ブログ記事48件
かつて日田彦山線を運行します、直方車両センター所属のキハ40系(キハ40形・キハ140形・キハ47形・キハ147形)気動車は、現在のような幕式によります行先の前は、行先表示板であります「サボ」の姿が見られておりました。平成30年のダイヤ改正までは、画像2にもありますようにサボが使用されておりまして、日田彦山線に加えまして、後藤寺線に使用されております車両で見られておりました。この当時は、方向幕自体は装備されてはいたものの、使用されていたのは筑豊線(「若松線」・「原田線」)のみで、現
これまでもご紹介しておりますように、筑豊線(「若松線(折尾~若松間)」・「福北ゆたか線(折尾~直方間)」)では、「DENCHA」こと819系蓄電池電車を中心とした列車が運行されておりまして、これら区間に直通列車も運行されております(画像2が若松発直方行き)。この819系蓄電池電車と言いますと、非電化区間も運行する事ができますので、非電化区間でもあります「若松線」ではまさに独り舞台としての姿を見せておりまして、定期列車のすべてが819系蓄電池電車での運行となっておりまして、かつて見ら
若松~原田間を結びます筑豊線は、現在それぞれの通称が付けられておりまして、折尾~若松間を「若松線」、(黒崎・)折尾~桂川(・博多)間を「福北ゆたか線」、桂川~原田間を「原田線」と、それぞれの通称で運行されておりまして、その分運行自体も分離されております。このうちの「福北ゆたか線」と呼ばれます区間に関しましては、現在全線にわたって電化されておりまして、使用車両には上の画像にもありますように直方車両センター所属の817系電車・813系電車、そして熊本車両センター所属の821系電車がこの
翌日日吉ICのバス停から熊本駅を目指します約2時間40分で熊本駅壮観な駅舎の上に泡のような入道雲夏景色です駅前の路面電車ホームには三角行きのキハちゃん昨年乗せて頂きましたさあ、新幹線なら80分だけど、在来線を乗り継いで目的地を目指しますまずは大牟田銀水行きで荒尾まで西南戦争の激戦地西郷隆盛の最期の地田原坂荒尾で鳥栖行きに乗り換え鳥栖で快速門司港行きに乗り換えてはらだではなく原田で下車地味なローカル線、原田線に乗り換えです1日8本のみの超ロー
かつて九州には、バスに使用されている部品を使用しました気動車であります「レールバス」が昭和時代から存在しておりまして、閑散線区を中心に活躍する姿が見られておりましたが、昭和60年代~平成時代にも同じくバス部品や廃車発生品の部品を使用した気動車が存在しておりました。それが、キハ31形気動車でありまして、国鉄末期の昭和62年に登場しまして、そしてJR化後の昭和63年まで製造されました気動車でありまして、以来、香椎線・篠栗線・筑豊線・日田彦山線・久大線・日南線などで活躍しておりましたが、
これまでもご紹介しておりますように、小倉~城野~田川後藤寺~添田間で運行されております日田彦山線は、使用車両のほとんどが上の画像の直方車両センターに所属しておりますキハ40系(キハ40・140・キハ47・キハ147、画像はキハ147形)気動車を使用しておりまして、これら車はエンジンが高出力のエンジンに換装されました車が使用されておりまして、車の姿からも勾配が多く、自然に挑んでいる姿を見る事ができるようにもなっております。特にキハ140形・キハ147形気動車は、篠栗線向けとして使用さ
本格的な梅雨ですねぇ雨は良いのですが災害にならない程度にお願いします。筑豊本線(原田線)の筑前山家駅私的には妖怪人間ベム、ベラ、ベロに出てくるような車両が置いてある駅なんです。特に初めて通過した時が夕方だったかもしれませんが・・・・以前より減ってると思ったんですがね進化してました(@_@)線路を挟んで増えてました早朝に30分かけて散歩立派に整備されてました(^^;筑豊本線ですが桂川駅から運用分離されて現在は篠栗線と
