ブログ記事53件
中山道の加納宿入口の加納八幡町から西にきた道は、岐阜道道標がある太田薬局までいきました。ここを左折していくとかって文字どうり泉が湧いていた清水川の広井橋があります。手前を右接すると清水川沿いに水薬師寺があり、ここは亀姫がこの川から出現したという金の薬師をまつり建立された寺です。広井橋を渡る左側の橋詰に、加納宿の高札場で宿御高札場といわれる、加納藩の中で最も大きく石垣の上に高さ3,5m、幅6,5m、横2,2mの高札場があった。ここから南に少しいくと大通りと交差する大手門町交差点があります
500城址攻城ブログ🏯(東日本編・中日本編・西日本編)422城目は虎御前山城ですよぉ~日没前にもう1城廻れそうってことで向かいますは虎御前山城跡信長が浅井長政が立てこもる小谷城を攻め立てる際に築城した付城先週巡った平井山ノ上付城的なモンですな遺構自体はさほど…ですケドも雨が降ったり止んだり晴れたり曇ったりな城巡り中突如現る虹っが、ココの記憶が虹しかございませんで(これ書いてるのは登城から5日後。。。)とりあえずココまでの無事を感謝しつつ今宵の
500城址攻城ブログ🏯(東日本編・中日本編・西日本編)421城目は佐和山城ですよぉ~朝5時半に東京出発しまして愛知~岐阜~三重と城&遺構巡るも意外に元気なアタクシは翌日に予定してた佐和山城跡登山へ天気予報だと明日雨らしいしね登城は龍潭寺境内より風情溢れる境内を抜け登城の無事を願いまして攻城開始ぃ~~登城道は整備が行き届いておりまして野猿の群れに出くわすこともなく10分も登れば城址遺構ゾーンへ塩硝酸櫓跡→西の丸跡と経まして登城開始から15分弱
500城址攻城ブログ🏯(東日本編・中日本編・西日本編)420城目は鷺山城ですよぉ~加納城跡から約20分鷺山城公園駐車場へピットイン1185年に築城~1556年廃城となった鷺山一帯に置かれた山城も現世ではお約束の公園化。。。遺構は段々状の形状で残っておりただ廃城から数百年経た城址遺構としては不自然過ぎるほど整ったビジュアル石垣も確実に後世に積まれたものではて、これホンマに城跡なのかしらと疑念( ̄▽ ̄)つーワケで妄想タイムに切り替えまして遠く岐阜城を拝
500城址攻城ブログ🏯(東日本編・中日本編・西日本編)419城目は加納城ですよぉ~東京→神奈川→静岡→愛知と経て岐阜県突入し1発目は加納城駐車場ピットインは東京出て5時間半後築城は1602年とされる平城でして家康による天下普通請により築城城下町は宿場町として栄えたそうですケド現世では市民の憩う公園へリフォーム東海エリアは未だ紅葉見頃なようで天守跡など躯体遺構は皆無ですケド石垣は大事に保存されており中々に見応えございましたよぉマイナー平城はハズレ
500城址攻城ブログ🏯(東日本編・中日本編・西日本編)418城目は小口城ですよぉ~祝♥入社20周年!(^^)!というワケで今年で入社20年を迎え永年勤続休暇を10日も頂けることにが、有難い話なんだけどぉ~5日続けて取得必須×2回ってことで社畜ぢゃないにせよ中々ハードル高く無理くり12/15(月)~19(金)で1回目取得(来年3月までに残り5日取れるのかしら…)さて、どこに行こうかしら。。海外も考えたけど円安で高いしそうだ、車で実家に帰ってみよ
9月6日のブログで岐阜市の成り立ちを語っておりますが、今回もそれで行こうかなって思います。『代官屋敷から発展した街』岐阜市と岐阜城の関係については前ブログにて書きました。今回は、その時書けなかったこと、書き忘れたこと、書いた後に思ったこととかを書いてみようと思います。という…ameblo.jpわが街岐阜市、明治維新を迎えた時点で(つまり岐阜城がない状況で)加納城を廃したのは、岐阜市の観光行政に禍根を残したと思います。これによって岐阜市(当時の加納エリアは加納町でしたけど)はハリボテ岐阜
