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この日は、東福寺と塔頭の霊雲院、即宗院を参拝してきました。☆即宗院2度目のスタンプラリーです。☆東福寺御朱印☆霊雲院御朱印素晴らしい庭園でした(^∇^)
2月12日は第52回京の冬の旅洛東~伏見エリアへ‼️(^_-)☆本日は東福寺[即宗院]をただ何故か⁉️外からの写真が無いのです東福寺即宗院仁王門(ガイドブックより)実はこちらの門の写真を撮る前に仁王様が目に入りそちらに心奪われ全体の写真がありませんお庭↓看板ヨリ!f(^_^;内部撮影禁止ですので看板とガイドブックより篤姫も使ったと伝わる『火鉢』西郷どんと徳川慶喜の掛け軸奥にはやっぱり今年は『西郷どん』関係が多いですネ!第52回京の冬
初「冬の京都」ですで、京都観光で検索したら、たまたまこれを見つけ「西郷隆盛」せごどんにスポットをあてたこの時期しか公開しない特別コースうぉ〜〜っ!なんてラッキー!いっどーっ!!しかも、久しぶりの定期観光バスツアーランチ付きなのも魅力だけど、いろんなお話を聞く事が出来るから良いよね歴史が苦手な私にはもってこいです今回のコースは、すべて初めてのとこばかりでした清水寺成就院常林寺宝鏡寺東福寺即宗院すべて、非公開文化財特別公開眺めよくお昼を食べそして、私は集合時間までこ
先日ご案内しました東福寺塔頭の一つ「即宗院」です。ここは、大河ドラマ「西郷どん」の西郷隆盛、薩摩藩ゆかりの寺なんです。\(^0^)/東福寺に薩摩藩島津家の菩提寺の塔頭が作られたのは室町時代。1387年の創建、島津家の七代当主だった島津氏久が建立しました。o(^▽^)o4千坪にもおよぶ広大な庭園は必見です。鬱蒼とした深山と秀麗な庭の風情には驚きますね。(▰˘◡˘▰)広々とした苔のお庭、篤姫や西郷隆盛もこの庭を歩かれたのでしょうか。(*^o^*)ここは、幕末に尊王攘夷派の薩摩藩士
日曜日はひたすら片付けました。年末のようでした。夢中で片付けて、気がつくと朝の6時寝なくては!と思ったところで、名刺が切れていることを思い出しました!月曜日は名刺がたくさん必要な予定があるので慌てて印刷でも印刷用紙が少ししか見つからず、、、あれこれしているとお空が白けて、、、7時まわってる!美味しいお約束がありましたので、2時間でしっかり目覚めてお出かけしましたよ😊2月は京都ウィンタースペシャルというイベントで、敷居の高いお店で少しお得にランチやディナーがいただけます😃今回
今日は然るところにお味噌を作りに行って来ました行くときはお味噌作り?お味噌は買ったらいいし・・・くらいのものでした(^_^;)真っ白な麹と真っ白な塩これを手で馴染ませるように揉み込みます、丁寧に・・・すると麹がしっとりしてきますこの作業を塩きりと言うそうです一晩漬けて4,5時間軟らかく煮た大豆を潰します潰していると大豆がねっとりしてきます大豆の粗熱がとれたら麹と混ぜ合わせますその混ぜ合わせたものをおにぎりくらいの大きさにしっかり丸め両手に打ち付ける
「京の冬の旅」続行中。東福寺に行きました。即宗院は前に訪れましたので、禅堂と経蔵を目指します。天井の高い、広ーいお堂に、座禅用の畳の台とお座布団がずらーり。今は一般の方の座禅体験?に用いられているそうで、ということはあの警策は…?!経蔵では、歴史ある仏教史書の版木などが特別公開されていました!す…刷って見てみたい…。特別公開とは関係のない場所に人だかりができているので、何だろな?とよくよく見ましたら、舞妓さん?の、撮影会をやっていました。御朱印です。
去年の秋の特別拝観の時の御朱印と同じです。↓左側に、西郷さんの弟の名前があります。↓経蔵初の一般公開こちらは、御朱印に関しては勿りません。↓禅堂一度に400人以上の僧が修行していたと言われています。
前回からの続きです玄関を出て、山に西郷が揮毫したという石碑があるということだったので行ってみました玄関を出ると真っ直ぐ先に、案内板がありますそちらから見た、話を聞いてた建物(書院!?)庭園を横に見ながら山へ向かいます道中に黄千両という植物この先の山を登る手前にこんな駒札が西郷隆盛密議の地昔はこの辺りには茶室「採薪亭」というのがあり、そこで西郷と月照上人が謀議したという場所だそうですそこから階段があります(前を歩いてる方は無関係)山の中にはこのように羅漢像がありましたそし
