ブログ記事469件
だらだらとブログが続いた福岡県福津市の新原・奴山古墳群の探訪記、今日で最後です↑公園化されている新原・奴山古墳群の南端、展望台となっており、解説板もあります。この展望台での写真を撮っていた時が一番風が強くて、持っていた折り畳み傘の骨組みが折れていまい、もはやただの布切れ状態になっちゃったんですよこの傘が壊れたあとに25号墳~43号墳を見学しています↑さてさて、こちらは新原・奴山古墳群40号墳径17~18メートル、高さ4.6メートルほど、6世紀中頃~後半築造の円墳。須
福岡県福津市にある新原・奴山古墳群、続きです。訪問日は今年の3月3日。↑見た目、「ザ・前方後円墳」の新原・奴山古墳群24号墳(奴山14号墳・津屋崎125号墳)、南西側から↑墳長53.5メートル、6世紀前半築造の前方後円墳。須恵器が表面採取されています。後円部東側に周溝と周堤がよく残っています。発掘調査の結果、西側にも周溝と周堤が確認されています。後円部の高さは現状で7メートル、前方部は5メートルあります。墳丘を覆っていた葺石が今も斜面に見られます。墳丘上で須恵器が見つかっ
本日も3月3日に訪れた福岡県福津市にある新原・奴山古墳群巡り、続きです。↑久しぶりに全国Q地図の赤色立体地図から全国Q地図地図ページ今日アップする新原・奴山古墳群22号墳(奴山17号墳・津屋崎20号墳)は地図中央、前方部を喪失した前方後円墳。↑新原・奴山古墳群22号墳(奴山17号墳・津屋崎20号墳)の解説板墳長75~80メートル(推定)、5世紀後半築造の帆立貝形前方後円墳。↑解説板を抜粋後円部径54メートル、後円部高さ約7.8メートル。以前、墳頂
今日も今年3月3日に訪れた福岡県福津市にある新原・奴山古墳群の続きです。↑現地解説板を抜粋今日は20号墳・21号墳の2基をアップします。↑菜の花に囲まれる新原・奴山古墳群20号墳(奴山13号墳・津屋崎19号墳)、南西側の様子場所はこちら:33.817823,130.485428↑新原・奴山古墳群20号墳(奴山13号墳・津屋崎19号墳)の解説板直径30メートル、5世紀後半築造の円墳。墳丘は二段に築かれ、墳丘高さは5メートルあります。墳丘を覆っていた葺
今年3月に訪れた福岡県福津市にある新原(にいばる)・奴山古墳群探訪記、続きです。↑現地解説板を抜粋今日・明日アップするのは、公園化されつつ古墳群の一番南端にある数基。↑天気が良ければ「映える古墳」だったはずの新原・奴山15号墳(奴山15号墳、津屋崎36号墳)、北東側から直径19メートル前後、高さ5メートルほどの円墳。こちらの古墳の南側、以前は火葬場だったようです昔はおそらく「宗像氏」の共同墓地、後世は火葬場って・・・・↑新原・奴山15号墳(奴山15号
今は8月ですが、3月に訪れた福岡県福津市にある新原・奴山古墳群巡りの続きです。今日は地味墳2基です↑一昨日をアップした現地解説板を抜粋したもの今日アップするのは13号墳と14号墳。↑まずは新原・奴山古墳群13号墳、南東側から直径11.5メートル~14メートル、高さは東側で1.6メートル、西側で3メートルほどの円墳。須恵器片が表面採取されているようです。↑新原・奴山13号墳、東側の様子↑こちらは新原・奴山古墳群14号墳、西側の様子直径1
令和8年3月15日(日)少し前、割塚古墳の発掘調査の現地説明会が実施されたので、見学に行ってきた。割塚古墳の発掘調査の現地説明会に参加するのは、昨年度に引き続き2度目である。今回も、このアピタ大和郡山店まで自動車で送ってもらい、そこから10分ほどかけて割塚古墳まで歩いていった。現地説明会が11時からなのだが、古墳がある公園に着いた時には、すでに大勢の人が並んでいた。割塚古墳は、一見巨大な、しかも形もきれいな円墳のようになっているのだが、これは、近年、古墳の周
