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可愛いみつきちゃん。目が見えないみつきちゃん。ひどい状態で保護され、咲さんちにやってきた。おとうさんのひざが大好きになったみつきちゃん。頑張ったみつきちゃん。
休止しまくってます(><)職場は12月に入り繁忙期中です。私は、前月末日から、繁忙期対策用にプライベート時間で書類作成してました。慣れてない人も手伝いで入ったり、通常時とは違う仕分けになるので、トラックごとに載せる地区を分かる様にしとかないと、後々苦労しますので。社員さんが準備してくれたら理想なんですが、社員さんも忙しいですから・・・まあ、プリンターのインク代くらいは欲しいのが本音ですけどね・・・で、12月は繁忙期故、休みも週一。忙しくなり、休みも
咲セリ(作家、小説、ノンフィクション、エッセイ)@saki_seri「拡散歓迎です」天然生活webさんでの連載「生きづらい世界で猫が教えてくれたこと」はじまりました!私に生きる希望をくれた、不治の病の猫、あい。今だから綴れる、優しい日々を届けます。https://t.co/icCpTdY46qhttps://t.co/L75ONLBcp12023年02月04日19:04ぼろぼろの黒い猫│生きづらい世界で猫が教えてくれたこと「運命の猫」に出会った、寒い冬の日の話。生きづらい世界で、猫が
今日は曇りの1日。私は早朝はバイトへ。外回りのバイトも今日は無で済み、帰宅後は父と買い出し等で出掛けました。買い物を終えて、親戚へ送るモノがあるので、私のバイト先へ。(私の名前で送れば社割があるので)機械を使い、送り状プリントアウト。社割用記載もして、支払い等したかったのですが、受付の方が、接客中。外国の方で、まだ日本不慣れらしく、送り状発行用機械等うまく使えない様で、(私も毎回失敗しまくります・・・)受付の方が付きっきりで説明してますが、住所等入力で、不
こんにちは。4年前に行った講演会ですが、とてもよかった話です。テーマは「境界性パーソナリティ障害からの回復~愛着に焦点を当てたアプローチ」。講師は、精神科医の岡田尊司先生。また、境界性パーソナリティー障害の当事者の咲セリさんが、体験を話してくださいました。「境界性パーソナリティ障害」とは、大切なはずの自分の命や体を、大切にできなくなる障害です。自分を粗末にしてしまう。たとえば、リストカットや自殺、薬物の乱用や援助交際などをしてしまうことがあります。他にも、気
こんにちは。ご覧いただきありがとうございます昨日、1冊の本に出会いました。「ちいさなチカラあいとセリ」発行は2008年著者は、咲セリさん。ご自分の体験を綴っています。初めはブログに投稿していましたがのちに書籍になったようです。セリさんのブログから出会いは繁華街の路上。フラフラと死にそうになりながら歩いていた彼女は、偶然通りかかった私の膝によじ登り、そのまま降りなくなりました。歯という歯が抜け落ち、ノミにシラミ、ダニだらけ。3歳以上にもなるのに、体重は1.6キロ
「ニシ、境界性パーソナリティ障害なんじゃない?」と河野院長に言われたことがある、らしい。らしい、というのは自分では覚えていなかったから。だいぶPMS(月経前症候群)が落ち着いてきた頃、(症状が毎月ではなくなった、というだけで、荒れる月は荒れてたけどね)なにかのきっかけでこの記事(「生きたい」も「死にたい」も、私にとって大切な感情なんです。気持ちの変化が激しい境界性パーソナリティ障害とともに生きる咲セリさん)を読んで、「あ、私、これだった!」と思った。
私は、今、ひとつの夢を持っています。かつて劇団をしていた経験から、もう一度だけ、舞台を打ちたいという夢。そのために昔の仲間たちに声をかけて、2020年5月に、公演を打つことに決めました。だけど、みんな、忙しい「大人」。若かったころとは違って、それぞれに抱える物があり、なかなか稽古の時間がとれなかったり、私が書いた台本を演出家さんに送っても、返事がなかなかもらえなかったり……。病気の症状から「待つ」ということが苦手で、「皆、嫌々やってるに違いない」と妄想してしまう私は、やりた
(続きです)子どもが、生きづらさで悩んでいる時。自傷行為をしたり、「死にたい」と言ったり、暴れたり、暴力をふるったり……。そんなとき、家族はどうすればいいのでしょうか?たいていの場合、戸惑って、何が起きたのか、わからなくなってしまいますよね。私が、そうして、家で手が付けられなくなっていた時、私だったら、こうしてほしかったなということがあります。ただ、抱きしめてほしかった。100%の力で、私が暴れていたとしたら、120%の優しい力で。私を包み込んでほしかったな、と思いま
