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風花の『レッグペルテス』の手術の時を思い出しました2度の入院体調が戻ったのが、6月2月から6月、毎日がつらい日々でした命は全て平等ですご賛同して頂ければと切に願うばかりです
お墓参りに行って来ました。茨城県笠間市…ペットと一緒に入れる区画も多くあり小さな御影石の墓石にはペットちゃん達の名前も刻まれています。大切な大切な家族なのよかつて8年連続殺処分最多犬猫殺処分ゼロ条例が制定され、ボランティア提携で、収容された犬猫を民間団体へ譲渡する体制を整備し、譲渡に向かない子や病気の子以外は殺処分が回避されているとの事…犬猫だって、鳥や他の生き物だって、思いやりも、喜びも恐怖も悲しみも、痛みも寒さも暑さも、人の痛みも分かる命かつては1ヶ月に犬だけでも60匹以
気がつけば3月海を眺めながらのひな祭りランチと海を眺めながらおしゃべりしてリフレッシュして来ました♪そして、我が家の雛人形3日の今日、出しましたよーごめんね来年はお部屋を整えて早くから出すからねおんにゃの子達ベコちゃん、お雛様ありゃーお内裏様なっちゃってるよーベコちゃんはおんにゃのこなのに白子〜お花見楽しかったね
今年もよろしくお願いしますチュールが一日2本になりますようにbyハチお母さんの心配事が減りますように…沢山お母さんと一緒にいられますように…byペコ今年もよろしくお願いします💌byペコ三連休も実家の片付けそしてお仕事でしたレッスンの振替…ヤマハで教えていた時は振替なんてしなくて(実際無理だから)良かったけど…我が教室、コロナから、振替OKにしてしまったので…日曜日にも振替しなくてはならなくなりました(泣)うちの生徒ちゃん達は、殆どお休みする方は居ないし、インフルエンザ
ゆうしん号さん、そして、こんな後悔ばかりのブログを読んで下さってる皆様、いつもありがとうございます頂いたコメントの返信を書いていたら、長すぎて送信出来なかったので、こちらにコピーしました…私も何故?何故こんな事に?と、どうやって自分を納得させたら良いのか分かりません…白子が突然、痙攣発作を起こすようになり、それが月に1回、月に2回、1週間に1回、と増えていき、半年経ちかかり付けの病院で、何故痙攣が起こっているのか聞いても、分からないと言われ、「脳腫瘍ですかね?」「心臓でしょうか?」と
愛犬アラレは、かかりつけ医の紹介で埼玉にある二次専門病院でカテーテル検査を受けました。病院から告げられたのは「リスクは最小限」という言葉。しかし検査後、体調は急変し、わずか三日後に突然の別れが訪れました。あまりに急で、あまりに理不尽な死でした。さらに、その後に直面したのは、病院および顧問弁護士の不誠実な対応でした。飼い主は所詮素人だから、という態度。事故後の理不尽な説明。私は深い失望と孤立感を抱えながらも、本人訴訟を決意しました。裁判の準備にあたり、私は国内外のガイドラインを揃え、関連論文
アラレを医療事故で亡くしてから、私はどうしてもこの事実を心に受け止めることができませんでした。朝起きても、もう家の中にアラレの足音は響かない。その静けさが、何よりもつらかったのです。アラレは生涯、軽井沢が大好きでした。「アラレ、軽井沢に行くよ」と声をかけるだけで、目を輝かせて喜んだものです。東京では毎日散歩をしても思い切り走ることはできませんでしたが、軽井沢に着いた途端に「ボール頂戴」と催促してきます。パパがボールを投げ、アラレが取ってくる。そして私はその姿を写真に収める。それが我が家
10年前の今日に戻りたい…明日は手術だよ…白子…と言って、白子を真ん中にして、3人で眠った…朝、イカが「白子、頑張ってこいよ」と言って仕事に出かけた手術は夜の7時からでその日は秋晴れの清々しい日でした網戸にして、家に入ってくる空気を感じながら、布団の上でのんびり過ごし、お散歩にでかけ、白子は帰ったらいつものようにご飯を貰えると思ってお水を飲んで、その場でご飯待ちしていてごめんね、今日は手術だから何も食べられないんだよ…と言って、ご飯を欲しがる白子に謝りながらもちろん私も
