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オーロラフィンランドへのツアーにひとりで参加を決めたのは6月の誕生日自分へのお祝いにただオーロラをみたいっって3日のチャンスの真ん中で4時間以上北斗七星と北極星とカシオペア座をバックにいろいろな姿を見せてもらったで友だちが食事は?と食事のことを思い出して飛行機の機内食はと聞かれて思い出して行きはと忘れていた記憶を引っ張り出したり寝れた?と聞かれたらアローンラフターしていたりむやみに散歩と称してトイレに行ったり、13時間の過ごし方や赤ちゃん連れの機内の様子
早朝の星空🌌昨日のことを踏まえて今朝は4:15には起きました^^星空を見るために🌌南西の満天の星✨オリオン座✨北斗七星✨よ〜く見てねいい1日が始まる予感^^きょうはフラ語講座nijichanにプリントいただくし少し早めに行って気になる買い物もしなくては…あれこれBonnejourne’e🌌
このブログは私たち日本人の心の拠り所である神社の謎と不思議に迫ってまいります。星田妙見宮の歴史と周辺の神社との関わり、陰陽道や古神道についてシリーズでその魅力を調査します。その15ではなぜ妙見宮の奥に「稲荷」なのか?について深掘りしました。豊受大神・保食大神・宇迦之御魂大神(稲荷)は古典神話上は同一神ではありませんが、「食・穀物・豊穣」という御神徳が近いため、後世の信仰世界では重なりやすかったために稲荷という総称で呼ばれれるようになったのではないか?と、推測しました。三
今週の点集め点が7個の北斗七星打った点が白でも黒でも点の履歴今日はどんな星になるのかの木曜日
Am5:00前早朝の澄んだ秋空は星がよく見える私のオリオン座は(笑)南西の空高く(いつもの私の立ち位置からはかなり後方の空に輝いている)北東の空には北斗七星が!たぶん🤔スマホで写真を撮るも道路の街灯でことごとく失敗でもひんやりとした空気を感じながら見る星空に心は満たされる幸せ昨日は足場の撤去された裏庭を少しきれいに出来ました放置されてた朝顔ネットを切ったり木槿の枝もかなり思い切ってカット倒れた茗荷を切り地面に生えてた茗荷を収穫しました♪花々しい茗荷‼︎お昼には天
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**斗魁とは、北斗七星(おおぐま座)の「斗の器(鉢)の部分」、すなわち第一星から第四星(天枢・天璇・天玑・天権)を指します。**北斗七星は伝統的に次のように分けられます。-**斗魁**(斗の首・鉢):第1〜第4星。四角形を形成する部分。-**斗杓**(斗の柄):第5〜第7星(玉衡・開陽・揺光)。天罡(天岡)と呼ばれるのは主にこの柄の部分で、特に方向を指し示す星を意味します。「天岡」は「天罡」の異表記で、北斗の柄(斗杓)を指します。###「斗魁が天岡に及び卯酉に臨んだ」の会意(意味
このブログは私たち日本人の心の拠り所である神社の謎と不思議に迫ってまいります。星田妙見宮の歴史と周辺の神社との関わり、陰陽道や古神道についてシリーズでその魅力を調査します。その14では、なぜ、星田妙見宮の奥の院には拝殿より高い位置に豊臣稲荷神社が鎮座されているのか?について深掘りしました。拝殿より10mほども高い位置に豊臣稲荷神社があるのですが、星田妙見宮が平地に本殿を建てて成立した神社というより、妙見山そのものと巨石=磐座を信仰対象とした山岳的な聖地であることと関係する
こんにちは。アレテーを求めて~今日もトコトコ(・ω・)弁護士の岡本卓大です。『神武征討記後伝タギシミミの乱』のまとめ記事です(・ω・)『【神武征討記後伝タギシミミの乱】主な登場人物(・ω・)』こんにちは。アレテーを求めて~今日もトコトコ(・ω・)弁護士の岡本卓大です。神武征討記後伝タギシミミの乱の主な登場人物の紹介です(・ω・)『【予告編】…ameblo.jp『【まとめ記事】神武征討記(・ω・)』こんにちは。アレテーを求めて~今日もトコトコ(・ω・)弁護
おはようございます。新作です!シリーズLUNANo.4夕月Ⅰおおぐま座/こぐま座北斗七星/北極星アメノミナカヌシ来年末の新作展で公開いたします。#玉本奈々#nanatamamoto#LUNA#シリーズ----------------------------------------------------------《昇華-芸術家玉本奈々の半生》日本橋出版/商業出版https://nihonbashi-pub.co.jp/news/325
北斗七星が見えたが画像はわからなかった😵💫😵💫😵💫😵💫😵💫北斗七星・・・・・で〜は〜!!!
