ブログ記事451件
約7ヶ月の入院生活で感じたことを書かせていただきます🙇♂️正直、これから先の人生を考えた時、不安ていっぱいでした。夜中、いい大人が泣きじゃくった日々もあります。けど、主治医の先生をはじめ看護師さん、理学療法士さん、家族、友達。自分に関わってくださったている方々には明るく振る舞う事で自分の精神状態を保つ事が精一杯でした。でも本音はいっぱいいっぱいです…私は不安を感じたくないので無理にリハビリをして誤魔化そうとしていたのかもしれません。今は携帯で調べれば色々と情報は入手できます。皆
いよいよ明日退院です。最初に入院したのは11月末頃で現在は6月です。季節は冬から夏へと一気に変わりました。創外固定していたということもあり長ズボンをはけずハーフパンツでずっと過ごしていました。県外での仕事中の事故で救急搬送、さらにコロナ全盛期で家族の面会ですらわずか15分というなかなかの環境でした💦約7ヶ月という長い入院生活も今日で最後です。しかし、午前中外を歩いていたら左足首がまた痛くなってきました。6年前、髄膜炎で入院していた時を思いだしました。人生で初めての入院でした。
創外固定器を外し、観血的固定術を受けた息子術前、手術室までの道中ストレッチャーで移動昨夜眠れたのか?とかご飯食べられたか?なんておしゃべりしつつ手術室の前まで進むと、看護師さんから「ではこの先は手術室に入りますのでお母さんは待機室でお待ちください」と声をかけられしばしのバイバイ👋なんだけど、前回の手術室入室まで私も一緒に付き添っていたからか、看護師さんの声掛けで息子は声には出さずに『えっ?(꒪⌓꒪).......エッ??』な表情😅もう中学生だしね😅それとも別の先生だったからかな…
いよいよ明後日退院となりました。入院生活は長かったもんで退院して大丈夫なのか⁉️という不安がありつつ退院の準備を進めております。病院のスタッフはもちろんの事、患者様とも長い付き合いでしたので1人1人に挨拶をさせていただきました。皆様、笑顔で良かったですね😁頑張りましたね😊というお言葉を頂きました。周りの人の温かさもありこの長い入院生活を乗り切れたのだと感謝の気持ちでいっぱいでございます😂普段の日常生活では体験できない事をたくさん経験させていただきました。ありがとうございます😊
今日は火曜日。退院3日前となりました。日曜日はゆっくり過ごし、月曜日からまたもうリハビリ開始。月曜日は主治医の診察日であり予定通り退院という方向で診察を終えました。入院生活は実に約7ヶ月。入院した方々に聞くとほぼほぼ同じ事をおっしゃぃす。早く家に帰りたい…と。しかし、私はその気持ちは1割程度しかなくむしろ入院している方が気楽でした。最初の寝たきりの状態の時は何が何だか分からないし、精神的に参ってましたが車椅子から歩行器へと活動の範囲が拡がってからは病院にいた方が何かあってもすぐ対
水曜日に飛び込み受診をしたことで、入院・手術が決まったわけだが・・・この数日、息子の甘えん坊っぷりに拍車がかかりまくっている本当に中学生かい???って問いたくなるくらい( ̄▽ ̄)隣に座ってもたれかかってきたり...寝ているところに抱きついてきたり...息子の脇を通り抜けようとすると「ムギューして(つ˙꒳˙)っ」って言ってきたり...今回の手術で全身麻酔6回目がんセンターへの入院は7回目(化学療法を受けた病院は別のところ)あと何回お世話になるのかなぁ….。oO(その度に、
今日は月曜日。予定では今週の金曜日に退院します。リハビリもかなり追い込んでやっています。とりあえず、約900メートル。これは病院から自宅までの距離。この距離を休まず外で歩くということを徹底してやりました。そして、自宅はマンションの4階でエレベーターがないのでその段数分の階段の昇り降りを朝から晩まで無理なく頑張りました。あとはつま先立ち、屈伸、筋トレ。とにかく一日中身体は動かしていました。残りの入院生活を満喫させてもらいます🫡
退院日は2022年6月10日、金曜日。今日は最後の日曜日。日曜日のリハビリは月に多くて2回。今日は私はリハビリの予定ではないのでこの日は何もせずベットでゆっくり過ごす事にします。病院の1日って長いですよね…しかし、退院したらこんなにベットで寝ころんで過ごせるわけありません。思いきって今日はダラダラと過ごさせていただきます🙇♂️明日からまたリハビリ頑張ります👍
一昨日の夜から創外固定器のピンが外れそうな感じがするということで、今まで以上に痛みもあり本日も欠席した息子がんセンターに電話相談したところ受診させてもらえるってことで飛び込み受診してきた主治医の先生は相変わらず外来予定者が大勢いて無理だけど、骨軟部腫瘍科の先生方が対応してくれた傷口も確認してもらって問題なし!創外固定器のピンは先生方が状態を確認しても緩みつつある状態ということで、創外固定器を外してしまうか、緩んでいるピンを1本抜いてしまうかを相談してくれて、息子の意見も聞いてくれて...