アラレを失ったあと、私は阿智村へ星を見に行った。「日本一の星空」と呼ばれるその場所なら、少しでも心が癒えるかもしれないと思ったのだ。けれど、空を仰いだ瞬間、胸に広がったのは美しさではなく、無情の天の川だった。織姫と彦星は一年に一度でも再会できる。なのに私とアラレは、この川を隔てて永遠に会えない。そう思った途端、こらえきれず涙があふれ、声を殺して泣き続けた。夜空の向こうにアラレの姿を探した。「どこにいるの、アラレ」星たちは瞬きながら答えを返してくれるようで、けれど一度も
先日、とある獣医療関係者がnoteで書いた「動物病院での医療裁判」の記事を読み、改めて麻酔について考えました。そこには「麻酔リスクはゼロにはならない。健康な犬でも麻酔関連の死亡リスクは0.05%と言われている」と書かれていました。「犬の麻酔関連死は0.05%」、獣医学生の教科書にも載っている数字ですが、この数値はどこからきたものなのでしょうか。調べてみると、その根拠は2008年に発表された1本の大規模多施設調査の論文です。欧州を中心に麻酔を受けた犬約9万件を解析した結果、比較的健康な犬での
アラレが亡くなってから、私はずっと思い続けてきました。この子の死を「なかったこと」にしてはいけない、と。あまりにも突然の別れでした。検査や麻酔にリスクがあることは、私は何も知りませんでした。説明もなく、同意書を書いた記憶もなく、ただ「必要だから」と信じて預けてしまったのです。もし「命を落とす可能性がある」と言われていたら、私は迷わず検査をやめていました。そう思うと、いつまでも後悔と自責の念で胸が押しつぶされそうになります。でも、ここで声をあげなければ、アラレの死は本当に「なかっ
愛犬アラレを突然失ったあの日から、私の心はずっとざわめいています。あんなに小さく、温かく、家族同然だった存在を、どうして守れなかったのか、その問いは、夜も眠れぬほど私を苦しめました。でも、悲しみだけでは終わらせられませんでした。なぜ日本では、動物医療の事故がほとんど表に出ないのか。私はその構造を知りたくて、裁判という手段にまで踏み切ったのです。病院の中に閉じ込められた情報動物医療には、第三者が検証する仕組みがほとんどありません。検査データも、麻酔記録も、治療経過もすべては病院側に
愛犬アラレを医療過誤で失い、裁判まで経験しました。その中で私は「なぜこんなにも理不尽なのか」と悩み、法律や制度を勉強し、整理することになりました。今日はその気づきをシェアしたいと思います。民法では「動物=物」日本の民法は明治時代に作られたもので、今もその基本が使われています。そこには「物とは有体物をいう」とあり、動物も「物=財産」と扱われています。どんなに家族同然の存在であっても、裁判では「代替可能な財産」としか評価されない。私はこの現実を突きつけられました。動物愛護法
アラレの医療過誤の件を発信しはじめてから、想像もしなかったほど多くの方から反響をいただきました。同じように愛犬や愛猫を失った飼い主さんたちが、「私も一人じゃないんだと思えました」「アラレママの声に励まされています」そう言ってくださったことは、何より私自身の救いになりました。また、苦しい裁判を経験された方からのメッセージも届きました。「私も声をあげてよかった」「投稿が誰かの役に立つと信じられた」と。そうした言葉の一つひとつが、私にとって光のようでした。さらに、複数の獣医師の
アラレを亡くした2024年2月25日から、私の世界は一変しました。最愛の存在を失った深い悲しみと、自分の選択を責め続ける後悔。さらに、真実を明らかにするために始めた裁判。その両方が同時に押し寄せてきたのです。愛娘を亡くしただけでも、心は粉々に砕けます。「どうして助けられなかったのか」「もっと別の方法を選んでいれば」そんな思いが繰り返し胸を刺しました。アラレの姿を探し、会えない現実に打ちひしがれ、まるで地面のない場所を歩いているようでした。同時に、私は裁判に臨まなければ