七月二十五日、金曜日です。【問題。】次のうち、天下普請で築かれた城はどれか。①加納城②新発田城③松坂城④高知城どれも素晴らしき城ですね。個人的に、新発田城だけ攻めたことがありませんが(いつか必ず)。写真は、松坂城。【答え。】①加納城岐阜県岐阜市に位置する加納城は天下普請で築かれた城です。岐阜城に攻めた際は一緒に攻めましょう。写真は、加納城の石垣。国指定史跡となっている。
ボクの住んでいる岐阜市にはお城があります。そしてそれは有名な観光地です。それに伴い城北という地名があります。よくあるネーミングです。例えば東京では皇居(江戸城)を中心として東西南北と頭に「城」を冠する地名がありますし、名古屋でもかつては城東園という遊郭街がありました。思うんですけど果たしてそのネーミングは適切かな?って事なんです。岐阜城は戦国時代に建設されました。織田信長はこの城を天下布武の重要な拠点と捉えて商業も発展させました。しかし江戸時代には廃城になってるん
名称:加納城城郭:平城築城年:1602年築城主:奥平信昌主要城主:奥平氏、戸田氏、安藤氏、永井氏所在地:岐阜市加納丸之内8-7指定文化財:国史跡石垣
只今、城郭建造物の一つであります「城門」(『全国「城門」を巡る』シリーズ)をお届け中です。「城門」については、『全国「城門」を巡る”はじめに”』において、簡単に説明していますので、どうぞご覧ください。はじめに↓『全国「城門」を巡る”はじめに”』「城郭建造物」の「御殿(居館)」シリーズを終えました。「御殿」には殿さまやその家族が居住したり政務を執る為の所謂「御殿」や、城主・家族の憩いの場や来客対応の…ameblo.jp「はじめに」でも記載しましたが、「城門」は軍事施設である「お城」へ
さつまいも、白玉粉、小麦粉を混ぜて揚げた、さつまいものドーナツと、さわやかな味の柚子の芋けんぴ。どちらもおいしい♪岐阜城に意外と近いところにある加納城、立派な石垣が以前から気になっていました。まわりのお堀は埋め立て、そして城内どちらとも、公園や広場になっていて、行った日も家族でキャッチボールをしたり、犬のお散歩されたり、憩いの場になっています。こちらの加納城、大河ドラマ「どうする家康」にもでてきた、家康と
2024.10.21.今回の岐阜巡りで訪れた「加納城跡」現在残るのは、本丸部のみ本丸の石垣を見ます撮ってる場所は濠跡です🏯天守台跡本丸の北側。絵図には無いので、後世に作られた門ですね本丸内部は土塁状で、100%石垣ではない、中世と近世の間の時代の城の特徴ですね本丸の桝形虎口を中から本丸桝形虎口本丸内部はとても広い加納城は、文安2年(1445)に、美濃国守護土岐将益の執権斎藤利永が築いたのに始まる
始発電車で、自宅を出て(10/21)「東赤坂駅」に着きましたが、事故でJR線が遅れ、到着予定時刻をかなりオーバーしました。前回の終了地点から出発し県道を西へと進みますが、帰りの電車時刻があるので、今日は速足です。県道県道を進み「中沢交差点」手前を右折し「旧街道筋」に入ります。この辺は「七回り半」と言い、何回も右・左折する道筋でした。右手前方に「七回り半」の道標が立っていました。「三津屋地区」に入ると、一転真っすぐな道です。地区の端に観音堂があり「観音像」に「右ぜんこうじ
再びお伊勢参りの記事はまたお休みして・・・。こちらの写真は先日のお伊勢参りの旅で見た神戸城跡の石垣。良いわ~。を見てからちょっと頭の中がもっと石垣を見たい欲求がムクムクと頭をもたげました。今まで気にはなっていた岐阜市のもう一つの地味な方の城跡、加納城跡は航空写真で見るとこんな感じで。残ってるのは本丸部分だけですがこれは石垣鑑賞期待できそうです。加納藩10万石の石垣を見に行こう。午後から時間があった日、最寄りの名鉄茶所駅から歩きだします。地図なんかは用意せず行き当たりば
