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1981年の今日はこんな大会だったようです。セミとその前は逆でしょうね、たぶん。この日はたしかテレビ放送あったように思ってますが、記憶ちがいでしょうか?!メインはこの当時流行っていた(笑)ラッキー飯村がブラック軍団と手を組み、ナンシーをいたぶるというアングルだと思います。ラッキー飯村、ビクトリア富士美の旦那さんですから、ナンシーにあんなひどいことするわけないんですけどね。お客さんをあおることでお客さんがヒートすることをしっかりわかってやってますよね。阿部四郎より前に日本人のレフリーがしっ
A班の優待券。1981年の春のものですね。ジャガーはベルト姿、ミミはベルトじゃない?ジャッキーももう転落したあとなのにベルト写真。そして81年は大森ゆかりはB班へレンタルされていたのに、載っている。相変わらずいい加減で楽しい優待券です。
水着もシューズも色違いで揃えて、TVマッチでもメインのタッグを勤めたり。売り出しばっちりという感じでこのあとふたりがタッグの中心にいくのかな??ナンシーと堀に挑戦するのかな?と思ってましたが。あえなくミミ&大森とチーム編成を変更して幻に消えましたね。ペア名も公募していたし、メキシコ遠征も予定していたとか。どんなペアになったんでしょうね。それなりに人気がでたペアだったでしょうね、きっと。ライバルチームは伊藤&本庄あたりになったのでしょうか??どんな世界観がみられたのか、、、ドラえもん
1980年にデビューした北村、ジャッキー二世のいうとおりのものすごい活躍をするのたが。そんな一年目の驚愕の戦績をみてみよう。1980年5月10日の大宮大会でデビューした北村だが、17日から開幕するビッグサマーシリーズではすぐに等角を表す。5月20日茨城町大会休憩前の試合◯ミミ(体固め)北村☓後半戦にでるわけではないが、デビューして六大会目には休憩前の試合を任される。6月17日糸満大会休憩前の試合◯堀(体固め)北村☓6月18日宜野湾大会休憩前の試合◯横田(体固め)北村☓6
先日のジャパングランプリのクラッシュ対決の話のときにコメントで、飛鳥と長与はあまり対戦がない?というような話がでたので、これは調べてみるかと過去のノートを引っ張り出し検証してみることにしたのだが。(文章で説明がとってもむずかしく、へんてこな文章ですがお許しください)1980年は長与が夏にデビューする頃には北村は中堅の選手のごとく、後半戦に度々登場するほど買われており、すぐに2班体制になるのだが、北村はA班、長与はB班であたることはなく、10月18日開幕の世界王座争奪シリーズから長与はA班に移
三人でブルーの水着で揃えた1枚?大森さんに聞いたところ、記憶にない!なんで青い水着きてるんだろ?揃えたのかな?だそうです(笑)本人も忘れてる一枚!そして最後にジャッキーさん大きいね!だそうです。たしかに北村より大きい。そして細い!
