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こんばんはひな祭りの日は寒い一日でしたが関東の雪の様子を見ていたらまだマシ都心は前日の22℃→2℃とか言ってて、もはや違う国への旅行?ってびびる気温時間が取れたので昼またぎのエアロへF田先生のシェイプエアロ2ブロック、一つ押し出しのコリオ小さいスタジオでのレッスンでシニアの参加率が高いのでかなり抑えていますが先生のキャラもあり楽しく動ける時間同じシェイプエアロでもイロイロです(^_^;)その後午後は実家です作ったサラダチキンや甘酒の他に
父が正六位に叙されました父は現役時代公務員で、長い間公務で貢献すると叙位・叙勲の対象になるそうです天皇陛下からは瑞宝小綬章が送られました大変ありがたい一方、こういうのって生きているうちにやらないと意味が薄れてしまわないですかね基準が決まっているなら、機械的にどんどん叙していけばいいじゃん、と妻と話しました位記(叙位)用額縁【位記額】南洋材32タイプ(32-10)楽天市場
昨日は父の叙位の伝達式でした。おじいちゃんおめでとう㊗会場につくと1人の男性がすぐに歩み寄って来てくださいました。名刺をわたされ高知県子ども、福祉政策部障害福祉課の課長さんでした。「受賞おめでとうございます。生前お父様にはひとかたならぬお力添えを頂きました。本当にありがとうございます。」涙💧が出ました。50才のときに心筋梗塞をおこし、バイパス手術。その時に私達は知らなったものの余命5年と言われたそうです。その後、医療の発達により新薬などで手術をしたバイパスを20年使うことができ
(紀北町小山浦。左手に紀北町営グラウンドがある)尾鷲ニュースです。『尾鷲ニュース』●故内山鉃芳氏に従五位11月21日、ことし8月に死去した元尾鷲市議会議長内山鉃芳氏(享年82)=尾鷲市林町=の叙位伝達式が尾鷲市役所であり、加藤市長が従五位の叙位を、長女の裕紀子さんに伝達した。内山鉃芳氏は1990年11月の市議選で初当選以来、2017年6月まで連続7期26年余りを務め、地方自治に貢献。01年12月か
今週のお茶では貴人点の薄茶と濃茶の稽古だった。21世紀の今貴人って何だろうと思うが、お茶の世界は時の流れからは隔絶した一面もあるのでそういうことは考えない方がいいのかもしれない。が、一応考えてみると、、、貴といえば貴族である。昔、一位から三位までは「貴」、四位、五位は「通貴」と呼ばれ貴族とされ、一方六位以下は「地下(ぢげ)」とされた。実は、2年前に亡くなった友人が従四位に叙位された。となると、貴人の資格がありそうだが、残念ながら亡くなったので彼にお茶をあげることは
律令制の時代に中華の制度を参考に作られ、、、実は今でも官僚社会とかあちこちに生きながらているっておはなし。官位とは、官職と位階のことで、肩書と身分(序列)を意味する。以下わかりやすく、、、というか佐々淳行氏の奥様の思い出話的にいうと同窓会ではあたしの旦那がいつまでも「万年課長」なもんだから肩身が狭かったけど説明するのも面倒だし...位階が警部のころは所轄(警察署)の課長そして警視になれば、警視庁の課長警視正に昇格し、管区警察局主要課長警視長ともなれば、警察庁の課長たしかに、、見た
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こんばんはずっと天気が悪く気温も低め来週から気温が上がったらこの涼しさを経験しているだけに耐えれるかなぁ💦でも太陽恋しいよ☀️母のもとに最後の勤務先小学校の校長先生から叙位を届けて頂きました。4年前は叙勲本当に嬉しそうにしていました。今回の叙位校長室には母の写真が飾ってあるそうです。見せてあげたいけどコロナ禍なのでと言葉だけ頂きました。生きてたら喜んでたのに孫たちに母のDNA受け継がれてるといいなぁ9/4のすずらんまるしぇ緊急事態宣言発令により延期10/1
父が長年勤め定年退職した職場に父がなくなった事を伝えた時に「叙位がもらえますがいかがですか」と言われました叙位?叙位って何?そんなわからないのはいらないって言おうとしたけど待てよ、父だったら貰いたいって思うかも知れないそれに父が生きた証と一所懸命家族の為に働いた証だ頂けるならいただこうと思い直し頂きますと返答してから3ヶ月経った今日授与される事となり私がいただいて参りましたおお~!総理大臣からなのね!