このブログは私たち日本人の心の拠り所である神社の謎と不思議に迫ってまいります。星田妙見宮の歴史と周辺の神社との関わり、陰陽道や古神道についてシリーズでその魅力を調査します。その14では「拝殿を見下ろす豊臣稲荷の謎」を探ってまいります。星田妙見宮には拝殿へ登る階段の途中に豊臣稲荷神社へ向かう奥の院があります。実は、この奥の院にも隠された秘密があったんです。ここ、豊臣稲荷神社には石造りの鳥居があるのですが、普通、稲荷神社といえば伏見稲荷大社のように朱色の鳥居がいくつもあるので
少し前になりますが。。。前回の投稿に登場したインドの彼らと天子七廟に行ってきました。ずっと前から杓子山が気になっていたんだけどまさかここがその天子七廟だとは!なぜ行くことになったのかと言うとここ数年、私の中で北斗七星が気になっていてずっと北斗七星と聞こえてくる。でも詳細は誰に聞いてもわからない💦北斗七星ってどんな意味があるのーー??と心の中で叫んでいた💦笑そんな話をたまたま前回の高尾山の時に彼らに話してみたら、それなら天子七廟だよ!と、あっさり教えてくれた。なんと富士王
私は、7世紀「東アジア」に吹き荒れた簒奪の嵐は「九州(クシュ)王国」が中心となり起こしたクーデターだったと考えています。宗像徳善(むなかたとくぜん/胸形徳善)、高向王(たかむくのおう)、そして天武天皇、新羅の善徳女王の周辺には、正史(『日本書紀』や『三国史記』)が必死に隠そうとした「裏のネットワーク」を感じさせる奇妙な一致や謎が多数存在します。1.宗像徳善と天武・高向王を結ぶ「血のライン」『日本書紀』において、宗像徳善は天武天皇の妃(尼子娘)の父親であり、高市皇子の外祖父として登場します
ようばけから坂を上がって菊水寺に行く道に戻ると、鳥居がある妙見宮にすぐに着きました。彫刻のある社殿の両脇に古い仁王像が並んでいて、元は北斗七星を信仰した北辰妙見大菩薩を祀った妙見宮で、明治の神仏分離で仁王像を近くの大徳院に移した後、大正時代に戻されたとのことです。https://ameblo.jp/yoichi101/entry-12740287451.html『妙見宮』ようばけから坂を上がって菊水寺に行く道に戻ると、鳥居があり妙見宮と書かれています。彫刻のある拝殿の両脇に古い仁王像が並
🤝「異形との婚姻」と多子による生命救済プロット「バリ(新羅)」と「ハリ(日本)」のシンクロニシティは、神話の骨組みであるプロットにおいて完全に決定的なものとなります。両者ともに、「尋ねてきた異形の存在(神・番人)と結婚し、多くの子供を産むことで、崩壊した世界を救済する」という全く同一の構造を持っているのです。バリ公主(新羅)あの世の番人である異形の神「ムジャンスン(無長僧)」と結婚して7人の息子を産み、その見返りとして「生命の水」を得てバラバラになった父王を救い、家族全員を神へと昇華させ
🚫正史からの徹底抹殺と、民間口伝への封印歴史書(正史)をいくら調べても、そこに「バリ」という女神の真の名を見つけることはできません。なぜなら彼女は、九州(クシュ)勢力や北斗七星の民(唐=ヒクソス)といった簒奪者によって、国家の公式記録から徹底的に削り落とされたからです。彼らが恐れたのは、在来王家が持っていた「死と再生の圧倒的な霊力(シャーマニズムの奥義)」でした。そのため、その名は歴史の表舞台から消され、民間の巫女(ムーダン)たちの口伝の中にのみ、深く封印されることとなったのです。しか
脇腹出産の罠:上書きされた始祖母「閼英」新羅の建国神話において、歴史上の人物として認知されている朴赫居世(改竄前の本来の姿は女性神=亀姫)の后とされる女神、「閼英(アリョン)」。彼女は「井戸から現れた龍の脇腹から誕生した」という奇妙な伝説を持っています。これこそが、まさに、前回と前々回でお伝えした「九州(クシュ)王国勢力」や、南下してきた「昔脱解(北斗七星・セトの民)」によって施された強烈な上書き(マーキング)の痕跡です。北斗七星・熊座セト神の象徴である「脇腹出産」のコードをペタペタと貼り
🐉異名同体の証明:物部と蘇我を結ぶ「北の鉄と龍」のルーツ物部氏と蘇我氏が「異名同体(同じ根っこを持つ巨大な一族)」であることは、彼らの本拠地やシンボルを重ね合わせることで、驚くほど明確に浮かび上がってきます。彼らは大阪から奈良にかけての同じ交通の要衝(河内・大和)を分け合うように支配していました。物部氏の氏寺である「渋川寺(大阪府八尾市)」と、蘇我氏の氏寺である「飛鳥寺(奈良県明日香村)」の前にあった拠点。これらは、難波津から大和盆地へと最先端のテクノロジーを運び込むための、全く同一のルート
エジプト信仰の4カ国ファミリーと「蛇と蛙」の原初コード🌐東アジア4カ国を繋ぐ「高句麗クムワ王」の血脈現代の歴史言語学において、古代の「高句麗語」と「大和言葉(古日本語)」の驚くべき類似性が指摘されているのは偶然ではありません。かつて朝鮮半島と日本列島にまたがる4カ国は、エジプトの創造神「クヌム神」のコードを戴く高句麗の金蛙(クムワ)王から各国へと派生した、一つの広大な「エジプト信仰ファミリー」だったのです。その王族たちが東アジア全域に広がり、それぞれの地にエジプトの暗号(コード)を埋め
