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2024.12.3.小牧山城~犬山城と立ち寄りこの遠征の、目的だった『美濃金山城』へずっと、行ってみたかった山城跡ですが、場所的に何かの流れでは行きにくく、ピンポイントで狙って行かないと、行けない所で今回、ようやく行く事が出来ましたアクセスも、近くまで車で行けるので助かります登城口少し上ると、石垣の跡が美濃金山城は廃城とともに破城され、石垣は崩されてしまっていますテンションアゲアゲで進みます大手の桝形虎口跡美濃金山城跡の見どころ
こんばんは😁Hickeyです😁おい❗️コラ❗️待て‼️プラサンこと台風14号❗️急カーブして日本に向かってくるだと⁉️😱日本に上陸する前に温帯低気圧になるらしいが…秋雨前線が刺激され大雨になる予報も…⁉️かんべんしてくれよな🫵😒憲法9条の会‼️台風を憲法9条で追い払ってくれ😛大谷翔平⚾️キターヾ(°∀°)/ー!51ー51【Hickeyの今日は何の日?🤔】令和6年(2019)9月20日LAドジャースの大谷翔平⚾️がMIAマーリンズ戦において前人未到の51ー51を
美濃金山城跡をめぐった後は、城下町兼山をめぐります。町の北側を木曽川が流れ、古くから人や物が行き交う場所で交通の要衝でした。そんな場所に天文6年(1537)斎藤大納言正義が烏峰城を造りました。永禄8年(1565)森可成が入城し「金山城」と改称します。可成が亡くなると長可が城主となります。その長可が町を改造し、信長に願い出て「海魚」「塩」の専売を認めてもらい、湊町として発展さます。その専売権は明治になるまで続き、兼山は商業の町として栄えました。もとは「金山」と書きましたが、関ケ原の戦い
26キロウォーキングで調子に乗ってまた新しい企画!!30キロ!①中山道、中津川から釜戸への企画②森乱丸の故郷、金山城の登城③犬山城への旅迷いましたが、②の決行です!!金山城は、鮎釣の白川によく通る場所でした予定32キロ!!なんとかなるでしょう😁土岐市から国道21号で御嶽宿を目指します御嶽海、御嶽ホルモン、御嶽宿!あっ!「みたけ」と読みます!「中山道みたけ館」開館5分前に開けて頂きました!!人徳です😁関係者の方々の配慮に感謝です!御嶽?可児?の有名人「可児才蔵」
大河ドラマ「麒麟がくる」の最後の方に登場し、光秀に掴みかかる、本能寺で戦う等の活躍を魅せた「森蘭丸」。その森蘭丸は岐阜県可児市兼山が生誕地であり、森家の菩提寺「可成寺(かじょうじ)」にお墓があります。【森蘭丸の生誕地可児市兼山】戦国山城ミュージアムと可成寺森蘭丸生誕地、可児市兼山の戦国山城ミュージアムと可成寺をご紹介します。詳細動画は下にあります。★【可成寺】戦国時代最強イケメン・森蘭丸のお墓があります!https://youtu.be/V-r4aJeXJmw★【戦国山城ミュージアム
可成寺…行きたいなぁ…😢卒業旅行の歳にお邪魔したい場所です…コロナ収まってたら行きたい…
今回は戦国時代人気ナンバーワンイケメンの森蘭丸のお墓がある【可成寺】をご紹介します!【可成寺】2分でわかる!戦国時代最強イケメン・森蘭丸のお墓があります!https://youtu.be/V-r4aJeXJmw【可成寺】2分でわかる!戦国時代最強イケメン・森蘭丸のお墓があります!今回は、歴女に大人気の戦国最高イケメン・あります森蘭丸のお墓がある【可成寺】のご紹介です。森長可の鬼武蔵の由来についてもご紹介します。*歴史については諸説ありが前提でお願いします。その地にある資料や伝説を尊重
