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8月5日が命日・忌日の有名人・著名人824年49歳崩御(?)平城天皇陛下第51代天皇桓武天皇の第1皇子1364年51歳崩御(?)光厳天皇陛下北朝初代天皇持明院統の後伏見天皇の第三皇子1895年満74歳没(喉頭癌)フリードリヒ・エンゲルスさん経済学者1940年75歳没(?)フレデリック・クックさん探検家1962年満36歳没(急性バルビツール中毒)マリリン・モンローさん女優1984年満58歳没(脳溢血)リチャード・バートンさん俳優『聖衣』『ク
今回は、昭和の時代に大人気だったお笑い番組「巨泉・前武ゲバゲバ90分!」についてお話しします。1956年(昭和31年)生まれの私がこども時代に見ていたお笑い番組について記憶をたどっていくと、まず思い出すのは「シャボン玉ホリデー」(Vol,9【テレビ番組「シャボン玉ホリデー】を参照」)です。植木等さんの「お呼びでない・・こらまた失礼しましたッ!」は日本中で大流行しました。「大正テレビ寄席」や「吉本新喜劇」もかかさず見ていて、子供時代の私はかなりのお笑い好きだったんだなと、今になって思います
わたしが過去に買った沢田研二の夜のヒットスタジオ出演VTRのDVDは、1975年の『白い部屋』のジュリーからしか観られないけど、昨日、ボーッとYouTubeを観ていたら貴重な1972年のジュリーが出ている夜ヒット映像を発見しました。〝ayu2018〟という方の動画からお借りしています。いしだあゆみさんのファンの方のようですね。しかしまぁ、いや~~、すごい貴重な映像。後に司会者となる井上順(当時は井上順之)も歌手として出ていますね。そもそも私のような〝頭でっかち昭和歌謡好き〟には、
©️笑点三遊亭好楽師匠笑点三遊亭小遊三笑点春風亭一之輔笑点林家たい平笑点新立川晴の輔51才笑点三遊亭好楽笑点桂宮治大喜利司会春風亭昇太座布団と幸せを運ぶ山田隆夫
前田武彦さん前田武彦(まえだたけひこ)愛称:マエタケ1929年4月3日生まれ、2011年8月5日、満82歳没。東京府東京市芝(現・東京都港区芝)生まれのタレント、放送作家、テレビ司会者。太平洋戦争中は予科練に1年半在隊。戦時中、特攻兵器「蛟龍」の搭乗員となるべく猛訓練を受けた。これについては出演したテレビ番組で「(自分の受けた訓練は)優しさなんか一つも無かった。死んでいく人間に対して棒で殴ったりしていた」「(戦争を)最後までやるのかと思っていたら終わっ
昭和44(1969)年11月9日(日曜)のテレビ欄より本日(3月31日)の放送をもって林家木久扇(元・林家木久蔵)が笑点を卒業。番組中に何度も「55年」という長き歴史が強調されていたが、実際に木久扇こと木久蔵がレギュラーとして笑点メンバーに加わった日のテレビ欄がコレだ。木久蔵のみが新規加入したというよりは、前週までの立川談志司会(座布団運びは毒蝮三太夫こと石井伊吉)時代から内容を一新。司会を前田武彦へと改めて、それまでの雰囲気を一掃して、現在へとつながる新生・笑点がスター
るそんべえです。1970年の第12回レコード大賞を受賞した菅原洋一の「今日でお別れ」。作詞がなかにし礼、作曲が宇井あきらでした。この曲、亡くなった父のお気に入りで、我が家にもシングル盤がありました。この曲、実は1967年に既に発売されていました。しかし、その当時、アンディ・ウィリアムスもカバーしていた「知りたくないの」を菅原洋一もカバーしていて、世間では、菅原洋一といえば、この曲ということで、「今日でお別れ」は、地味な存在だったようです。その後、森岡賢一郎がアレンジをし直したとこ
当ブログに来て頂いている方の中で、「昨日のつづき」というラジオ番組を知っている。あるいは聞いた事があると言う方は、何人おられるだろうか?ラジオ関東(現在RFラジオ日本)は、横浜の独立放送局の為、東京神奈川千葉など関東でも聴く事の出来た地域は少ないと思う。1959年からスタートして1971年頃まで放送されていたが、さすらいが聴き始めたのは中学生の後半から高校時代にかけてだから1960年代の中盤から後半にかけてだったと思う。前田武彦と永六輔の二人で始めた日本初のフリートークのラジ