前回からの続きです次に行ったのは東福寺の塔頭で、今回の京の冬の旅で公開されている即宗院です今回も画像多かったので2部になりますf(^^;このような案内板が、寺務所の奥にあります画像の左下に見えるのは、こんな石碑誰かの墓所のようです参道歩いていくと、こんな看板が!このお寺の方丈は国宝なんだそうです!!今回は公開されてませんが(^^;そして歩いてると、ここにも橋がありました!これが東福寺三名橋の三つめ、偃月橋(重文)前を歩かれてるのは警備員さん(笑)この橋は秀吉の妻である、ね
八相の庭の次は、特別公開されてる東福寺即宗院に向かう事に。島津藩と西郷隆盛ゆかりの場所。一軒家にしか見えないなぁ…w島津家所縁の物や西郷直筆の掛け軸等が展示してあったけど撮影はNG🙅即宗院を出て裏手に向かい石碑を発見。東征戦亡之碑。明治維新で戦死した薩摩藩士を供養する為に西郷直筆の石碑が建立されてます。西郷自筆と言うので文字まで彫って「西郷隆盛器用やな…」と思ったら、石工が彫ってたのね…石碑を見た後は、国宝三門。法堂。涅槃図・蒼龍図が見れなかったのは誠
2010年7月記事の再録です。京都は東福寺(JR東福寺駅、京阪東福寺駅より徒歩すぐ)の塔頭、即宗院の特別公開に行ってきました、見た目は寺というより昭和初期の民家のようでした、島津氏久の菩提のため創建されて以来、薩摩の厚い庇護をうけました、西郷隆盛との縁も深く、明治維新で戦死した霊を供養するために東征戦亡の碑を自筆し建立しました。あの大河ドラマの篤姫も江戸に行く前に7日京都に滞在しそのうちの一日はこちらで過ごしこの火鉢を使ったとか・・丸に十の字の島津家家紋入りです。西郷
前回の光明院に伺った後、東福寺本坊庫裏の背後に位置する龍吟庵に向かった。国宝龍吟庵には重森三玲の方丈三方の庭、「無の庭」、「龍門の庭」、「不離の庭」が紅葉と絡み、えも言われぬ光景を生み出していると云う。渓谷・洗玉澗に架けられた偃月橋を渡った正面の龍吟庵、その右手にいつも山門が閉ざされている即宗院も特別公開。入るつもりはなかったのに足が一歩進んでいた(笑)この地は鎌倉時代の九条兼実の別荘「月輪殿」の跡地で、国宝「法然上人絵伝」に描かれ、かっ
東福寺の紅葉を見た後、庭園も見て歩きました。境内広くてどこにいるのかどう回ってるのかよくわからなかったです。左が「普門院」、正面が「開山堂」。庭園の白砂の縦横縦横の市松模様がよく映ってなくて残念…こちらのお庭は江戸中期の名園だそうです。さつきが咲いた時期に来たら綺麗でしょうね。「庫裡」。庫裡(くり)って、お寺の台所で食事をする所。ここから入って方丈庭園を拝観しました。国指定名勝東福寺本坊庭園「八相の庭」の南庭。西庭。北庭。
御朱印帳:三十三間堂/京都御朱印帳
もう3か月も前の話になりますが、京都を訪れた際に東福寺に行って来ました。塔頭のひとつ即宗院にあるという田中新兵衛のお墓をお参りしたいと思ったのです。即宗院は薩摩藩の菩提寺で、嘉慶元年(1387)に島津家第六代当主氏久により創建されましたが、のちに焼失し、戦国時代に第十六代当主義久によって再建されました。即宗院への道順は、まず本堂を横に見て直進し・・・東福寺本堂(写真の左側に向かって進みます)更には庫裡もやり過ごしてまっすぐ進むと・・・東福寺庫裡
ケイと相坊の無知、無恥、ふたり旅。皆さま、こんばんは~。いかがお過ごしでいらっしゃいますか。実は用事があり、ここ1週間ぐらいブログの更新と皆さまのところへのご訪問が出来ないかも知れません。用事が終わりましたらまた、順次ご訪問させて頂けたらと思っております。よろしくお願い致します。「晩秋の京都旅行」の続きです。3日目最終日に朝一番で、「京都駅」の南に位置する紅葉の名所「東福寺」にやって来ました。「東福寺」の紅葉は少し見頃を過ぎた感がありました。その「東福寺」境内で「特別公開」の案
「龍吟庵」と「即宗院」へ渡る橋『偃月橋』「偃月橋」から見る「通天橋」『通天橋』「通天橋」から見る「臥雲橋」紅葉の頃ならこんな感じ⬇パンフレットより『臥雲橋』「偃月橋」「通天橋」「臥雲橋」で東大寺の3台名橋と言われている。「臥雲橋」から見る「通天橋」『愛染堂』『開山堂』庭園が美しい『日下門』『月下門』四脚門で檜皮葺き、鎌倉時代の特色。方丈受付にて御朱印帳と御朱印を拝受。境内に渓谷があるなんて、なんとも壮大ですたくさんの塔頭も拝観したくなったけど、また次回に
