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嘉儀に行くにあたって、事前に得た数少ない情報の中で必ずと言って名前が挙がっていたのが「林聰明沙鍋魚頭」中正路沿いにある店は、1日中行列が絶えない嘉儀屈指の人気店だそう。本当は昨日の夜に行こうと思って店の前には行ったけれどあまりの行列に「明日、仕切り直そう」と撤退翌日昼に行ったところ、行列は控えめになっていたので並ぶことに番号札を取ったところ待ち時間は30分ほどだそう。さて、どうしようと思ったら、夫が行きたい場所があると言う。「この円形のやつ、気にな
嘉儀に滞在する人は、大きく分けると2つに分類されると思う。①阿里山に行くついでに滞在する②映画「KANO~1931海の向こうの甲子園~」を観て嘉儀に興味を持ったKANO-カノー1931海の向こうの甲子園[永瀬正敏]楽天市場「KANO~1931海の向こうの甲子園~」は、台湾の弱小高校野球チーム「嘉義農林」が甲子園出場を果たした実話をベースにした映画。台湾では2014年、日本では2015年に公開されたそうだが、私はコロナ禍に友達に勧めら
晩ご飯を食べにホテルから10分ほど歩いて文化路夜市に旗がズラッと並ぶのが迫力。夜市ってこんな感じだっけ文化路夜市は観光客よりも圧倒的に地元の方が多く台北では味わえなかったどこか緩い雰囲気が居心地良かった。まずは文化路夜市で一番の有名店でもある郭家雞肉飯へ噂に違わずすごい行列で、どこが内用で、外帯なのかわからなかった。並んでいる方に「ネイヨン?」と聞いたら不思議そうな顔をされた後、頷いたので、多分通じてるやっぱり発音違うんだろうな~嘉儀に来て半
嘉儀に行くと決めてから困ったこと。とにかく情報が少ない鶏肉飯(ジーロファン)を食べ歩く人の記事はいくつも見たけれど街歩きやホテル情報などは少なくてどのエリアに泊まれば良いのか、まったく見当がつかなかった。先延ばしにしていたら、検討していたホテルがどんどん埋まってしまって慌てて予約したのがこちら兆品酒店MaisondeChineHotel高雄のCHATEAUDECHINEホテルは何度か泊ったことがあるし系列ホテルならサービスも遜色ないだろうという、いい
嘉儀駅到着予定時刻のの10分前にアラームをかけておいたので、無事起床改札を降りて、エスカレーターを降りたところで私が新幹線の切符を持っているのを見て「え?何で切符持ってるの?」と聞いてきた夫。「改札出る時に切符回収してね。後で必要だから」って降りる前に言ったのに、聞いてなかったようで慌てて改札口に戻ったら、よくある事のようですぐに切符を返してくれた。助かった~台湾は新幹線と台鐡の駅は離れていて駅の間はバスで移動するのが一般的。不便だな・・・と来るた
2023年の12月のこと「来年の年末はどこに行く」と家族会議(と言っても二人だけど)をしていた。2024年の年末は9連休になるし、これは海外に行くしかないでしょう~コロナ禍前は休みが取りやすい職場で年末は2週間ぐらい休みを取っていたけれど、お互いに転職して、カレンダー通りにしか休めなくなったコロナ禍で身動きが取れなかった時期が長く行きたい場所は山ほどあった。主な候補はヨーロッパ2020年9月に2週間でフィンランド→イギリスに行く予定を立てて
今年も参加させていただいています。中華民国🇹🇼嘉儀市で行われているこの大会は、日本🇯🇵から3チーム、台湾から21チームの参加で優勝を目指し🥇🏆白熱した戦いが繰り広げられています。アジアカップ出場支援プロジェクト10月20日から中華民国(台湾)で開催される、第10回U15アジアカップに出場します。「オリンピックに野球を復活させよう」をキャッチフレーズに始まった大会です。camp-fire.jp#アジアカップ出場支援プロジェクト#第10回アジアカップ#野球#台湾#嘉義
