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※ヒミコに関する記事を書くと、いつも横ヤリが入るの(笑)記事を掲載するのに苦労するのはなぜ⁇...もしかして隠したいの?私は2024年何度もヒミコのいる場所を訪ねた!「会いに行かねば」という使命感で会いにいった。当初は、ヒミコがいる場所も知らなかった。九州ちょうど計画していた九州旅行が頓挫になった←ってことは、九州じゃないってワケだ*その後の調査で「九州は高天原でもなくヒミコの国でもない」と判明。そんな折、家族が【石舞台】に行きたいと言い
出張を前乗りし、自分のお墓と昔いた事のあるお寺に行きました🌈肉体を持っていなくて天照大神の座にいる魂が2人いる事その2人が過去世卑弥呼と過去世推古天皇と北条政子をやってた人と守護霊さんたちに教えてもらいましたが今世肉体を持ってる人の中にも天照大神の魂がいるとも教えてもらっていたのでこの看板を見てもしかして私は天照大神?!?と思って聞きました答えは「教えられない」そうですか、、はい。どんな存在でも頑張ります🥹🌱✨道が見えず一人だったらたどり着けなかった、🥹道はないの
昨日、福岡県那珂川市山田の日本最古の農業用水路の裂田の溝(さくたのうなで)の取水口を訪れた。『秋の川-裂田の溝を生んだ那珂川を散策』本日、福岡県那珂川市山田の裂田の溝(さくたのうなで)を訪ねてみた。『裂田の溝(さくたのうなで)に行って来ました(1)』ハイジャン男は、昨日、思い切り、福岡県那…ameblo.jp昨日、紹介出来なかった動画や写真を紹介し、最後にもしや?と思うことをお話ししよう。取水口の水を塞がずに流している関係で轟音が響く。裂田の溝が流れ始めて50m地点の動画紅葉が少しずつ
宇宙の采配で、緑香る季節に『奈良へひとり旅』をすることになった。すべては、偶然ではなく必然に導かれて。←いきさつは、次回ゆっくり話します!目的のひとつが、ヒミコに会うこと。※「邪馬台国」と「卑弥呼」という字を用いない重要な理由があります。教科書に僅かな記述しかない「ヒミコ」という古代の女王に並ならぬ興味があった。金印をもらうほど、大国にも認められた女王なのに、詳細がほとんど知られていない。なぜ舞い込んだ情報では、ヒミコは奈良にいるという。
一昨日、夜にお友だちと話してて卑弥呼の墓の話になって。徳大からそんなに遠くないので天石門別八倉比賣神社へ行くことに神社の奥に階段があって階段をあがると開けた所があって祠は上から見ると正五角形の形をしています。ここが卑弥呼の墓だと言われています。とても雰囲気のある神社でしたにほんブログ村
卑弥呼の墓?三上編集長と巨大古墳の謎に迫る!前方後円墳ミステリー18話取材協力:割烹おか田https://www.okada-nara.com/力強い文化、美しい風景、未来を築く人々・・・見て、聞いて、感じてみたい。悩んでいる暇があったらまずは一歩踏み出して、淀んだ心に風を呼び込んで、思い切り爽快に、人生に“風穴”を開けてゆこう!このチャンネルは、俳優・山口智子が風のたよりに...youtu.beまたまた実家の近く・・・!巫女、卑弥呼集団の一人とある霊能者さんに言
6月10日の土曜日。参拝に訪れたのは大分県宇佐市の【宇佐神宮】全国の「八幡宮」の〈総本山〉ですよ社務所からの階段を上がって来て、「上宮」前の「若宮神社」に御挨拶そして上宮へ足を踏み入れます前々回来た時にはここに「神輿」が入って行ったよ宇佐神宮の〈御祭神〉。拝殿を真横から撮影たくさんの絵馬🐴たくさんの瓢箪🍶拝殿はこんな感じ。【熊野本宮大社】みたいに3つに分かれておりますもう一度鎮座している神様の説明文。ちなみに宇佐神宮の建っている小山は古墳だそうで、神殿の下
『『アマテラスと大日如来の鶴亀契約』の内緒話』『ふと思った話『アワとオノコロ島』』『ふと思った話『磐長姫と木花咲夜姫は陰陽の関係』』『土佐の昔話『大物主×浦島太郎=十三夜の数式』。』『黄泉の国の内…ameblo.jp↑のつづき。さて、今年の2月、徳島市国府町に鎮座する『天石門別八倉比売神社』に参拝した時にやはり一番気になったのは、奥の院。通称『卑弥呼の墓』である。ではなぜ、卑弥呼の墓と呼ばれているのか…八倉比売神社の祭神が、卑弥呼と同一視されていることが、理由のひとつで
なんかちょっと前に佐賀の吉野ヶ里遺跡でお墓が見つかったとかだったそうですね。吉野ヶ里って母は何度も行っていて、私も実家から行こうと思えば行ける距離ですが、まだ行ったことないとこ〜。いつか行けると思うと行かないもんですね。で、その見つかったお墓が卑弥呼のだったらいいな〜と言われたりしたそうですが、卑弥呼の墓として、もっと壮大で有力な話があるみたいで、私はそっちの方がワクワクしました〜それは、福岡県田川群赤村にある前方後円墳らしき物〜グーグルマップで見つかった巨大な前方後円墳!?
