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苦しみのあの日から100日卒哭とは、「卒」は終わる「哭」は声を上げて泣くという意味をもちます通常は人が亡くなってから100日目に行われる法要で悲しみから立ち直り日常生活に戻る節目とされています。声を上げて泣く状態から卒業するという意味が込められています。息子は死んだ訳じゃありませんが多分息子の人生の中では忘れる事のできない程の苦しみの日…もちろん私も正気でいたのか狂気と化していたのか記憶にないほどの苦しみでしたがどこかで線引きをしたい…身
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今日は妻の百箇日(ひゃっかにち)です。法要は済ませてあるので、特に何か行事をするわけではありませんが、仏壇にお膳をあげて、墓参りに行ってきました。百箇日は卒哭忌(そっこくき)とも言うそうです。「卒」は終わる、「哭」は声をあげて泣きさけぶことという意味で、故人を思い、泣き悲しんでいた親族や近親者たちも泣くことをやめる頃という意味があるようです。この百日間、いろいろな方々がお花を持ってきて下さり、お陰様で、仏壇もお墓も花が絶えることがありません。本当にありがたいことです。百日は長かっ
今日11月11日は父の百日忌(ひゃくにちき)父が旅立って百日目卒哭忌(そっこくき)とも言う哭(泣く)ことを卒(終える)日まだまだ泣くことを終える事が出来ないと思うけどなるべくなるべく上をむいて♪上をむいて歩こぉぉぉ涙が流れないよぉぉにでも上を向いて歩いていたらつまづくよね!だから前を向いて歩こう
先日、お天気の良い日にバラフェスタに行って来ました久しぶりの神代植物公園です春のバラ以来かもあれから母が亡くなり…いろいろなことがありましたそれでも何とかかんとかがんばりながら元気になろうとしています無事に納骨も終わり百か日も過ぎました卒哭(そっこく)というのだそうです卒業の卒に慟哭の哭と書いて卒哭哭は声を上げて泣き叫ぶこと…なのでそろそろ泣くのをやめて哀しみから卒業しなさい…とそういう意味だと法事の時にお坊さんに教えてもらいました様々な雑事の合間に
五郎さんと5人のお子様達の姿自然でいいですね秀樹さんが亡くなられて百か日がすぎました。百か日は「卒哭」とも言われ嘆き悲しむことを卒業する日だと母の百か日の時にご住職よりお話がありました。悲しみから少しづつ前へと進まないといけないと。そのことを五郎さんも仰っているのではないでしょうか。秀樹さんは沢山の宝物を残されたと思います。私達の目に見えるものでは、間違いなくお子様達、そして数多くの作品。そして私達には見えない秀樹さんの残された宝物。きっと五郎さんにしかわからない秀樹さんの想
今日は太郎の100カ日です。卒哭忌とも言うらしく、もう泣かずに前を向いて生きなさい、というらしい。、、、いや、私まだ無理。あちゃさんに、りゅうさんの火葬してくれたお寺さんは、ワンコにはそういう忌日を気にしなくて良いと言っていらしたと聞きました。うん、そっちを採用したいです。だって、まだこんなに悲しい。泣かないとか無理だし。太郎。
今日はお墓参りに行ってきました。祖父が亡くなってまもなく1年。祖母が亡くなって今日で100日。100日のことを卒哭期というそうです。もう泣くのは卒業しましょうそんな意味かな。あっという間に月日は流れるなぁ。自らが「子」という立場から「親」という立場になって、次のステージに上がった気がして、それと同時に自分の親が「祖父母」というステージに上がって。そうなると、あと30年もしないうちに両親が健在でいるかはわからなくなるんだろうなと思うと、30年て月日は長いはずなのに、あと
猫のくるみの百ヶ日法要の日です。別名、卒哭忌と言うらしいです。読んで字の如く、声をあげて泣くのを終わらせる日らしいです。そういえば、ここ二、三日で少し落ち着いたような気がします。でも、やっぱり泣いてしまいます。まだ、寂しくて寂しくて心が落ち着きませんが、穏やかに寄り添える日が来るまで、1人で頑張ります。
あれから、7週間たつんだなぁ。今日は、雨予報でしたが、家を出る頃は、少しパラパラ降っていましたが、納骨するときは、雨が上がりました。今日は、49日、百ヶ日法要でした。百ヶ日は、卒哭忌と言うらしく、遺族は泣く(哭く)ことから、卒業する日らしい。また、あらためて、気持ちをしっかりもって、前を向いて生きていきたいと思います。
卒哭パウダー用ブックマークも解除できました。色んな意味でね‥やっとです。スグにaccess出きるようディスプレイにおいといた分も、今日で隠しちゃいますホントのところ出歩くたび手持ち無沙汰が重かったり←ヘン密かに生まれ変わりを願ってたり49日すぎたら、と思ってた散骨もまだできてないんですけど忘れてしまうコトと思い出さないコトと、覚えているコトは違うと思うんですよね…だから覚えておこうと思ってます、しっかり。微妙なコントロールですけどねぇ‥試練なのかもねーのり
ドシャ降りからのハレでした今日は卒哭。なくコトをやめる、百日め。長い時が経ちました…けど感覚的にはまだ、数日しか過ぎていないようです、あっとゆーま。それでも確かにハッキリ冴えてるのにつぶって瞑ってるみたいに目が腫れてたり出る分のが多くて涙がしょっぱくなって水分不足を感じたりぼうだ滂沱の末茹だっていつの間にか果ててたりそんなコトはなくなりました。だんだん収まっていってる様子。。。どんなに辛い体験もどんなに悲しい経験も一番の解決は[時]だってい
18日は、祥月命日でした。四十九日の七七日まではまだ、この辺りに残っていて“ごはんも食べる!!”とのお話しもあるので毎日、晩年食べられなくなってた分まで!!御天こ盛りで、並べてましたがその後は迷ったり悩んだりしながら…お供えも控えめにしてます。正直、未だに吹っ切れてなくて俄かにこみ上げてきてしまったり本当はもっとして欲しい事があったのでは?とか有り難迷惑だったのでは?とかの想いに襲われてます。さすがに毎日、あがく足掻くような慟哭どうこくはなくなったけど
韓流時代劇を見ていると、王様が亡くなる前、亡くなった後、いろんな描かれ方をしていますね。最近の作品だと、「王女の男」でも、文宗が亡くなり、大きく流れが変わっていきましたね。王朝が成立してから500年あまり、同じではないと思います。なので、ざっくりですが…☆王の死に伴う段取り1李氏朝鮮時代(1392-1910)は、国教が儒教(朱子学)なので、(高麗の仏教の死とともに肉体は土に帰るという考えではなく)500年余り、時代とともに形を少しずつ変えながらも、死者を崇拝の対象とする祖先崇拝