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いつもお付き合いくださり、ありがとうございます。どろどろの悲しくて哀れな豊臣家のはじまりはじまり~~今回の茶々と秀吉の物語はいつもとは全然違う描き方ですね。ねね様と小一郎が、秀吉と茶々を説得するなんて、そんなあ!!!なんと、最初に小一郎が茶々との結婚を勧めているではありませんか。最後にはねね様の前で茶々が「殿下の妻になりとうございます」、と宣言する。あの時代に恋愛結婚で結ばれたねね様にはどうしようもない悲劇です。そんなことより、それまで側室が全くいなかったような
金木犀が香っています。地元では、秋祭り真っただ中。DNAに秋祭りが埋め込まれている地元民のお祭りスイッチを押すのがこの金木犀の香りです。遠く離れた全く平常運転のこの街でも、私のお祭りスイッチはしっかり押されていて、ひとり、ウキウキソワソワ。。あ~~。。帰りたい。よいっとさ~~。先日、ムスコ氏の小学校で貸し出されているタブレットに、読書アプリが入りました。家でも読みたい人は読んでいいそうで、どうやらその中にあったマンガ日本の歴史をムスコ氏、3冊ほ
呼子(よぶこ)を後にして、さらに北へバイクを走らせます。途中の道路標識は「名護屋城」とは表示されません。これは35年前からそうでした。今はカーナビもスマホもありますので、分かれ道でも迷うことはないと思います。画像は、ようやく「名護屋城」に近づいてからの道路標示ですこの橋を渡ったら「名護屋城」です。右側が徳川家康の陣跡と伊達政宗の陣跡、左側が豊臣秀吉の名護屋城です。両者の間に、「海」がありました。掘と同じですね。家康と政宗は秀吉から一定の警戒はされていたようです。ちなみに黒田長政も右
豊臣秀吉が遺した「五大老五奉行」制度は、結局関ヶ原までしか保ちませんでした。よく、前田利家が死んだ(利長に代わった)ことによって徳川家康の専横が強まったと聞きますが、本当なのでしょうか?Gemini(GoogleAI)に聞いてみました。■豊臣秀吉の死後、前田利家が徳川家康を抑えられる唯一の存在だったというのは眉唾です。秀吉あってこその利家だったわけで、利家には家康に対抗する力は無かったのではないですか?「前田利家が健在なら徳川家康を抑えられた」という説には現代の歴史研究でも
食育クイズ:【Vol.1955】「京都府」の「大徳寺、塔頭」おさらいクイズ!「前田利家」の「妻、お松」が創建した「京の四閣」がある「寺院名」とは?↓↓↓↓↓↓問題は下記から↓↓↓↓↓↓∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞北海道大豆100%大豆ミートミンチタイプ200gAmazon(アマゾン)コッチラボ【国産大豆100%】大豆ミートプレミアムソイミンチ粗挽き鶏ミンチ風サラダ・スープに(1㎏)Ama
昨日は何年振りかで荒子観音に詣でた。と言っても本当の目的は荒子観音内にある円空仏を彫る会”木端の会”に、私が円空仏をほっていた頃の資料を寄付しに行ったのだ。何年振りかなぁ?円空仏を彫るのに、この会に入ろうと思って下見に行ったのが、その直後に腰椎の圧迫骨折をやらかして、通うのが困難位なったので諦めて、近くにある会に入会した。もう15年近く前になるな、それ以来のことだ。と言っても会のメンバーの方とは毎年会開催されていた名古屋市にある「円空仏の会”の合同展覧会で何度もお会いしている方も何
兼六園ここが噂の徽軫灯籠ことじとうろう綺麗すぎる空が映る水面霞ヶ池箔一の金箔ソフトクリーム金のソフト金箔ソフトの元祖は箔一なんだって銀箔もあるのか?前田利家あたまに銀箔帽子??金の鯰尾兜きんのなまずおかぶと派手好きらしい金沢城前田家が加賀藩主として約280年間、金沢城を拠点にする加賀藩が発展金沢の文化・工芸・茶道などが栄える
期間:2026/10/06〜10/13天井:300(100&200時に星4と交換可)倍率:2倍初回:半額戦)豪姫:豪気なる賢姫覇)前田利家:笄斬りの剛直覇)羽柴秀吉:立身出世の星武)宇喜多秀家:千軍万馬の構薬)摩阿姫:窈窕の蒲柳戦)宇喜多直家:悪辣の風雲児©コーエーテクモゲームス
本日も以前入手していて撮影したままだった風景印をご紹介します。金沢市の金沢高岡町郵便局のものです。意匠図案説明は重要文化財尾山神社の神門と武家屋敷を描くです。金沢市は…3年前に行ったきりかな。毎年行っていた頃が懐かしい。東京にいると、ついアンテナショップで満足してしまって…ひゃくまんさんにも会えるのでね(笑)せっかくどこにでも行きやすい場所にいるのに、全然遠出していなくて勿体ないですよね…
