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○先日、2025年3月21日に、鹿児島県肝付町の甫与志岳へ登って来た。2021年1月16日以来、4年振りの甫与志岳だった。以前は、毎年、内之浦三岳へ登っていた。それがコロナ禍以降、なかなか思うように内之浦三岳詣でも、儘ならない。○何故、そういうふうに、内之浦三岳詣でに執着するかと言うと、内之浦三岳参りの原型が神代三山陵めぐりであると考えるからである。興味深いことに、寛政7年(1785年)成立の「麑藩名勝考」が内之浦三岳詣でを、次のように記録している。黒尊岳(同郷北方村國見嶽の午未
○一週間前の2025年3月14日に、霧島山高千穂峰に登ったばかりである。・テーマ「日向国の邪馬台国」:ブログ『初登山:霧島山高千穂峰』初登山:霧島山高千穂峰|古代文化研究所○先日、去年、5回しか、山に登っていないことを知って、愕然とした。いくら忙しかったとは言え、5回はあまりに寂しい数字である。せめて、年に10回くらいは山登りしたい。山に登らないと登れなくなる。そういう年齢になっている。○2025年3月21日の昨日、内之浦の甫与志岳に登って来た。先日の高千穂峰から内之浦三岳が
◯2023年5月14日、奈良県御所市鴨神の高鴨神社に参詣した。ところが、高鴨神社では、主祭神を阿遅志貴高日子根命(迦毛之大御神)とするだけで、鴨神がどういう神様であるか、まるで案内しない。と言うか、案内出来ないのではないか。すでに、高鴨神社では、その主祭神を完全に見失っている。◯それで止むなく、ブログ『高鴨神社』から『鴨神』、『彦波瀲武鸕鷀草葺不合尊』、『吾平山陵』と話を展開している。こうなると、次は、どうしても、ブログ『神代三山陵』となるしかない。それで、今回は、『神代三山陵』の話となる。
◯当古代文化研究所がテーマ「神代三山陵の研究」を書いたのは、2007年12月21日から26日までで、12回に渡っている。ブログを始めたのが2007年12月13日だから、6番目のブログが『神代三山陵①』になる。今から17年も昔の話である。◯今どき、「神代三山陵の研究」など、誰もしない。流行らないからである。第一、神代三山陵が何なのかすら、ご存知無い方が多いのではないか。日本の始まりは、日向国から始まる。それが日向神話である。◯実際、日向神話は、次の三つになる。天孫降臨神話山幸海
◯2023年1月31日に、葛城の鴨都波神社に詣でて来た。ここまで、ブログ『鴨都波神社』から『高鴨神社』、『積羽八重事代主命』、『阿遅志貴高日子根命』、『下鴨神社』、『上賀茂神社』、『鴨神の故郷』、『上鴨神の故郷』、『かもつきのあひら』、『神代三山陵』、『吾平山陵』、『出雲神の故郷』、『神代三山陵の先坣僑位』と、ブログを書き続けて来た。◯こうなると、次はブログ『紀伊山地の霊場と参詣道』とするしかない。つまり、この問題については、当古代文化研究所では、これまで何度も検証を加えていることなのである。
◯2023年1月31日に、葛城の鴨都波神社に詣でて来た。その後ブログ『鴨都波神社』から『高鴨神社』、『積羽八重事代主命』、『阿遅志貴高日子根命』、『下鴨神社』、『上賀茂神社』、『鴨神の故郷』、『上鴨神の故郷』、『かもつきのあひら』、『神代三山陵』、『吾平山陵』、『出雲神の故郷』と、ブログを書き続けている。◯こうなると、もう次はテーマ『神代三山陵の先坣僑位』しか無い。このことについて、最初に述べたのが2011年5月31日の次のブログになる。・テーマ「奥駈道を歩く(吉野から弥山まで)」:ブロ
◯2023年1月31日に、葛城の鴨都波神社に詣でて来た。その後ブログ『鴨都波神社』から『高鴨神社』、『積羽八重事代主命』、『阿遅志貴高日子根命』、『下鴨神社』、『上賀茂神社』、『鴨神の故郷』、『上鴨神の故郷』、『かもつきのあひら』と、ブログはあらぬ方向へと向かっている。◯こうなると、最後は『神代三山陵』に辿り着く。今どき、『神代三山陵』をご存知の方は、なかなかの古代史通である。日向神話は、次の三つに集約される。天孫降臨神話山幸海幸神話神武東征神話◯その日向神話の主人公が神代