私のもとに届く相談ごとの第一位は、「死にたい」ということ。そして、第二位が、「家族がわかってくれない」ということです。「死にたい」については、今まで書きましたので、今日は、「家族がわかってくれない」について、書いていければと思います。とにかく、ご相談をくださる方は、家族から、つらい言葉を投げかけられるといいます。「甘えている」「みんなできてるのに」「病気だなんて恥ずかしいから、誰にも言わないで」これらは、家族でなくても、投げかけられたら、傷つく言葉。それを、一番、身近
(続きです)カミングアウトのコツ。と、いうと、なんだか大層ですが、自分自身が実感したのは、ただカミングアウトされただけでは、相手が、戸惑っちゃうことが多かったなということです。内容がヘビーであればあるほど、やっぱり驚くし、どうしていいかわからなくなるし、結果、腫物に触れるような対応になってしまう人も少なくありません。そこで、私の場合、カミングアウトするときは、同時に、「なぜカミングアウトしたか」「カミングアウトした内容の詳細」「聞いて、どうしてほしいか」を、伝えるよう
(続きです)カミングアウトしたことへの非難の声。それを乗り切ることができたのは、私自身の強さでは、ぜんぜんありません。落ち込む私を励ましてくれたのは、身近な信頼のおける人たちはもちろんですが、それ以上に……会ったこともない、ネットの上でつながった、数えきれない人たちの「私もです」の、カミングアウトの声でした。「私も心の病気です」「私も風俗で働いていました」「私も性に依存しています」「私も摂食障害です」「私も……」そして、彼ら、彼女たちは言ってくれました。「セリさん
「よく、心の病気のことや、風俗勤めのことを、カミングアウトされましたね」そう驚かれることが、しばしばあります。たしかに、と、他者の目になると納得します。心の病気については、もちろん、風俗勤めになるとなおさら、偏見の目で見られることは、少なくないですよね。でも、私には、「それも含めて周りに伝えられるか?」という、自分への踏み絵みたいなのがあったんだと思うんです。自分の人生を誇れるか?後悔していないか?みたいな。でも、まずは、夫のことが気になりました。夫には何もかも話していま
「自分を大切にして」「自分を愛して」そんな風に言われて、とまどったことはありませんか?私は、しょっちゅうでした。幼少期に、精神的虐待の中で過ごした私は、そこに、「大切」や「愛」を感じることはできませんでした。だから、私が、体を売っていた時、母に、「自分を大切にしてください」という手紙を受け取り、ものすごく、腹が立ちました。「私には、大切のしかたなんて、わからない」「そもそも、あなたたちは、大切にしてくれたの?」大人になって、精神疾患系の本を書くようになり、大体そのオチと
(続きです)「生まれ直しの儀式」で、卵になって眠った夜。じっくり眠れたでしょうか?安心できたでしょうか?もし、まだなら、この一連の流れは、毎日、繰り返してもらうと効果があります。さて、【朝編】。今度は、卵から孵って、文字通り「生まれなおす」ところからはじまります。目が覚めたら、生まれなおしの儀式をしてくれる人を呼びましょう。そして、頭を撫でてもらったりしながら、まだ眠い心のまま、夜の用に会話をかわすのです。私「今日の卵は何色?」彼「朝焼け色かな(何色でもかまいません)」
(続ですき)「生まれ直しの儀式」そういうと怪しげですが、簡単に言うと、傷ついた幼少期、愛情を与えられなかった幼少期を、もう一度、生まれなおそう。0からやりなおそうという試みです。やり方は、2つ。やる時間は、夜と朝です。少し大変なのが、これには、自分以外の、もうひとりが必要という点です。パートナーでも、家族でもいい。お子さんが問題を抱えていたら、その親御さんでもいいでしょう。この「生まれ直しの儀式」をしていただきます。まずは、【夜編】です。この時は、日常の疲れから身を守
「生まれた時から、やりなおせたらな」そんなことを思うことは、ありませんか?そこは、機能不全家族の家庭ではなく、自分を否定されることもなく、愛情を存分に注いでくれる……。そんな夢のような家庭が、自分の家なら、もしかしたら、自分は、今の生きづらさを抱えずにすんだかもしれない、と。私は、何度も思いました。私がゆがんでしまったのは、家族のせい。私が心の病気になってしまったのは、家族のせい。私が「死にたい」と思うのは、家族のせい。だけど、どれだけ願っても、自分の生まれた場所を変える
昨日は、「もし“死にたい”と伝えられたら?」その時の、周りの人へのお願いを書きました。今日は、「死にたい」と思っている方へ。どう、周りに伝えたらいいかを書かせて頂ければと思います。死にたい時。もう、今すぐでも、命を絶ってやろうかと思った時。だけど、誰かに、「死にたい」と言えた時……。私は、すばらしい勇気だと思います。そして、そうできたあなたは、やっぱり、やっぱり、まだ生きられるのなら、生きてみたいのだと信じています。だから、追い詰められた状態で、「死にたい」が、こぼれてし
