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こんにちは。しおりんです❤️この日は早起きして鞍馬山へ。かなり体力ついたから大丈夫かと思ってましたが、結構キツかった。(その日の夜に前のめりに生理来ちゃったのでそれもあったかも。)魔王殿と※時間の兼ね合いで魔王殿のみ貴船神社行ってまいりました✨✨貴船神社は『氣が生まれる=氣生嶺、氣生根』が語源になっているそうで、やはり日本語の言靈(と言うかダジャレ?)は面白いなぁと思います。場所は変わって安倍晴明神社も参拝しました。ここは陰陽師の安倍晴明が祀られている神社なのですが、実は友
下、『今昔物語集①』(『新編日本古典文学全集㉟』、小学館、1999年)より。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー玄昉僧正亘唐伝法相語[ぐゑんぼうそうじやうたうにわたりてほふさうをつたふること]第六p.52〜56今昔[いまはむかし]、聖武天皇[しやうむてんわう]ノ御代[みよ]ニ、玄昉[ぐゑんばう]ト云[い]フ僧[そう]有[あり]ケリ。俗姓ハ阿刀[あと]ノ氏、大和国[やまとのくに]、□□ノ郡[こほり]ノ人也。幼[をさな]クシテ□□ト云[いふ]人ニ随[したがひ]テ出家
おはこんばんちわ~老恋ジャーシニア成龍ですしばらく負の遺産の相続放棄のため役所や裁判所へ通いへとへとです一段落して今、普通に生きていることを「ありがたい」と思いますこの気持ちを持ち続けよう~752年東大寺の大仏の開眼供養が行われた日に由来NHKのドラマ「大仏開眼」を思いだします吉備真備の目線から大仏建立から藤原仲麻呂の乱までをえがいていましたまいたの!老恋ジャーシニアの旅春の巡礼に
以下、『江談抄』(『新日本文学体系32』、岩波書店、1997年)より。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー第3(3)安倍仲麿[あべのなかまろ]歌を読む事「霊亀二年、遣唐使と為り仲麿、渡唐の後、帰朝せず。漢家[かんか]の楼上において餓死す。吉備大臣後[のち]に渡唐の時、鬼の形に見[あらは]れて、吉備大臣と言談[げんだん]して唐土の事を相教ふ。仲麿は帰朝せざる人なり。歌を読むことに禁忌有るべからずといへども、なほ快からざるか、いかん」と。師清[もろきよ]、手づから返すなり
第3(1)吉備入唐[につとう]の間の事(2022年3月30日投稿)
ちょっとみんなこいつを見てくれ何が好きかで自分を語れよ系の人とかキャラって他人の好きなものに対しては素直にナチュラルに貶したりしてそうなんだよな~—さおとめいつか(@psvita3ds)March15,2026どういうことかというと、「何が好きかで自分を語れよ」というのはルフィの絵と共に発信されることでお馴染みですが、ルフィのキャラ的にはナチュラルに好き嫌いを言ってそうですよね?元のセリフを言ってる漫画の人物(吉備真備)がこれを言わされてる事で察せるのですが「何
日本に帰還した真備は、六年前に藤原四兄弟が、痘瘡の犠牲になった後でも、その子供達の藤原一門と真備たちの争いは続いていた。唐に残った阿部仲麻呂は、用間(スパイ)として、なり振り構わずに高級官僚になる為の努力をしていた。二人が日本と唐で、お互いに日本国の為に奮闘する内容です。真備は天平勝宝三年(七五一)五年前、吉備一団を代表する地位に着き、吉備朝臣の性を受けて、吉備真備と改名する。十八年後、天宝十一載(七五ニ)五十八歳、再び唐へ目的が鑑真上人と日本へ招くこと、仲麻呂の密命である『魏略』とい
1/26料理中にきた言葉意識「きびの(まひと?)」←語尾曖昧調べると「きびのまきび」へ↓この日はお散歩がてら近所の神社仏閣巡りをしていたその中で菅原道真公へも参拝していたその参拝後の料理中にきた言葉だった事で何か繋がり的なものを感じる1/27久しぶりの玉名巡りへ!前回玉名巡りをしたとき正直に言うと土地柄的でもあるのか何か心がスッキリ晴れないで終わっていた『1181.繁根木八幡宮~風雲児~疋野神社』『1180.玉名巡り~宇都宮神社~金の屏風•春風』暗い朝に目が覚めた