加納城に到着駐車場から中を伺うと何もない公園とりあえず外周を回ってみる。南西から西の石垣看板は立派なんだけど、猛暑と便意で先を急ぎました。公園内に天守台跡があったらしいけど仕方ない。( ̄∇ ̄;)ハッハッハッ北東の石垣草ぼうぼうだし、民家と隣接してるし、なんだかなと言う感じ駐車場手前の西の石垣が比較的良好御城印情報もないので、次に向かいます。
墨俣一夜城大垣城加納城
大河ドラマ「どうする家康」の総集編ということで「”家康”のでき事と所縁ある”お城”を振り返ろう」シリーズを只今進行中。途中約1ケ月の中断があり2024年に突入していますが、引続き最後まで完結したいと思いますので、「家康ファン」「どうする家康ファン」「戦国時代ファン」の方は暫くお付き合いください。<「家康」等の出来事>関ヶ原の合戦で勝利を収めた東軍の「家康」は戦後処理を行い、西軍の大名の改易・減封・移封、「豊臣家」各地の直轄地も東軍大名へ分配加増されて、「家康」自身も250万石から400万
2022年春に久し振りに城めぐりに行ってきました諸事情もあり暫くの間、城めぐりに行かない間に山城のベストシーズンの冬が終わり、このままでは夏になってしまいますので、その前に行きました築城は徳川家康となります本多忠勝が普請奉行をした天下普請の城となります関ヶ原の合戦後の1602年、岐阜城を廃城し加納城を築城岐阜城の材料を利用したりしています初代は徳川家康の長女、亀姫の婿である、奥平信昌葵の紋これを読んでいただければ葵の紋の意味もわかります加納天満宮学校です読めるで
JR岐阜駅GIFU🔴総合版(💯点満点)2025年3月現在①交通利便性10点②治安7点交番⭕️③買い物環境6点④飲食店9点⑤子育て環境7点⑥公共施設4点⑦観光スポット7点⑧家賃価格など10点⑨商店街・SC6点⑩防災7点消防署⭕️合計73点🔴一人暮らし男性版合計79点※一人暮らし男性版は交通利便性と飲食店重視🔴一人暮らし女性版合計77点※一人暮らし女性版は交通利便性と治安重視🔴
【問題】加納城(岐阜県岐阜市)跡の現状の説明として、正しいものは次のうちどれか?【選択肢】石垣や土塁、堀が残る御三階櫓が現存する宅地開発で遺構は消滅した中世風の模擬櫓群が建つ【正解】石垣や土塁、堀が残る【解説】加納城は、一度廃城となった前身の城跡に、慶長7年(1602)天下普請によって築かれた。現在、石垣や土塁、横堀が現存し、国の史跡に指定されている。
全国お城の「石・石垣シリーズ」は、『「石垣」の使われ方』において「腰巻石垣」が見られるお城をご紹介しています。これと同種の石垣の使われ方として「鉢巻石垣」、「腰巻・鉢巻石垣」があります。本日は、「中部地方・甲信越」で見られるお城をお届けします。「腰巻石垣」というのは、「土塁」の下の部分だけ「石垣」にする手法で、「堀」等水に接する箇所で「土塁」が崩れ落ちたり、土の流れを防止する為の土留めとして役割が有りました。ということで、「土塁」に分類する場合がありますが、ここでは『「石垣」の使われ
今日はぎふ中日文化センターの折り紙教室でした。帰りに加納城跡に向かいました。教室が終わるとお昼時なので、丸幸水産よしまるでたこ焼きしょうゆをいただきました。タコの風味はいつ食べても最高です。加納城大手門跡の石碑です。門らしき名残は見当たらなかったです。加納公園です。こちらは加納城の当時の石垣です。ゴツゴツした感じです。未加工の石をそのまま積んでいます。隙間は小さい川原石が詰められています。このような積み方を「野面積み(のづらづみ)」というそうです。力強くかっこいい石垣