栃木県益子町にある長堤八幡宮古墳群、『益子町史』を参考に一通り巡ってみましたが、今日アップする21号墳は『益子町史』には記載がありません。↑長堤八幡宮古墳群21号墳、北東側から古墳なうさんによると、最近発行された『益子町遺跡地図』に記載があるとのことです。↑長堤八幡宮古墳群21号墳、東側の様子元々、もっと大きな古墳だったんだろうな~と想像できます。場所はこちら:36.423701,140.077334↑南東側から周囲が畑のため、これ以上近寄れません。
今日も栃木県益子町にある長堤八幡宮古墳群、続きです。訪問日は2月18日。↑長堤八幡宮古墳群20号墳、北東側から群中、最南端。規模的にも群中最大かな??↑角度を変えて『益子町史』によると、出土遺物や埴輪等は不明とのこと。↑墳頂の様子この地域独特な「祠」的なものでしょうか?↑長堤八幡宮古墳群20号墳、南西側の様子濃密な竹藪です。長堤八幡宮古墳群、明日で最後です
本日も栃木県益子町にある長堤八幡宮古墳群巡り、続きです。今日は2基の古墳を見た順にアップします↑まずは長堤八幡神社参道入口の様子。19号墳はこの入口からけっこうすぐの場所。写真の場所はこのあたり:36.421389,140.080810↑参道入ってすぐ、振り返って写真左奥の竹藪の向こう側には長堤八幡宮古墳群20号墳があります。(明日アップします)↑参道を進むと左側(西側)に見えてきた長堤八幡宮古墳群19号墳、南東側から直径16.5メートル、高さ1メ
今日も栃木県益子町にある長堤八幡郡古墳群について、続きです。長堤八幡宮の社殿近くから東へ伸びる道を歩いてすぐの場所、前方後円墳が見えてきました。↑長堤八幡郡古墳群17号墳、西側から左奥が前方部、右側が後円部の前方後円墳。道沿いなので、見学しやすいです。全長27メートル、後円部径12.5メートル、後円部高さ1.8メートル、前方部長さ14.5メートル、前方部幅9メートル、前方部高さ1.5メートルの前方後円墳。↑後円部から前方部方向こちらの古墳、かなり危険な状態
栃木県益子町にある長堤八幡宮古墳群巡り、続きです。今日はまったく写真映えしない4基の古墳を一気にアップします。↑まずは長堤八幡宮古墳群11号墳、東側の様子民家の庭のようになっています。直径11メートル、高さ0.5メートルの円墳。場所はこのあたり:36.423301,140.078548↑11号墳、角度を変えて『益子町史』に「墳頂には石室石材と思われる二個の立石が祀られている」とありますが、当日は見つけられず。「古墳なう」さんによると、墳頂に不動明王の石碑が
2月18日に訪れた栃木県益子町にある長堤八幡宮古墳群巡り、続きです。今日アップする10号墳は長堤八幡神社の社殿から南西方向、境内から外れた場所に現存していました。↑長堤八幡宮古墳群10号墳、北側の様子。濃密な竹藪の向こう側、キレイな墳丘が見えます。当日は円墳と思い込み訪問しています前方部を南東方向に向ける前方後円墳。墳丘の南側と北側の一部が削平され、現況直径17.5メートルの円墳状。↑墳丘裾にあった石塔3基↑3基とも二十三夜塔でした
3月13日に訪れた茨城県石岡市にある舟塚山古墳群中津川支群、続きです。↑道沿いにあったので見つけやすかった舟塚山22号墳(古舘古墳)、南東側から直径12.5メートルの円墳。場所はこちら:36.171807,140.284483↑けっこう墳丘に近寄れました。↑舟塚山22号墳(古舘古墳)、西側の様子↑こちらは舟塚山23号墳民家前にあったので、この1枚のみ。直径14.5メートルの円墳。古墳より気になったのが、写真右端に写るアマチ
3月13日に訪れた茨城県石岡市にある舟塚山古墳群巡り、続きです。昨日までアップしていたのは舟塚山古墳群舟塚山支群、今日・明日アップするのは舟塚山古墳群中津川支群です。↑舟塚山21号墳(大日如来古墳・大日塚古墳・手子后古墳)、前方部の様子『常陸の古墳群』によると墳長90メートルの前方後円墳?と「?」が付いています。前方部はこのあたり:36.171175,140.285657↑前方部側に、あやしい石が数点。↑神社がある箇所が「くびれ部」なんでしょうかね?写