退院まで2週間。退院後の生活を考えながらとにかくリハビリ。病院と自宅での生活はもちろん勝手が違うし何より医師、看護師、リハビリの先生もいない訳ですから少しでも不安を減らしたいという気持ちでいっぱいです。現在は3分2荷重で左手でロフストランドクラッチを使用しての歩行まで許可されています。階段の登り降り、歩行して移動まで奇跡的に回復しました。しかし、過去を振り返ってよく思い出してみると長い間の車椅子生活をして初めて立ってみた時、自分の身体を支えるので精一杯でましては歩くなんて絶対に無
いつものように朝起きていつものように支度していつものように自宅を出ていつものように電車に乗っていつものように乗り換えていつものように仕事に行くこんな普通のことが、ちょっと躓いただけで人生初体験をすることになってしまう(大袈裟な言い方だけどね)救急車に乗ることさえも人生で初めて脱臼ぐぎって治されたのも初めてその日のうちに緊急オペも初めて創外固定の名称を噛みしめるのも初めて麻酔覚めたら足の皮膚からスクリューやボルトが出ているのを見るのも初めて(他人のはある)右足を
昨夜からの脚の痛みが引かず、起き上がることはできてもその場から移動ができそうもない💦ということで欠席した息子学校への欠席連絡の際にリモート授業を希望すると伝えているが、1日通してリモート授業はなかったらしい夕方、担任の先生から着信息子の脚の具合を気にかけてくれる感じから入り、「実は・・・」と続くその内容として理科の時間にクラス全員のタブレットを使った授業を行ったそうなのだが、電子黒板にクラス全員分のタブレット画面が表示されている中、欠席していた息子のタブレット画面がゲームで遊んでいる
先週の外来では何も問題がなく、次回は4週間後に来てくださいって言われて、ようやく創外固定部位の脚延長も傷も落ち着いたと思っていたのに・・・さっき息子がお風呂に入る準備をしていた時に「お母さん、なんか一番上(のピン)が動いた気がする💦抜いてもらった(抜釘手術の)時みたいな感じ💦💦」と(;'ω')ナン…ダト!?じんわりと出血もしていたけど、シャワーで流してきたら出血は止まっていたからひとまず安心ε-(´ω`;)ホッだけど、普段は飲んでも変わらないから...と言って服用しない痛み止めを要
3週間前から中断していた息子の左脚の脚延長本日久しぶりに主治医の先生の診察となり、『中断』から『ひとまず終了』ということになった創外固定器は延長している骨(脛骨)がしっかりと出来上がるまでは装着しておかなくてはならないが、あと2ヶ月くらいで外せることになりそうd(˙꒳˙*)脚の長さの左右差も4cmほどになっているってことで先生から「頑張ったね!」と言葉をもらい息子もニンマリ(◜ω◝)昨年の8月半ばからだからほぼ丸々半年ちょいちょいトラブルはあったけどよく頑張ったよね(´ー`*)
4年前の今日は、足に貫通していた『創外固定』を外し、骨をプレートで固定をする『骨折観血的手術』の日でしたコロナ真っ只中で、入院中も手術の時も、勿論面会などなく、ずっと一人ぼっちしか〜しちょうどオリンピックをやっていたので、一日中テレビを見て過ごしてたので、案外楽しかったかも普段、ゆっくりテレビ見れないしね。4年に一度というのも、なんだか当たりな感じ🎯そして4年後の、今日の足。乾燥して、いつの間にか掻きむしってました。赤丸は、創外固定の痕です。映画見た事ないけど、フランケンシュタ
2026.1現在、高校3年生となりました。3ヶ月に1回程度の経過観察も終わりました。現在身長は165cm、もう伸びてないかな。親も小柄なので、こんなものかなという感じです。右足首の繊維化した軟骨を取る手術の時に、成長軟骨に傷が付くかもしれないと心配されましたが、当時から28cm背が伸びたので、問題なかったようです。逆に背が伸びすぎると右足の成長が左足に追いつかず、再手術となる可能性があると言われていましたが、それも無くて済みました。骨延長は、その後の成長を見越して、右を左よ