こんばんは今日もがっつり仕事してきましたよ。休日働いても小遣いは増えない奥河内のアラカンライダーKazuです。銀玉を出たらR165を西向いて走ります。平日ってこともあって、車が少なく走りやすいね。着いたところは。大きな鳥居のある神社駐車場からトコトコ歩いてとある自販機の前こんなん出ました。ビンが結露して見にくいけど冷たい餅のクレープです。食べかけでごめんなさいお餅がの
神友がランチに誘ってくれたので、いつも通りお礼はおかずを用意。かつとじ、パスタ、塩サバ、ゴーヤチャンプルーなどなど。相変わらず映えない出来だわぁ。神友早めの登場でまだお店が開いておらず、ちょっと寄り道。卑弥呼の墓は徳島にあったんですって。卑弥呼の墓はなんと徳島にあった!?「八倉比賣神社」【徳島】邪馬台国はどこにあったのか?現在では主に畿内説と九州説にわかれていますが、実は徳島にあったという驚きの説があります。卑弥呼の墓と言われている八倉比賣神社を訪ねました。bqspot.com結構な
こんばんは今日は暑かったですね〜🌞都内はほぼ猛暑日でした💦大雨の地域の方はお氣をつけ下さい。さてさて、先週末は念願だった剣山山頂大祭に参加させて頂きました。その前日は、まず徳島の八倉比賣神社にご挨拶に伺いました🙏✨4ヶ所ある阿波国一ノ宮の中で、こちらは上一ノ宮と言われているそうで、住所も国府(徳島では「こう」と呼んでました)でした。古代の阿波国の中心部だったようで、確かに周りには竪穴式住居や古墳が点在しているすごい場所にありました✨杉尾山自体が御神体で、神社は古墳の上に鎮座されてま
2022年2月7日最古級の大型前方後円墳箸墓古墳(奈良県桜井市)桜井駅の観光案内所でもらったハイキングマップを利用して観光RUNします。「桜井の日本酒と三輪素麺(そうめん)」コースです。まず、JR万葉まほろば線巻向駅で下車し、コース通りに「纒向遺跡」経由で「1.箸墓(はしはか)古墳」に向います。上の写真は、右側が前方部、左が後円部です。左の後円部の方が前方部より高くなっています。
2017年10月29日の記事当時書いた記事に客観的な答えを付け加えました。やはり見える事は有るんだと思いました。自分の為の検証ブログでもあるのでたまにこういう記事を出していくと思います。【教えなくても知っている】カッピー「たかちほ、水龍を集めて頂戴!」最初全く意味がわからなかった私。熊野に行った時も、ああ水龍が泳いでるヽ(*´∀`)ノと嬉しそうにしていた。でね・・・・七面山に登った時も、一の池・・・・カッピー「水の泡がブクブク出てきてね~龍が呼吸して居るのよ。でねみんなブクブ
(145)宮崎県宮崎市生目古墳群古墳時代前期で九州最大生目古墳群は、宮崎市の標高25m、広さ9000㎡の丘陵上にあり、AC300~500年代(古墳時代前期から後期)の間に、100m越えの前方後円墳3基をはじめ、前方後円墳や円墳が50基築造された。国の史跡で「生き目古墳群史跡公園」としてきれいに整備された古墳公園となっている。トイレやあずま屋も設置され、無駄な木は伐採されているので、写真映えも良い。◎1号墳(卑弥呼墓説も)「邪馬台国は宮崎市にあった!」の著者・土田章夫氏は、生