先日6月2日は、本能寺の変の日でしたね。毎年なら、今週末は、岐阜県可児市の森家の菩提寺、可成寺で本能寺の変で殉死した森蘭丸・坊丸・力丸の供養祭で参加していますが、本年は供養祭は、残念ながら中止となってしまいました。今は、兼山に行けないけど落ち着いたらお墓参りに行ってこようと思います。↑試着体験のスタッフしていますが、コロナのせいで最近、鎧着てなーい!!!↑伝森可成の黒革包畦目綴二枚胴具足のレプリカです。↑新緑の可成寺。↑森蘭丸・坊丸・力丸のお墓。地元の有志の方々に大切もさ
可児市兼山にある臨済宗妙心寺派の寺院です。御本尊釈迦如来森氏(織田信長の小姓、森蘭丸一族)の菩提寺として知られる。元亀2年(1571年)、美濃金山城主で森氏当主の森可成が宇佐山城の戦いで死去したため、嫡子の森長可が菩提寺として栄巌を開山に招いて美濃金山城の東にある寺が峰に創建した。本堂鐘楼
大河ドラマ「麒麟がくる」で今アツい東美濃の山城。そんな雰囲気を味わいたくて出掛けた東美濃の戦国エリアめぐり。恵那・可児の2つの大河ドラマ館を経由して、最後はコチラ、森一族の金山城跡のある兼山地区で締めました。兼山といえばこの御仁です。森蘭丸(金山城冠木門)コチラのお乱さん、実は2回目の御対面。相変わらず、旅役者一座の座長風ではありますが、ちょっとだけまた年季が入ったっぽいですね。1回目は推定年齢65歳とさせていただきましたが、今回は68歳とさせてもらいます。金山城跡でいた
皆さんこんにちは!森こうじです。先日のことですが、家業で岐阜県可児市へ行った帰り道にちょっと寄り道を。本能寺の変で織田信長と共に果てた森蘭丸、坊丸、力丸の眠る可成寺へ!可成寺ですね中に入って、、まずはルーティンである自動案内機へ100円を森家の歴史や森蘭丸のエピソードを聞けるアナウンスが流れます。観光客みたいでしょ。そしてお墓へ向かって右が「力丸」真ん中が「蘭丸」左が「坊丸」です。ここへ来るといつもいろいろと考え事をします。お参りをしてその後は蘭丸ふる里
森可成の五男、力丸。坊丸同様、彼にもこれと言った逸話っぽい逸話がないんですよね💧信長公の小姓で、森可成の息子で、「本能寺の変」で討死した、確実なのはそのくらいではないでしょうか……。(※もし「いやあるよ!ふざけんな!力丸様はなぁ……」と情報をお持ちの方は教えて下さい。マジで。力丸くん可愛い💕)この肖像画を見て思うのは、「いや、力丸様ブラザーズ内で飛びぬけてイケメンじゃね❓❓」ということです。(いや、肖像画は大抵後世に描かれるから本人が本当に美少年かは分かりませんが……でもこの絵
全国山城サミット2019in可児大会まで、あと18日最初は夜行バスで行こうかなーと思ってたんですが、費用や日程を見直し、そして飛行機に乗りたいという欲求を堪え切れずにいるうちに、飛行機で行くことにしました。8日に名古屋観光した後に可児市に入り、9日・10日と全力でサミットで大騒ぎして来ます🐵名古屋に行ったらイケメンゴリラで有名なシャバーニくん🦍に会いに行くか、名古屋城にお邪魔するか、未だに悩み中です(+o+)名古屋観光したら、絶対に森家ゆかりの地をめぐらねば。可成寺やミュージ
正式には臨済宗妙心寺派大龍山可成禪寺。ご本尊は、釈迦如来さま。創建は、元亀2年(1571年)戦国時代の金山城主、森家の菩提寺でもあります。山門です。本堂です。本堂裏の山、小高い所にあります。森家と言えば~戦国時代織田信長に仕えた、森蘭丸・坊丸・力丸が有名です。金山城主、歴代のお墓です。本能寺の変で、亡くなった「森三兄弟」のお墓です。若干、16才・17才・18才!これが、戦国の世だったのでしょうか。今日は、ご住職がお見え