アジアカップ出場支援プロジェクト10月20日から中華民国(台湾)で開催される、第10回U15アジアカップに出場します。「オリンピックに野球を復活させよう」をキャッチフレーズに始まった大会です。camp-fire.jp初めて挑戦するクラウドファンディング。アジア大会優勝に向けて🏆🥇皆様の温かいご支援を賜りますようよろしくお願い致します。【アジアカップに向けて】https://camp-fire.jp/projects/785216/view?list=watchedクラウドファンディ
4月に台湾の宜蘭、花蓮、台東に行って来ました。その時のことをブログに投稿しながら、今月(5月)は昨日まで嘉義と高雄に行ってました。↑昨日の午前中のニュースを台湾で見てから、午後の便で帰ってきました。嘉義と高雄編は明日からだらだらつづく~
台中の日月潭の文武廟つまり孔子廟を見学して次に行きますジャイへ向かいます嘉儀です2時間ほど市内に入ります昼食を丸テーブルの大皿料理もちろん中華次から次へと出てきます8人で1テーブルですが一皿の量はまだ出てきます食後は櫓意森活村といっても市内の一角です嘉儀車庫園区(日本が作った森林鉄道の跡駅舎)嘉儀檜意森活村(日本が作った民家を建て直し復元)お土産やオリジナル商品が65元は¥だとX5です散策見て歩き少々買って今度は2時間
↓予想以上にヘタな嘉儀公園のニセ贔屓↓※贔屓(ひいき)は竜の九匹の息子の一匹、重いものを引っ張るのが得意とされているので石碑を立てる時台座のカタチによくつかわれている↓台南にある本物と比べるとその差は歴然↓18世紀、ニセモノが作られた理由をこちらのブログに書きました↓背中に乗せられた碑は乾隆帝から贈られたホンモノなので素晴らしい彫り↓↑真ん中あたりに漢字で「乾隆帝五十三年」の文字が読める↑清朝=満州族の文字も併記してある↑こちらはホンモノなので下のニセ贔屓の彫りの雑さが目立つ↓↑それに
いらっしゃいませー♪31年間のサンフランシスコ・ベイエリアでの暮らしを卒業。岐阜に戻り年金生活をスタート、3年目に入りました竜桃ママです。「初めての台湾」の記事です。嘉儀の名物は「鶏肉飯」ということで夕飯は地元の家庭料理のレストラン。鶏料理が多く出ました。写真も皆様にお断りを入れて、遠慮なく写せるようになりました。お店の構えの割にお洒落なお通しの出し方(笑)エビだかカニだかのマッシュ。白髪ねぎの上にボイル・イカ、甘辛ソース。これが嘉儀名物の鶏肉飯、
いらっしゃいませー♪31年間のサンフランシスコ・ベイエリアでの暮らしを卒業。岐阜に戻り年金生活をスタート、3年目に入りました竜桃ママです。「初めての台湾」の記事です。高雄の観光(龍と虎)の後、シーフード系ランチです。おこわと桜エビ、スズキの煮物、ほろほろお肉の煮込みシーフードサラダ、茹でたエビ、お魚と春雨の鍋。味はすべて品の良い薄味。品のないパパさん、豆板醤をリクエスト。粘ったけど断られてしまいました。いつも10種ほどのお皿が出るのに半分くらいしか写せてないん
■引き寄せられて!又、戻って来ちゃった!…臺湾ふらり旅街歩き!-シリーズⅡ■行き来もそろそろかと思い、行き成りですがこんな旅紀行をおくらせて頂くことに致しました。お隣の親しい島の国[臺灣]編です。本編はここからに為ります。一年ぶりの表題道理の“臺湾ふらり旅街歩き”となりました。やっとこさ!訪れることが叶いました。昨年の同じ時期に訪ねた[臺湾]旅紀行のご報告ですが、「又、来てしまった!♂♂で…“臺湾ふらり旅!”」が、ようやく終ったばっかりです。実
