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今日は久しぶりに用事があり午前中外出してました。久しぶりの外出ですがやはり臭いが気になりマスクが必須でしたが違う空気に触れて良かったです。反面ふとももとふくらはぎが筋肉痛で午後は動けませんでした。さて今回は医療用麻薬といわれるものです。ナルサス1日1回1錠私の場合は夜20時服用くすりのしおり:患者向け情報製薬企業が作成した確かな情報を検索できます。一部、英語訳もされています。「くすりのしおり®」は、お医者さんで処方してもらうお薬(医療用医薬品)について、患者さんにわかりやすい
10月6日、14時に入院しました(抗がん剤は明日)入院中はスッピンノーメイクにメガネ👓️ウィッグは帽子から出る部分以外はメッシュの帽子用ウィッグで(むれないし、ウィッグにさらに帽子も被る人なら帽子用ウィッグ最高です)+眉毛まで隠れる帽子で入院中眉毛描く必要なし服とタオルはレンタルなので持参した荷物の大半は副作用でゴハン食べれない時用のおやつ。飲むゼリーとか果物の缶詰とかラムネとか。(ハイレモンとラムネがあってよかったです)吐き気で歯磨きできない時のためにガムも。飲み物は1週
9月29日の受診日もちょっと左腰付近が痛かったのですが、翌日から痛みがヤバいことに左脇腹が常にジンジン痛み、夜は左腰まで痛くて全然寝れない死ぬかと思ったオニバイドの後、痛みがなくなってたのですが8月18日から無治療1ヶ月半🌀腫瘍マーカーも爆上げ止まらずだしさすがにヤバいか、、3月からずっと1日2回の医療用麻薬オキシコドン5mgで踏ん張りなんとか増量せずに来れた私薬剤師さんからレスキュー(オキノーム2.5mg)1日4回以上がベースの増量の目安と聞いていたのでレスキューもあまり使わないで
医療や介護の現場、あるいは大切なご家族のケアをしている中で、こんな場面に出会ったことはありませんか?•「痛みが強いと言って、レスキュー薬(屯服の痛み止め)を何度も飲みたがる」•「定期の痛み止め(ベース処方)の量を増やしたのに、相変わらず痛みを訴え、レスキューの回数も減らない」病状に対してあまりにも痛みの訴えが強く、薬が効いている様子がないとき、そこには「ケミカルコーピング(ChemicalCoping)」という状態が隠れているかもしれません。今回は、一般の方や現場のスタッフに
起床時より体幹に痛みあり。フェントス0.5mg追加する。12:00両足裏痛あり。強い痛み。15:00(予約)精神科へ抗うつ薬変更↓整形外科へ↓17:00両足踵部中心に下半分周囲痛あり。トリガーポイント注射&サリチル酸静脈注射
00/712:00両足先に痛み感じる。割と強め。我慢する。15:00また、両足先、足裏に強い痛みトリガーポイント注射&サリチル酸静脈注射する。23:30再再度、痛み出る。右踵部。フェントス0.5mg足して、レキソタン2mg内服。10/80:30痛み治まらず、自己判断でフェントスもう0.5mg追加し、レキソタンも1mg追加。1:00過ぎどうにか眠れる。6:30起床分別ごみ2種類、杖無しで出しに行けた。部屋に戻り、10分間簡単体操を行う。
今日は30回目の抗がん剤治療で病院へ来ています☺️抗がん剤治療も残すところ、あと3〜4回。それが終わると、また相談という形になりますが、ほぼ在宅医療かホスピスと言う形になりそうです💦基本的な身体の状況に変化は無いですが、今までとは違う部位に痛みが出て来たりしているので、頓服のオキノーム(医療用麻薬)を2.5mg→5.0mgに変えて貰って対応しています☺️体重は10数年振りに80kgを切りました✌️取り敢えず、現況報告まで☺️✌️では、また🙇
姉の外来診察の日でした。私の家から車で1時間の場所に姉は住んでいる。姉を迎えに行き、ホスピスのある病院へ。そのホスピスのある病院(ホスピス外来)は、私の家の近く(車で20分)にある。入院するにはこのホスピスがとても都合が良かった。面会、洗濯物、など近いので何かと便利このホスピス外来はうちと姉の家(実家)との間に位置してる姉を迎えに行き外来に連れて行き、また連れて帰る。そして私は家に帰る。2往復で250キロくらい走るこの日は、それに加えて、このホスピス外来のあと、地元の病