原題:想い出づくり。製作年:1981年製作国:日本キャスト:森昌子古手川祐子田中裕子柴田恭兵前田武彦坂本スミ子児玉清谷口香佐藤慶佐々木すみ江加藤健一田中美佐子平田満根津甚八話数:14話(BS-TBS)1981年だって~。何してる頃?このドラマが放送されてたのは夏
本当の意味で、命をかけた人。東海村臨界事故の作業員。https://ja.m.wikipedia.org/wiki/東海村JCO臨界事故東海村JCO臨界事故-Wikipediaja.m.wikipedia.org福島第1原発の吉田所長。https://ja.m.wikipedia.org/wiki/吉田昌郎吉田昌郎-Wikipediaja.m.wikipedia.orgこれらの人達は、こういう事故が起こってしまえば、誰かがそれを収めなければなりません。吉田所長と行動を共に
今回は、かなり懐かしいアニメ番組を特集!リアルタイム視聴者は、60歳以上になりましょうか・・・。フジテレビ系にて'65年5月31日から11月4日迄、全23話が毎週月~金曜午後6時7分から6時12分迄という、今では考えられない時間帯に毎日放送されていた"帯アニメ"でした。制作は、今は無きテレビ動画なる組織。岡部一彦原作作品のアニメ化で、後に人気タレントとしても名を馳せた"マエタケ"こと前田武彦さん(故人)らが脚本を手掛けたアニメでもありました。奇抜な手口で獲物を盗む大怪盗・プライド博士(声・
大橋巨泉氏と前田武彦氏が司会を務めたこのバラエティー番組は、正に一世を風靡しました。コント55号以外はコメディアンは出演せず、本格的な俳優や歌手を使った毎回150本ものショートコントを繋いで行く構成で、中にはハナ肇さん演じる「あっ、と驚くタメゴロー」の流行語や、おヒョイと呼ばれた藤村俊二さんらのギャグが面白く、当時の私たちのような小学生にも大人気でした。井上ひさし氏ら42名の放送作家が構成に参加、「ゲバゲバ」のネーミングは、暴力を意味するゲバルトから小林信彦氏が命名しました。小説「オヨヨ島の冒険
たしかに、この番組あったわ。朝のホットライン。
◆何か美味しいもの食べよう◆WEBでラノベ読むとか。たくさんの良かった探しが心を健康にします。●今日の大谷さんはトラウトとアベックホームラン打って勝ちました。今年は何本打てるか楽しみ。●千葉県で約30頭のイルカが海岸に打ち上げられる。5頭が死んでいるのを確認。●「仮面ライダー」4K版BOXのCM公開、藤岡弘、と佐々木剛が掛け合いも。3パターンがあります。4K持ってないと意味が無い。午後から母親を大学病院に連れて行くので軽く、●今日のランチ●セブンイ
ゲバゲバ90分【巨泉×前武ゲバゲバ90分!】巨泉×前武ゲバゲバ90分!のうち25分#巨泉#前武#ゲバゲバ90分は用意できませんでした🥺💦youtube.comホント、オモロかった。でも今見るとドリフとかと一緒で...あまりオモロくなかったりする時代の流れってやつなんすかね〜
昔のテレビ番組で『ゲバゲバ90分』という番組があったのをご存知ですか?それをご存知の方はそこそこのお年とお見受けいたしますが…うつみ宮土理さんとか前田武彦さんやハナ肇さん藤村俊二さんなどが出演されておりました。実に『ナンセンス』な番組でありました。でも、私は大好きでした♪毎週楽しみで楽しみで♪ナンセンスだけどシュールで本当に好きでした。はたしてあのシュールさがあの時代に合っていたのか…それは、わかりませんがもう一度見たいなぁとふと思った次第
アナログ放送時代、欠かさず観てた番組は?▼本日限定!ブログスタンプあなたもスタンプをGETしようあたし的にぃ~アナログ放送時代に欠かさず見てた番組はぁ~・・・・・あんな番組やぁ~こんな番組やぁ~そんな番組やぁ~はたまた、こんな番組もぉ~わかるかな~?わかんねえだろうな~!
