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千鹿頭神(チカトしん)長野県を初め、東日本(甲信・北関東・南東北地方)の民間信仰の神。
有賀千鹿頭神社:長野県諏訪市豊田3903樋口千鹿頭神社:長野県辰野町樋口上原千鹿頭神社:長野県茅野市ちの埴原田千鹿頭神社:長野県茅野市米沢212横吹千鹿頭神社:長野県富士見町富士見坂上峯4637河原休戸千鹿頭神社跡:長野県富士見町富士見5185原休戸千鹿頭神社:長野県富士見町富士見花場諏訪の古層の神、ミシャグジはこのブログでも幾度か取り上げてきたが、今回は千鹿頭(チカト/チカトウ)である。チカトはミシャグジと近しいのか、同じ場所に祀られていることが多く、かねてから関心
諏訪巡拝の2回目は、前回に続いて洩矢神系の神社。洩矢神の御子神もしくは御孫神であり、「狩猟民の神」を祀る千鹿頭神社です。千鹿頭神社に行かねば…と思った理由。理由はいくつかあります。決定的だったのはあの「御頭祭」に鹿を調達した神社であったからでした。「御頭祭」といえば、多くの神事を持つ諏訪大社において、最も大掛かり、最も神秘的な神事です。そんな神事に関わる洩矢神系の神社。お参りしないわけにはいきません。三諸《諏訪巡拝の旅》諏訪では、土着洩矢民族
1ドル360円を知ってるアナタお疲れ様です!あがたの森からススキ川を渡って千鹿頭(ちかとう)神社へ諏訪社の流れを汲むので今年は御柱もありますよ!ヨイサ!それにしても千の鹿の頭って・・・・・何やら物騒ですが諏訪大社上社では少し前まで狩猟した鹿の頭をずら~~っと捧げて神事をしていたのですよ縄文の文化を今に伝える神事安曇族の発祥の地志賀島の神社にも同様の風習があるんだって・・・・やっぱり何かつながる北九州と安曇野です。ちなみにチカトウは「千賀多」「千方
引き続き斎藤姓のルーツについて調べていきます。人の流入が比較的少ないと思われる地方の町で斎藤姓が突出して多く住んでいる理由について調べれば斎藤姓のルーツについて何らかの手がかりを得られると考え前回は斎藤姓の多く住む町茨城県久慈郡大子町(だいごまち)にある「近津神社(ちかつじんじゃ)」(下野宮)(茨城県久慈郡大子町下野宮1626)(「wikipedia」より)について書きました。近津神社の『近津』の意味は「近い港~(津は港を意味します)」であり海人族の神社とさ
6月20日、諏訪から松本市に移動します、流石に南信の主要都市なので古より勧請された神社も多く色々な氏族の神々が御鎮座されます。松本市郊外の千鹿頭山に鎮座されます神田千鹿頭山神社(ちかとうさん)へと向かいました。千鹿頭山には千鹿頭山神社が有り、麓の集落には先ずの宮と言われる里宮があります。鳥居前の広場にクルマを停めます。⛩を潜りひたすら傾斜のキツイ坂道を登ると松本市なのに御柱が建つ神社が現れました。手水舎の水栓は最新鋭です素晴らしい御柱ですね〜拝殿は二棟新旧なのか後方の相殿に合わせて
梅雨の時期のことだったと思います。マリア先生が調べ物していたときに、たまたま、「諏訪にいた坂上田村麻呂の副長が、林六郎の娘、有後姫と恋仲になり、宿世神社という祠がある」という話を目にしたと教えてくれました。私の本名と関係のある事柄が含まれており、それをこのところ何度も見るので、私がこの件と関係あるように思ったのだそうです。それを聞いて、私も、林六郎の娘のことなどを調べてみました。私が見た情報では、有後姫でなく、宇良古姫(うらこ)姫と出てきました。うらこの異称が「恨去」らしく、
鹿の帯して、千鹿頭神社へバッグにも鹿の描かれた古布千鹿頭神社は松本の千鹿頭山の上にある神社。創建は不明とされています。諏訪の洩矢神(ミシャグジ)信仰と深く関わりがあり、山岳地帯から関東圏に広がる狩猟神です。洩矢神の孫にあたり諏訪大社の大祝である守矢家3代目が千鹿頭神。寒桜が咲いていました。抜けるような青空。千鹿頭神社には、本殿が2つ並んでいます。1618年(元和4年)から千鹿頭山の尾根から南側が高島藩領、北が松本藩領となったことから、社殿、社務所、御柱
鹿正洞で進行中の、帯留「千鹿頭神游身圖」の件。前回からの続き。「共箱」用意。桐箱に内装を仕込んで、蓋に箱書きする。所謂「落とし箱」の仕様。細工が箱中で暴れないよう、掛け布団も用意。ん、一式揃った。本件これにて落着!次に参る。**************根付・帯留・ペンダントヘッド等の御用命は鹿正洞まで。御希望の予算と仕様に合わせてのお見繕いもOK。詳しくはe-mailかメッセなージにてお問い合わせを。
鹿正洞で進行中の、帯留「千鹿頭神游身圖」の件。前回からの続き。「組み立て」。別造の象嵌部品を組み付けて、完成。素材は鹿角。牛角・水牛角・鳥嘴を象嵌。サイズはW95×H21×T15mm。一緒に掌に乗っているのは、専用の花台。竹製。さ、完成した細工を見て参ろう。まずは正面&裏面。空間にゆったりと身を泳がせ、くるりとこちらに旋回する龍神さん。まず龍モチーフの帯留には使い勝手や強度確保の為にであろう、身体を一まとまりにくねらせた意匠が大変多いものだけれども。
