ブログ記事4,052件
自宅からの散歩ルートにもなっている『菅原神社』に梅を見に行ってきました。菅原神社は、千利休の時代には『堺北庄』の会所があった場所になります。この神社の創建理由には、菅原道真公が関わっていると案内板に記載されています。道真公は大宰府にながされていますが、大宰府で彫った木像が堺に流れ着いたので、その木像を祀ったことが神社のはじまりと説明されています。菅原道真公と関連深い花が『梅』。そのため、境内の数ヶ所に『梅』が植えられており、見頃開始なのか芳しい薫りが漂っていました。私の誕生日は25日な
本日も、ルノルマンカードでワンオラクル🐇🐈さらにはビックリマンシールでもワンオラクル😀2.20はどんな日……の前に手相&ルノルマンカードで占います手相&ルノルマンカード&ビックリマンシール占いで運試し!|ココナラ手相を送っていただいて、手相鑑定&ルノルマンカード&ビックリマンシールで今後を占い、運気を引き寄せます!...coconala.comココナラでもはじめました!よろよろ!2.20はどんな日…『指輪💍』物事が良い方向におさまってくれる…かも。ビックリマンシールは…
2026.2.20一日一季語利休忌(りきゅうき《りきうき》)【春―行事―仲春】引き際は男の美学利休の忌古澤宜友月刊―俳句界2026年3月号掲載堺が織田信長の直轄地となっていく過程で、堺の豪商茶人であった今井宗久、津田宗及とともに、信長に茶堂として召し抱えられる。天正2年(1574年)3月に信長が京都相国寺で開いた茶会に、ほかの堺の有力商人9人とともに招かれたとの記録が残る。「利休」の名は晩年での名乗りであり、茶人としての人生のほとんどは宗易を名乗っている。⇒画像をク
【京都検定クイズ】透かし団扇と千利休の「茶禅一味」🍵🌿こんにちは!京都の伝統文化を学ぶ「京都検定クイズ」シリーズです✨今回は、ならわしと伝統工芸、そして茶道文化に関する2問を紹介します。どちらも京都らしい「涼」と「わび」を感じる出題ですよ。🌿第1問(第24回3級より)風を起こす、顔を隠すなどの用途に使われる団扇だが、京都で創作された()は柄の隙間も文様となり、目で涼を取る優美な逸品である。(ア)透かし団扇(イ)羽団扇(ウ)柿渋団扇(エ)祭り団扇✅正解:ア透かし団扇
【福田房仙守・破・離について語る】昨日の18時の私のYouTubeがGoogleChromeに紹介されていました発見した時は本当に嬉しかったです▼こちらですhttps://www.youtube.com/watch?v=AycDXL1ZSu4登録人数はまだまだですが、これからも気合いを入れてがんばりますここで私は、皆様にお詫びをしなければなりません私は長年「守破離」を「しゅ・は・り」ではなく「しゅ・ば・り」と曖昧に読んでいました正確には
1710句目……迷ひけりの「り」■利休忌にお茶する予定立てる妻季語……利休忌(りきゅうき)妻がカレンダーの二月二十八日に印を付けているので「その日、利休忌だよ」「何それ?」「千利休が亡くなった日」「ただの土曜日、それって旧暦でしょ」「うん」「新暦だと、約1ヶ月ずれんじゃないの?」「うん、ただの土曜日だね」次は、立てる妻の「ま」
おもてなし「山里」のおもてなしテーマは「山里の雪間の草の春」千利休が「わび茶」の理念と伝えた鎌倉時代初期の歌人藤原家隆が詠んだ和歌「花をのみ待つらん人に山里の雪間の草の春を見せばや」花(桜)が咲くのを待っている人に山里の雪の中から芽吹く若草(春の訪れ)を見せたい…🌸🍃華やかさは無くても、慎んで周囲を見渡し、想像することで心に浮かび上がる情趣を見よ、「自分のなかにすでにある花」と…掛物は、「禅」と「わび茶」が目指す境地「和敬清寂」竹花入「山里」に早咲き
資本の祈り商いと道徳の合流点について世間では、商いと道徳は水と油のように語られる。「金儲けは汚い」「清貧こそが美徳」そのような二元論は、文化を衰退させる毒でしかない。私は断言する。高度な商いとは、祈りであり、哲学の実践(タオ)である。千利休の計算機かつて千利休は、茶碗一つに城一国分の価値を付与した。それは単なる暴利であったか?否である。彼は「美」という概念に経済的質量を与え、武力が支配する世に「文化による支配」という楔を打ち込んだのだ。松下幸之助翁もまた、水道の水のごと
