ブログ記事17件
前々回のブログのコメント欄で、(当ブログのメイン・コメンテーターである)gd-fgさんの「(ウィトゲンシュタインの)家族的類似…」のご指摘を受け、自分としては”ほぼほぼ無意識に”書いていたつもり…でしたが、”なるほど…”改めてと思い知らされました。「家族的類似」とは、後期ウィトゲンシュタイン「哲学探究」に於ける、主要な概念になります。(いつもお世話になっている…)Wikipediaによれば、「~『哲学探究』のなかで、『ゲーム』という語をとりあげ、『ゲーム』と呼ばれる全ての外延(対象)を特徴づけ
今回も前回からの続きになります。前回の考察は、結構”手探り感”がありましたが、”ここら辺(同一性=イコール記号に関する問題)”は、「前期ウィトゲンシュタインのハイライト(見せ場)」でもあるので、改めて慎重かつ丁寧に(考察を)進めて参りたいと思います。前回も紹介した、「等式は、そこから二つの式を観察すべき視点だけを、即ち両者の意味同等性という視点だけを、特色づけているに過ぎない。論理哲学論考6.2323」ですが、改めて図式化すると、等式(=イコー
本日は書籍紹介をいたします。今回取り上げるのはこちら、『ウィトゲンシュタイン全集8哲学探究』藤本隆志訳、大修館書店、1976年20世紀の天才的哲学者ルートヴィヒ・ウィトゲンシュタインの代表的作品のひとつです。本書は筆者の死の二年後である1953年に、それまでの比較的まとまった草稿が編集されて出版されたものであり、1922年の『論理哲学論考』の時期が前期ウィトゲンシュタインと呼ばれる一方、こちらは後期ウィトゲンシュタインの中心をなす作品という風に一般には位置付けられるようです。
わりと丁寧にChangeTalk,ChangeLife."話し方を変えたければ生き方を変えろ"もっと人との会話を楽しみ弾ませたいのに…もっと気の利いた返しが出来ればいいのに…もっと聞かれたことをすぐ言語化したいのに…もっと相手の立場を考えた喋りをしたいのに…「あなたに必要なのは話し方ではなく《会話力》です」会話はあなた一人では絶対に出来ません相手(聞き手)がいてはじめて成り立つもの会話は人との関係を構築する原点なのですつまり会話を変えれば人間関係が変わります
早いものでこのシリーズも30回目を迎えてしまいました。この「パンドラの箱(が開く)」というのは、”アンタッチャブル”や”タブー”的な意味もありますが、”驚天動地(の変革)”や”新しい時代の幕開け”という意味でもあります。例によって…、遅々として”進んでいない感”はありますが、「誰もやっていない…、誰もやろうとしない…」事でもあるので、ある程度は慎重に進めて行かなければ…、と言う訳で…。今年もよろしくお願いいたします。今回は、前回に引き続いて「同一性(論理)」について”自分なりの”考察
さて、前回のブログでは、ウィトゲンシュタインの考える「一般的形式」と、従来的な「ピュタゴラス・プラトン路線(西洋形而上学)」型の「一般的形式=一般論」との決定的な違いについて述べました。そもそも「世界観が違う…」と言ってしまえば、その通りなのですが、私個人としても、それだけの理由ではないような気がしています。(前期ウィトゲンシュタイン)「論理哲学論考」では、従来的な「西洋形而上学的一般的形式=一般論=一般的理論モデル」は、完全に無視されている様に見受けられます。これは、何故なのか…?では、ウィ
実はまだ…、自分はウィトゲンシュタインの「哲学探究」をマトモ読んでいるとは言えない状態です…。でも、これから(いつものように、不用意乍ら…)「哲学探究」について語ろうとしています。(またもやの)個人的見解ですが、「哲学探究」に対するアプローチとしては、アラン・チューリングの「チューリングマシン」を参考にするのも面白いのでは?と考えています。チューリングはウィトゲンシュタインの講義にも参加したことがあり、その様子は「ウィトゲンシュタインの講義数学の基礎編ケンブリッジ1939年講談社学術文
4月29日は、ウイトゲンシュタイン(1889-1951)の亡くなった日である。ガンの病床にあり、友人たちが見舞いに訪れる予定の中、「素晴らしい人生だった、と伝えてくれ」が辞世であった。かつて、彼が絶望のなかで自殺の誘惑に苛まれた時とはなんと違っていた最後だろう。それが救い、というよりは人生に希望をもたらす。21世紀を代表する哲学者を3人挙げよ、と問われれば、ウイトゲンシュタインとハイデッガーの二人は誰もが同意するだろう。3人目は誰だろうか。フッサール、ベルクソン?メルロ、レヴィ