もう一ヶ月近く経っていますが、年末に福岡、熊本に行ってきました。目的は歴史旅ということで、後漢書や魏志倭人伝、そして飛鳥時代の古代城址を巡ってきました。この日も、前回の高知・徳島の旅と同じく、名古屋発7:06の「のぞみ277」で旅をスタートさせました。3連休の初日という事で、この日も指定券はすべて売り切れていました。前日に降った雪で、関ヶ原から滋賀県にかけては雪国のような景色でした。新大阪で、座席が埋まりましたが、広島を過ぎると空席も見受けられるようになりました。10:24に博
みなさんおはようございます~(^_^)体調はかなり回復しました、咳が止まった寒気がなくなった、ほぼ完治です大阪天満宮その3です霊符社です、祭神は天御中主神ここにはそっくりの狛犬さんが3対あります少しだけ大きいのがここです松尾社、祭神は大山咋神2対目の狛犬さんです似てます、年代も同じみたいです八幡宮、祭神は八幡神応神天皇ですね3対目の間にここだけ違いますしかしここの狛犬さんが一番好きかも?吉備社、祭神は吉備真備公ここだけ扁額がない3対目です、奉納はバラバラですが時期は
クローバープラザクローバープラザCloverPlaza(福岡県春日市)福岡県春日市に立地する福岡県立の複合施設「クローバープラザ(CloverPlaza)」の公式サイトです。JR春日駅から徒歩1分。www.cloverplaza.jp先月、春日駐屯地を見学した帰り、近くのクローバープラザ前でこんな案内看板を見かけました。この場所から、50本近い弥生時代の銅戈が発見されたようです。※銅剣(イメージ)原町遺跡は、須玖岡本遺跡群の一角で、近くに「春日市奴
『令和7.12.18.鹿・鶏・市民農園物語』『令和7.12.16.現代に生きる◯◯展(奈良教育大教育資料館)』『令和7.12.17.白矮鶏が⭐︎になりました。』『令和7.12.16.浮見堂・鶏…ameblo.jp『令和7.12.16.現代に生きる◯◯展(奈良教育大教育資料館)』『令和7.12.17.白矮鶏が⭐︎になりました。』『令和7.12.16.浮見堂・鶏活・市民農園物語』『令和7.12.14.京都タワー・鶏活・市民農園…ameblo.jp新薬師寺旧境内展。奈良教
遣唐使の吉備真備の観音信仰から、行基に頼み造らせたと伝わる古仏。元は、吉田寺というお寺のご本尊だったのが、江戸時代に廃寺となり、徳川幕府の命により金戒光明寺に移ったそうです。行基菩薩の名前が出るということは、大変古い歴史があり、創建以前の仏像です。270cmと大きく、顔もやや大きく造られていて、全体的にどっしりとした重厚感のある千手観音立像です。交通安全や厄除け、かつては安産祈願など、多方面で信仰を集めてきた観音様です。
11月30日(日)近江八幡市の賀茂神社の馬上武芸奉納祭に行ってきました賀茂神社は、約1,300年の歴史を誇る古社です。奈良時代の聖武天皇の時代、吉備真備が日本の災いを封じ、国民の安寧を願うためにふさわしい場所として定めたと伝えられています。この神社の最も特徴的な祭事が、競馬神事です。1090年より続くこの神事は、七頭の神馬が砂利を敷き詰めた馬場を勇壮に駆け抜ける様は、見るものを圧倒します。木々のトンネルの中を疾走する騎手と馬、400メートルの直線コースを颯爽とすり抜け競い合う姿は、
先日、岡山へ弾丸1泊2日の旅行へ行ってきました今回の目的は萩原工業の株主工場見学会への参加!尾道観光です!ただ、宿泊をともなう国内一人旅はしたことがなく不安。。あと、一人外食が苦手。。(海外一人旅は全然大丈夫なのになぜ??)なので、誰かを誘おうと思ったが、萩原工業の工場見学会は月曜日!参加できるのは私一人なので、私だけ行ってくるんだけど、一人で行くのは嫌だから有給とって付いてきて!とはとても言えない。。そこで選ばれたのは父!こんな