あなたのおふくろの味は?▼本日限定!ブログスタンプあなたもスタンプをGETしよう何だろう?正直言ってお料理の上手な人では無かったし、レパートリーを増やそうなんて気もなさそうだった東京に引っ越して、初めてジンギスカンを食べたのは印象に残ってますわざわざ専用の鍋を買ってねだから結構な頻度で食べてましたその頃関西ではまだ羊の肉はメジャーじゃなかったんです最初はちょっとクセがあるなと思ったんですが、結構好きになって食べてました今はジンギスカンの鍋もないし、羊の肉は滅多に食べませんこ
日本テレビ系列「笑点」放送56年周年記念を観て1966年5月15日、立川談志師匠により「笑点」はスタートした。「笑点」は、今日(2022.05.14)で56歳の誕生日を迎えた。記念すべき放送の「円楽師匠」の代演は、「笑点」批判を続けてきた初代司会者談志師匠の直弟子「立川志らく」師匠脳梗塞のためリハビリ中の円楽師匠との思い出を語った志らく師匠円楽師匠には、恩義があるとのことで、代演の話はお断りしなかったと言う、志らく師匠。落語「冬の時代」を陰で支えてくれていたのは、「笑点」だったと言う
角川三人娘(薬師丸ひろ子・原田知世・渡辺典子)のうち渡辺典子のデビュー作。赤川次郎原作のミステリー。学生時代は3人娘の映画を観るという発想は全くなく。もちろん観ていないので今観ると意外に楽しめることに気づく。しかし日本映画の分岐点だった角川映画がアイドル路線に舵を切っていく。時代の流れとはいえ、失ったものは大きいかもしれない。晴れ、ときどき殺人Amazon(アマゾン)216円晴れ、ときどき殺人角川映画THEBEST[Blu-ray]Amazon(アマゾン
昭和41年4月、各界著名人が驚愕と絶賛のコメントを寄せているヤコペッティ映画さらばアフリカ(AFRICAADDIO)の新聞広告。映画の内容はともかく、広告の右上で田中角栄(当時・自民党幹事長)と植木等が顔を並べて「凄い映画だ」と述べていることに驚く。もう、これだけでお腹いっぱいだ。実際に試写などで視聴したかどうかはわからないものの、6年後の内閣総理大臣の感想は「生々しい現実が太陽の光の中で戦列に躍動する。今世紀の物語りとは信じ難い。思わず目を覆う全く凄い映画だ」というもの
◆こんばんよー◆週末恒例の深夜の更新です。今日は4月3日車や子供が多いから運転に気を付けましょう!●昨夜の夕飯も梅干し入りおじやでした●ミニうどんと白菜漬けも。消化に良いものを作ってくれてます、有難いです。さて、今日の誕生日紹介です。簡単にいきます。前田武彦(1929~2011)男性タレント・放送作家・司会者。巧みな話芸で『フリートークの天才』と言われました。戦時中は特攻潜水艦「蛟龍」の訓練兵。1953年の開局間もないNHKの放送作家に。構成作
これ、図書館で借りてザッピング的に読んだ。江分利満家の崩壊Amazon(アマゾン)1,232円崩壊てのは大げさだが、本書ではお母さんが病気で亡くなったことがメインに据えられている。父上の時はこれを書いている。ぼくの父はこうして死んだ―男性自身外伝Amazon(アマゾン)21〜4,400円エブリマン~のなかに、結婚後、母上は23歳で著者を誕生させ、その半年後妊娠、経済的に無理だということで(?)中絶、その後ふたたび中絶。その経験が将来にわたる神経症の発端となった(ら
ゲバゲバ90分のキャストの現在【出演者は今どうしてる?】パート1https://youtu.be/lvs5pug5N7Aゲバゲバ90分のキャストの現在【出演者は今どうしてる?】パート2https://youtu.be/xn6MEv9Js0I
小林信彦が60年代のテレビ界を描いた「テレビの黄金時代」を読んだ。タイトル通りテレビが娯楽の主役になった時代。その時代に活躍した裏方からスターたちまでを番組を追って紹介している。この本が特別なのは、小林信彦が実際にテレビ界と関わりを持っているから。さらに特別なのは、小林の本職は編集者(本当は小説家志望)なので実に客観的にテレビ界の人たちを観察していること。それに小林は映画にも音楽にも造詣が深い。この当時、黎明期のテレビ界はプロパーな人など存在しなくて、ミュージシャン出であったり(これが一番
え~、今年も押し詰まってまいりました。そんな年末にふさわしい賑々しい音楽を、お送りしましょう。今から50年前の1971年に、放送終了したコント番組「ゲバゲバ90分」。毎週火曜日の20時~21時30分の放送で、全編コントやギャグだけの番組で、芸人はほとんどいなくて、有名タレントや俳優、女優が演じていました。番組予算も、通常の1.5倍あったとか。おかげで、音楽も贅沢に製作できたそうで、当時の最先端の機材で、トップクラスのスタジオ・ミュージシャンを使えたそうです。なので、今でも十分鑑賞
発掘した謎の石「ゲバゲバ、ピー!」裏面には"僕がギャグを書いたTv番組"最初はだれだかわからなかったが喰始さんの"喰"やった(^_^;)宝物や★
10月18日月曜日〜その75時過ぎに眠る。7時40分、目が開く。キリンのやわらか天然水、Luna味わいとコクのむヨーグルトで喉を潤す。『フリースタイル30小林信彦さんに会いに行く』037〜040「前田武彦や青島幸男、大橋巨泉、井原高忠、いかりや長介と一緒にバラエティ番組を作ってきた奥山こうしんという放送作家の話」を読む。(写真)H4年、TBSテレビ『アッコにおまかせ!』の夏季レギュラーで全国各地を中継でまわって歌ったのが、奥山こうしん先生の作詞曲「パワーが出て来る音頭だよ!」でした
本日は、探偵小説もものかは、という古今東西の怪奇事件を抉じ開ける、「みつまめケースファイル」。今回は、「マエタケ追放事件」です。テレビ放送開始は1953年2月。往時を知る有名人は今や黒柳徹子さんや中村メイコさんなど少なくなりましたが、昭和を代表する黎明期以来の名司会者といえば、大橋巨泉さんと並んで前田武彦さん(1929~2011)が挙げられましょう。NHKの放送作家から表舞台に転身すると、「ゲバゲバ90分!」、「笑点」、「マエタケ大放送」などなどなど、196