奈良より戻ってきてからというものの、ちょっとした木立や、ショーウィンドウ越しの炒飯の見本まで古墳に見えてしまいます(爆)さて、初日の雨の中の取材、あと2回ほどお付き合いください。次に目指すは箸墓古墳です。ここでちょっとした神秘体験をしました。そう、とにかくこういうお屋敷が多いんです。実際はもうかなり夕暮れが迫りつつあります。先を急ぎましょう!箸墓の後円部。江戸時代お伊勢参りの客に和菓子を売っていたのはこの店の御先祖さん?織田信長統治下には墳丘上にお茶室もあったそ
こんにちは😊昨日から書き始めた奈良旅振り返り🎵の2です✨龍田大社のあとに行ったのは、卑弥呼の墓と呼ばれている箸墓古墳へ。前回は遠巻きにみただけだったのですが、近くまでいってみました🎵こちらからご挨拶できるようになっていました⭐️一周まわって行ったら、と言われた気がして、周囲を歩いてみることにしました😊小高い山になっています🎵中は管理されていて、木がイキイキとしていました✨脇には池があります。池沿いを歩きました。こっちから見ると、龍の頭みたい❤️鼻の先の部分が先程鳥居があった
訪問して頂きありがとうございます~夢でみました。卑弥呼の墓…邪馬台国の夢で…私は奈良に邪馬台国があったと学校で教わったんですが…九州説、四国説と色々と言われている中、その手のを読んでなかったんですけど…夢で映像で出てきたので、調べると四国の徳島県にある八倉比売神社だとか…。調べる迄、全然知りませんこの階段を夢の中で歩いていて、森の中に歩いていると、一番目の写真の墓だなと思う所に辿り着きました。◆邪馬台国四国説邪馬台国が徳島にあったという説については、昭和51年(1976年)に
祈りの神殿*Lapriere*アカシック&ツインレイヒーラー。星の巫女★桂依(kei)です。公式LINE登録はこちら♪↓↓↓********************午前中は、【星のヒーリングワーク*第3回】…でした。第3回(最終回)の今日は、・第2回のワークの振り返り・インカネーショナルスターを開く瞑想ワーク・ハートのエメラルドの癒し~ライアーによるサウンドヒーリング~最後の回は、これまでの統合と癒しがメイン。とっても深い時間になりました…*私
あー、面白かった🤣シンクロ加速チャンネルに、謎学研究家😎三神たけるさん登場だったから、ライブで見ちゃいましたよ〜😅しんごちゃんの旅行会社で、7月に、三神さんと行く大分山口のツァーを企画されてて、その行く場所にまつわる話しが、面白過ぎて〜🤣怪し〜〜〜2人🤣FBI超能力捜査官マクモニーグルによると、卑弥呼のお墓は山口の長門市にあると言っていて、そこにも行くそうですよ。リモートビューイングで、マクモニーグルが透視した卑弥呼の顔は、南方系ですね。邪馬台国発見―FBI超能
前回の記事の中で、『宇佐神宮は卑弥呼の墓』という説があることをご紹介しました。今日はその続きです邪馬台国には九州説と畿内説があり、九州説の根拠の一つとして、「宇佐神宮=卑弥呼を埋葬した古墳」という考え方があるようです。近年の研究で、畿内の箸墓古墳から、大量の鏡が出土したこともあって、箸墓が卑弥呼の陵墓であり、ヤマトトトヒモモソヒメこそが卑弥呼だと盛り上がりました。しかし、まだ畿内で確定というわけではありません。九州説もいまだ唱える人は多いのです。
卑弥呼の墓~卑弥呼卑弥呼の墓がどこにあるのかについては、様々な説がある。規模と形状卑弥呼は、径百余歩の墓に葬られたとする。一歩の単位については、周代では約1.35メートル、秦・漢代では約1.38メートル、魏代では約1.44メートルと言われ(長里)、墓の径は約144...nyabecch.blogspot.com卑弥呼の墓~卑弥呼-日本史nyabecch.blog47.fc2.com