「死にたい……」そう言われた時、あなたが、その人のそばにいたら、どうするでしょうか?生きづらさを抱えている人と一緒にいると、こういった事態は、頻繁にありますよね。そこで、こんな時、どうしてほしいか。生きづらさを抱え、死にたい気持ちを抱える代表として、そばにいる方に、お願いさせて頂ければと思います。まず……どうか、感情に任せて、叱らないでください。「なんで、そんなこと言うの!?」「死にたいなんて、言っちゃだめだよ」「そんなこと言われたら、私がつらいよ」「世の中には、生きた
物事がうまくいかない時、思ったように進まなかったとき、私たちは、やりきれない思いを抱えてしまいますよね。それは、生きづらさを抱える人だけでなく、一般的な人も同じこと。だけど、生きづらさを抱える私たちは、そんな時、つい、「うまくいかない原因」ひとつひとつを、大げさにとらえ、自分一人で背負って、早急な答えを出してしまいがちです。たとえば、ひとりではできない企画を始動させたいと思った時のこと。その企画が斬新であればあるほど、当然、まず、賛否が分かれます。そんな時、「どんなことだっ
今は、朝の4時。最近、どうしても、早朝に目が覚めてしまいます。最初は、「これじゃ睡眠が足りない」と躍起になって、睡眠導入剤を多めに飲んだり、ベッドで動かないようにしていたのですが…あきらめました。きっと、今はこういうサイクルで、また、一般的な睡眠時間になる日もくるんじゃないかと。でも、そう思えるまで、時間がかかりました。私たち生きづらさを抱える人って、「ふつう」から放れるのが、すごく苦手ですよね。みんながやっていることができないと、それだけで、自分を「だめな人間」だとレッテ
私は、生きづらさを抱えるようになってから、失ってしまったものが、いくつかあります。しあわせを、感じられる心。愛する人を、信じる心。そして、夢を描く心。これは、ニワトリが先か、タマゴが先かの問題で、そんなふうになってしまったから、生きづらくなったのかもしれません。ともかく、私は、小さなころはできていたことが――一般的な人が、あたりまえにできていることが――できないし、やり方も忘れてしまいました。心の病気の診断名がつき、私の感情や生活には、ますます制限がかけられました。どんな
(続きです)不安に頭を乗っ取られてしまう時、どうすればいいか。何か、気を紛らわせることをしたらいい?不安の原因を分析すればいい?不安そのものを、考えないようにすればいい?そんなふうに、私たちは、不安を、「コントロール」しようとします。これは将来的には大切なステップ。だけど、不安の最中にいるときは、少し、視点を変えてほしいのです。そもそも、なぜ、不安が現れたのか?それは、実は、生きづらい私たちを守るためなんです。不安になることで、酷い状態が起こらないよう、先にSOSを
「不安感」この感情に、一日中身を置き、振り回されている、生きづらい方は多いのではないでしょうか?私は、20代の頃から、この「不安」と、まるで、臓器の一部のようにつきあってきました。たとえば、人に見捨てられるのではないか、という不安。他者よりも、何もかも劣っているのではないか、という不安。出かけている間に、家に何かあったらどうしよう、という不安。お金が無くなって、生きていけなくなったら、という不安。「死にたい」とか言ってるくせに、事故で突然死したらどうしよう、という不安。一日
生きづらさを抱える人が、苦手とすること。その中の上位にランクインするのが、「人付き合い」ではないでしょうか?パートナーはもちろんですが、今回は、友達づきあいについても考えてみたいと思います。もともと、友達を作ることが得意ではない人が多いように感じますが、運良く、親密な友人ができたとしても、私たち生きづらさを抱える人は、その交友に、人一倍労力を使います。まず、自分に自信がないから、相手が自分を必要としてくれる理由がわからない。そうすると、「いつか、自分なんて捨てられるんじゃな
(続きです)「生きていてもいですか」の問いへの答え――。その前に、少しだけ、私の話をさせてください。私は、ずっと、私は生きてちゃだめだと思っていて、だから、何度も自殺未遂をしました。でも、そのたび、生き延びてしまいました。幾度となく、死んでもおかしくないような状態で、想像もしていなかったところから、救いの手が差し伸べられました。だから…自殺未遂にも疲れ果てたある時、思ったんです。「生きていてもいい」んじゃなくて、私は、「生きなきゃいけない」んじゃないかな、と。私の主治医
「生きていてもいいですか」これは、私の大好きな、中島みゆきさんの、アルバムのタイトルです。この言葉を目にしたとき、胸をズガンと打ち抜かれ、涙が止まらなかったのを覚えています。当時、私は、15歳で、夢も希望もあっておかしくない年頃なのに、家庭内では精神的虐待を受け、学校ではいじめを受け、居場所なんて、どこにもないような気がしていました。そして、そんな状態になっていることに、疑問を抱くでなく、怒りを抱くでなく、「当然だ」と思っていたのです。だって、私は、この世に必要のない人