3月13日に訪れた茨城県石岡市にある舟塚山古墳群巡り、続きです。見た順に3基アップしていきます↑まずは竹藪の中にある舟塚山37号墳から↑写真だと竹藪が濃密そうですが、比較的見つけやすかった舟塚山37号墳。直径8メートルほどの円墳。↑舟塚山37号墳、角度を変えて↑こちらは舟塚山19号墳すごい竹藪でした1枚目の航空写真にピンは立っていません。位置は37号墳から南側。直径17.8メートルの円墳。↑畑の中にあるの
茨城県石岡市にある舟塚山古墳群巡り、続きです。今日アップする2基は墳長186メートルを誇る舟塚山古墳のすぐ西側です。↑舟塚山17号墳、西側の様子直径13.5メートルの円墳。壺形土器、短甲、盾、直刀などが出土。↑17号墳、南側の様子こちら側から見ると、高さがけっこうあることがわかります。場所はこちら:36.167237,140.288026↑西側の様子奥に舟塚山古墳(舟塚山16号墳)が写っています。↑北西側の様子
3月13日に訪れた茨城県石岡市の古墳、続きです。一昨日訪れた府中愛宕山古墳は舟塚山6号墳、昨日アップした舟塚山古墳は舟塚山16号墳という風に、舟塚山古墳群に属しています。舟塚山古墳群は、恋瀬川北岸、霞ケ浦を望む台地上に位置しています。総数41基!からなる古墳群。3月13日はその一部を巡ってきました。↑今日は13号墳・14号墳・15号墳を取り上げます↑舟塚山13号墳、南西側から畑の中にあるので、これ以上近寄れません。直径10メートルの円墳。埴輪をもつようです。場所は
3月13日に訪れた茨城県石岡市の古墳、続きです。↑関東で2番目の大きさ、茨城県では最大の舟塚山古墳、北西側から大きくて美しくて大好きな舟塚山古墳です。『茨城県石岡市北根本舟塚山古墳』東日本第2位の大きさを誇る古墳が石岡市にある舟塚山古墳です。(第1位は群馬県太田市の天神山古墳)もちろん茨城県内最大の古墳。↑舟塚山古墳右手が「前方」、…ameblo.jp↑2019年訪問時の記事↑同じ角度で1枚目はGoogleピクセルで撮影。2枚目はデジカメで撮影。
今日から3月13日に訪れた茨城県石岡市の古墳をアップしていきます。↑愛宕神社古墳(景清塚)、南西側の様子この日は石岡駅からレンタル自転車を使用しました。今回は電動アシスト付き1か月前の2月12日、電動アシスト付きではない、普通のママチャリで何十キロも走ったら、サドルが当たるお尻のほっぺのところが痛くなるし、足はガクガクという最悪な経験をしたので、電動アシスト付きの快適さに感動しました愛宕神社古墳は国道355号線近く、住宅地の中です。円墳。↑愛宕神社となっています
4月23日に訪れた長野県須坂市の古墳、続きです。国道403号線から西へ六川道西沖第2号古墳を探しに行きます。↑あぜ道のような細い道の先、国道からも見えていた石積み・・・・これはどうやら古墳ではなく、畑から出た石を捨てた場所のようです↑こちらが六川道西沖第2号古墳のようですが、フェンスの向こう側で、これ以上近寄れず。↑六川道西沖第2号古墳?、角度を変えて↑六川道西沖第1号古墳??須坂市のHPでは「全壊」との表記。もしかしたら、写真中央奥、建
長々と書きつないできた「今、ふたたびの飛鳥の古墳探索もいよいよラストということで、八咫烏神社からすぐ西の方角にある五条野丸山古墳を巡検。(昔は見瀬丸山古墳って言ってました。)南側からは空き地になっていて、そこから古墳の後円部にへばりつくようにしながら登ることができる。(かなり傾斜がきつい。)その時、枯れた草の固くなった茎が手のひらに刺さり、大した傷ではないのだが、ちょっとした流血騒ぎになった。(僕は非常に血が苦手なのである。)丸山古墳の後円部は、墳頂部分が陵墓参考地
本日も4月23日に訪れた長野県須坂市の古墳です。昨日アップした口開塚第1号古墳から西へ500メートルほどの場所にあるのが丹波塚古墳です。↑丹波塚古墳、北側から「古墳」と知らなければ畑の残土のような状態です。直径7メートル、高さ2メートルの円墳。場所はこちら:36.682115,138.324759↑丹波塚古墳、南側から枯草に覆われているので、イマイチわからないですが積石塚タイプ。↑角度を変えてう~ん、全く写真映えしない古墳が続い