追加卑弥呼の古墳近くにはほかにも沢山古墳があります山の辺の道には、いくつかの古墳があります。自転車でブラブラと見て回りました。沢山古墳はあるのですがほとんどが小さくて個人の私有地になっていましたひらがなの俳句★輝きの大和盆地に寒残る★石を蹴り山辺の道に春迷う余談ですが軽トラキャンピングカーの中の一部です石油ストーブお茶コーヒーラーメン程度なら作れます主に冬場の暖房器具ですソラーパネルを付けたので電気
皆様、ご機嫌よろしゅうございます。女王卑弥呼が眠る憧れの聖地『大元神社』参拝。御許山(おもとさん)の頂上に鎮座し、単独で行くには敷居の高い場所なのですが、この度有り難いことに女神ツアー開催により念願の初登山・初参拝することができました。のどかな宇佐の地えーー登山口ここ?!…という場所です。ツアー運転手さんもここ?本当にここ!?って笑40分ほどゆっくりと山を登っていくと、奥宮が見えました。胸いっぱい♡正面からカメラを向けるのが憚れるほど、それはそれは厳かな雰囲気でした。と
以前から行ってみたかった大麻比古神社に連れて行ってもらいました。思った以上に大きな神社でびっくりしました。■現在募集中の講座・今後の予定などはこちらhttps://8infinity8.net/news/recruiting/淡路島在住、☆宇宙と龍を描く光と癒しのメッセンジャー☆心の視点を変えるコンシェルジュの、宇宙ヒーリングアーティスト晃世です。友人の霊視開運鑑定士のゆりかさんに卑弥呼のお墓といわれる場所に連れて行ってもらい波動水を作っ
徳島県にある、卑弥呼のお墓といわれる場所に友人と行ってきました。なんとなく宇宙的な不思議な空間でした。■現在募集中の講座・今後の予定などはこちらhttps://8infinity8.net/news/recruiting/淡路島在住、☆宇宙と龍を描く光と癒しのメッセンジャー☆心の視点を変えるコンシェルジュの、宇宙ヒーリングアーティスト晃世です。友人の霊視開運鑑定士のゆりかさんに卑弥呼のお墓といわれる場所に連れて行ってもらいました。
お天気が良い(暑い💦)ので、国府にある、八倉比賣神社⛩に行ってきました神社の裏には、卑弥呼の墓⁉️があります。八倉比賣神社⛩は、天照大神を祭った神社です。参道には、天照大神に仕えた、命の神社も!神秘的な場所です。
皆様ご機嫌よう。白龍でございます。お天気予報で先日ハワイアンブリーズのような爽やかな風が吹く…と言っていたようでして花子は小躍り…うふふ当日は本当に晴天で爽やかな風「ハワイみたい❤️」と一日中嬉しそうな花子でしたよ。花子がハワイが好きなのはその気候と色と香りなんだとかその日も空を見上げては空の色が違うんだよなぁ…と言っていました。引っ越すなら気候がハワイみたいな所だったら良いなぁ❤️と…うふふさて先日卑弥呼の墓の動画をご紹介いたしましたが皆様
吉野川に沿って実家に向かうので、毎度お馴染みの景色なのですが、毎回見慣れない。何度みても、いつ見ても、とても綺麗な吉野川✨✨✨吉野川の河口付近に第十堰という大変美しい堰があります。大変のどかで、魚や野鳥が集まり、自然風靡豊かな美しい堰となっています。以前、といっても20年ほど経ちますが、この第十堰を可動堰にしようとする人たちと、自然を守ろうとする人たちで、県が二部する問題が勃発していました。吉野川を流域住民の手に取り戻すための運動の先頭に立って戦った故・姫野雅義氏のおかげで、白紙