感謝してます^^3時50分に目が覚めブログを見たらりぼんちゃんが1時2時3時それぞれの55分に誕生日おめでとうのコメントくれてて泣いてしまいました。初めての体験に心温まると同時に前世からの繋がりとはいえこんなにも嬉しい誕生日の始まり!!ありがとうありがとうありがとう!!そうだ愛犬散歩温泉、墓参り、産土神社参拝これだ!感謝感謝感謝だ!と4時半から動き始め、今は夜8時半からベッドの上で(笑)お寺の納骨堂で手を合わせてたら号泣してしまっ
令和5年12月4日(月)40日間九州一周13日目の旅の記録です道の駅樋脇。一晩お世話になりました。24時間使える足湯あり。飲める温泉も出てるけど持ち帰り飲用は許可されてなくて、ここで飲む分だけなんだと。朝ご飯。半額ハムエッグサンドとコーヒー。半額フルーツのヨーグルトかけ。野菜だけでなく果物も摂らねばな。道の駅樋脇道の駅「樋脇」遊湯館薩摩川内市樋脇町市比野|鹿児島の特産品や加工品、新鮮な野菜や鮮魚、お惣菜やお食事処もあります。鹿児島の特産品や加工品、新鮮な野菜や鮮魚
去年まで日常生活で役に立つであろう潜在意識活用法の講師してました。時代の流れと今のこの地球の波動を考えた時法則や方法などを伝えるより心の状態あり方や行いについて話す方がより早く現実化へ結びつけられると自ら実験してわかりました。私達の人生、人の生を「生きる」とは「今ここ」の自分の生き方の積み重ねだと腹の底に落とし込めたらいかに今が大事かって事がわかります。どれだけいい方法を知ってもどれだけいい技術を学んでもど
先日のお休みは、延岡市の可愛山稜へ延岡市民でも来た事ない方いるんじゃないかなーーぜひ、立ち寄ってください♪♪歴史と神話が繋がってる、特別な場所なんですよ↑次回は、可愛岳登山したいです♪
今回は最高にタフですよ~。■新田神社・・・鹿児島県薩摩川内市宮内町1935−2東シナ海へと流れ込む川内川の流域。薩摩川内平野(?)のほぼ中央。かつては外海から少しさかのぼっただけで安全な薩摩川内へと入れる良港だったのですね。私が最初に久留米地名研究会・古川清久氏の事を知ったのは、地名研究からでした。それは釜蓋・エイノオという地名についての研究でした。尖った崎や川の合流点のように、陸地が水面へ向かって鋭利に尖っている地形について、九州において釜蓋・エイノオなどという地名が
昨日8時42分種子島宇宙センターよりH2Aロケット47号機打ち上げられ成功!🚀自宅から息子と空見上げちょっと雰囲気共有。午前中はパパ&息子は用事ありで、私は姉夫婦と買い物→その後合流して息子希望の「柿の木ラーメン」でランチタイム。🍜息子も大好きだけど私も一押しの醤油豚骨ラーメン&半炒飯。義兄だけ初訪問でおいしいと姉の汁まで飲みつくしていた、、、…そして鹿児島空港へ。🚙偶然に義兄と息子は同じ便で帰京。✈義兄は陽気でかつマイペースなので今回もあれこれペースあわずイライラしたことも
はい!奈央です。今回は、可愛山陵(えのみささぎ)のご紹介です。可愛山陵というのは、天孫瓊瓊杵尊(ニニギノミコト)のお墓です。瓊瓊杵尊熱中ブログ36℃HPよりお借りしました。神々の系図Jaja宮崎県情報誌よりお借りしました。瓊瓊杵尊は、天照大神の命を受けて、地上の世界を治めつつ、稲穂を持って米を作る(斎庭稲穂の神勅(ゆにわのいなほのしんちょく))ために降臨されたと伝わっています。はるか千五百年以上(?)も昔のことを想い、先祖を敬い、神として祀るとい