アマチュアゴルファーのリアルな悩みに寄り添ったシャフトを世に送り出すThreering(スリリング)ドライバーシャフトだけでなくFW・UTシャフトで超絶人気な「SYUHARI」シリーズから待望のアイアンシャフトが登場🔥🔥『SYUHARI』というのは戦国時代に“茶聖”と呼ばれた男、千利休先人の技を踏襲しつつ既成の概念にも立ち向かい“侘び”という新しい世界観を作り上げた彼が求めたものそれは「守・破
2026年2月8日に京都を訪問した時の備忘録になります。もともと、京都での行事を見るためと、『京の冬の旅2026』で気になるお寺を巡る事を決めていたので、雪景色は嬉しい誤算でした。※トップアイコン写真は東福寺通天橋の雪景色毎年2月8日には、河原町五条近くの寺町にある上徳寺で、『よつぎ地蔵尊大祭』が行われます。このお寺ですが、1603年に創建されていて徳川家康とも関連します。また、源氏物語に出てくる光源氏の邸宅『六条院』と推定される場所にもあたり、明石の御方が住んでいた冬の町辺りかなと思
ブログに訪問いただき、ありがとうございます。このブログは、堺・旧環濠都市部に住む私達夫婦が様々な場所にお出かけした時のことを備忘録的に紹介しています。主なコンテンツカテゴリーには、次のようなものがあります。≪最近のお出かけ日記≫2026年2月8日に訪問した、雪景色の京都について紹介しています。≪堺・旧環濠都市部周辺の紹介≫仁徳天皇陵古墳ができた古代千利休が活躍した『黄金の日日』と言われる中世与謝野晶子が育った近代それらの要素が混じりあった街が、私達夫婦のホーム
最愛の大好きな林与一さん💖💖年男、午年での🐴❤️🤍84歳のお誕生日おめでとうございます!!!😍😍🎉🎉🎂㊗️🎊🎊💘💘💘✨✨与一さんのお誕生日お祝いさせて頂ける幸せっ💖💖💖私の中では与一さんのお誕生日のカウントダウンがもう、1週間前から始まっていて💕💕昨日は、夢にまで🌙💤与一さんのお誕生日お祝いのことが出てきました🎂💖💖これからも、益々お元気で与一さんにとって素敵な一年になりますように🙏🙏💕💕✨✨💫🌟私にとってなくてはならない必要不可欠な大切な大切な存在の大好きな与一
早いものですね小学校校長の依頼で授業の一環として茶道を通して日本文化に触れる体験を児童にして欲しいと昨年秋ごろスナミteaのOさんに依頼がありまして略式盆点て茶会をお受けすることになりました<スケジュール>2月14日(土)スナミteaでお点前のおさらいと打ち合わせ2月15日(日)現地小学校へ道具搬入準備・リハーサル2月16日(月)8:30に集合準備する1時間目から3時間目までお茶会校長先生のお話しに続きOさんから千利休・三千家・薄茶について説明とお点前・お運び・
大阪府三島郡島本町広瀬3丁目10-24水無瀬神宮水無瀬神宮は、平安時代に後鳥羽上皇の離宮があった場所に建てられた神社です。後鳥羽上皇、土御門天皇、順徳天皇の三代の天皇が祀られています。承久の乱の後、隠岐に移られた後鳥羽上皇の遺志を継ぎ、上皇に仕えていた水無瀬信成・親成父子が、水無瀬離宮跡に御影堂を建てて上皇の霊を祀ったのが始まりとされています。名水百選「離宮の水」水無瀬神宮の大きな特徴の一つが、環境庁認定の「名水百選」に選ばれた「離宮の水」です。この湧き水は、古くから神様
私のブログに遊びに来て頂きありがとうございます。主人と社会人、大学生の息子4人家族です。お仕事を自宅でしています✏️先週末はほんとに寒かったですね。暖かい静岡にも雪が降りびっくりでした❄️雪になる前に伊豆に行ってきました。昔から伊豆は大好きでよく出かけています。残念ながら天気は良くなかったですがあまりにも雨が降らなかったので雨も降って良かったと思います。今回は温泉に入ることだけが目的でしたので特にプランも立てずに行きました。前から興味があった江川邸を訪れました。