今晩は🌙歴史人タケ海舟です😋滝川一益の話が長引いていますね(^_^;)天正十一年(1583)正月…事実上の織田家当主となった織田信雄は、安土城に参集した家臣より新年の拝賀を受け㊗️秀吉が主導する体制が本科的にスタートしました🆕面白くないのが、体制から除外される形となった信長と柴田勝家と…清須会議に参加できず、領地配分にも与れなかった滝川一益でした‼️勝家の本国である越前はまだ雪解けを迎えてはいませんでしたが…これ以上、秀吉の専横を許す訳にはいかない‼️と考えていた勝家は、信孝
気づけばもう9月終盤。前にも同じような前置きを書いた気がします。この9月の連休で石川県の金沢へ行ってきました。金沢城周辺では城主だった前田利家と奥さんのまつ、にちなんだポスターが貼られていました。それを見た瞬間、奥さんにこの2枚のカード効果を暗唱したら「こわぁ」って言われましたね。前田利家を詳しく調べてみるとエピソードがたくさんあります。若い頃の利家は派手な服装と長槍で街を歩く「かぶき者」だったそうで、当時の型破りな格好を好んでいた織田信長と気が合うことで親しい関係でした。
トップページ都道府県別索引へ国指定史跡『加越国境城跡群及び道』のひとつ切山城は、北陸自動車道金沢森本ICから小原越を越中方面に4kmほど入った森下川右岸の尾根上にあった。当時の加賀―越中間の街道『小原越』沿いにあり、一部を城内に取り込んでいる。加越国境線上の松根城から5kmほどの近距離にありながら此方は前田利家方、あちらは佐々成政方と睨み合いをしていた城で、天正十二年(1584年)の小牧・長久手の戦いで両者が対立関係になった頃に最前線の城として築かれたか改築されたか、とのこと。翌年に豊臣秀
おはようございます☀️歴史人タケ海舟です😊シルバーウィーク、如何お過ごしてしょうか⁉️瀧川一益のお話の続きです🫲関東の領地を放棄して帰還した一益に対する織田家中の目は厳しく…清須会議によって発足した織田家の新執行部から外されたばかりではなく…領地配分の対象からも除外されてしまいました😭関東の領国を失ったとはいえ、それまでの織田家への貢献度から見ても、一益はこれに変わる新領を賜って然るべきだ❗️という想いからか、四宿老に領地配分のやり直しを求めたのですが…せっかく得た分け前を減じ
先日のNHK「知恵泉」再放送は、「加賀百万石!前田利家の知見」、2代目〜3代目に引き継がれた続編です知恵その1-ブレずにプライドを捨てろ!/前田家2代目の前田利長は、初代が豊臣から徳川に付いて家名を存続させたことを教訓に、2代目として徳川家康が引退した時に、自分も引退し徳川家に恭順の意を示し、70万石から100万石への道筋をつけました知恵その2-「もともとある」の質を変えろ!では、与えられた境遇を最大限に活かす(漆塗りと金)ことによって、戦乱の世から泰平の世になった時代を、加賀藩に付加価値を
こんにちは。ご無沙汰しております。ほぼブログが生存報告みたいになってきましたね。えっと私、生きてます。でもね、先月も超過労働時間100時間を超えてしまったのです。ヤバいですね。労基違反で捕まるかもです、、、まあ、こんな話はここまでにして、、、えっとネタが結構たまってます。この記事は7月のころで、お盆休みにアップしたいと思ってたものです。どうぞ、よろしくお願いします。前田利家・まつ(荒子駅)このブログで何度も取り上げています前田利家さん&おまつさんの像です。豊臣兄弟!でもイ
今晩は🌙歴史人タケ海舟です😊今月に入りブログの更新ペースが落ちてしまっています😅理由としては来週15日締め切りとなっている歴史同人誌の原稿執筆に忙殺されていたのですが◦本日ようやく目処が立った所であります🤖ちなみに執筆のテーマは平安時代末期の藤原摂関家の権力抗争についてですが…何れ機会を見つけてお話したいと思います✊さて、秀吉の織田家簒奪計画のお話ですが…柴田勝家の後室となったお市の方が信長の百日忌法要を京都妙心寺で主催したことにより…その対抗上、秀吉は何らかの措置を講じる必要
羽柴秀吉は世に聞こえた清洲会議では、ライバルの滝川一益を追い落とし、織田家の行く末を決める会議を主導していきます。先輩であった丹羽長秀を取り込んでいき、かつての上司柴田勝家を窓際に追い立てていきます。賤ヶ岳の戦いにつながっていきます。盟友の前田利家も柴田勝家のもとを離れて、豊臣秀吉に味方します