2025年4月27日(日)今回は原田線のトレインビューの為に泊まったHOTELAZだが、実はトレインビューは原田線だけではなかった。遠くに鹿児島本線の列車も見える!チェックインした夕方では分からなかったけど、翌日の朝になって分かった。しかし、JR鹿児島本線の手前に見えると思っていた西鉄天神大牟田線が肉眼でも、カメラをズームさせても全然見つけられなかった。すると、JR原田線の築堤と住宅等の建物に阻まれ、屋根の部分が辛うじて見るのが精一杯で、写真を撮ることができなかった。10時のチェック
2025年4月27日(日)朝は早起きするつもりはなかったが、たまたまトイレで目覚めたら、時刻は6時40分。始発6:42の原田行きがやって来る!ということで、始発列車をパチリ📷️始発列車を撮ったところで再びおやすみ😪しばらくベッドで休んでいたら「カタンカタン…」という音が聞こえてきたからもしやと思ってカメラを持って外を見たら…7:05の桂川行きのやって来た!しばらくして起きて朝食会場に行くための身支度をしていたら…7:56の原田行きが通過して行った。前日の夕方と違って逆光がなく
2025年4月26日(土)筑前山家駅19:22の原田行きを見送る頃には薄暗くなってきた。列車を見送ったら、HOTELにあるレストラン志高へ。夕食バイキング900円の安さというよりは、ホテルから徒歩で行けるレストランがない。バスに乗ってまで開いているレストランまで行く気にはならなかった。レストランに入ろうとしたら閉まっている!…と思ったら、そこはレストラン隣にある会議室だった。客が多ければ、会議室を開放するのだろう。レストラン志高に入ればチャイムがなって現れたスタッフは、チェックイ
2025年4月26日(土)筑前山家駅からHOTELAZまで、思いの外遠かった!チェックインの前に隣のファミリーマートで買い物。今回、HOTELAZに泊まるのも、隣にファミリーマートがあるのが決め手。ファミマ以外に徒歩で行ける店がないのだ。で、アナログは18時頃にチェックイン。Wi-Fiはパスワード入力不要タイプだが、繋がりが悪く動画を観る時等は注意が必要。ホテルのフロントに入れば、3人のスタッフがお出迎え。アナログは一番左にいたスタッフのところでチェックイン手続きをしたが、他の2
2025年4月26日(土)原田駅から隣の筑前山家駅まで乗車することにしたアナログ。方向幕が「原田」からなかなか「桂川」変わってくれなかった。方向幕が「桂川」に変わると、写真を撮って、すぐに乗車した。一両編成だが、トイレ付き。席はそこそこに埋まっていた。アナログは前面展望かぶりつき。原田を発車した桂川行きは右にカーブ。西鉄天神大牟田線の線路を跨ぐ。前方に見える陸橋は県道53号久留米筑紫野線。国道386号線を跨ぐ直前に今回宿泊する「HOTELAZ」が見えた!こんな写真しか撮れな
2025年4月26日(土)JR鹿児島本線の原田駅。“トレインビュー”のホテルは原田駅近くではない。ここ原田駅から“トレインビュー”最寄り駅まで乗車する。“トレインビュー”のホテルなら、この時刻表を見て博多方面に行かれるのかと思われる方もいると思われるが、それはハズレ。正解は一番下の普通17:18桂川行き。「桂川行きに乗ってあるのか?」と思われる方もいらっしゃるかと思うが、それがあるのである(笑)改札口を抜けて跨線橋の階段は上がらずに、階段の右側を行く。そう、原田線乗り場は0番ホー
