姉さんばばあです。▼本日限定!ブログスタンプあなたもスタンプをGETしようフラフープを軽くまわしてウエストくびれ美人を目指していますか?お元気ですか?私は、筋肉もりっもり!皮下脂肪たっぷたぷ!のフラフープ回せないやつですよ。それでも、
毎週火曜夜8時放送ラジオ「鈴木はるみの“ソーシャルで行こう!”」アンコール放送!【次回予告】2020年8月11日(火)夜8時放送(2020年1月28日の再放送です)※お話の内容は放送当時【2020/1/28】「四ツ谷の水を街並みに!」市民の会役員村上英寛さんがゲストです!https://ameblo.jp/excellent358/entry-12570163536.html(2020年1月28)の記事をご覧ください。どうぞお楽しみに!!---------------
このところ雨ばかりでスッキリしない天気が続いていますが、たまには豪勢なランチでもということで、此方のお店でランチを頂きましたうなぎ明ぼ乃022-221-5808宮城県仙台市青葉区一番町2-3-28壱弐参横丁うなぎ明ぼ乃(青葉通一番町/うなぎ)★★★☆☆3.53■予算(夜):¥4,000~¥4,999tabelog.com創業明治と書いてありますが、当初は仙台三越の近くにお店を構えていたようで、戦後に現在の壱弐参横丁に移転してきた老舗です。小さな店内は、テーブル席が4つほ
毎週火曜夜8時放送ラジオ「鈴木はるみの“ソーシャルで行こう!”」【次回予告】2020年1月28日(火)夜8時放送ゲスト:「四ツ谷の水を街並みに!」市民の会役員村上英寛さんパーソナリティ:鈴木はるみ仙台藩祖伊達政宗公の命で作られた用水路、四谷用水。「ブラタモリ」(2015年7月11日放送)『仙台~伊達政宗は「地形マニア」!?~』で紹介されて話題になりました。江戸時代当時は城下町をくまなく流れ、生活用水や産業用水として用いられていた四ツ谷用水ですが、現在はどのような形でその姿
今回も前回記事からの続きです。3年近く前に「脇見で歩こう四ツ谷みち。」というタイトルで4部構成のブログ記事を作り、その増補的な記事として今回は展開しております。以前の記事→脇見で歩こう四ツ谷みち。1/4回【四ツ谷用水】→脇見で歩こう四ツ谷みち。2/4回【四ツ谷用水】→脇見で歩こう四ツ谷みち。3/4回【四ツ谷用水】→脇見で歩こう四ツ谷みち。4/4回【四ツ谷用水】前回までの記事→脇見で歩こう四ツ谷みち。【四ツ谷用水】令和元年増補記①→脇見で歩こう四ツ谷みち。【四ツ谷用水
前回記事からの続きの今回ですが、3年近く前に「脇見で歩こう四ツ谷みち。」というタイトルで4部構成のブログ記事を作り、その増補的な記事として今回は展開しております。以前の記事→脇見で歩こう四ツ谷みち。1/4回【四ツ谷用水】→脇見で歩こう四ツ谷みち。2/4回【四ツ谷用水】→脇見で歩こう四ツ谷みち。3/4回【四ツ谷用水】→脇見で歩こう四ツ谷みち。4/4回【四ツ谷用水】前回の記事→脇見で歩こう四ツ谷みち。【四ツ谷用水】令和元年増補記①以前の記事をご覧になっていない方は是非と
3年近く前に「脇見で歩こう四ツ谷みち。」というタイトルで4部構成のブログ記事を作りましたが、皆さん覚えていてくださいましたでしょうか?→脇見で歩こう四ツ谷みち。1/4回【四ツ谷用水】→脇見で歩こう四ツ谷みち。2/4回【四ツ谷用水】→脇見で歩こう四ツ谷みち。3/4回【四ツ谷用水】→脇見で歩こう四ツ谷みち。4/4回【四ツ谷用水】この界隈で生まれ育った私サカズキが、自分なりに四ツ谷用水沿線のことをアレコレと徒然なるままに記事にした内容でした。この記事を作った後も、記事では触れ
伊達政宗が仙台市街地に水を引いた、四ツ谷用水を辿ってきました。地図で示している地点の右側の川が唯一の開水路で、用水の水を見ることが出来ます。立入ることは出来ませんので、遠目からの見学となります。周辺は住宅地で、車を駐車できる場所がありませんので注意しましょう。聖沢に移動しました。樋が見えてきました。この箱の中を用水が流れています。水が谷を越えていく手段ですね。側道に車を一時停車させることが出来ます。場所が変わり
「長屋八」左側に長く横たわっているアパートのネーミングに引っかかってしまいました以前は木賃宿のようなアパートでしたがブラック外壁のハイカラな建物に建替えられましたついでに名前も「NAGAYAAPARTMENTHACHI」と超ハイカラ紋章もハイカラ大家さんのセンスが成せる技でしょうかなぜこんなところを通ったかというと「ブラタモリ仙台編」で話題になった「四谷用水路」を辿ってみようと思った事ですほとんどが暗渠化され用水の流れを見る事は出来ませんが用水路はクネ
2017.10.9は伊達氏を巡る旅、日本遺産「伊達な文化」の構成文化財でもある大崎八幡宮に行ってきました(*´꒳`*)坂上田村麻呂が東夷征伐に際し、守護神の宇佐八幡宮を岩手県奥州市に勧請して鎮西府八幡宮を創祀。室町時代に奥州探題の大崎氏が宮城県大崎市に遷し、更に、伊達政宗が仙台城の乾(北西)の方向に当たる現在の地に遷座して、仙台藩総鎮守としたのだそうです。何年かに一度?年に一度?の漆塗りに遭遇してしまい、塗っているところを見れたらならラッキーだったんだけど、乾かしているところだったのが残