はい!奈央です。水俣で行きたかった所を十分に散策をした後、私は鹿児島の薩摩川内(さつませんだい)市に向かいました。誰ニャ、隣は?薩摩川内市といえば、”原発の町”と思う方がほとんどだと思います。東日本大震災の後、最初に再稼働したのがここ川内原子力発電所なんです。九州電力は現在、2か所ある原子力発電所(川内原子力発電所、玄海原子力発電所)をいずれも再稼働しています。YahooJapanNewsよりお借りしました。TBSNEWSDIGHPよりお借りし
可愛山稜(瓊瓊杵尊御陵)。薩摩川内市新田神社。youtube.com鹿児島県薩摩川内市の【新田神社】に有る、【瓊瓊杵尊御陵】。
【新田神社】には実は凄い物が有りまして【可愛山陵】と書いて、読み方は【えのみささぎ】何かと言うと行ってみましょう~拝殿の裏側の山に廻ります案内の矢印を辿ってぐるりと裏へ広い階段へ出ましたなんと〈宮内庁〉の文字がぁ〜そう、この神社には【天孫降臨】の神様【瓊瓊杵尊】の御陵が有るので宮内庁の管轄なのでしたここにも立派な御神木触りたいやって来ました、【瓊瓊杵尊】様の御陵説明文。鹿児島県には他にも神様の御陵が2つ有って、【神代三陵】のひとつです※詳しくはWEBで。
神代三陵(神代初代)可愛山陵(えのやまのみささぎ)(えのみささぎ)(神代初代)天津日高彦(火)瓊瓊杵尊(あまつひたかひこににぎのみこと)あの、天孫降臨のニニギノミコト。お嫁さんはコノハナサクヤヒメ。瓊瓊杵尊の陵墓を紹介します。場所は鹿児島県薩摩川内市宮内町字脇園神亀山新田神社の裏山?にあるので、新田神社の駐車場に車を置いて参拝後に陵墓へ。小説034DarkSide”ニニギとコノハナの古墳と2人のバカ女”でも、宮崎の男塚・女塚でニ
気がつけば前回の投稿から1ヶ月過ぎてました。時間が経つのが早い先日伺った初めまして!の麺屋めじろ🍜お昼時はいつも行列今回は平日だったから?10分ほどの待ち時間で入店できました👏ここは定番メニューの他に月替わりラーメンがあり10月の味噌ラーメンをオーダー😋もれなく餃子も🥟(夫と半分こ)ここの餃子は水餃子です!ラーメンも餃子も美味しかった‼️たくさん食べたあとは新田神社と可愛山陵散策へ美しいですね✨✨可愛山陵(えのみささぎ)お詣りすると心がすっとしますね☺
主人が鹿児島神宮に参拝したら行こうと考えていた場所ようやく最後の場所へ行ってきた第二鳥居⛩入り口に立つと二羽のカラスさんがこの木↓に来て鳴き知らせてくれた以前、龍一族とメッセージが来ていることからご縁が深いと感じているカラス(八咫烏)東門守神社豊磐間戸神西門守神社櫛磐間戸神ここからずっと黒アゲハさんが誘導してくれた木を眺めたりゆっくりしていると黒アゲハさんが飛んでくる早く行こうよ!と言わんばかりに感じる登り切ると左手に末社があった主人に任せ神社をよく知らないまま行
お不動様と一の宮をめぐる鹿児島の旅最後に薩摩国一の宮新田神社に参拝しました川内川から始まる長い参道先が見えませんずっと向こうに二の鳥居二の鳥居、太鼓橋の先にこれまた長~い階段車で階段上まで上がりましたそこには、更になが~い階段が頑張って登りましたすばらしいご神木階段上に拝殿が見えます狛犬様拝殿横に長~い拝殿です本殿拝殿の右奥に可山陵(えのみささぎ)があります御陵周りの木も素晴らしかったです古代の息吹を感じることのできる神社です今回の旅は、これで
私達が揃って奥の部屋に行ったので、碧澄は変に思っていないだろうか?仲居さんが食事を運んでセットをしている様子。私のバッグを開けて、透けたナイトウエアーと攻めている下着を取り出し、小さい声で「結妃ちゃん、早く着替えよう。碧澄、変に思うよ」「うん、急ごうね」そう言いながら、二人で裸に成りながらの着替え。思わず目が合い、笑いをこらえる・・何かマヌケな姿だ。おかしくて声が出そうだ・・下着が見えないように、襟を直して・・知らぬ顔・・・「あ~、お料理が揃っている。」碧澄が一人で、向い合わせ