こんばんは。三好鉄道です。4月5日(土曜日)から6日(日曜日)までの2日間、「三好鉄道」が列車に乗って福岡県を旅した話も18回目になりましたが、昨日は甘木駅から甘木鉄道の列車に乗って終点の基山駅に着いたところまでを書き綴りました。今日は基山駅から旅の話を再開します。13時32分、基山駅に着いた後はJR鹿児島本線のホームへ移動し、13時41分に発車する「門司港行き区間快速(JR九州811系)」に乗り換えました。基山駅を発車してから4分後の13時45分、2つ目の駅である原
GWというわけではないが、4/26(土)からこの写真を撮る為だけに一泊した。ツーリングではよく訪れる筑前山家駅だが、初めて列車で下りた😅詳しくは後日改めてブログで。
若松~原田間を結びます筑豊線と言いますと、現在は篠栗線と鹿児島線の一部を合わせて構成します「福北ゆたか線」、折尾~若松間を称します「若松線」、そして桂川~原田間を称します「原田線」と区分されている事はご覧の皆様もご存知ではないかと思います。運行形態も、「福北ゆたか線」は電化されている事から、画像2の817系電車のように篠栗線~筑豊線との直通列車が運行されておりますし、「若松線」も折尾~若松間が非電化区間ではありますが、この区間では非電化区間も運行する事ができます、画像1の819系蓄
甘木鉄道から基山でJRに乗り換えて博多方面へ戻っていたとき原田駅で原田線お乗り換えのお客様さまは〜という放送が聞こえてきてビックリ😳原田線ってなに!?どこに繋がっているの?存在すら全然知らなかったんだけど、、、。慌てて電車の中で調べたらどうやら、1日8本しか通らないしかも、3駅しかない線があるらしい!!!なにそれ、ほぼ、秘境駅じゃん。郵便局はあるのだろうか、と、調べてみたら3駅とも徒歩5分圏内にありそう。娘を9時に保育園に送っていってからのスケジュールで回れるのか
乗りつぶし達成日:2021-12-27乗車日:2021-12-27・2020-3-24若松より筑豊本線普通直方行きに乗車。筑豊本線は、若松〜原田の路線だが、運行形態により大きく3つに分けられる。・若松〜折尾:若松線・折尾〜桂川:福北ゆたか線・桂川〜原田:原田線となり、筑豊本線という名前を聞く機会はほとんどないだろう。若松線と原田線は非電化で、若松線は蓄電池を使用した819系が使用される。若松の近くには運河が多く、車窓からも確認できる。若松線は複線非電化という珍しい路線。元々
こんばんわん福岡に行った2日目は例によって、ひま~。特にどこに行きたいでもない。メンバーがポスター貼りをしたお店があるが、そのポスターを見るだけに、電車代を使ってまでとは思わないし。天神も他に用がない。紅葉で検索すると、いい場所は車でしか行けない場所ばかり。車を借りてまで見たいわけでもないし。じゃ、大回り乗車をしよう。ボーっと景色を見ているだけでもいいし。博多駅で吉塚駅までの切符を買う。170円だった。博多駅の鹿児島本線下りホームは新幹線の横10:26発でラッシュの
佐賀藩には、、、佐賀の七賢人の一人である島義勇(しまよしたけ)という男がいた。幕末から明治時代にかけて北海道の開拓に尽力したのはもとより私が住む札幌の街づくりにも大いに貢献し北海道開拓の父とも呼ばれた。島義勇は任命後今の北海道神宮付近の丘に上り眼下に広がる札幌の原野をいつの日か世界一の街にしたい!↑札幌市役所一階にある島義勇の銅像(ネットから拝借)と、夢を描いた。幕末の佐賀藩
にほんブログ村青春18きっぷを使って、北九州と山陰地方の乗り鉄の旅に行って来ました。さて、早朝の飛行機で福岡までやって来ました。これから青春18きっぷを使った乗り鉄の旅が始まります。福岡空港からは地下鉄に乗って博多駅に移動。通勤時間帯なので乗客が多いですね。博多駅。JRの博多駅のホームに入ります。この日は早朝なのでまだ27度でしたが、昼には33度になる予報でした。博多駅から乗るのは篠原線。福北ゆたか線の愛称が付いています。乗るのはBEC819系電車。「DENCHA(デンチ