夏休み明けの2020.9からは、松葉杖も無くなり、走ったり、運動も出来るようになりました。息子は早速サッカーのトレーニングシューズを買いました!息子としては、直ぐにでもサッカーをしたかったのですが、ただでさえも怪我の多いスポーツなので、しばらくは基礎トレのみ。「よりによってサッカーか。。他のスポーツなら出来るけど。。」とK先生も苦笑い。結局、試合形式などの許可が出たのは1年生の終わり頃でした。思えば小学5年の3月以来。2年近くが経っていました。11月には最後のリハビリ。1年半、
2020.5末に新型コロナの自宅待機が明け、中学への登校が始まりました。小学6年の夏休み前以来、1年ぶりに歩いて登校する姿は感慨深いものがありました。中学には小学校からも申し送りがあったようですし、同じ小学校からの進学が多かったので、スムーズに馴染みました。6月には右足に体重を掛けても良くなり、装具も簡素化して、7月には松葉杖無しでも短時間なら歩けるようになりました。手術をした小学6年生の夏は身長が137cmでしたが、1年で10cm伸び、147cmになっていました。中学で
新しい装具は、再生した骨に負担が掛からないようにプロテクターでガッチリとふくらはぎを締め付けないといけないのですが、結構装着が難しくて、長く立っているとズレて足が痛くなることがありました。それでも、イリザロフが外れて消毒が無くなりお風呂に入れるようになったり、普通のズボンが履けるようになって、卒業式にもスーツで参加できました。当時コロナで自宅待機が続いていたので、我が家としてはゆっくりとリハビリ出来ました。骨の再生を促すという超音波治療も行いました。新しい装具、靴底が浮いている
2020年1月には松葉杖でずいぶん歩けるようになり、小学校最後の遠足で遊園地にも行けました。寒いと金属が冷えて骨まで痛むようでしたが、それが吹き飛ぶほど、楽しんで来ていました。そしてようやく、イリザロフを装着して7ヶ月、2020年2月に、ようやくイリザロフを外せることになりました。夏に過ごした同じ病室に再び入院し、2/21、イリザロフを外す手術を受けました。イリザロフを外した後は、串が刺さっていた場所が引き攣れたような傷痕が残りましたが、それでもスッキリと爽快でした。私は
手術翌日から、直ぐにリハビリスタート。イリザロフを付けた体で、ベッドから起き上がり、車椅子に乗って、トイレに行って、ベッドに戻る。イリザロフは重く、3キロくらいあるので、手でよいしょと、足を持ち上げる。これだけでもひと苦労。車椅子の操作、手すりを使って歩く、松葉杖の使い方を練習。足首付近にイリザロフがあることで、足首がダラんと伸びた状態になり易く、関節が固まるのを防止するため、毎日足首をマッサージしたり、特殊な装具を履く。思い通りにならない体。退屈な病室。嫌になってしま
手術1週間後から、骨延長が始まりました。息子は既に右足が左足に比べて2.5cm短く、更に成長する事も見越して、4cm延ばすことにしていました。イリザロフについた6本のシャフトのメモリを表の指示通りに合わせることで、リングの間隔が広がり、切断した骨の間に隙間が出来て、骨を延ばします。息子は変形を矯正する為、毎週レントゲンを撮って、コンピュータで綿密に計算された通りに6本のシャフトのメモリを合わせました。1日1mmが目安でしたが、間を広げると、筋肉や皮膚、神経も引っ張られるので、とて
8月の下旬にはイリザロフが付いた体にも馴染み、一人で車椅子や松葉杖を使って、トイレやお風呂に行けるようになり、ベッドの上では、見ていて痛くないのかな?とこちらが思ってしまうような体制でも平気で過ごすようになりました。私も退院後に備え、イリザロフのメモリ調整や、消毒を自宅で出来るように練習しました。イリザロフの生活で最も大変な事の一つが衛生管理です。ほとんどの患者が一度は感染症を経験すると言われ、8本の金属の串が骨まで貫通しているので、そこから骨まで菌が入り込むと骨髄炎に至る可能性