岐阜県可児市兼山町で開催された蘭丸祭(供養祭)に参加しましたのでレポです。例年どおり蘭丸プロジェクツ主催の甲冑の試着体験のスタッフをしておりました。織田信長と共に森蘭丸が本能寺で最期を遂げてから430余年の月日が流れました。森蘭丸所縁地、岐阜県可児市兼山可成寺(かじょうじ)において『蘭丸祭』を命日ピッタリ6/2(日)に開催します。↑空いている時間にちょっと撮影。昨年の岡山県立博物館の甲冑企画展でも本物が展示されてありました。本物は、兜は鉄錆地で大釘は銀箔押し、意外と印象が異なる。
今週末の日曜日に開催されます。織田信長と共に森蘭丸が本能寺で最期を遂げてから430余年の月日が流れました。森蘭丸所縁地、岐阜県可児市兼山可成寺(かじょうじ)において『蘭丸祭』を命日ピッタリ6/2(日)に開催します。日時6/2(日)9時〜13時場所可成寺09:30〜烏峰太鼓演奏10:00〜読経・焼香10:30〜筑前琵琶奉納演奏奏者田中旭泉氏演目広徳寺・本能寺11:15〜歴史談話講師長江真和氏(可児市学芸員)「続100名城美濃金山城の発展について」
⚔️⚔️⚔️岐阜‼️…美濃‼️。。乱丸‼️。。。『可児』。。『兼山』。。【森家の菩提寺】「大龍山可成禅寺(だいりゅうさんかじょうぜんじ)」妙向尼(みょうこうに)が、『江州宇佐山の戦い』で戦死した夫・森可成公の菩提を弔うため長可を開墓とし、栄厳禅師を請して創建した『森家の菩提寺』さすがに‼️…この辺りは。。雪が。。。❄️『可成寺』『可成寺』(かじょうじ)は、岐阜県可児市兼山にある臨済宗妙心寺派の寺院。【山号】は『大龍山』、【本尊】は『釈迦如来』
7月15日(日)今日は可児市の戦国史跡巡りをしてきました朝一で訪れたのは「蘭丸ふる里の森」コレわかります?↓鶴丸紋です♡伝承蘭丸産湯の井戸当時、金山城内には井戸がなかった為こちらの水を使ったそうな本当は「金山城跡」にも登りたかったけど、朝からの猛暑!!今回は見送りに。次に向かったのは先頃オープンしたという「可児市戦国山城ミュージアム」♡時刻はAM9時過ぎパパとポメラ達には近郊にある「アウトドアグッズ店」や「カインズホーム」で時間をつぶしてもらうことに。(うるふマ
2018年6月3日(日)の森蘭丸の生誕地、兼山の菩提寺可成寺で開催された蘭丸祭(供養祭)に甲冑の着付けスタッフとして参加してきました。この日は、晴天に恵まれて可成寺にて静かな読経が聞こえてきました。天正10年(1582)、6月2日、織田信長と共に森蘭丸が本能寺で最期を遂げてから430余年の月日が流れました。森蘭丸の生誕地、岐阜県可児市兼山では6月第一日曜日、蘭丸の父「森可成」が戦死した際に創建された森家菩提寺、可成寺において蘭丸祭が開催されました。天正10年(1582)↑着付けコーナーに
岐阜県可児市兼山にある森家の菩提寺可成寺(かじょうじ)へ参りました。金山城跡から車で数分。因みに、この前の道を左へ数分行くと兼山歴史民俗資料館がある。金山城やこの地方の城跡のパンフが手に入りますよ。延命地蔵尊のお堂。お地蔵さん膝立ててはる。岐阜県重要文化財に指定されてるようで、看板は脛当になっている。まぁひざもすねもなんか同じようなもんやけど、脛立てたお地蔵さんが何の謂れがあるのかは深く追及していない。森長可(もりながよし)が近江・坂本で