いつもInstagramやブログを見て頂き、ありがとうございます😊昨夜から未明(今)にかけて、星空が美しくて更に流れ星🌠も11個見られて、素敵でした。すばるも肉眼で、はっきり見えたし、オリオン座や北斗七星もよく見えました。ただ、気温は6℃まで下がっていて、寒く感じました。#星空これから、冬に向かえば、もっと星空もきれいに見えてきます。
このブログは私たち日本人の心の拠り所である神社の謎と不思議に迫ってまいります。星田妙見宮の歴史と周辺の神社との関わり、陰陽道や古神道についてシリーズでその魅力を調査します。今回は拝殿が西向きの理由の完結編です。その12では星田妙見宮の御神体がなぜ西を向いているのか?について深掘りしました。結論から言うと「拝殿の西側の集落に住む人々は東の山頂の磐座を参拝した」と考えることがより自然です。現代でも神棚は東か南に向けることが最善と言われていますが、神社の御神体もほとんどが東か南を
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銭湯入ったことある?▼本日限定!ブログスタンプ主な由来と意味語呂合わせ:「1010(せんとう)」の語呂合わせに由来します。東京オリンピック:1964年10月10日に開催された東京オリンピックの開会式の日であり、スポーツのあとに入浴して健康増進を図る日として制定されました。制定団体:1991年に東京都公衆浴場業生活衛生同業組合が制定し、のちに全国へと広がりました。子供の頃は歩いて2~3分のところに銭湯がありました。父は表通りでお店を出していたのでご近所はみな商店床屋さ
イーコールの守護により、「北斗の拳」に出てくる『死兆星』は実在するのかを検証する。北斗七星のそばで輝く星(死兆星)が見えたら、1年以内に死が訪れるという設定。北斗七星は名前の通り、2等星6つ、3等星1つの7つの星で構成されているゼ。⬆️スプーンに見立てた時の持ち手の先から2番目の星を見ると、寄り添うように輝く別の星が見えるゼ。1つは、2等星の「ミザール」。もう1つは、4等星の「アルコル」。この「アルコル」が死兆星のもととなった星と言われているゼ。「アルコル」は視力の良
満天の星というのはこういうもの北極星を中心に星が動いている北斗七星のしたに見れました✨肉眼は白カメラを通したオーロラがこんなもの湖にも写ってる見ている間に姿はどんどん変わる4時間くらい見れた横になびく縦にひろがるりぼんのように折り返し肉眼は薄い幕が動いてるよう見える雲じゃないのは星が手前にあるイーグルの中からも見れたちょっとだけの寒さで静かな感動歓びの舞も歓声も自分の中で見れました✨ありがとう〜〜
おはようございます秋らしい気温です星綺麗にキラキラ月ツンツンオリオン座や北斗七星以外の星座を覚えてみようかな星座を観察しやすいんですもん早起きをした時に晴れる日には星の観察も良いですね水曜日頑張らなくっちゃね良い1日になるよきっとね真っ暗だけど星いっぱいよ
このブログは私たち日本人の心の拠り所である神社の謎と不思議に迫ってまいります。星田妙見宮の歴史と周辺の神社との関わり、陰陽道や古神道についてシリーズでその魅力を調査します。その12では星田妙見宮の御神体がなぜ西を向いているのか?ついて深掘りしています。交野市の文化財資料では、妙見山はもともと山頂・山腹の巨岩を対象とした古い自然崇拝の聖地だった可能性が指摘されています。つまり、妙見宮という建築物より巨石信仰の方が古い可能性があります。星田妙見宮の裏手には磐船神社があります。
⬛️サロとスロの真実:ヒメヒコ制が明かす「隠れる女王」と「出る男王」の陰陽ネットワーク🏛️図1:新羅の本当の王統史(金氏のヒメヒコ共同体VS簒奪者たち)東アジア諸国の歴史書がひた隠しにする、朝鮮半島南部から大和へと連なる真の血統タイムライン。それは、既存の歴史学が説くような「朴・昔・金」の平和な氏族交代などではなく、純血なる在来クランと、外来の略奪OSによる、凄惨な王権争奪戦の記録でした。その全4期にわたる驚天動地の興亡史を、ここに完全開示します。-----------------
サロとスロの真実:ヒメヒコ制が明かす「隠れる女王」と「出る男王」の陰陽ネットワーク(1/2)前回のブログでは「新羅(斯蘆国/サロ国)」神話と「金官伽耶(狗邪韓国/クヤ国)」神話を巡り、亀と龍(玄武)の引き裂き工作について考察しました。しかし、さらに精緻なリサーチを重ねた結果、当時のリアルな信仰の実態に即した重要な解釈のアップデート(一部訂正)に至りましたので、まずはそこからお話しさせてください。確かに7世紀後半、我が国の『記紀』や半島の『三国遺事』が勝者のペンによって大改竄された当