野矢茂樹の『ウィトゲンシュタイン「哲学探究」という戦い』を読了しました。野矢茂樹は、ウィトゲンシュタイン研究をはじめとして、分析哲学、論理学の専門家ですが、極めて平易な文章で難解な哲学の真髄を紹介する筆力に定評のある哲学者です。ウィトゲンシュタインの哲学を理解したいと思うなら、野矢茂樹の関連書籍を読むことが手っ取り早いと言えます。本書は、後期ウィトゲンシュタインの代表著作である『哲学探究』のエッセンスを紹介し、前期ウィトゲンシュタインの『論理哲学論考』との違い、ウィトゲンシュタイン
「かつてF・P・ラムジーが私との会話で、論理学は『規範学』である、と強調したことがあった。」、これは、ウィトゲンシュタイン「哲学探究」、「81」の記述です。「言語ゲームの規則とは何か?」という考察でのエピソードですが、これを目にして、私自身、大いに感じる処がありまして、急遽、予定を変更して、今、このブログを書いています。前回までのブログで、ウィトゲンシュタインの功績によって、「論理学における、恒真命題と矛盾命題の重要性」が明らかとなり、それによって「論理の構造・特性」が見えてきた、というような
ウィトゲンシュタインさんの論理哲学論考のご紹介〜その19ラストウィトゲンシュタインさん(略してウィトゲンさんと書いてます)の論理哲学論考(略して論考と書いてます)とかの紹介を書いてきましたがラストですのでダラダラしたブログですけどよろしければ読んでみてください🙏画像はコチラのサイトからお借りしました👈哲学宗教日記のご紹介〜2🟦1論考から探究への転換🟥哲学探究のカタチウィトゲンさんが晩年取り組んだ哲学が哲学探究(以後「探究」と書きます)とゆーモノなんだけどウィト
ウィトゲンシュタインの名著、「哲学探究」は、冒頭で聖アウグスティヌスの「告白」を引用しています。聖アウグスティヌスはキリスト教の聖人であり、神学者であり、哲学者でもあります。聖アウグスティヌスが活躍したのは、4世紀であり、初期キリスト教の時代になります。「告白」は聖アウグスティヌスの自伝という要素が強く、最後の方になってキリスト教神学が記述されています。ウィトゲンシュタインは、「告白」から有名な部分を引用したのでなく、それほど有名でない部分を引用しています。ところが、ウィトゲン
ウィトゲンシュタイン明確化の哲学Amazon(アマゾン)2,420〜6,809円ウィトゲンシュタインは、「哲学探究」で規則のパラドックスを提示し、哲学者クリプキはクアス算という暗喩で説明した。一方、大谷弘は、「ウィトゲンシュタイン明確化の哲学」で規則のパラドックスについて全く異なる観点から解説している。その詳細は、本書を参照されたい。
哲学探究Amazon(アマゾン)2,970円ウィトゲンシュタイン全集8哲学探究Amazon(アマゾン)1,337〜10,500円ウィトゲンシュタインは20世紀を代表する哲学者であるが、ウィトゲンシュタインの代表作というと、「哲学探究」である。本書は言語ゲームを紹介しているが、言語ゲームはとにかく有名である。2020年に講談社から新たに「哲学探究」が刊行されたので、個人的には改めてウィトゲンシュタイン哲学に注目している。本稿で、言語ゲームなどウィトゲンシ
ウィトゲンシュタインさんの論理哲学論考のご紹介〜その8ウィトゲンシュタインさん(略してウィトゲンさんと書いてます)の哲学とか生涯とかの紹介を書いてますけどダラダラしたブログですがよろしければ読んでみてください🙏ウィトゲンさんの生涯〜教育に取り組むぞー編🟦30教育のカタチをふるいおとすかのよーに先生をやってみる🟥⑴センセーの資格をとるぞー画像はコチラからお借りしました👈戦時中にトルストイにハマって清貧に生きることを自分に求めていたウィトゲンさんは、捕虜収容所で友
新型コロナウイルス感染症で、『要請』と『陽性』『感染』と『観戦』『終息』と『収束』は、一瞬耳を疑う『用語』である。特に『観戦』している。と、『感染』している。とは、紛らわしい。テレビやラジオ番組で発言される方は、「自分の発言が『他の意味』でも解釈できないかどうかを」慎重に検証されるべきだろう。『意味とは、使用<=用法>である。』とはよく言ったものであるが、そこまで疑い深く追及しなくても、われわれの言語では「問題のない」範囲で伝わる意味はあると僕は思う。
ことばの日にブログを書こう!▼本日限定!ブログスタンプあなたもスタンプをGETしよう今日はことばの日だそうで、以前、ここで言語の本質について書いた「AKB48と言語ゲーム」という記事を再度アップしておきます。本当は今日みたいな日にアップすべき内容でしたが、半年ほど前にたまたまそういう記事を書いてしまったので、使い回しみたいになって申し訳ありませんが再度アップさせて頂きます。まだ、内容を覚えている方は、パスして頂いて結構です。もう忘れた方や初めての方は是非読んで頂けるとありがたい