菖蒲池古墳からは閑静な新興住宅街の中を通って、植山古墳に向かう。途中、住宅街を西に抜けて、春日神社と呼ばれる小社に赴く。社殿までの階段がなかなかきつい。ここには、植山古墳の石室の石材が本殿の階段に踏み石に再利用されている。春日神社の他には、素戔嗚尊神社、八咫烏神社にも同じく本殿の階段の踏み石として再利用されている。春日神社の本殿の横の林を抜けると、植山古墳公園の敷地に出る。公園は整備され、古墳を取り囲む掘立柱塀を示す柱列も復元されている。この掘立柱塀は、古墳と外
2月12日にレンタル自転車を使って訪れた栃木県壬生町にある古墳、続きです。昨日までアップしてた稲荷内古墳群から南西へ500メートルほどの場所、消滅した上坪古墳から南西へ200メートルほどの場所、畑の中にあるのが今日取り上げる藤井1号墳です。↑藤井1号墳、東側の様子直径20メートル、高さ2.5メートルの円墳。以前『壬生町史』資料編をゲットしており、古墳の来シーズンに壬生町の藤井古墳群巡りをしよう・・・・と思ってたので、まだ読んでおらず、藤井古墳群の事前知識ゼロでの訪問。
宇都宮線小金井駅から自転車を借りて訪れた壬生町の稲荷内古墳群、続きです。昨日アップした稲荷内2号墳から東へ70メートルの場所に稲荷内3号墳があります。↑稲荷内3号墳、東側から「古墳」と知らなければ、単なる残土のように見えますね直径12メートル、高さ1.5メートルの円墳。↑南西側から見た稲荷内3号墳写真右奥に、この日使ったレンタル自転車が写ってます。↑西側から↑稲荷内3号墳から見た稲荷内2号墳。壬生町の古墳、明日に続く
2月12日に訪れた栃木県壬生町にある稲荷内古墳群、続きです。昨日アップした稲荷内1号墳から南西へ40メートルほどの場所にあるのが稲荷内2号墳。↑馬頭観音と十九夜塔の奥、鳥居のある場所が稲荷内2号墳。↑南西から見た稲荷内2号墳直径18メートル、高さ2.3メートルの円墳。場所はこちら:36.422018,139.821252↑西側から近寄れます稲荷内2号墳、西側も東側も直線的になり、コンクリートで補強されています。↑墳頂にある小さな祠
しばらく長野県須坂市の古墳が続いたので、今日は気分転換に栃木県壬生町の古墳です。『消えた上坪古墳栃木県下都賀郡壬生町藤井』今日は2月12日に見に行った栃木県壬生町の上坪古墳をアップします。この日、宇都宮線小金井駅からレンタル自転車を活用して権現堂塚や稲荷神社古墳、中ノ田古墳(後…ameblo.jp↑先日アップした「消滅した上坪古墳」についてこの上坪古墳跡を訪れる直前に訪れた古墳群です。以前アップした下野市の鞍掛古墳から西北西へ800メートルほどの場所。今日は稲荷内
4月23日に訪れた長野県須坂市の古墳、続きです。今日アップする古墳は須坂市にありますが、高山村との境界線近く。りんご畑に囲まれた中にあります。↑立石塚古墳、南側の様子見た目からして「積石塚」タイプというのがわかります↑2つ解説板がありました。まずは小さい解説板から高山村との境界近くにあるので境塚とも呼ばれます。巨大な立石は、石室の奥壁にあたり、横壁に積まれた大石組みが露出しています。石室の全長は約11メートル、墳丘の高さは現状で約2メートルの積石塚ですが、築造
野口王墓古墳から北の方へ向かい、高市製菓の横を抜けて歩いていくと少し前に、小山田古墳の発見で話題になった奈良県立明日香養護学校の方から菖蒲池古墳の墳丘を登る道が整備されている。40年以上昔、友達と初めてここに来たときは、周りには田んぼしかなく、田んぼのあぜ道をとおって、鉄の柵越しに石室を覗いた記憶がある。それから、何十年も経つと石室の上に覆屋が出来ており、数年ぶりに来てみたら、覆屋の戸が新しくなっていた。そこから施錠されている鍵を外して、中を覗きこむ。菖蒲池古墳は、