常長にござる!ついに教室を飛び出したぞー!本日午前中に、支倉ないと番外編まち歩き開催いたしましたー!テーマは、「仙台城下の『支倉』を探せ!」川内と仙台城下北部を繋いでいた支倉橋や支倉坂。支倉坂から北に延びる通り支倉通。支倉丁(町)に、支倉堀、そして川内元支倉丁。仙台城下に数多く残る「支倉」の名のつく地名を探すまち歩きにござった。まずはスタート地点。いつもの支倉ないとの如く、トークネットホール仙台(仙台市民会館)にて、まち歩きの行程と地名にまつわる歴史講座を。講義の最後に
青銅の鐸と武器-弥生時代の交流兵庫県遺跡の.銅鐸には同じ鋳型でつくられたものがあり、その銅鐸の埋め方も「入れ子」という.共通点があります。また、銅鐸の近くに銅剣などを埋める例は、松帆銅鐸...ヤマトの古墳と遺跡ameblo.jpまた国譲り神話については、話し合いで解決している珍しいケースで、ヤマトは出雲のことを悪く言っていないし、それどころかヤマトから出雲へのただならぬ...島田髷まつり伝承に力…17日に第60回読売新聞今年のまつりは60回を記念して、初めて島田
四ツ谷用水は伊達政宗が作った用水だそうですいまだに現役です旅たび旅行いきやしょ!美と健康ネットでビジネッスでお金稼いだョ....
今日の弁当は山口土産のふぐ飯。(炊いたご飯に混ぜるだけです)後は、鶏もも焼き、うずら玉子、レタスキウリ、ミニトマト、ワカメ、プラム添えです。ふぐ飯は初めてです。バカモノではないけど新しい食味は嬉しいな、ということで、【今日のなるほど】新事業で上手くいくには、「バカモノ、ヨソモノ、ワカモノ」が必要だ(仙台藩四ツ谷用水記念フォーラムでの発言より)先日、伊達政宗が、仙台を城下町として形成するため心血を注いだ「土木遺産四ツ谷用水認定記念フォーラム」に参加してきました。会場は満員で、高校
最近ブームになってる街歩きの名所『四ツ谷用水』の暗渠。森田一義の人気番組(某国営放送)でご本人が訪れた界隈です。仙台市青葉区八幡町瀬田谷不動尊用水が通ってる旧石切町仙台城を築城の際、政宗が呼び寄せた石工職人の居住地。今も石材店が代々続いているようです。
2017年5月5日、仙台道をゴールした翌日に、仙台市内でブラタモリ的な散歩を楽しんだ記事の3/3です。当日の歩行ルートは☟。2/3ではへくり沢の地形を確認した後、声をかけられた方にドヤ顔でへくり沢のの説明をしたところまでを紹介しました。その後土橋の道をそのまま国道48号まで北上したところで左折し西に向かいます・八幡町通り、というのですね。600~700Mほども西に移動したところで、右折をし、軽い坂道を上ります。少し進むと、ブラタモリにも出て来た地点が見えてきます
『支倉ないと』に急きょ参陣!片倉重綱に候この鬼小十郎支倉殿の講義が聞きたくて聞きたくてふるえ申し支倉殿に頼み込みて急きょ本日の『支倉ないと』に聴衆として参加いたした次第さぁ支倉講師の講義開始也〜すでに支倉殿が日記にて記されているとおり此度の題材は「四ツ谷用水」と「川村孫兵衛」四ツ谷用水につきては支倉殿が実際に歩きて見て感じた話がてんこ盛りにて聴衆を引き込んでおり申した川村孫兵衛についてはかの治水の天才の知られざる人となりについて紹介なされた支倉殿は心よ
常長にござる。今宵は、第2回目の【支倉ないと】!拙者常長が講師となり、仙台の歴史や伊達家の秘話などを語らせていただく会じゃ。今回のお題は、「四ツ谷用水と名付ける!」仙台城下を潤した用水路「四ツ谷用水」について取り上げさせていただいた。特に今回は、四ツ谷用水の取水口から大崎八幡宮までの上流部の話と、その四ツ谷用水を築いた土木技術者「川村孫兵衞」殿に焦点を当てた。やはり、孫兵衞殿、只者ではないのう。参加された方には、孫兵衞殿の人並外れた凄さが伝わったかのう。四ツ谷用水の隧道や木樋
明日、11月2日(水)の出陣予定をお知らせ致します。【仙台城跡】・10:30~16:00・出陣予定:真田幸村、支倉常長【支倉ないと】「四ッ谷用水と名付ける!」・戦災復興記念館5F和室3・18:30~19:30・出陣予定:支倉常長皆さまのお越しを心よりお待ちしております!伊達武将隊一同
常長にござる。(さてここはどこでしょう?)今週水曜日の【支倉ないと】について、まだお申し込みできるそうにござる。支倉ないとイベントページ参加するか迷っておられる方は、是非!何せ、今週のお題は「四ツ谷用水と名付ける!」にござる。昨年放送されたブラタモリで全国区となり、今年9月には土木遺産にも認定された四ツ谷用水。今回は、四ツ谷用水本流が如何に流れていたか、そして、その大計画をした川村孫兵衞重吉殿が如何なる人物だったのか。そんなところを話して参ろうと思うておる。いろいろと尋ね