昨日のブログの試合結果、あげてみますね。9月30日大宮大会◯北村(体固め)伊藤✕11月5日木更津大会◯松本(体固め)坂本✕◯本庄(体固め)高階✕11月26日岩国大会◯本庄(体固め)奥村✕11月27日若松大会△長与(時間切れ)萩原△△大森(時間切れ)新国△11月28日博多スターレーン大会再試合◯萩原(体固め)長与✕◯大森(体固め)新国✕12月2日熊谷大会◯松本(体固め)萩原✕12月15日大田区大会◯北村(片エビ)松本✕◯大森(回転エビ)本庄✕12月16日大田
ついに発見しました。新人王のトーナメント表。55年組のトーナメント、なぞだらけでしたが、これでなんとなくみえてきました。まず、有望株とされていた北村、大森、伊藤、奥村は一回勝てば4強になるシステム?(笑)ただし、この表は訂正が必要で、北村はB班にレンタルされていたので、伊藤とはスムーズに対戦でしたが、大森と新国の勝者とは年末まであたることはなく。大森は引き分けを挟んでの再戦で新国をくだして順当に勝ち上がり。長与と萩原はこの時点でA班にいて、大村大会というのはA班の大会で。勝った萩原が、
1981年の今日はどんな大会でしたでしょうか?当時の書き殴りノートでごめんなさい。汚文字(笑)ほんと小学生が一生懸命書いていたこのコート、きったない字ですがお許しくださいまし。ちょっといろいろと忙しくしており、なかなか集中しめブログをやれなくて、、、またしっかり時間取れるタイミングでいろんな記事に挑戦してみたいとおもいます。この日は試合をあまり組んでもらえなかった、落ちこぼれだった、B班だったと常にいっている長与が実は意外といい扱いだったことを物語る大会で。A班で、しかもメイン、同
1980年、堀は3年目に入りメキメキと頭角をあらわし、年末にはなんといきなり横田と世界タッグを巻く快挙、そしてデビューしたばかりの大森、北村、長与もいっぽずつ前に進んでいたころ。そんな四人の写真はこれだ!!(笑)ういういしい〜。とくに髪型がみんな時代を感じさせてるもいうかトップをボリューミーにするのがいいとされていたのでしょうか??長与以外の三馬鹿トリオはこの頃からトップのボリューミーも揃えていた?!な訳はないですが、この四人が後に名勝負数え歌を展開するなんてそうぞうできませんでしたね。
b班の興業ではありますが、東京から日帰りできる大会であり、A班がおやすみだったため、珍しいメンバーで興業を行っております。セミファイナル北村&奥村(0-1)川上&サラサー☓奥村(吊り天井)サラサー○メインナンシー&ルーシー&師玉(2-1)池下&レイラニ&ウエンディ△日本組(両者リングアウト)外国人組△○ナンシー(ダイビングボディプレス)池下☓B班ではない北村、レイラニ、ウェンディも興業に同行、試合をして、また帰って翌日の西新井の合同興業に出場という形ですね。日本人のジャッキー、横
よく言われている先輩がタイトルマッチで後輩に負けた場合、引退に追いやられるという話し、え?そうなのかな?と最近は微妙にそれって川上がそうだっただけじゃないの?と思っているけれど。そんな後輩が勝ってしまったシングルのタイトルマッチをあげてみたい。80年12月全日本王者決定戦☓ナンシーvs横田○81年1月全日本ジュニア決定戦○北村vs川上☓81年2月オールパシフィック☓池下vsミミ○WWWAシングル☓ジャッキーvs横田○82年8月全日本ジュニア☓長与vs立野○86年3
通常、デビューしても先輩にはなかなか勝てなかったり、引き分けに持ち込むのも同期の中でひとりくらいずば抜けた選手がいて、その子くらいなんですけど。この期はなんともまあ、粒ぞろい。まずは5月10日にデビューした北村が7月7日A班の宮城築館大会で△北村(時間切れ)マミ△え?ブラックの2番手のマミにいきなり20分粘って引き分け。7月16日A班帯広大会ではなんと○北村(逆エビ)シャベラロメロ☓えー?外国人に勝ちって、ブックでしょ?会社がいきなりデビューニヶ月弱の選手をたかい金払ってきても
