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はー、なんとか休み休み家の中の家事をこなせ、ブログコメントや訪問もできる様になりました。先週の月曜日から急激に調子が悪くなり、あっという間に38度、、この数字が動かない・・・39度なら「病院行かなきゃ」ってなりますが、どうにも38度。だがえらいしんどい。。4日我慢して「ダメだ!」と病院にいったら肺炎でございました。トータル1週間38度台キープだったからか怠さが抜けませんわ。。みなさまもね、もう若くないんだから病院行きましょうね「葛根湯ドリンクは万能薬」だったのは50の大台以下の人が言う言葉
県道から芹の湯方面へ入り、次の曲がり角付近に双体道祖神が二基ありますここも↑姫街道のようですサイズが全然違う。右の神様笑っていますね合掌みたい左の神様何を持っているのだろう。下は四角、先が菱形でまさかお札?よくわからない。左側のものですかなり風化していますいよいよ温泉へこの道を進んでいきます↓たくさん寄り道しましてやっと芹の湯に到着看板犬優しかったですころちゃん初対面なのにくぅーん♪と甘えてくれた前橋のお友達におすすめ、と教わりやっと来られて
真夏はスクーターでもしんどいですー屋根付きのスクーターが欲しい。。今回のルートはこんな感じ羽鳥の道祖神(おしゃれ地蔵)メルシャンの向いにあります、スクーターでも停車は厳しい。。メイクされている双体道祖神。ここは昔から人通りが多い旧東海道、多分お願い事の時に触っていってたのかなー、江戸時代の道祖神にしてもなにがなんだかわからない風情になっておりました。「女性のお願いはなんでも引き受ける、満願の際には白粉を塗ってお礼参りする」いまでもお供物がある事にびっくりです。。湘南のどこ
神奈川は多分長野より道祖神が多い、そして古い。ほとんどが江戸中期〜のだと思います。Googleマップで出すとブワワってでてきてびっくりするよ。出てきてないのもありました。考えてみれば昔から長野より人口も集落も多く、分断されるような不便な山脈もなく。。そりゃより多く石造物があってもおかしくないですよね。残っているのは古い道路が現存している西湘が多いですが、見応えがありました。矢倉沢公民館の川向こうにあった双体道祖神舟形・冠衣&束帯十二単型双体道祖神(お雛様みたいなやつ)江戸
10数年ぶりの34度とかいう狂気、お風呂場の中に服着て歩いてる感じで不快です。。来週は落ち着くからうれしいよー家から出ない分、日本画を描いております。ベースができたトコ。(2月末の赤い薮椿)デッサンから線画、背景までは骨折中に終えてました。治ったら即バイクでブリブリお出かけしまくってて、夏に再開。相当描けなくなってて笑っちゃった。ちょっとなぁ、日々触ってないと手順も膠加減もすっかり忘れちゃってねもう少し時間を割きたいけど、なんかね、まだお出かけや民俗学も捨てられず「たくさん興味を
【25年11月3日探索・26年6月25日公開】現在地はこの辺神奈川県秦野市尾尻花水川水系室川に架かる尾崎橋から、川沿いの道を進んでいこう。とりあえず、10m先、左側。道祖神やお地蔵様などがまとめられていた。左側のもたぶん双体道祖神だよな。もう少し進んでいくと、小田急線をくぐるカルバートが見えてきた。再び室川を、鶴巻橋(1972年架橋)で渡る。室川の方にもカルバートがあり、こちらも同年代か。少しシュッとした形状だが、半
八巻橋の双体道祖神万巻塚Googleマップに足りない場所をポチポチ見つけて埋める旅マップにあるのに写真はなくていったいどこにあるのじゃろ?川の対岸からよく目を凝らせばなにやら看板みたいなものが?大きくまわって橋をわたって林道みたいな道をゆくなんとのんと箱根神社ゆかりの"萬巻上人"の塚みたいあした箱根神社行く予定こうしてゆかりの史跡であえたのなんだか不思議なめぐりあわせ訪問日2026.6.15↓つぎのページ『日がおわるにはまだはやい』日