この間の続きから。。。最近旦那の出張が多く、お母さんの運転練習、妹も付き添いで迎えにきてもらって、実家に帰っています。よっくん、相変わらずベビーカー、車が好きではなくて。。。ベビーシートに乗せてもギャン泣き。。。(・_・;大変です(・_・;東大阪のUKと言うイギリス料理だかアメリカ料理だか良く分からない昔からある、大学時代によく行ってた大盛り食堂に20年ぶり以上かなー。。。行ってきました。懐かしすぎた!美味しかったー!!そして、10/20には従姉妹の結婚式に参加!!式と披露宴、感
叙位は位階の記されている位記(いき)をいただくことです位階とは位(くらい)のことですこの位というのは推古天皇が定めた冠位十二階が最初なのかもしれませんが私もくわしくは知りませんこの叙位の申請は公立学校の校長経験者等の叙勲推薦対象者がお亡くなりになったときに教育委員会がするものですしかもこの申請の締め切りはきびしくて何としてでも間に合わせなくてはなりません閣議日程の都合により年末年始になりますと死亡日から
叙位・叙勲(じょい・じょくん)は一般には聞きなれないことと思います春秋叙勲は毎年春と秋におこなわれていてテレビや新聞で報じられますのでご存知の方も多いと思われますこれは勲章とその証明書である勲記(くんき)がわたされるのです公立学校の校長を経験しますと勤務年数や功績にもよりますが教育功労という区分の叙勲の推薦対象者となりますこの推薦は教育委員会がおこないますそこで推薦にあたってはどのような功績があったの
大宝4年(704年)、長屋王は初の叙位で正四位上となる。通常、当時の皇族の二世王は、従四位下からの叙位が通例となっていたそうだが、それよりも3段階高い位階(間に従四位上&正四位下)からのスタートという事は、父・高市皇子が太政大臣だった事による、ある種の特別待遇だったのか?或いは、無位無冠の頃から非凡な才能が見受けられたのか?ところで、長屋王は生年が不明である。通常、初の叙位年齢が21歳とされているが、“懐風藻”の、長屋王の享年が54歳という記述に則れば、初叙位年齢が29歳となって
亡父のその後の色々で何かとバタバタの日々ブログもすっかりサボっています。反省m(__)m⭐︎さて先日は、父の昔の勤務先より召集がかかり母を連れて緊張しながらの霞ヶ関☆静々と建物の中へやはり企業とは全く雰囲気が違いますその後無事、セレモニーも終え霞ヶ関を後に、、⭐︎待合室の壁に色々かかっていたポスターちょっと注目の物が‼︎目で覚えてきたので確かではないのですが。〈島根県のカレンダー〉です。コピーがなかなかイケています。人がいない!観光には、自撮
今日は、母の仏前で町長から叙位叙勲を授与しました✨✨✨生前に授賞していたらきっと母は辞退していたと思います。そういう人です。ありがたく授賞させていただくべきか辞退すべきか妹と悩みました。でも、まわりからの後押しもあり今回こうしてありがたく授賞させていただきました。母が28年間という長い間町のため、町民のために頑張ってきた証。それが国からも認められたわけだからここは娘として嬉しいことだし。改めてお母さんを尊敬します🌸✨そして町長から母がいなくなった議会の話しを聞き