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イミズスタン・アンバサダーカレー探偵、やみちゃんです。或る日のcurryYASHIcurryYASHI(石川県かほく市)カレー探偵事務所から1時間以上かかる、石川県かほく市に新しいスリランカ料理店が出来たと知り、さっそく調査してきました!アユボワン!お店は「hasuTEA」というカフェ兼ワッフル屋さんの2階部分。経営は同じですが、2階部分がスリランカ料理のレストランになっており、クルネーガラ出身のシェフが2
令和3年7月23日(金)晴れ昨日は家内のおばさんから沢山の野菜を貰ったと書いたが、その後に家内が居間のカーペットを買いたいというのでナフコへ買いに行ったのである。買ったものは下記で7000円位だったが、その時に私が使っている座椅子がもう40年以上前で、そろそろ買い替えだと思っていたのでついでに4000円位の物を買って来た。前回の続き井上の荘のモニュメントから離れ川尻地内の川沿いに走って行くと真新しい立て札が掲げられていたので、立ち止まり見てみると、「中橋久左衛門屋敷伝承地」と書かれているの
前回の続きロードバイクで行った所その342八幡神社の後、暫く行くと北川尻の集落が見えたので、そちらの方に行くとお寺があったが、周りを探してもお寺の名前を書かれたものが見当たらないのである。写真を撮るのにロードバイクを立てかけようと本堂の所に行くと、張り紙が貼ってあり、それには浄願寺と書かれていた。境内には親鸞聖人の像などがあったが、説明するものはなく、帰って調べてみると、十字名号と言う古文書があり、これは宝達志水町の指定文化財になっていると言うのである。この後は近くに喜多家があるので行ってみ
前回の続き昭和天皇行幸記念碑の後、確か桜井三郎左ヱ門のお墓が町の中にあるのを思い出し、記憶の所に行くが、よくわからず庭木に水をやっている方がいたので尋ね、教えてくれた通りに向かったが、それでも分からなく、今度は、おばさんがいたの今一度で聞くと、今度はすぐに分かった。この桜井三郎左ヱ門は永く十村役を勤め天正12年(1584年)に藩祖前田利家と富山城主佐々成政が末森城で合戦の折、前田の軍勢を夜中ひそかに道案内をした功積に対する恩賞を辞退し、代わりの高松の宅地税の免除を願って許された。墓前に広がる岸
令和元年9月1日(日)晴れこの日は以前に行って分からなかった「新田家の門」を訪ねることにした。前に行った辺りを探すのだが、やはり良くわからなく何度か行き来し、今まで行かなかった坂道を少し上がると、そこに門らしき物があったので、ここかと思い行くと、周りは山で門だけがポツリと残されているのであった。この新田家は以前に新田義貞の子孫と書いたが、代々倉見村の十村を務めた名家で、江戸時代にケヤキで造られた門は長屋門と呼ばれる立派な門で、当時一般の百姓には、このような立派な門は許されていなかったとの話
十村役は加賀藩が置いた農村管理の役職で、円滑な徴税や一向宗の監視などを行うため有力農民から選抜された。喜多家は新田氏の末裔が帰農した家で、200ヶ村以上を治めて2300石を有した。表門を抜けて坂道を下ると、富樫館から移築したとされる長屋門があり、その先に主屋や蔵が残っている。建物だけでなく広大な敷地も残っているのが素晴ら
昨日、妹と両親を連れてプチ旅して来ました。行ったところは①加賀藩十村役喜多家(国指定重要文化財)②北島屋茶店(国登録有形文化財)まずは①箇所め。加賀藩十村役喜多家。かがはんとむらやくきたけこれは帰るとこの写真なので表門の裏側の佇まい表門(*)家の正面。玄関に注目。4つあるの(*)植木に隠れて2つは見づらいけど。瓦の一個一個に家紋(*)が…以下、殿様が通る道順に。畳(*)