アラレが亡くなった日、私は深い悲しみに押し潰され、小さな遺体と対面してどうすればよいかも分からない状態でした。そんな中で、病院の対応は私の心をさらに傷つけるものでした。死亡を報告したとき、返ってきた言葉はただ一言。「お悔やみ申し上げます。奥様にもお伝えください」それだけでした。その後、病院からの連絡は一切ありませんでした。三日後、私から電話をかけて「連絡を待っている」と伝えて、ようやく上司と相談するという返事。つまり、命を失う重大な出来事があっても、あの病院内で情報を共有する仕組
アラレ君を失ってから、ママは何度も何度も自分に問いかけています。「あの時、もし別の選択をしていたら、もっと長く一緒にいられたのではないか」と。胸の奥が、毎日、毎秒、張り裂けそうです。言葉では言い尽くせないほどの悲しみ。でも、現実は残酷で、君はもう、この世にはいない。ママはアラレを心から愛していました。たった一日でも、一瞬でも長く、君と一緒にいたかった。だから、あの時のママの判断が間違っていたのではないかと、君の命を縮めてしまったのではないかと、押しつぶされそうになります。君が
アラレがいなくなってから、世界が静まり返ってしまった。歩く道も、座る椅子も、眠る枕元も、あの日までは当たり前にあった光景が、今はことごとく空虚に響く。青山公園までの散歩道も、矢ケ崎公園のベンチも、アラレの小さな足跡が消えることはないのに、私はその足跡を追うたびに胸が締めつけられる。毎朝、目が覚めるとまずアラレの足音を聞こうとした。寝室のクローゼットを開けると、そこに静かに座っていたあの日の驚きや嬉しさが、ふいに蘇る。あの無垢な信頼。私を見つめる大きな瞳。触れたときのふわふわした毛の感触。全部が
もし私が道端で迷子になったとき、誰かが「ここを曲がれば光が見える」と教えてくれたら、どれほど心強いでしょう。裁判という迷路の中で、私は愛犬アラレのために、そして同じ悲しみを抱える誰かのために、公正な判決という光を求めて歩いていました。私が願っていたのは、単なる勝ち負けではありません。動物医療の現状を改善し、同じような悲しみを防ぐための一歩になる。その希望を「正義の光」と信じていました。しかし、現実の裁判は違いました。事件が「後遺症なく処理される」こと、そして社会全体の秩序を守るこ
私の愛犬アラレを失った医療事件。私は「真実を明らかにしたい」という思いで裁判を起こしました。けれど、そこで突きつけられたのは、「因果関係は患者側が証明しなければならない」という裁判のルールでした。本来なら、過誤がないことを立証すべきは病院側のはずです。しかし日本の法律では、人でも動物でも患者側が立証することになっています。すべての検査記録・治療データを握っているのは病院なのに、患者側がどうやって証明できるのでしょうか?これでは、最初から「勝てない仕組み」にされているのです。私は
私の愛犬アラレは、医療事故によって命を落としました。私はその事実病院からの不誠実な対応を受け入れることができず、司法に救いを求めました。提訴の過程では、AIの助けを借りながら医学論文や国内外の獣医医療ガイドライン、そして獣医師の意見書を揃え、科学的・客観的な立証に努めました。しかし、裁判は思うように進みませんでした。敗訴の見込みが濃厚であったため、不本意ながら和解に応じざるを得ず、裁判は終了しました。口外禁止の取り決めがあるため、病院名を公表することはできません。それでも、私は発
愛犬アラレを亡くした経験と、その後に続いた裁判を通して、私は動物医療に潜む大きな課題に気づかされました。それは検査や麻酔に関するリスクが、飼い主に十分に伝えられていないということです。」検査と麻酔は安全が当たり前ではない動物病院で行われる検査の多くは、採血や画像検査のように比較的安全なものもありますが、検体採取や内視鏡、手術に伴う検査では麻酔が必要になることがあります。麻酔は医学の進歩で安全性が高まっているとはいえ、動物医療分野ではまだまだリスクが低くない場合があります。時には命に関わ
アラレの医療事故と裁判を通して、私が痛感したのは「説明義務」と「インフォームドコンセント」の足りなさでした。人間医療では、医師は患者や家族に治療法やリスクを丁寧に説明し、同意を得ることが法律で義務づけられています。患者が理解し納得して初めて治療が進められる。それが当たり前の仕組みです。一方、動物医療ではその仕組みが不十分です。獣医師にも説明義務はあるはずなのに、実際には飼い主が十分な情報を得られないまま治療が行われることが少なくありません。二次動物病院なのに、アラレの検査のときも、