遣唐使(けんとうし)とは、日本が唐に派遣した使節である。日本側の史料では、唐の皇帝と同等に交易・外交をしていたと記して対等な姿勢をとろうとしたが、唐の認識として朝貢国として扱い、『旧唐書』や『新唐書』の記述では「倭国が唐に派遣した朝貢使」とされる。中国大陸では618年に隋が滅亡し唐が建国されたため、それまで派遣していた遣隋使に替えてこの名称となった。舒明天皇2年(630年)に始まり、以降十数回にわたって200年以上の間、遣唐使を派遣した。最終は承和5年(838年)。さらにその後、寛平6年(
お読みいただきありがとうございます。人生の彩どり師・関みゆ紀です。愛しの「うしろの三五太郎」12巻~そして今を生きる~私の後ろにいらっしゃる指導霊、巫女さんの「うしろの三五太郎」(うしろのみこたろう)さんのお話しをいたします。本当のお名前がわからないので、私が名付けました。生前は、巫女さんをやっておられた方のようです。両親ともにバリバリの陰陽師で、筋金入りの巫女さんであります。太郎とついておりますが、私の指導霊さんは、女性でございます。かの有名なつのだじろう先生の名作漫画
今日は広峯神社での御柱祭の日です。昨年は大病をして退院直後でしたので参拝に行けませんでしたが、今年は2年ぶりにカメラっ持って行って来ました。広峯神社についてはそれほど詳しくないので、間違えると迷惑をかけます。なので詳細はネットで検索してください。概要の一部を掲載します。神事に続き、御柱に火が入るのは17時すぎになりますので、自宅を出たのは15時すぎです。神事はすでに始まっておりましたが、拝殿には上がらず広場で待ちます。コロナ以前にHK大河ドラマで黒田官兵衛が放映されたことをご存知でし
聖武天皇佐保山南陵(法蓮北畑古墳)参道。🙏御陵の中に鹿が。。。🦌光明皇后陵(光明子)若草山。聖武天皇の生い立ち「聖武天皇」(しょうむてんのう)は、701年(大宝元年)に第42代「文武天皇」(もんむてんのう)の第1皇子として誕生しました。諱(いみな:生前の実名)は「首」(おびと)、諡(おくりな:死後に贈られる名)は「天璽国押開豊桜彦天皇」(あめしるしくにおしはらきとよさくらひこのすめらみこと)、「勝宝感神聖武皇帝」(しょうほうかんじんしょうむこうてい)と号されています。母である
10月4日倉敷市真備町地区ゆかりの吉備真備公の、遺徳をしのぶ「弾琴祭」今年は雨で会場が地元の小学校の体育館に変更花火は例年通り琴弾岩の正面の河原から当然のことながら見学者はナシショボショボ雨の中傘をさしながらいつも2台体制で撮るのですがレリーズ一つを忘れ…仕方ないのでスマホでカメラの操作をしようとしたけどWi-Fiが弱いのかクルクル回るだけで全然動かないで今回は一台で最初の花火全然画角に入ってない真上で開いたという感じ大音量で響き渡りうわぁー!でした。
先日、ご縁をいただき、近江八幡賀茂神社さまの吉備真備公薨去1250年式年祭に参加いたしました。(一社)日本占術協会からは、アイラ・アリス副会長をはじめ、関係者5名が参加しました。以前シンポジウムで「フトマニ」の講演をして下さった北川隆三郎先生も参加されました。奈良時代、陰陽道を確立されたという吉備真備公に思いを寄せ、易道・占術・「フトマニ」などに思いを寄せるひとときでした。岡田能正宮司さま、ご一緒させていただきました皆様、ありがとうございました。ご縁に心より感謝申し上げます。今回は、
『令和7.9.28.木津川アート2025』『令和7.9.29.鶏活・市民農園物語』『令和7.9.28.京都散歩・鶏活・市民農園物語』『令和7.9.28.スプリンターSG1』『令和7.9.27…ameblo.jp『令和7.9.29.鶏活・市民農園物語』『令和7.9.28.京都散歩・鶏活・市民農園物語』『令和7.9.28.スプリンターSG1』『令和7.9.27.奈良公園・鶏活・市民農園物語』『令和7…ameblo.jp『どちらも闇の深い事件ですよヾ(゜-゜)』白州よみひと氏が