○ブログ『吉野山の正体』から話はどんどん邪馬台国方面へと進んで行って、とうとう『邪馬台国の風景』とか『桜島が香具山であること』にまで行ってしまった。取り敢えず、この話はこれでおしまいにして、本来の投馬国の話に戻したい。○写真の記録から確認すると、昨年2020年10月6日に、都城市の金御岳から末吉町の住吉山や檍神社などへ参詣している。その後、2020年10月14日に、都城市の黒尾神社と神柱宮へも参拝をしている。○さらに、年が明けて、2021年1月8日に、薩摩川内市の新田神社へお参りしている。
★鹿児島県のパワースポット★つづいては〜神社をめぐるときにいち早くチェックしたい一之宮めぐりです。薩摩国一之宮新田神社に行きましょう〜本祀一座天津日高彦火瓊瓊杵尊配祀二座天照皇大御神正哉吾勝々速日天忍穂耳尊住所鹿児島県薩摩川内市宮内町1935-2TEL.0996-22-4722地図はこちらじゃんっっこの鳥居の左脇が駐車場なんだけど結構狭くって停めづらかった〜ちょう
○甑島には新田神社が二社存在する。一つは里の新田神社であり、もう一つが手打の新田神社になる。里の新田神社については、次のブログに書いている。・テーマ「甑島周遊」:ブログ『里八幡神社の大般若波羅蜜多経』里八幡神社の大般若波羅蜜多経|古代文化研究所(ameblo.jp)・テーマ「甑島周遊」:ブログ『里村郷土誌:里村新田八幡宮]』里村郷土誌:里村新田八幡宮|古代文化研究所(ameblo.jp)○また、新田神社そのものは薩摩川内市に鎮座まします大社である。当古代文化
新田神社(にったじんじゃ)は鹿児島県薩摩川内市宮内町に鎮座する薩摩国一ノ宮の一つです。神亀山の上に社殿はあります。社殿の背後には、天孫・瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)の御陵とされる可愛山陵(えなみささぎ)がある。主祭神は天津日高彦火瓊瓊杵尊(あまつひだかひこににぎのみこと)。配祀に天照皇大御神(あまてらすすめらおおみかみ)と正哉吾勝勝速日天忍穂耳尊(まさかあかつかちはやひあめのおしほみみのみこと)。大鳥居神橋参道階段西門守神社東門守神社さらに続く階段階段途中開けた場所があり、いく
可愛山陵は神武天皇の曾祖父にして天照大神の孫になる瓊瓊杵尊(ニギギノミコト)の墓で、明治時代初期に宮内庁により新田神社のある山が墓と定められた。
今日は、6月30日✨ちょうど1年の半分になりました🥰そんな今日は……夏越の大祓の日ですよ~⛩⛩⛩⛩私も、朝は苦手ですが今日は!今日こそは早起きして、颯爽と参拝へ〜(*´꒳`*)私の住んでいる土地の一の宮✨新田神社⛩⛩⛩御神木も輝いてます💕すっかり夏空ですよね🥰今日はここだけじゃなく、行きたいところがあったのーーー🌸🌸🌸参拝をゆーっくりさせて頂き、そのままこちらへ✨可愛山陵~⛩⛩ニニギノミコト様のお墓です⛩⛩いつも感じるのですが、ここに来る手前から空気が変わります
○里村で、新田八幡宮が産土神であることは間違いあるまい。当古代文化研究所では、2020年12月に里村新田八幡宮へ参詣済みで、次のブログを書いている。・テーマ「甑島周遊」:ブログ『里八幡神社の大般若波羅蜜多経』里八幡神社の大般若波羅蜜多経|古代文化研究所(ameblo.jp)○「里村郷土誌」には、新田八幡宮について、詳細な記録を残してくれている。ここで改めて、里村新田八幡宮について、書いておきたい。里村新田八幡宮【由来】「新田八幡宮は、里村に鎮座す。
可愛山陵(えのみささぎ、えのさんりょう)は天孫・天津日高彦火瓊瓊杵尊のお墓で、神代三山陵のひとつとされています。新田神社の御由緒によると、稲穂を携え高千穂峰に天下られた天孫・瓊瓊杵尊は笠狭宮(かささのみや。現在の鹿児島県南さつま市)に移られ、山の神の娘・木花開耶姫と結婚された後東シナ海を北上し川内の地に来られたとのこと。瓊瓊杵尊はこの地に立派な「千台(うてな)」、すなわち高殿を築いてお住まいになられたそうで、川内(せんだい)の名もこの「千台」に由来するとか。新田神社境内の案内標識に従い、