北村は新人時代大森と売り出す予定で組んだりしてましたが、意外と堀&北村組、バランスとれててすきでした。はじめてふたりが組んだのは、あの、長与のデビュー戦7月3日平塚大会。長与さん、8月8日といっちゃだめですよ(笑)あなたのデビュー戦は急遽試合が組まれてやることになった7月3日ですから。堀&北村vsモンスター&マミビューティやゴールデンもやぶっている超獣コンビ。モンスターが北村を下してます。その後、絶対に本人はB班にいってました!とは口にしない(笑)北村B班時代に2度実現している模様(
55年組の新人王トーナメント、トーナメント表を発見!しかし、北村と伊藤はB班、長与と萩原はA班だったり、長谷部エミは名前がなかったり。え?なにこの表。北村、大森、松本、本庄が準決勝のメンバーなのでこのトーナメントだとそうならず。実際はA班側から大森ひとり、B班側から北村、松本、本庄が勝ち上がっているので、一回戦はこのまま、大森だけは新国と萩原をやぶって準決勝にあがったんでしょうかね。ますます謎な55年の新人王。
大森は飛鳥とたたかうと敵意剥き出しで本当に楽しそう(*^^*)飛鳥も自分の身体能力の高さに本当の意味で対抗できる数すくない大森との対戦を楽しみにしているようで。この赤いベルトをかけたタイトルマッチではお互いの得意技をかけあう楽しみよう。精神的な落ち込みをしていた飛鳥にも早く戻ってきて戦おうよ、とエールを送った大森。同期の中でもお互いに特別な関係なんでしょうね。大森のジャイアントスウィングって実は若手時代に大森がやっているのをテレビでみたことあるんですが、幻のヒップアタックにジャイアント
大森と飛鳥。1982年のカレンダーの一枚。何月に自分が載るかで世界王者がもめたという曰く付きのカレンダー(笑)いまならみんな大人だからなんともおもわないのでしょうけれど。それにしてもミミと世界を巻いているのに、ミミとのペアで載るのではなく、ミミは単体、もともと売り出し予定だった飛鳥と。大森のポーズがすでにトップ戦線の選手になっていることを物語っているというか。飛鳥はまだ初々しい(*^^*)顔が笑ってないし、、、結局このあとダイナマイトとクラッシュにわかれていくわけですが、本人同士も別々
81年~82年頃のテレビのバラエティ出演の一枚。テレビジョッキーとかでしたっけ?見たような、見てないような、記憶があいまいです。しかしなぜ飛鳥と大森はガウン(笑)たぶんナンシーがまだ在籍していて堀もいたけれど。ダイナミックジャガーズの四人が出たんですね。まぁ、会社のプッシュを考えたらこの四人なんでしょうね。ナンシー、横田、ミミ、堀でもよさそうだけれど、これからの会社を背負う二人、騎馬になることなど考えると飛鳥と大森が適任とかんがえたのかもしれません。ナンシーと堀のファンでしたから、な
1979年の後半あたりから?チリチリパーマブームがあった。ジャッキー、トミー、池下あたりはもともとチリチリしていた時もあったけれど、なんと富士美がちりちり。そしてもっとびっくりしたのは翌年、ルーシーと組んでB班で活躍していたB班のエース、ナンシー。本人に以前聞いたときにはストレスからかけたとおっしゃっておりましたが。ファンとしてはほんとうにびっくりなナンシーの髪型でした。北村も有名ですよね。みな、レスラー人生において一度はチリチリしてみたくなるんでしょうかね。
ナンシー、横田、デビルで争われ、初代が横田、北村と決定戦をした二代目はデビル。だけど、なぜかベルトが作られず。三代目の飛鳥とユウの決定戦の時にはじめてお目見えしたベルト。松本が一度巻き、その後飛鳥返上で山崎が戴冠。なぜか初代の決定戦のときのメンバーからどんどんどんどん若手のベルトに格下げされましたね。当初はWWWAとは別の日本で一番を決めるベルト的に言われており、三軍団からひとりずつトップクラスの選手がでてきて争ったのですが。ダイナミックジャガーズ二番手の横田レッドフェニックスリー
昨日あげようと思っていながら上げ忘れた大会(;o;)あの世代交代の横浜文体の直前、結構面白いカードが組まれています。✕ルーシー(吊り天井)堀○セミ北村&大森(1-2)レイラニ&ウエンディ✕北村(リングアウト)ウエンディ○○北村(片エビ)ウエンディ✕✕大森(人間風車)レイラニ○メインジャッキー10番勝負9戦△ジャッキー(両者リングアウト)ナンシー△堀がルーシーをギブアップでくだし、年末のタッグ王者移動が単なるブックという訳ではなく、完全に一年先輩のルーシーより自分が上という結