す鹿正洞で進行中の、帯留「千鹿頭神游身圖」の件。前回からの続き。「染め付け」。各部を染め付けて、造形を際立たせる。いぼた蝋で磨いて完了。ん、良い感じ♪次回「組み立て」て、千秋楽。続く。**************根付・帯留・ペンダントヘッド等の御用命は鹿正洞まで。御希望の予算と仕様に合わせてのお見繕いもOK。詳しくはe-mailかメッセなージにてお問い合わせを。
鹿正洞で進行中の、帯留「千鹿頭神游身圖」の件。前回からの続き。「作り込み」。研磨工程で摩滅したディティールを再現。各部形状を更に煮詰める。銘は裏面に。竹で専用花台も製作。この帯留は、ディスプレイしなきゃ勿体無いだろ。次は「染め付け」。続く。**************根付・帯留・ペンダントヘッド等の御用命は鹿正洞まで。御希望の予算と仕様に合わせてのお見繕いもOK。詳しくはe-mailかメッセなージにてお問い合わせを。
鹿正洞で進行中の、帯留「千鹿頭神游身圖」の件。前回からの続き。「研磨」。全体を磨き上げる。同時に各部ラインや面も調整。次は「作り込み」。もうすぐ千秋楽。続く。**************根付・帯留・ペンダントヘッド等の御用命は鹿正洞まで。御希望の予算と仕様に合わせてのお見繕いもOK。詳しくはe-mailかメッセなージにてお問い合わせを。
鹿正洞で進行中の、帯留「千鹿頭神游身圖」の件。前回からの続き。「象嵌」。象嵌箇所は、左右目玉と右手に握ってる玉。まずはそれぞれに「座ぐり」を彫り込む。握り玉の座ぐりはスロット状に施工。ここに横から象嵌材を差し込む。透かし部や象嵌自体の強度とオーバーラップ部の美観を考えると、これがベストだと思う。目玉を作る。まず褐色の牛角で針を拵える。続いて白い牛角で角楊枝を拵え、先端に孔を穿ち針を差し込んで接着。白牛角を皮一枚になるまで削り込む。シャンパン色の牛角で羊
鹿正洞で進行中の、帯留「千鹿頭神游身圖」の件。前回からの続き。「本彫り」。各部を造形してゆく。計画通りだね。ゆったり伸びやかに泳ぐ様が表現叶ってる。エ霞もキマッた。次は「象嵌」。続く。**************根付・帯留・ペンダントヘッド等の御用命は鹿正洞まで。御希望の予算と仕様に合わせてのお見繕いもOK。詳しくはe-mailかメッセなージにてお問い合わせを。
鹿正洞で進行中の、帯留「千鹿頭神游身圖」の件。前回からの続き。「粗彫り」。各部形状を階段状に彫り起こす。まるで建築の欄間のよう。各部「透かし」も、この時点で貫通させてしまう。この、帯締が通る四角い長穴の施工は本作最大の難所であったと思う。故に10日掛かり。ここさえ越えてしまえば、もうこっちのもの。それにしても、これは良い材だね。この細工はとても良いものになるよ。次は「本彫り」。続く。続く。**************根付・帯留・ペンダントヘッド等の御用命
鹿正洞で進行中の、帯留「千鹿頭神游身圖」の件の件。前回からの続き。細工に突入。まずは「生地取り」から。これが今回の母材。鹿角の、上の方の股。母材から、大まかなボリュウムを切り出す。マーブルの無い、最高の肉質。髄も少なくて綺麗。これは物凄くレアな良材。「生地取り」完了。次は「粗彫り」。続く。**************根付・帯留・ペンダントヘッド等の御用命は鹿正洞まで。御希望の予算と仕様に合わせてのお見繕いもOK。詳しくはe-mailかメッセなージにてお問い合わせ
前半からの続き。千鹿頭【ちかと】神さん。僕と特別懇意に御付き合い下さっている龍神さん。諏訪の古代神で、現在は信州松本の千鹿頭神社他にて御祀りされている。大概の龍さんは、左右一対の角をお持ちだけれども。千鹿頭さんの額から上には、鹿の角のようなものが無数に林立しており。全体が大きな鬣【たてがみ】にようになっておられる。下顎がやや出た受け口で、眼はダーク。そんな千鹿頭さんを、こんな風に描いてみた。命銘、帯留「千鹿頭神游身圖」。空間にゆったりと身を泳がせ、くるりとこちら
鹿正の細工復帰、二作目。帯留の御注文を頂いた。こちらも二年以上前の受注。まずはこんなにも長期御猶予下さった依頼者様に、心よりのお詫びと御礼を申し上げたい。<(__)>さて、本御依頼の御題は「龍」。渾身の龍をお納めする所存。***「龍」と言えば。御祭神クラスの龍神さんから御眷属龍さんまで、僕の所には日々様々な龍さんがお見えになる。彼等は我々のような安定した肉体を持たない、所謂霊的な存在ではあるけれども。決して架空の対象ではなく、この通りちゃんと実在する。伝承
☆ココナラステラ☆女神の花園サクヤ☆千鹿頭神(ちかとのかみ)は東日本の神様です。洩矢神(もりやのかみ)と同一視されたりしますね。孫神などとも言われています。鹿狩りで1000頭の鹿を捕獲したところから、このお名前がついたとされています。信州から赤城山に移り、赤城神の妹神を娶ったというお話があります。狩猟の神様でもあり、農耕や火防の神様でもあります。