朝、目が覚めた瞬間に、今日の体調がなんとなくわかる日があります。今日はそういう朝でした。今日は、特別な出来事のない、いつもの一日のお話です。おはようございます。こんにちは。こんばんは。ココダイバーシティエンターテインメント所属。CRPSとともに歩み続けて19年、現役教師の蒼井心音です。朝は、まず天気を確認します。CRPSになってから、天気予報は私にとって占いのようなものです。気圧が下がる日。雨が近い日。そういう日は、たいてい朝から身体が重たく感じます。医療
オオタヴィン監督のドキュメンタリー映画『ハッピー☆エンド』を見てきました。どんな風に人生の最期を迎えるか?萬田緑平医師の生き抜くための緩和ケアの取組は驚きがいっぱいでした。延命のための病院での辛い治療より、家に帰りたいなら帰り、痛みは医療用麻薬で抑えて、最期まで自分のやりたいことを大切に生きる。。人間は必ず死ぬ。。ならば、死ぬ直前までやりたいことをしたらいい。映画には短い余命を宣告されながら前日まで家族と語り合ったり、直前まで?歩いてトイレに行く方も。。
今日は、線維筋痛症定期通院の日。実は、昨日、報告したことで、線維筋痛症の主治医にめっちゃ怒られました。「今後は、もう診ないよ!」とまで言われてしまいました。なので、今日は、ただ、ただ、怒られにいきました。理由は、勝手に医療用麻薬を増やして使ってしまったからです。副作用に、急に増やすと、呼吸抑制があって、死亡する確率がある、と厳しく注意されました。以前なら、それでもいい、と言い切れました。でも、今はふぅがいる。だから、無理な増量はしないで、でも、痛みは強いことをわかって欲しいと、伝
父の在宅緩和ケアベットから動けなくなってしまい点滴も始まったので、、訪問看護師さん毎日来てもらっています。おむつの事とか、体のケアとか色々本当に頼りになります今日もあと少ししたら来てもらえると思うと安心今のところ私の課題はおむつかな、、なかなかうまくできない💧毎回看護師さんに見てもらいながらなんとかこなしている毎日水曜日、、夕方しんどそうだった父、、緩和ケアの先生に電話して指示をもらってカロナールを夕方飲ませたら、、その日はぐっすり寝られたようで、、翌朝スッキリしていて
秋の日暮れは釣瓶落としと言いますが、すっかり日暮れが早くなりました。視覚障がいのある私にとっては、嫌な季節です。先日、9月の大学病院の麻酔科の受診時、リリカカプセルを中止してみることになりました。8月の受診の際のバルス高周波療法のおかげで、右の額への放散痛が幾らか楽になり、とりあえず一つ中止出来そうな薬を中止してみることになりました。痛みが、全くの0になったわけではないのですが、減らせそうな時に減らしてみることにしました。いつでも再開は出来るし、パルス高周波療法を再度施す方法もあるということで
翌日からは、母を伴い、様々な手続きに回りました。市役所、税務署、県税事務所、スマホショップ、商工会議所、、、近所の方など来てくださるのであまり実家を空けていてもいけないし、母も疲れてしまうので、1日1ヶ所くらいにし、実家に帰ってからは公共料金等の名義変更、引き落とし口座の変更、クレジットカードの解約など、サービスセンターへのTELやネットで出来ることを進めました。病院に付き添い、時間もたっぷりあったので、銀行口座や保険関係等、様々なことを聞いておくことが出来たし、何なら様々な暗証番号も教え
おはようございます、さくらです🌸九州から母が来てくれてから1ヶ月が経ちます。生まれて初めて一人で新幹線に乗って私に会いに来てくれたのには本当に嬉しかったです。母が来てからの1ヶ月は、ご飯作ってくれたり、私の介護をしてくれたり、、、それはそれは大助かりでした。母が居るから、旦那さんも安心して仕事に行けていました。。。そんな母が、九州に帰るって言うんです母が来てくれたときは、看取りまで居てくれるんだと安心していました。幼い時は、母と過ごす事が出来ない環境だったので、その時間を埋めるかの