延長が終了すると痛みも和らいだようでした。一方、消毒やマッサージ、リハビリが、ややおざなりになってしまい、ちゃんと取り組んでくれない子供にイライラすることが多かったように思います。一度はピンの刺入部が赤く腫れ、感染症かと焦りました。病院で飲んだ抗生物質が体質に合わず、リハビリ中に目の周辺が腫れ出して、慌てて処置してもらったこともありました。結果的には努力の甲斐あり、一度も大きな感染症には至りませんでした。また、足首のマッサージをしっかりやらないと関節が固まって足首が曲がらなくなり
8月末の退院後も骨延長は継続しており、自宅で朝晩のメモリ調整、消毒、マッサージが必要でした。また毎週の診察と週2のリハビリがあり、水曜日と土曜日に車で1時間の通院。仕事と家庭と通院で、本当に大変でしたが、私の職場の人達の理解、協力があり、本当に助かりました。そして9月末でようやく骨延長が終了!延ばした骨がしっかりと固まるまで待ちます。(長い道のり…)シャフトが緩まないように、更に固定具が追加されて、ますます重装備になり、宇宙ステーションみたいでした。次の難関が修学旅行でしたが、
1ヶ月の入院生活を終え、8/29にようやく退院。とは言え、イリザロフを付けたままの学校生活は大変でした。学校に予め相談に行き、担任の先生だけでなく、保健の先生、校長先生にも、生活上の注意を共有しました。イリザロフは意外としっかりと固定されているので、転けるなどの少々の衝撃では問題ないようです。一方、学校は病院のように衛生管理されているわけではないので、埃や砂などによる感染が不安でした。見た目もかなりグロテスクなので、周囲の子供達に何か言われないかも心配でした。感染防止と周りの人
2019年7月29日いよいよ手術朝9時に手術室に入り、出てきたのは15時!小さな足に不自然な大きな塊を付けての帰還。グルグル巻きの包帯を翌日取ると、膝下に4本、足首に4本の金属の串が貫通し、4つの大きなリング、6本のメモリ付きシャフトに繋がっていました。足首の内側は7センチほど切開され、ここから繊維化した軟骨を取り除いたとの事でした。手術は成功と言うものの、あまりの痛々しさに絶句しました。手術をする右足に印を付けるK先生術直後の右足には、大きな包帯
改めて6月に全身検査を受けて、手術が可能な事を確認し、治療計画を立てました。6年生の夏休みが始まると直ぐに入院して、7月末に手術、1ヶ月病院でリハビリを受け、日常生活を送れる訓練をする。イリザロフを付けると半年くらいは車椅子、松葉杖生活。退院後も毎週リハビリに通う。冬くらいにイリザロフを外す手術を行う。(実際は、最初の説明より、ずっと大変でしたが。)手術後はとうぶん通常の生活が出来なくなるので、それまでにたくさん遊びました。海に行ったり、バッティングセンターや、公園で遊ん
K先生のいるU病院は、民間の総合病院で、イリザロフ外来が設置されており、院長であるK先生が自ら診察に当たっておられました。K先生は息子の足を見て、「これは、FFCDやな。撮るまでも無いけど、一応撮っとこか」とCTを撮ると、そこには右足首の表面がガサガサとしている様子がはっきり写っていました。FocalFibrocartilaginousDysplasia(FFCD)限局性繊維軟骨異形成症は、骨の表面を覆う軟骨が繊維化して硬くなり、骨の成長を妨げる疾患ということでした。
今は元気に走り回っている子供を見ると、わざと足の骨を切断して矯正する治療が本当に必要なのか、とても悩みました。全国的に有名な大学病院での診断とは言え、原因が不明のままで再発や他の箇所に発生する可能性も分からないと言う先生に任せて良いかも、不安でした。小6運動会所属していた少年サッカーチームは3月末から1ヶ月休んでいましたが、続けることは難しそうで、コーチに状況を説明して、退部すると伝えました。悩む様子を見て、ママ友がプロサッカーチームのチームドクターをしている整形外科の先生のクリニッ