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今夜10時より――。昭和36(1961)年8月9日(水曜)、藤沢薬品提供の藤沢ドラマシリーズ第三作神阪四郎の犯罪の番宣広告。原作は石川達三。昭和31年公開の日活映画版(久松静児監督)で神阪四郎役は森繁久弥だったが、5年後のドラマ版は南原宏治(当時34歳)が主演。私の年代だと七曲署の署長(by太陽にほえろ!)や、源海龍(byダイヤモンド・アイ)など、インテリ臭が漂う悪役の印象が強い南原宏治だが、このドラマではいったいどのような役柄???
応援して下さいます方からの素敵な写真を頂きました😉🤗30年くらい前の南風洋子母上との写真です🙇🏻♂️今、娘で妹の“若杉民“ちゃんの主演公演が上演されてますが、母上が暖かい眼差しで見守っていると思います👀😌僕はスケジュールの都合が付かず観られませんが、民ちゃん…千穐楽まで身体に気をつけて顔晴って下さいね🙋♂️母上と共に🥰
2007年に膵臓がんのため77歳で死去した、女優の南風洋子さんを、趣味の姓名判断で、占ってみました。南風さんには、功績を残すが、人生の中頃は、何事も注意。無理な企て、家族縁、病難、逆境に注意。富も地位も得る。努力家で発展するが、苦労や目下との関係に注意。といった暗示があります。引き続き南風洋子さんの本名、若杉洋子さんを、趣味の姓名判断で、占ってみました。若杉さんには、功績を残す。不和に注意すれば成功する。家族縁に注意だが、富も地位も得る。成功運はあるが、不安定。といった暗示があります。
9月1日外出先で見つけたお土産売り場に思い出がいっぱいのハーバーがあった懐かしさで思わず写真を撮った私はこの、ありあけハーバーが大好きで東京から神奈川に引っ越した16歳の夏以降通学の乗り換え連絡口にあるキオスクで年に数回の贅沢、ごほうびとしてかな・・当時7~8コ1000円?だった、この箱を↑帰り道に買って帰り、おやつに食べた1度に全部、ひと箱ペロリと1人でね今は8個入りが1728円か、高くなったね今日思わず写真を撮ったのには理由がある1度にひと箱食べる話は、
ひとつ前の当ブログの続きです。1945年8月15日に、どこで「敗戦」を迎え、どのように思っていたかを53人の新劇女優が綴る『女優の証言一九四五年八月十五日』(悲劇喜劇編集部/ハヤカワ文庫NF)の中で、南風洋子さんの書いた文章の話です。敗戦となり、国の命令で満鉄系の会社を設立した南風さんの父親は200人の避難民を連れて引揚げますが、ソ連兵の囚人部隊に襲われ女性が凌辱することが多発し、部隊の上官に「止めさせてくれ」と交渉しますが、その条件として「上官の相手をする女性を差し出せ」と言われてしまい
このところの当ブログで、『女優の証言一九四五年八月十五日』(悲劇喜劇編集部/ハヤカワ文庫NF)を取り上げています。昭和20年8月15日、「敗戦」が知らされた日に何をしていたか、どんな思いだったかを綴った53人の新劇女優さんたちの証言集で、まさに「玉音放送」を流したそのとき、NHKにいた山本安英さん、七尾伶子さんのエピソードを紹介しました。このお二人のように既に「女優」となっていた人だけでなく、その当時はごく普通の少女だった方の証言も載っています。その中でもいちばん過酷な印象を残すのが、南風
大戦末期の頃、日本赤十字社の看護婦数百名が戦地に派遣され、三田光枝婦長以下25名は華南の野戦病院に配属され恩田恵子もその中にいた。現地には小島雪子という凄腕看護婦が活躍しており、彼らと協力して救護活動にあたることに。そこには早く前線に帰りたいと焦る者や、戦争の影響か夢遊病を患う者、自殺しようとする者、いちいち美人看護婦に手を出すセクハラ軍医がおり、美人の恵子は早速目を付けられてしまう。一方、男勝りの雪子も恵子が気に入り、なにかと世話を焼くが、彼らの様子を見た三田婦
本日8月19日…は、“南風洋子“母上の命日でございます🥹🙇🏻♂️🤗母上が物凄い大病と痛みの中、主演の舞台を勤められて、暑い日が続く夏の日に逝かれてから16年の歳月が流れたのですね👀🥹本当に優しく、藝には厳しく素敵な女優さんでした😃🙆♂️母上…主税は、とっくに父の歳をはるかに超えて、還暦を迎えようとしてますよ。母上の愛情と教えを胸に、人として、また役者として舞台人として、前を向いて歩き顔晴って行きます🫡民ちゃんも民人、五月さんも元気で顔晴っています🤗見守っていてね😌