先日当院で研修中の薬学生と「医療用麻薬の服薬指導」をテーマに、薬剤師のあり方・コミュニケーションの実習を行いました。患者側の不安や本音・支援者側の対応・スキルそして発表・レクチャー・ロールプレイを通して緩和ケアにおける「援助的コミュニケーションスキル」を学びました。将来現場に出た時に少しでも役に立つように、指導係も含めて研修内容を模索しています。学生の発表内容私からわたしの人生ファイル~笑顔でいくために~【第三部】薬剤師としての職能を深めつつ、ともに治療的自己(ケアする
斎場は、市の施設で、隣に火葬場も備えた所にしました。市の施設だから元より道すがら案内看板出ているし、調べて貰うにもわかり易いし。私の祖父母の頃は、火葬場だけの建物でしたが、広くて綺麗で、駐車場も沢山あり、控室も綺麗でした。弟の奥さんと、うちの娘達が、本当によく働いてくれました。受付も、娘達がしっかり熟してくれました。遺影の写真が、とても好評でした。今にも父の声が聞こえそうな、本当に、父の素顔そのものの、とっても自然な笑顔の写真で、娘達二人のお陰でできた写真でした。家族葬だから、、、
私が事前に資料請求していた中から、弟と話していた葬儀社について兄に話し、その葬儀社にお願いしました。地元密着の昔ながらの有限会社の葬儀社。口コミでは丁寧さと、追加費用の明瞭さが好評だった葬儀社です。夜中に来てくださり、打ち合わせ。喪主は母ですが、1ヶ月前は、「葬式にも呼んで貰わなくて結構」と、怒っていた兄が、親族代表を引き受けてくれました。父はある宗教を信仰していた為、その宗教のやり方のお葬式を強く望んでいて、その宗教のお坊さんにお願いしました。両親共に仲良くしてくださっている
実家に着くと、母と、大学から帰宅した長女が居ました。先程まで叔母さんが来ていて、沢山話していて、母の気が紛れていたとのこと。酸素マスクを嵌めた父は、大きく顎で呼吸していました。耳元で声を掛けると目を薄っすら開けます。手足は、まだ暖かい。時々、口の中に痰が溜まると吸引しながら、ずっと横にいました。旦那は仕事後、最寄り駅から2km、雨降る夜に歩いて来ました。私が頻繁に実家に来て、父の通院や在宅療養の手伝いをしているから、旦那が怒っていないか、迷惑掛けてないか?家のことはちゃんとやって
先日、父の通夜、告別式が済みました。前回のブログの後、毎日の様に、仕事前、仕事後、実家に行き来していましたが、その日の仕事の休憩中、職場へ母から電話がありました、、、敗血症の時、凄まじい回数のスマホへの着信履歴がありましたが、基本的にスマホはロッカーの中にあるので、緊急事態なら職場へかけるように伝えたのを、ちゃんと母は覚えていてくれました。その電話の知らせを受けた時点で、【あぁ〜、遂にか、、、】と、覚悟し、受話器を受けました。電話口はすぐに母から主治医へ代わり、酸素吸入開始したこと
おはようございます、さくらです🌸今日は、医療用麻薬についてのお話です。医療用麻薬とは言え、麻薬は麻薬です。苦手な方はスルーしてくださいねわたしは現在、朝晩に定期的に強い医療用麻薬を服用しています。それだけでは痛みに全て効く訳では無く、別にレスキューと言って、頓服の様に医療用麻薬を使用しています。医療用麻薬は、痛みや苦しさに作用するので、強い癌の痛みのある私が服用する事で不具合が起きる事はありません。それなのにね、ちょっと面白い話があるんです(あ、自分でハードル上げちゃった(*´艸
こんにちは森のかんごしです。ご訪問ありがとうございます。トリネガ華さん抗がん剤はしないと言ってましたがお孫さんの説得で受けることにして1年8ヶ月抗がん剤始めると39℃の熱発を繰り返しリウマチ併発と分かり、急に体重増加痛みも増し医療用麻薬も多量に使い手足のシビレで転倒したり抗がん剤変更したりまぁ~、いろいろ大変今回は、新に歯科受診なぜ?抗がん剤始める前に治療したのになぜか1本歯が抜けたと笑っているけど私の方がショックです。そんなに悪いの自然に抜けた、歯