5/27は川場村で石仏を巡って歩いてきました。良い天気で素晴らしい農山村の風景が広がっていました。清掃や管理の行き届いた村で、石仏たちは素朴で親しみのある笑みを浮かべていました。とても幸せな気持ちになったお散歩でした。詳細はこちら『川場村の石仏めぐり三巡目』奥利根のダム探訪をした翌日は、川場村の石仏めぐりです。このエリアは広域を周回できて、興味深い石仏も適度に散在している。そして田園風景や民家の佇まいも美しいので…ameblo.jp歴史民俗資料館の駐車場からスタートです。ま
毎日が日曜日の落ちこぼれです今朝も妻の、洋子さんのお墓参りに行ってきました🚐いつも落ちこぼれのトレイルランナーのブログをご覧いただきありがとうございますリハビリ生活ですが、先ずは朝のリハトレリハビリのPTさんと相談してしばらくの間、足🐾のツッパリの原因になりそうな筋トレ🏋️を休むことにしています・両足カーフレイズ50回・両足スクワット50回・片足スクワット左右20回ずつ・軽度のスクワットジャンプ20回(ほとんど飛び上がれません。スクワットジャンプは多くの筋肉を使うので、筋トレと
左幸神社御祭神天石門別神(アメノイハトワケノカミ)塞坐黄泉戸神(フサガリマスヨモツトノカミ)猿田彦命(サルタヒコノミコト)右荒神社御祭神火之迦具土神(ヒノカクワツチノカミ)奥津日子神(オキツヒコノカミ)奥津比売命(オキツヒメノミコト)御由来が刻まれる石碑稲荷神社御祭神豊受大神(トヨウケノオオカミ)宇迦御魂神(ウカノミタマノカミ)貴船天満宮御祭神菅原道真公(スガワラミチザネコウ)菅原道真公は讃岐守に就任していた際、伊予を訪れたことがあるそう。また、大宰
今日の散歩おじさん地域は空全体が白っぽくかすんでいるような感じでスッキリ青空とはいきませんでしたが、日差しはタップリで気温は20℃を超えて「4月下旬並」のあたたかさになりました!さて記事の方は稲吉宿から府中宿を目指した「旧水戸街道」の続きです!前回の記事では「稲吉宿旧本陣」と旅籠だった「木村家住宅」をご紹介しましたが、木村家住宅から250mほど進んだ所にもご覧のような立派なお宅がありまして、旧道らしい風情を味わえました(^.^)↑の立派なお宅の筋向いには香取神社があり、どうやらこの辺りが宿
ちょっと日本画に本気モードでございますいままでなにを見ていたんだ?というくらい、日本画も続けていると色を見る目が育ってきて、、これが一番の収穫かなーって思ってます。上手く書く事も大事ですが、今まで見えなかった技法や微妙な黒の差異に気づける事が嬉しいし楽しいです。神奈川(相模川より西)ってものすごい道祖神、双体道祖神が多いことにきがつきまして昨年4月の天気のいい日、アドレスでちょこっと行ってみました。今回初回だったもので、調査らしい地図も地名もメモをとっておらず(汗さらに平
3/11群馬へ詳細はこちら。『旧倉渕村、落合抱擁道祖神から神明宮まで』今週は群馬です。まず最初は高崎市倉渕町から。ここは倉渕村と呼んだほうが馴染みやすい。そして倉渕村といえば双体道祖神です。農村風景に溶け込んで佇む道祖神を訪ねる…ameblo.jp何度も訪れている倉渕村ですが、まだ歩いていないエリアを訪れました。倉渕村といえば双体道祖神。いっぱい出会いましたが、特に素敵だったもの。寛延2年。小ぶりの双体道祖神でした。足がスリッパはいているみたいに大きいです。顔の大きさの左右差も愉快で
お宮の土手にある双体道祖神祝言像です。仲良く徳利と御猪口を持っているのがわかります。