一昨日土曜日に思い立って岐阜県可児市にある森一族の菩提寺である可成寺に行ってきました。森一族は織田信長の家臣の森可成、その子ども達の森長可・蘭丸・坊丸・力丸などが有名です。信長公と浅井・朝倉との戦いの途中で信長公の危機を救うために命を落とした槍の三佐こと可成。本能寺の変で信長公とともに亡くなった蘭丸・坊丸・力丸。小牧・長久手の戦いで命を落とした鬼武蔵こと長可。戦国時代なら当たり前なんでしょうが主君のために戦って散った一族です。森氏自体は可成の末っ子の忠政が後を継ぎ、紆余曲折がありながらも江戸時
本能寺の変に近い6月4日は、織田信長とともに殉死した森蘭丸、坊丸、力丸らの菩提を弔うため、岐阜県可児市兼山町にある森家の菩提寺、可成寺にて蘭丸祭(供養祭)が開催されました。例年どおり、スタッフとして参加してきました。兼山町は、森家の所領地で居城の金山城は続日本100名城にも選出されましたね。↑甲冑の着付けスタッフやっていました。秋の武者行列の森可成・長可・蘭丸の甲冑が無料で試着できる超お得な日です。来年も実施しますので是非にもお越しください。↑のぼり旗が立つ可成寺。森可成をはじめとする森家代
天正10年、北信濃から上杉本国越後頸城郡内に討ち入った森武蔵守長可ゆかりの城金山城金山城は、永禄8年に長可の父可成が信長から与えられた城(現遺構は永禄ではなく天正期の構造)である。可成は、元亀元年近江宇佐山城下において討死、長可が城主となった。長可が川中島に進駐した後、蘭丸が一時城主になったが、蘭丸も本能寺の変で討死、長可が再度城主になった。長可は鬼武蔵として高名な侍である。天正期上杉の城郭普請をメインテーマに辿っている私にとって、同時期の上杉の敵は織田勢力であり、北陸方面は柴田勝
本能寺の変に近い週末の休みということで、6月の第一日曜日は、森蘭丸の菩提寺、可成寺にて蘭丸祭(供養祭)が行われました。本日は、雨でしたのでいつものテントではなく、可成寺境内の弘法大師様が鎮座されていらっしゃるお堂にて甲冑試着体験が例年どおり催されました。甲冑試着体験のスタッフしてきました。あいにくの雨でしたが、遠方から沢山の方々が訪れて試着体験されていきました。とくにお子さんが多かったですね。毎年訪れるコアな森家好きの方々には頭が下がります。試着体験をしたお堂の壁に、大正時代の可成寺で弘法様の
蘭丸祭は蘭丸振興会が主催するイベントで、岐阜県可児市にある可成寺で行われる供養祭です。6月第一日曜日に開催し、今年は6月5日(日)に行ないます。森家の菩提寺で蘭丸三兄弟の墓がある可成寺で毎年行われています。蘭丸供養の読経や焼香のほか、琵琶の奉納演奏、歴史講演会、10月に行なう戦国武者行列のPRをします。また兼山公民館では兼山かるた大会とチャンバラ合戦も開催します。主なスケジュールは以下の通りです。可成寺09:30~烏峰太鼓10:00~読経・焼香10:30~筑前琵琶奉納演奏[
本能寺の変に戦死した蘭丸の命日に近い6月7日(日)は、森家菩提寺の可成寺(かじょうじ)において、蘭丸祭(らんまるさい)が開催されました。私は、鎧の試着体験の鎧の着付けスタッフで参加しました。↑可成寺前での蘭丸プロジェクツのブースにて。暑いくらいの晴天の日で甲冑ではなく普段着での参加。↑近年、沢山の蘭丸グッズが増えて販売されています。10月の祭りの募集受付も始まりました。是非、皆様、応募してみてくださいね。↑兼山のののぼり旗↑鎧の試着体験の具足。秋の武者行列の時に使用されている蘭丸、長可、