2、3日毎に実家に顔を出していますが、父の状態は目に見えて悪くなっています。つい最近まで、普通食を一人前食べていたはずなのに、刻み食にしなければ噛めなくなり、米飯がお粥になりました。半分程残すようになり、私が買っておいたハイカロリーゼリーの消費が早くなりました。なので、三食三日分、父の好きそうなあずきやら、きなこやらの味を購入しておきました。そうしたら、私が行かない間に、一日かかって漸く1個食べきれる程度しか食べられなくなったと聞き、、、私が次に行った日には、薬も飲めなくなりました。
ある人が、「交通事故でも起こせば楽になれるかとも思ったけれど、そんなに簡単に事故って起こせるものでもない」と言った、と聞き、心底腹が立っています。あんなに苦しくても、生きたくて生きたくて、息するのも大変な状態なのに、まだ仕事がしたくてしたくて、、、そんな粗末に考えるなら、その命、お父さんに頂戴よ、、、寿命って、本当に、不公平。
転院先でどんどん食事が摂れ無くなっています胆嚢が持ち堪え切れません4度目の大手術は規定路線です肋骨下と肋骨外横にバッサリとメス入れて、かなり癒着したコンクリート状のお腹の中をひとつずつ剥離して胆嚢摘出になります医療用麻薬は使用しますが恐ろしく、苦しく、痛いですおそらく半月は絶飲にもなります怖くて怖くて堪りません……神様…仏様…
9月になりましたねとっても久しぶりの投稿になります♪医療用麻薬を使うようになって朝も昼も眠くて眠くてそして夜だけ眠れないという昼夜逆転に悩まされほとんど外出もできず辛い辛い日々を送っていましたこれではいけないと診察予約日の前に診察を申し込んで薬を調整してもらうことにしたその診察日の診察時間は午後だったんですが、なんと眠くて起き上がれず夫に1人で行ってもらう珍事になっちゃったそこで医療用麻薬の量を半分にして他にも薬を調整してくれてなんとか昼夜逆転現象はおさ
おはようございます。※これはワタシの記録であって全くの個人の感想です。正式名称は分からないけど自動で医療用麻薬が流れる、と言う皮下注射、針の刺し込みを行いました。先日「フェントステープ」を貼ってみてオキノームの服用回数が減ったのだけどどちらが合ってるか身体に負担がない方がイイだろうとナースも考えてくれています。ただ、以前「オキシコンチン」と言う医療用麻薬でムカムカが起こり大変だったことがあるので。。💦前回から、本館病棟入院となり新館病棟ナースはその経緯を知っ
前回チラッと書きましたが、姉のお義母さんが看取り期に入ってます介護は全く必要なく、でもここ2年ぐらい入退院を繰り返し、毎回数日で帰れていて、退院から数日後には担当の洗濯もやってくれてました今回の入院も「ああ、またね」ぐらいに思っていたら、治療の効果が出てこないと…思い切って手術してみようかと、大きい病院に移り、まず体力の回復を待っていたのですが芳しくなく、もう限界でしょうとの宣告…今は医療用麻薬でやっと眠れる状態らしいです頭は非常にクリアで、伝えておきたいこと、聞いておきたいこと家族と
初オプソから、約1週間、、、一番アテにならない母の記憶では、全部で3回服用。最後は「多分昨日」と言う、、、その次にアテにならない母の記録では、全部で3回服用。ただ、最後は一昨日と書かれている。一番頼りになるのは、オプソの残数と、飲ませる時に使い捨てで使ってと購入した小さい紙コップの残数。こちらの残数は、どちらも一緒。ただ、全部で4回服用しているハズ「じゃあ、昨日も一昨日も飲んだんかな。」と、母飲ませた薬の空袋を入れる場所を作ってみた。ちなみに今日も、飲みました。私が夜勤だから
「緩和ケア」と聞くと、皆さんはどんなイメージを持ちますか?「もう治療法がなくなった時に行く場所」「延命をあきらめて最後に行くところ」……そんな風に思っている方が多いかもしれません。しかし近年の医学研究では、「がんと診断された早い段階から、通常の治療と並行して緩和ケアを受けること(早期緩和ケア)」が、患者さんやご家族にとって非常に大きなメリットをもたらすことが分かってきました。今回は、海外の有名な2つの医学論文(Temel医師らの研究/Bruera医師らの解説)をもとに、「早く