先週の日曜日、久しぶりのお城巡りをしてきました。目的地は岐阜市にある加納城跡です。その途中、愛知県内の2つの神社を巡っていきました。名鉄名古屋駅から、名鉄岐阜行の特急電車に乗車しました。最初の目的地は、愛知県稲沢市の国府宮です。郊外に出ると広々とした田圃の景色となりました。電車も120km/hのスピードで快調に走ります。名古屋の次の停車駅が国府宮駅です。国府宮は、駅の東すぐのところにありました。立派な参道が南北に貫いていました。国府宮神社の正式名称は尾張大国霊神社です。創建
城をめぐります。有名無名関係なく、興味があるところならどこへでも!今回は加納城をめぐります。加納城へは岐阜駅からバスで6分、「加納公園」公園下車すぐです。他にも「加納城址」「城南通り」「加納朝日町3丁目」など最寄りのバス停は複数あります。岐阜駅から徒歩でも20分、茶所駅から15分で行けます。城跡の北門。入口に案内板があります。加納城は、岐阜城廃城後に建てられた、加納藩主の居城です。周囲を水堀で囲まれ、東西400m、南北550mありました。現在は本丸跡
昨日は17時半頃から走りに出ました。また長良川河川敷へゆっくり10kmのランでした。さて、日本シリーズ!ヤクルトが強いというのはありますが、オリックスがとにかく弱い!orz去年も感じたんですか、なんか普段通りというより「よそ行き」の野球なんですよね。。エース由伸投手はもう投げないみたいですし吉田正尚選手は打たない。このふたりが中心で勝ってきたので、両輪が働かないとなると勝てませんわ。今朝も走ってきました。毎回長良川も飽きるので今朝は加納城へ。加納公園は一周900mほ
Tetsu龍でございます。岐阜は日帰り圏内……、でもちょっと遠い!大阪南部をベースにしているので、大阪、兵庫、京都、奈良、和歌山ときて、次に滋賀、三重、徳島となります。でも、兵庫や京都の日本海側は微妙に遠い。更にその外側が、福井(嶺南)、岡山、香川、岐阜、愛知となるのかな。ここまでが日帰り圏内。日帰りで行くなよって話ですが、大丈夫、根性があれば行けます!それはさておいて、今回は岐阜といってもあまり岐阜のイメージがない処回りました。前回が墨俣城で
昨日は仕事が早く終わり、また14時くらいにホテルに戻りました。岐阜市歴史博物館に行くことに。岐阜公園内にありますので走って行ってもいいんですが、暑い中汗だくで入るのは避けてバスで行きました。到着「麒麟がくる」があった時に大河ドラマ館があったところです。あの時はこんなに早く仕事が終わることがなかったので行くことはできませんでした。いろいろ戦国時代のこと楽しめました(^^)クーラーがかなり効いてましたのでもし走って行ってたらかなり冷えたことでしょう。16時前からランスター
昨日見た地元情報番組に影響を受けて、朝も早よから2時間の地元プチ旅行に出かけたのです。来年の大河ドラマ「どうする家康」近いのに行ったことがない徳川家康ゆかりの地へ。岐阜市にある加納城跡(現在は公園)関ヶ原の戦いに勝った徳川家康。さらに大阪城の豊臣氏への対抗に向けて築城したのがこの加納城。すでに攻め落とした岐阜城の石垣を運んでこの石垣に使ったそうで、倹約家(ケチ)と言われる家康らしい逸話。本丸跡地今は石垣と土塁が残る市民憩いの公園。(今朝はゲートボール会場となっておりました)
岐阜県岐阜市に残る加納城跡は、中心部分だった本丸が公園になっており、周辺にも見どころがたくさんあります。そんな中、私が個人的に好きなのが本丸西に残る長刀堀(なぎなたぼり)跡です。加納城の長刀堀は本丸の西側を守る『なぎなた』みたいな細長い堀。現在は住宅地になっていますが、この長刀堀の遺構が確認できるのでチェックしてみましょう!●地名がそのままかつての長刀堀跡は現在でも地名が岐阜県岐阜市加納長刀堀になってます。城に詳しくない人には無関心でしょうが、城好きならこの地名でピン!ときますね。●