10:21発、筑豊本線原田行き今最も俗化されていない列車かも。ここに来るまでのルートは別府から日豊本線、小倉から鹿児島本線(筑豊本線直通)直方行き、そして篠栗線直通博多行きで桂川まだ来ました。せっかく筑豊地区に来るので、国鉄末期から訪問した各路線のうち第三セクターになった伊田線辺りにも乗りたいと思いましたが、Yahoo乗り継ぎだとギリギリ乗り継げないダイヤだったので諦めました。ところが、原田で発車を待っていると僕が乗った、桂川9:53着の後、もう1本列車がある事が判明。またしてもYaho
運転見合わせ福北ゆたか線原田線後藤寺線福岡県
久しぶりの地元乗り鉄と…投稿博多駅より篠栗線直方行き快速に乗車813系6両編成で車内は余裕、と言うかガラガラ状態桂川駅に着き下車し快速を見送り今回中学生以来…38年ぶりの乗車キハ40の汚れ具合が…ノスタルジック前回の全般検査が2017年2月なので、8年周期なので来年には廃車かな筑前内野駅筑前山家駅近くに保存?されている西鉄福岡市内線507号野晒しで…可哀想筑前山家駅舎終点、原田入駅この錆びた線路を昔、特急「かもめ」や「あかつき」など渡って行ったんでしょうね何故に緑地?残
4月4日。実質的に春休み最終日です。(ホントの最終日は7日ですが、5日は研修他で出勤、その後7日まで西日本遠征するので・・)いつものことですが、旅以外はろくに何もしないで終わったような・・・。さて、12月27日。平成筑豊鉄道の旅を終えて、田川後藤寺駅に来ました。ここからこれ乗ります。キハ40の単行列車です。距離が短いのでロングシートに座っていきました。そして、後藤寺線を全区間乗って新飯塚駅へ。ここから電車に乗り換えです。813系3両
『筑豊本線0番ホームから始める旅』『原田駅0番ホームにて』『鹿児島本線鳥栖から原田へ』『鳥栖駅にて』『鳥栖駅モノローグ』『長崎本線の旅佐賀駅→鳥栖駅』『長崎本線の旅…ameblo.jpこの話↑の続きです。※音量にご注意下さい/59秒映像は西鉄天神大牟田線と交差する付近から始まります。ここに駅が出来て街が形成される世界線は…まぁ無いな。博多⇔筑豊地区のメインルートが篠栗線に移った時点で、原田線の衰退は必然でした。筑前山家駅構内に保存車両の姿が見えます。
JR九州大雨による運転見合わせです。後藤寺線日田彦山線原田線
大雨によるダイヤ乱れ九州新幹線腹だ線福北ゆたか線香椎線
久々にしれっと更新~~~さてと折尾駅で下車したのはここから鹿児島本線にて博多を目指さずあえての迂回乗車するからです。。。筑豊本線/原田~桂川~新飯塚~直方~折尾~若松66.1km(通称)若松線/折尾~~~若松原田線/原田~~~桂川福北ゆたか線/博多~桂川~折尾~黒崎直方駅この駅で大悲劇があり、駅舎を撮影した直後にケータイを落として液晶バキッと破損・・・翌年完全に死亡にいたりました・・・(´;ω;`)
鹿児島本線からこんにつあー!!引き続き、先日の九州旅行についてエリア別に振り返っていきます。最後は筑豊編です。4月30日夕方、博多から鹿児島本線に乗って、原田(はるだ)へ移動しました。ここで別の列車に乗り換えました。来た列車は・・・キハ140形でした。原田線に初めて乗ったのです。原田線は原田~桂川間の路線で、筑豊本線の一部です。福北ゆたか線の誕生によって、筑豊本線の運用が分離され、原田~桂川間は原田線に、折尾~若松間は若松線の愛称がついたのです。若松線は香椎線と同様に蓄電池電車に置き換わ