今日は、倉敷市真備町箭田にある「まきび公園」に行ってきましたよ。中国西安市に吉備真備公の記念碑が建立されたのを記念して造られた、古代中国風の公園だそうです。六角亭、池や流水、植えられている植物を眺めながら、中国の雰囲気が漂う公園を散策しましたよ。百日紅の花がきれいに咲いていて、池には錦鯉が泳ぎ、池の上には、ギンヤンマがスイスイ飛んでいました。暑さもだいぶ和らぎ、ゆっくり散歩できましたよ。
当ブログは趣味の釣りや自然観察郷土の歴史、庭仕事、家庭菜園など田舎暮らしの様子を岡山県からお届けしている日記ブログです。みな様おはようございます。本日もご訪問ございます。今日は9月21日(日曜日)(路上観察)ご覧いただいているのは、倉敷真備町にある真備中学校美術部の生徒さん8人が、第三セクター井原鉄道の橋脚に描いた絵です。真備町出身の遣唐使で右大臣であった吉備真備(695~775年)が中秋の名月の下で琴を弾いたとされる「
倉敷市での奈良時代の有名人である吉備真備(きびのまきび)ゆかりの地をバイクで回ってきました。吉備真備は、奈良時代の学者・政治家で、留学生・遣唐副使として儒学・天文学などを学んだあと、帰国して右大臣にまで昇進された方となります。まずは、倉敷市真備町メイン通りの486号線から少し入ったところにある、まきび公園へ。入り口すぐ入った所にある、倉敷市真備町の観光案内板。公園内には中華風の建物が多くあり、そのうちの一つであるまきび記念館。真備公の人物像や歴史について、写真やパネル等を展
資料館2階には壁面いっぱい、たくさんの絵馬が掛けられています。滋賀県近江八幡市加茂町にある、賀茂神社(かもじんじゃ)。別名、「御猟野乃杜・賀茂神社」(みかりののもり・かもじんじゃ)と称されています。賀茂神社は、約1,300年の歴史を誇る古社です。奈良時代の聖武天皇の時代、陰陽道の祖といわれる、吉備真備(きびのまきび)が日本の災いを封じ、国民の安寧を願うためにふさわしい場所として定めたと伝えられています。日本の「気」が集まる地に災いを封じ込めるため、陰陽道にて創建された神社は、日本の
京阪奈国宝まつり152025年6月13日異文化交流の象徴として「吉備大臣入唐絵巻巻第4」がはるばるボストンから送られてきました。ということで「エピローグ異文化を越えるのは、誰?」の答えは、吉備真備でした。「日本、美のるつぼ―異文化交流の軌跡」は吉備大臣の大冒険で締めくくられましたが、最後の最後に特別展示で美のるつぼが幕を下ろしました。「李訓墓誌」の画像展示は、唐時代の李訓の墓誌を写真パネルなどで再現し、紹介する形式がとられています。この展示では、吉備真備が筆記し
京阪奈国宝まつり512025年6月13日いよいよ「日本、美のるつぼ―異文化交流の軌跡」も残すところ「エピローグ異文化を越えるのは、誰?」だけとなりました。「異文化を越えるのは、誰?」は、文化の壁を超える美術の力に焦点を当てた象徴的なテーマです。この問いは、異文化交流や美術の役割を深く考える契機となる内容であり、「吉備大臣入唐絵巻」などの作品が注目されています。特に、異文化の受容や交流の中で生まれる芸術の普遍性や、その中にひそむ課題にスポットライトを当てています。美術がどの
昨日は、倉敷市真備町箭田にある「まきび公園」に行ってきましたよ。中国西安市に吉備真備公の記念碑が建立されたのを記念して造られた、古代中国風の公園だそうです。この日は、公園内にある「まきび記念館」も、「たけのこ茶屋」も閉まっていて、人も誰もいませんでしたが、六角亭、池や流水、植えられている植物を眺めながら、中国の雰囲気が漂う公園をゆっくり散策しましたよ。秋には紅葉、冬には梅の花、春には桜が楽しめるようなので、また違う季節に来たいですね。でも、この日は、ちょっと暑かったです
★スプーン曲げ(超能力)💭💬あの世の吉備真備先生と出会って間もない頃の出来事でした★2012年7月11日のメモ(ノート)↓↓↓↓🔹僧侶とは~私のメインの指導霊さま(密教の僧侶)です