どうも。地方移住者が従来にないやり方でビジネスを成功させるのを見て、地元住民が僻みやっかみで「あれなら俺でも出来る」と言うのは一番恥ずかしいことです。秋田県には、そんなおっさんが少なくないように感じられます。それはさておき、映画の感想文を書きます。今回は『幽霊屋敷の恐怖血を吸う人形』です。連絡が取れない兄を追って、蓼科山中の洋館を訪れた妹とその婚約者が不気味な事件に遭遇する。1970年公開作品。監督は山本迪夫で、出演は松尾嘉代、中尾彬、小林夕岐子、南風洋子、中村敦夫、高品格、浜村純
1月16日は、僕の芝居の恩師“榎本滋民”先生の御命日です🙇新国劇から新派、歌舞伎や落語、現代劇等の全てに精通されて、僕に『芝居をしないで、普通に帆之亟君でやりなさい。そこに知識を加えるだけですよ。』と教えて下さった先生です🙇亡くなる前に『帆之亟君の為に書いている本があるからね』と言われたまま、あちらへ行かれてしまいましたが、一緒に焼かれてしまって、どんな脚本か解らないままですね👀😅写真は、榎本先生と“南風洋子”母上とのスリーショットです👀🤗バンクーバーより🙇🙏
昨日は、江古田日舞水曜日稽古⤴️💃久しぶりに雨が上がったので🟥👟ウルトラセブンスニーカー👟🟥で江古田稽古場へ👀🚃🚶♂️セブンカラーの赤のポロシャツにホワイトジーンズ👖稽古場では、お弟子さんみーんな汗ビチャになり、稽古に励んでました🙆💦💃💦そして今日8月19日は、僕の母上“南風洋子”さんの命日です🙇本当に本当に、可愛がって愛してもらいました👀🙇😊母上の言葉通り、顔晴ってます。僕や民ちゃん、民人君、五月さんの事、見守っていてね😉
この投稿をInstagramで見る南風洋子マスクを着ける、民ちゃん❤️天国のおかあちゃま見てますか?貴女の愛娘がおかあちゃまサイン入りマスクしてるよ!てか、いまは夏でもマスクしなきゃいけない世の中です。。。お空の上からお守りください❣️#南風洋子#宝塚トップスター#親戚#さつき会#きゅりあん小ホール#尾上五月#尾上五月日本舞踊教室#宝塚og#元タカラジェンヌ#日本舞踊#品川区の日本舞踊教室#宝塚歌劇団#尾上流#さつきりせ#五月梨世#japaneseclass
真帆志ぶき様とのお写真…私の手元にはこれしかなくて。。。私の左にいるのは親戚で宝塚の上級生、劇団民藝の女優だった故南風洋子です。左端は旦那様である演出家で映画監督の故若杉光夫です。若杉家は私の東京の実家でした。スータンさんはうちのおばちゃまがとても可愛がっていた下級生…そして私の憧れの大スター❣️初めて、オフのスータンさんに会ったのは、まだ私が小学生の頃…神戸の親戚の家に、南風おばちゃまと一緒にいらしていて…私はお父さんに頼んで連れてってもらい、、、ドキドキしながらサインをいただき、
シネマヴェーラ渋谷玉石混淆!?秘宝発掘!新東宝のとことんディープな世界より製作:新東宝監督:内川清一郎脚本:岸松雄赤松長義撮影:岩佐一泉美術:鳥居塚誠一音楽:大森盛太郎出演:南風洋子左幸子南壽美子片山明彦沼田曜一和田孝安西郷子1953年8月25日公開浅野日左子(南風洋子)、佐川圭子(左幸子)、篠田靖子(南壽美子)、大野美代(城実穂)は高校3年生の仲良し四人組。今日も授業中にプールではしゃいでいるうちに、圭子が飛び込み台から落ちて、靖子の胸を強打したた
長唄に「島の千歳」(しまのせんざい…と読みます)という曲があります。私は尾上流のこの踊りが大好き💕尾上流に入門するために、親戚である尾上民ちゃんに、昔、むかーし今の師匠のところに連れて行ってもらいました。民ちゃんは、往年の宝塚トップスター、南風洋子(有馬稲子さんと同期)の娘です。今の師匠とのご縁は、このオバチャマから始まりました。初めてお稽古場で見たのが、民ちゃんの「島の千歳」でした。尾上流では、この曲名取試験曲になっています。鼓の演奏がふんだんにもりこまれています。水…を讃える歌詞
ラピュタ阿佐ヶ谷玉石混淆!?秘宝発掘!新東宝のまだまだディープな世界より製作:新東宝監督:井上梅次脚本:赤坂長義京中太郎撮影:岡戸嘉外美術:朝生治男音楽:大森盛太郎出演:雪村いづみ南風洋子中山昭二水の江瀧子沢村貞子夏川静江千秋実久保菜穂子1954年6月29日公開シャンソン歌手の峰村京子(水の江瀧子)は、娘の夕子(雪村いづみ)を平和学園の寄宿舎に入れることにします。平和学園は両親が揃っていなければ入学できないため、シングルマザーの京子は人気商売だ
池袋新文芸坐追悼・橋本忍より製作:東宝監督:森谷司郎脚本:橋本忍原作:正木ひろし撮影:中井朝一美術:阿久根巖音楽:佐藤勝出演:小林桂樹南風洋子佐々木孝丸三津田健神山繁清水将夫北竜次下川辰平1968年6月8日公開第二東京弁護士会所属の正木ひろし弁護士(小林桂樹)は、個人雑誌を出している為、先輩弁護士の高林浩三(清水将夫)から、経済警察に目を付けられることを心配されていました。その正木に、日頃雑誌の印刷を依頼している印刷所の社長(今福正雄)から電話