道祖神調査のまとめに入っている。川崎唯一と言われている双体道祖神を調査。近くに双体像石造物を発見。こちらは最近作られたもので道祖神ではないらしい。
旅始めの静岡では登山以外にも楽しい企画が沢山ありました。色んな角度からの富士山も見ることができました。詳細はこちら。『今日も富士宮を歩く(静岡遠征四日目)』今回の静岡の山旅では、愛鷹山大岳・浜石岳・焼津アルプスの3本を登ることができました。当初の計画では真富士山にも登る予定だった。ところが駐車場あたりでは相変わら…ameblo.jp『甲斐国より仰ぐ富士』静岡から始まった新年の旅路ですが、最後は甲斐路経由で帰ります。富士宮歩きを終えて、朝霧高原を抜けて富士河口湖町に入ってきました。こ
今日は天気も良くて気温も上がり過ごしやすい陽気でした今日の安曇野と北アルプス安曇野市堀金から蝶ヶ岳・常念岳・横通岳双体道祖神と常念岳蝶ヶ岳常念岳常念岳・横通岳常念岳から順に北西方面
内山地区の玄関口山崎で、来る人たちを迎える双体道祖神です。このあたりの道祖神はほとんどがこの双体道祖神の祝言像で、男女2人の神様がお猪口と徳利を持って、祝言を挙げている様子が彫られています。
内山南村地区の中央に位置する四ツ辻立小路(たつこうじ)にある道祖神は、男女の神様が仲むつまじく握手をしている双体道祖神の祝言像です。右には馬のお墓馬頭観音があります。背後はキバナツツジの木です。
双体道祖神安曇野には双体道祖神が多く祀られています。集落のはずれには必ずと言って良いほど、道祖神が祀られています。道祖神碑は文字碑のものと、この双体道祖神がありますが、どちらも集落へ入り込む疫病除けや、旅人の安全を守ったり、縁結びや家内安全などを願ったりする対象のようです。ここの道祖神は頭と着物に着色をされていますが、毎年正月に集落の人が化粧直しをしているようです。この道祖神には上屋が掛けられていて大切に扱われてきたことを物語っています。Peace
内山南村地区の中央に位置する四ツ辻立小路(たつこうじ)にある道祖神は、男女の神様が仲むつまじく握手をしている双体道祖神の祝言像です。
我が家の重要書物の一つ、「日本の石仏山陰・山陽篇」に山陰のサイノカミ信仰について書かれています。15年くらい前この本を見て訪れたいと思った伯耆のサイノカミを今回見ることができました。「日本の石仏山陰・山陽篇」によると、鳥取県のサイノカミは因幡と伯耆で異なり、因幡では塞神の性格が強く、神木・自然石・石祠などに祭られます。伯耆では主流は文字碑や双体像(神祇、イザナギ・イザナミ、猿田彦と天之鈿女命など)で祈願は縁結びが一般的だそうです。(因幡ではサイノカミは縁切り神)伯耆サイノカミの造立
10月1日、今日は雨の予報なので、雨が降る前に「笠取峠」を越えようと思い、6時に宿を出て、昨日の終了地点「長久保交差点」まで戻りました。交差点から、右の坂道を登り「長久保横町」交差点で、左折して進むと「長久保宿」です。長久保宿は、和田峠・笠取峠を控え「北国街道」への分岐もあった事から、旅籠が50軒近くある、大きな宿場でした。かって旅籠が並んだ「横町」↑です。右に「たつのや」(江戸末期)があります。宿場が繁栄した頃「贅の限りを尽くして」建てられたものです。「横町」から「旅館・
7月になり、暑さが続いていますが、前回の続き「洗馬宿」からの「歩き旅」を再開しました。今回も、一日の行程を2回に分けてのゆっくり旅です。7月18日、自宅を出て洗馬駅に戻り、高札場跡から出発です。「洗馬宿」は町並みが「640m程」の短い宿場でしたが、昭和7年の大火で古い建物は殆ど焼失しています。右に「脇本陣跡」があり「明治天皇碑」が立っていました。すぐ先に「荷物貫目改所跡」があり、中山道を通る「公用荷物の重さ」を監視し、公平性を図っていたようです。その先の豪華な洋館が「本陣・