■探し当てた「旧嘉義農林学校校長官邸」に思う。-(十四日目-5:嘉義)■見事!当たりであった。お屋敷とまではいかないにしても、囲まれた塀の中の建物はそれなりの規模の日本家屋だ。その家屋は手入れが活き届いていて100年とは行かないだろうが、いづれにしても年代物ではある。外の広場も塵一つなく手入れが行き届いている。玄関に踏み入り一人でお居でになった青年に来意を告げ、「旧嘉納農林学校校長官邸」であることを確認。内部を拝見させて頂け
■なんだか、“麵屋”に上手く絡め取られて仕舞った!-(十四日目-4:嘉義)■「檜意森活村」で時間を使い過ぎたようだ。もう一ヶ所どうしても依って置きたい処がある。それはシネマ「KANO」でも登場した「嘉義農林学校校長邸」である。現在その住居が残されているとのことだ。「檜意森活村」から“校長邸”へ向っていた処、通りの右手に妙な表示が壁にある飲食店に気が付いた。…“うどん屋”だ。妙な表示とは、“うどん”を打ち終わるまでの行程の写真(今で思
■「阿里山森林鐡道」の「北門車站」ロータリーから!-(十四日目-3:嘉義)■この「檜意森活村」の筋向いに、「嘉義市観光地図」によれば「阿里山森林鐡道」の「北門車站」があるようなので、覗きに向かうことにして信号を渡り“驛前ロータリー”へお邪魔する。察する処、通りも石畳で整備され情緒漂うありし時代の通りへと変貌を遂げようと、努力しているようだ。もうそれらしき造りの“カフェ”も見受けられる。ということは、「檜意森活村」への入り口としての
■これは一つの街の再生だ!と、思えてしまった!-(十四日目-3:嘉儀)■こんなことがあって良いのだろうか?ここは[臺灣]だよね![日本]じゃないよね!…狼狽が先に建つ!この「檜意森活村」は単なる“史跡パーク”どころの話ではなかった。簡単にいってしまえば、日治時代当時の“日本人街”の一部をほぼ完全な形で再現していると思われた。一角には、再現された“屋敷街”もあれば、「学校」若しくは「役場」ではないかと思われる復元
■良く解らずに出掛けてみた、「檜意森活村」の衝撃!-(十四日目-1:嘉義)■朝バッゲージをホテルに預け、何軒か隣のコンビニで朝食を取り(臺灣のコンビニはしっかりイートインスペースがある)、昨日入手した「嘉義市観光地図」を基に17~8分歩いた「檜意森活村」とやらへ向う。この「檜意森活村」では、「阿里山」の“檜”を使用した大正・昭和初期の日本家屋を忠実に再現し
■通路を仕切った、“串焼き屋風”の店に出合う!-(十三日目-7:嘉義)■夕飯を戴く店の当てもなく、車站近くの表通りから横道に入りそれらしき店があると鼻を聞かせのぞき込むが、これはとピンと来る店になかなか出合う事が出来ない。ホテルからも車站からも左程離れていない、駅前の“旅社(経済的ホテル)”の多い街角を徘徊していたが、もう少し奥の“夜市”が立つ通り方向へ向かって見ることで、道を替える。少し灯りも少なくなり掛けた、右手が公園の様に開けた通り
■見つけたぁ~!おいさん♂♂匹一寸興奮してる!-(十三日目-6:嘉義)■ホテルから一直線で700m位歩いて来ると道路の中心部がロタリーになっているようで、形こそはっきりしないがモニュメントのような物が見えて来た。“これだ!”あのシネマ「KANO」のシーンで幾度となく登場する街のシンボル“噴水”だ。見つけたぁ~!当たり前だが、街の様相は全く様変わりを遂げているが!よく見ると、“噴水”中心部のモニュメントはシネマ「KANO」の