***うららか暖か💛シェアサイクル♪***百舌鳥・古市古墳群とは|世界遺産百舌鳥・古市古墳群(もず・ふるいちこふんぐん)世界遺産百舌鳥・古市古墳群のサイト(大阪府・堺市・羽曳野市・藤井寺市)。古墳群や世界遺産の基本情報、登録推進活動のほか、「もずふる・こどもQ&A」など楽しいコンテンツを掲載。www.mozu-furuichi.jp-仁徳天皇陵-南宗寺--Googleマイマップ20年296-3@記事26Feb10www.google.com今日はうらら
東京の都電荒川線のチンチン電車は有名ですが、大阪にもチンチン電車があります。阪堺電車って言いますが、昨日、初めて乗る機会を得ました。天王寺から御陵前まで23駅!40分ぐらいの車中旅です。堺に「さかい利晶の社」と言う文化観光施設がありますが、13時からセミナーに参加する予定で、その前に南宗寺に行ってみようと思いプチ・観光をすることにしました。しかし、風も強く、めちゃくちゃ寒い日で、「わし、大丈夫?」って思わせる一日のスタートでした。南宗寺は三好長慶が父の為に建立したお寺
【黄金と静寂】秀吉が愛した「刹那」と、利休が見た「永遠」。派手な美しさは、時代を照らす。静かな美しさは、時間を超える。かつて、豊臣秀吉は「黄金の茶室」を作り上げました。壁も、柱も、茶器も、すべてが金。それは当時の「ファッション」であり、溢れ出るエネルギーの象徴であり、人々を驚かせ、楽しませる最高のエンターテインメントでした。現代の有田にも、その系譜を受け継ぐ「新しい風」が吹いています。ポップで華やか、デザイン性に富んだ器たち。それはまさに、現代版の「黄金の茶室」のような
型という名の慈愛、そして深淵への沈黙世阿弥、千利休、そして柳宗悦。歴史に名を刻む「本質の目撃者」たちは、一瞥(いちべつ)しただけで宇宙の摂理を掴む天才であった。しかし、彼らが遺した『書』や『型』の本質を、我々は誤解してはならない。彼らが言葉を尽くし、型を定義したのは、真理を伝えるためではない。深淵を覗くことのできぬ凡庸な者たちへの、慈愛に満ちた「翻訳」に過ぎないのだ。「誰にでも分かる価値」とは、本質が薄められた影のようなものである。「見て盗め」という名の聖域への招待本や型は、入り
昨日から同じ話題久しぶりに雪降りました朝もう積もっていてでも雨からの雪道路は溶けていました庭はそれなりに白く成っていました朝動物病院のお世話して家に帰って来たら玄関前道に雪かきしてありました多分息子達がしてくれたんだな~ありがとう❄️息子の仕事仲間さんが今あっちこっちの国から来てます私は良く分からない😅その一人は少し前に婚約者と別れた💔とかかなりブルーに成って日本に来て一緒に仕事してますやっぱり何時もより元気無いねなんて思いながら
食事記録等は、中年おじさんの外食・総集編(hide001dd’sdiary)を参照くださいセブンカルチャー「東京・有名建築散歩」⑨第3金曜日実施「一級建築士とお食事も楽しみながら!⑨」第25回東京郊外「集合住宅歴史館(UR)」を見学するたび①平成30年10月19日(金)11時30分八王子駅中央改札「出口」八王子駅-福傅寺-子安神社(金比羅神社)-竹の花一里塚跡-永福稲荷神社-美ささ苑「食事・茶室見学」
No.0981『落語DE暦』2026(令和八年)【⠀如月⠀】二月六日(金・赤口)「立春」「東風解凍(はるかぜこおりをとく)」春の雪誰かに電話したくなり(桂米朝)上の米朝師匠の句、大好きなんです٩(๑>∀<๑)۶初めて見た時に「あぁ〜わかる‼️」って思いました(ᴖ·̫ᴖ)さて今日二月六日は「抹茶の日」。日本有数の抹茶の産地である愛知県の西尾市茶業振興協議会が、西尾茶創業百二十年を記念して制定されました。茶道具の「風炉(ふろ)」にちなんでこの日になったそうです
大陸の方々が渡航自粛している影響で、「京都市内のホテル代が軒並み値下がりしています」って旅行アナリストの鳥海さんが言っていた。へえー、ホントかな⁈どれどれ⁉️と思って探してみると、なるほどそこそこのホテルが格安で見つかった。速攻で押さえてやってきた2月の京都折しも、京都ディスティネーションキャンペーン60回記念『京の冬の旅』の最中である。非公開の文化財の特別公開が目白押し。京都の街を歩いてみると、確かに大陸の方々が少ないわ。これは、じっくりと古刹巡りするのに丁度いい。まず訪れたのが