ステキな御朱印で話題になっている『勝林寺』さんに行きたいと思い立ち、それなら、まずは『東福寺』さんに行っとかないとね。臨済宗大本山『東福寺』奈良の『東大寺』さんの『東』と『興福寺』さんの『福』をとって藤原(九條)道家が九條家の菩提寺として造営。本堂には15メートルの大仏立像が安置されている。「思遠池」からの「三門」天井や柱には明兆と弟子による極彩画が描かれている。「本堂」天井には堂本印象作の蒼龍図が描かれている。「禅堂」国内最古最大の座禅道場「東司」便所。
こんばんは、シミーノです。引き続き、12月3日(土)~4日(日)に京都市内観光旅行へ行き、12月3日(土)に伏見稲荷大社を参拝した次の話です。伏見稲荷大社を後にし、JR稲荷駅に着いたのが朝8時近く。これなら、京都トヨタ本社に行く前にもう1ヵ所拝観できるのではと思い、JR西大路駅に向かう前にJR東福寺駅へ降り…。「あのー、なんで駅名冒頭にJRとか書いてるの?」だって、京都にはJRの他に近鉄、京阪電鉄、阪急電鉄、叡山電鉄、嵐電(京福電鉄)、トロッコ(嵯峨野観光鉄道)といった鉄道に地下鉄やバ
おはようございます東福寺の奥にある即宗院薩摩藩東福寺城の守護代名・六代目島津氏久の菩薩のために創建されました。あまりここまで来られる方は少ないのかとっても静かでした赤や黄やオレンジの千両が沢山咲いているお寺ですさらに奥へ羅漢像が沢山その先には西郷隆盛自筆による薩摩藩主東征戦亡之碑もありますangelhea
<文化審答申>山王坊遺跡国史跡に河北新報14~15世紀の神仏習合を示す神社跡や寺院跡などが良好な状態で保存された宗教遺跡で、付近の十三(とさ)湊(みなと)遺跡などとともに中世的な景観を構成..平和の音色に思い巡らせ山形第二中/山形毎日新聞1945年8月6日に広島で被爆したピアノのコンサートが17日、山形市立第二中学校であった。生徒たちは滑らかな音色を聞くと共に、ガラス片の跡が残るピアノに...大阪夏の陣跡にてameblo.jp皆さんこんにちは。リハビリテーション
月輪殿の特別拝観。赤と黄が本当に美しい場所でした(*´꒳`*)
今日のニュースで、紅葉の名所、京都・東福寺の通天橋が月末30日まで橋上での写真撮影を禁止にするというニュースが出ておりました。Yahooよりhttp://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20161110-00000020-mai-soci周りを気にせず見境なく撮影する人、ポージングをあれこれやって撮影する人、粗方は撮影する側のモラルの問題なんだろうけど。最近は何処でも構わず自撮り棒を振りかざすのが本当に危なくて…。あれはいつか事件や事故につながるんじゃないかと
<西国三十三所草創1300年>法灯つなぐ徒歩巡礼2016年05月23日読売新聞近畿と岐阜の2府5県にまたがる日本最古の巡礼路「西国三十三所」が2018年、草創1300年を迎えるのを記念し、徒歩巡礼の一行が22日、第1番札所・青岸渡..即宗院と龍吟庵南日本新聞室町幕府三代将軍・足利義満の頃のもので、現存する最古の禅宗方丈建築。ガイドさんの説明によると、方丈の縁の一部に屋久杉を使用しているという。延暦寺最古の建物や国の重要文化財が多数!「延暦寺西塔」の見どころRETRI
東福寺にいます!東福寺の庫裡の東側にある塔頭寺院「即宗院(そくしゅういん)」が「室町庭園特別公開」とあったので行ってみました!「龍吟庵」も公開中とあります!橋を渡ります。即宗院・龍吟庵に行くための「偃月橋(えんげつきょう)」!三の橋渓谷に架かる橋です。即宗院の山門!こちらに拝観受付がありました。薩摩藩島津家の畿内における菩提寺になるそうです。即宗院の庭園へ!「東福寺塔頭第一」と云われる庭園!「平安後期、関白藤原忠道がこの地に御所の東御堂を建立し
即宗院は東福寺の塔頭のひとつで、その始まりは平安時代後期に関白・藤原忠道が建立した御所の東御堂です。忠道の子・九条兼実は東御堂を山荘「月輪殿」と名付けました。その寝殿造りの庭園は、知恩院に所蔵されている国宝「法然上人絵伝」に描かれており、1799年に刊行された「都林泉名所図絵」にも掲載された名庭園です。即宗院は、その東御堂の跡地に薩摩藩6代目・島津氏久の菩提寺として、東福寺第54世住持・剛中玄柔を開山として1387年に創建されました。この即宗院の名は氏