ペットを病院に連れて行くとき、私たち飼い主は先生にすべてを託しているという思いでいっぱいです。けれど実際に、獣医師にはどのような法的責任があるのか?飼い主の多くはよく知りません。ここで、基本的な獣医師の法的責任を整理してみたいと思います。獣医師が背負う法的責任契約責任(民法上の責任)飼い主と獣医師の関係は「診療契約」に基づいています。治療を適切に行う義務(診療契約上の債務)を怠った場合、損害賠償責任が発生します。説明義務(インフォームド・コンセント)検査や治療の内容、リスクや
アラレは70%補償のペット保険に入っていました。上限はあるものの、医療費の一部が補填されたのは、正直ありがたかったです。けれども、明細を受け取ったときに胸に広がったのは安堵ではなく、強い自責の念でした。アラレの命を守れなかったのにお金を受け取ることに、申し訳なさを感じたのです。最後の二日間、私は何度も何度も救急病院の獣医師に「先生、この子を助けてください」と繰り返しました。たとえ高額になっても構わない、命を救ってほしかった。その必死な思いに、先生は最後まで応えてくれようとしました
軽井沢に滞在していると、アラレへの思いがひときわ強く胸に迫ってきます。矢ケ崎公園、御代田の雪窓公園、自宅から西の原公園へ続く散歩道…どこを歩いても、あの日のアラレの姿が脳裏に浮かびます。小さな足跡や振り返る後ろ姿が、今も鮮やかに私の中に残っています。アラレは、いつでも私のかけがえのない自慢の娘です。飼い主がペットを見送るのは責任であり、命には必ず終わりがあることも理解しています。老衰や病気であれば、看病や介護の時間を経て心の準備をするはずですが、アラレにはその過程がありませんでし
アラレは、私にとってかけがえのない存在でした。けれど、その命は病院での簡単な検査と処置をきっかけに奪われました。あまりに突然の事故、そして納得のいかない対応。私はただ泣き崩れるだけでなく、なぜこんなことが起きたのかを問い続けるしかありませんでした。その思いはやがて、裁判へとつながっていきました。弁護士にも評価されるほどの精度にまで証拠を揃い、作り上げました。それでも結果は、不本意な和解。科学に基づく検証ではなく、裁判官ひとりの「心証」で結論が決まってしまう。その現実を前に、私は深く失
アラレの裁判は、不本意な和で幕を閉じました。先日、法律事務所に勤めている友人と会い、この裁判のことを話したのですが、彼はこう言いました。「一部の動物病院は、飼い主をどこか馬鹿にしている。だから事故が多発しても体質が変わらない。でも、あなたの行動は、少なくとも意識の高い飼い主がいるという警鐘を病院に鳴らしたのだと思う。」その言葉に、少し救われる思いがしました。そして、noteに投稿した記事には、こんなコメントもいただきました。「和解で終わったことをアラレちゃんに対して申し訳なく感じていら
アラレの事件を通して、私は初めて「裁判所の現実」に向き合いました。そこには、私が思い描いていた「真実を科学的に解明してくれる場所」という姿とは、まったく違う実態がありました。アラレ事件を担当したのは、その部の裁判長と、裁判官一年目の判事補でした。その判事補は、終始「気持ちはわかります。「お金のためではないことがわかります」と言っていました。この言葉に一瞬救われました。けれども、裁判の進行が進むにつれ、敗訴の見込みだから、和解を検討しなさいという流れになっていきました。日本の
アラレを亡くしたあと、私はずっと考え続けています。命に「軽重」はあるのだろうか。そして、動物の命は人間の命に比べて軽く扱われてよいのだろうか、と。裁判の場で突きつけられたのは、「犬はもの」という法律の扱いでした。その瞬間、アラレの存在が、私たちにとってかけがえのない命から、単なる所有物へと置き換えられてしまったのです。どれほど大切に思っても、どれほど深い絆を結んでいても、裁判の中では「命」ではなく「物産」としてしか見てもらえない。それが、現実でした。しかし、飼い主にとって動