時の砂時計が、ついに烈火の如き**「安土桃山時代」**へと差し掛かったか。この三十年余り、交流分析の視点で見れば、日本という国家が**「破壊的なⒸ(自由な子供)」を全開にして中世を焼き尽くし、その灰の中から「絶対的なⒶ(論理的統治)」**を再構築しようとした、極限のメタモルフォーゼ(変身)の時代なのだ。その時代の天下人の軌跡を、魂の革命として読み解こう。一、織田信長:既存の「P(親)」を焼き払う破壊神信長という男は、中世が抱えていた「しがらみ」という名の、腐敗した「批判的な親(CP)
さ~て、先日、ある資料を読んでいましたら、茶道具作り職人集団『千家十職』に出会う機会がありました。興味を持ちましたため、さらに、調べて見る事にしました。以下、『茶の湯~こころと美』の公式ホームページに掲載されていた内容を転載させて頂きます。尚、主旨が変わらない程度で、小職が書き換えています。千家の流れを汲む茶の湯の道具を、代々にわたって制作する人たちを「職家」と呼びます。現在、一般に『千家十職』と呼ばれる人々です。その十職の人達は、奥村吉兵衛(表具師)、黒田正玄(
日本を蝕む”朱子学”の闇その14日本庭園が凄いのは、眼の前の空間に自然の景色を凝縮し、四季折々の美しさと精神的な安らぎを表現している点にある。樹木、石、水、苔を使い、左右非対称の自然な曲線で構成される庭は、人の心に癒やしを与える絵画のような芸術であることだが、最も凄いのは「設計図がない」ことだ。距離や高さ、感覚を同じにするなら設計図は書けるが、実際に庭師が石を選んだり配置する際に大切にするのは「感覚」であり、それは言葉では説明できないものだからだ。「庭屋一如」(ていおくいちにょ
千利休はどうでも良いのだが、茶道具と茶室と今井宗久が好きなので、出てくるかな、と録画してあった。こんなに古い映画だったのか、1989年『千利休本覺坊遺文』千利休が太閤秀吉の命で自刃してから27年後、愛弟子だった本覺坊は心の師と語らうのみの生活を送っていた。ある日、利休がなぜ秀吉の怒りを買って死んだのか、理由を解明しようと情熱を傾ける織田有楽斎(←信長の弟)に会って感動を覚えた。(その後いろいろあって)本覺坊は夢にみた利休と秀吉の最期を語り始めた。秀吉は一時の感情で下した利休
「虫くい候並びに御焼せ候能候者其方次第に候万万以面上可申談候御出候者夕暮可然候夕飯参候者申候かしく」釣斎宛消息「虫くい候並びに御焼かせ候よく候らわば、其方次第に候。万万、面上をもって申し談ずべく候。御出で候羅わば、夕暮れに然るべく候。夕飯に参り候らわば、申し候。かしく」千利休が弟子の**釣斎(ちょうさい)**に宛てた、非常に利休らしい「侘び」の精神と心遣いが詰まった書簡。注:「者」はブログ主の当て字で、本来点が入り「バ」と読む「其方」は”あなた”「以面上」は「面上」すなわち「
今日の葉っぱシロタエギクこんにちは!医師事務作業補助者マノアです茶人千利休の言葉点前には強みばかりを思ふなよ強きは弱く軽く重かれ現代語に意訳すると:点前では力みすぎて強くばかり考えるな強い(重い大事な)ものは弱く(軽やかに)軽いものは重く(丁寧に慎重に)扱いなさいつまり具体的には茶杓のような軽いものは重々しく水差しのような重たいものは軽やかに道具類を同じくらいの重さ感に見せるのがおもてなしの極意だというわけです大変そうとも簡単そうとも思わせないさらさら流
長く居座る寒気団で、各地で交通機関が計画運休を発表し、大雪が続いている豪雪地帯では、雪に閉ざされ一日何度も雪かきや雪下ろしをされているインタビューが流れる「自然災害が多発する日本では、昔から、自然は畏怖すべきものであって、厳しい環境に寄り添い、変化に対応していく文化や国民性を形成していった」と、明治期に来日した小泉八雲は、新聞記者時代に語っている(「地震と国民性」)この小泉八雲の偉大さは、何といっても、それまで伝承されてきた話をまとめ上げ、世間に明らかにしたことにあるだろう「gh