■シネマ館で涙した「KANO」の舞台[嘉義]に立つ!-(十三日目-5:嘉義)■驛への戻りも、薄緑に覆いつくされた田園地帯の整備された一本道を、すれ違う車もなく快適に走り[隆田車站]のロータリーにタクシーが着いた。先ず車站内の時刻表示板を確認。次の目的地[嘉義]方面への電車は30分程待つようである。その間に駅前のコンビニに昼食を調達に向かう。、処が昼も過ぎていたので弁当類は見事に全滅!“お握り”が何個か残っているのみで選択の余地無し
もう一冊台湾関係の本をご紹介します。『台湾名建築めぐり』。こないだ河原町の丸善京都本店さんで買いました。この本の台湾版(原書)を台湾の本屋さんで見たことがあります。翻訳されてたんや。去年の出版やないの。ぜんぜん気づかんかった。買って読んで見たら、台湾全土の行ったことのある建物・建築がいっぱい載ってたのでびっくり。嘉儀の監獄博物館も載ってました。ちゃんと本当に行ったことがあると言う証拠に↓その時の写真をアップしときます…ここはとても良かったです。『台湾名建築めぐり』はおス
さて、烏山頭ダムの次に訪れたのは「嘉儀」の町です。隆田駅から、やはり各駅停車で約30分。最近、特に注目されている町です。理由の一つは、台湾映画「KANO1931海の向こうの甲子園」の大ヒットです。戦前、学生野球の甲子園大会には台湾代表も出場していたことを知ってましたか?昭和6年第17回大会、台湾代表として出場した嘉儀農林は、元松山商業監督の名将「近藤兵太郎」監督に率いられ、本土の並みいる強豪校を打ち破って奇跡の準優勝を果たしました。
早朝に聞こえた雨の音も7時すぎにはだいぶ止んだので、このまま降らないことを願って嘉儀を出発します🚲️昨日走った北回帰線太陽館に別れを告げて台南まで65kmを3時間ほど、それほど降られることもなく無事に到着しました😊これだけの距離で済むってホント楽だなぁ…とりあえず銀行で両替して自転車屋でクリート買って、ついでに日本の1000円カットみたいなところで散髪してみた✂️カットだけで150元(600円弱)と激安なんだけど、日本と比べるととにかく雑(笑)バリカンを執拗にかけられて現地の人っぽく
今日は台中を出発して明日のマラソンに出るため嘉儀に向かいます🚲️台湾のコンビニでもらう袋というか不織布でできたカゴ?エコだしモノもちゃんと入るからこれで十分👍🏻台湾も時間によってはバイクがけっこう多い…ここから始まる山超え、しんどかったー😵ピークからの眺め✨いかにも台湾的なお寺台湾の庶民の味、魯肉飯(ルーローファン)。簡素だけどテッパンの旨さ😋今日の宿は竹下通りに屋台が並んだような大賑わいの通りのすぐ裏。年代を感じさせる部屋だけど湯船に浸かれるのはありがたい😆今日は100k
暗号名は”新高山に登れ”新高山(玉山)に登りたいのですが、91歳の母を連れ登るわけにもいかず、、、山麓をトレッキングするため、阿里山森林鐵路のトロッコ電車で標高2400m祝山駅まで登る予定です、、、、しかし、始発駅に行くと災害のため運行区間はほぼ全域で不通と分かりガッカリしました。その運行区間は始発駅の嘉儀駅から次の北門駅の4㎞の区間だけでした。表看板はですが、、実際はディーゼル車日本黒部峡谷鉄路が線路を敷設外装内装とも総檜の贅沢な車両レトロな雰囲気の北門駅舎全面開通を切
阿里山鉄道の起点となっていた駅が北門驛。檜意森活村からすぐの所にあります。ここは駅前に残るかつての宿。現在はゲストハウス兼カフェになっている。奥行きが結構ある事に驚く。静かに!の注意喚起。こちらは主にお土産屋さん。建物を一周する子供向けレール。乗りたかったな。鉄道グッツやヒノキ製の小物が販売されている。そして北門驛。駅舎ホーム側。ちょうど最終の「阿里山鉄道」がやって来た!!!かつてはここが起