ご訪問頂きまして有り難うございます滋賀解放同盟お弁当の猫きのこのkairuです🐾本日も昨日に引き続き、豊臣兄弟!話題です。ブログをお休みしていた間に、ちょっとびっくりした展開がありましたので、遡ることになりますが、本日はそれについて書きたいと思います。豊臣兄弟!では、織田家をないがしろにする豊臣秀吉を成敗する為に柴田勝家に嫁いだと言う設定のお市の方。勝家は賤ヶ岳の戦いで秀吉に破れ、追い詰められて越前北ノ庄城に戻り、そこで従来の設定では二人戦って自刃すると言うのがパタ
正室巻首36回目永禄四年(1561)五月十三日、信長は木曽川・飛騨川を越えて西美濃に侵攻した。翌十四日、信長は美濃勢と森辺で戦い、百七十人余りを討ち取った。信長は墨俣に砦を築いて留まった。五月二十三日、信長は美濃勢と十四条村で戦った。二十四日朝、信長は墨俣に帰陣した。のち、信長は清洲に帰った。「お濃、帰った」と、信長は言った。表情が冴えなかった。(思うようにいかなかったのか)と、濃姫は思った。「墨俣の砦を引き払って来た」「墨俣を諦めるのですか」「あぁ」信
築城450年らしい安土城跡に行って来ました安土城跡に行くのは二回目。15年くらい前に行ったきり、久しぶり。安土駅に降りると、信長の像駅からかなり歩いて、安土城跡へ到着周りの道が昔よりは整備されてたかな。それでも開発、観光地化されてない印象はあまり変わってない。この山が安土の山。ここに城あったんやななんか入り口近くに綺麗な入場券売り場が出来てました。前は下の方にあったらしい。入山料700円そして、山への階段階段の途中右に伝前田利家邸跡左に伝羽柴秀吉邸跡さらに階
正観さんによると…。(知って楽しむ情報集~人間観察40年の情報いろいろ)●ピポピポ正解自分で自分が大嫌いな人は、ありとあらゆる自分にまつわるものが大嫌いなので、自分の生まれた月の風景が嫌いで、自分の生まれた月に産出される食べ物が嫌いになる。本人は気が付いていなくても、このように言います。超能力のように思えますが、この人は肯定的な人だなと思ったら、「好きな季節はいつですか。頭に浮かべてください」と聞いてみてください。そして、この人の誕生月を言うと、ピポピポ正解ということになるで
この年のゴールデンウイークは何故か出かけませんでした。その気力がなかったのかもしれませんが、訪れようと思った城がこの時なかったのかもしれません。既に3年以上前の事ですから、失念していますね。ただ、GW明けにとんでもない情報が入ってきました。近江安土城で発掘調査を行う為、立入禁止区域ができるとの報が。しかも調査に要する時間は、約20年。安土城の近くを今まで、何度か通過しました。彦根城の帰りなどは、目の前を通り過ぎています。ただ、人が多いだろうし、なにせ『城』というよりは、『織田
大河ドラマ『豊臣兄弟』、ついに柴田勝家が倒れて秀吉が天下人へ駆け上がっていきますね。秀吉と勝家が激突した「賤ヶ岳の合戦」。じつはこの賤ヶ岳、2014年に訪れたことがあって当時の記事がこちらです賤ヶ岳の戦いといえば、佐久間盛政の勇み足や前田利家の裏切りが秀吉勝利の決定打になった、と見る人が多いですよね。大河ドラマってよく「史実と違う!」なんて突っ込まれがちですが、そもそも現代に伝わる戦国史自体、後世の脚色や作り話がかなり混ざっているのも事実。この合戦でも、利家の寝返りは秀吉側
こんばんは😃本日は久しぶりの酒蔵巡り♪こんにちは😃お酒くださいな♪金沢市大樋町のやちや酒造さんに初訪問してきました😄おお〜うまそうなお酒がズラリ🤤お聞きしたところ、やちや酒造さんは1583年創業、前田利家公が加賀藩を治めるために金沢にやってきた際に同じく尾張から御用蔵として加賀藩に移ったそうで、現在は18代目が当主だとか。というわけで、前田家の許可を得て前田利家の名を冠したお酒も販売しています👀シランカッタ、、本日選んだお酒はこちら!加賀鶴香り純米酒ひやおろしです。うっかりしておりました
こんばんは双明です。昨夜からの叩き付けるような雨音に、何度も夜中に目覚めましたが、朝は少し落ち着いていました。今日は道の駅白山さんで目覚めました。朝は特別警報に変わっていたのでホッとしました。こんなに雨が一気に降ると川の氾濫などが起きてしまうだろなと思ってしまいました。午前中は天気が落ち着くまで車中で過ごし、落ち着いてから、山は危険なので金沢駅に行ってみる事にしました。金沢駅です。普段通りに人が行き来していました。^^バスに乗り、東茶屋街と神社参拝に行ってみることにしました。
戦国時代が好きなので、大河ドラマ豊臣兄弟を見ている。秀吉が、柴田勝家を追い詰める。かかれー!秀吉の目から、血が流れる。熱演で目が充血するのは見たことあるが、眼から血を出している役者は初めて見た。一方、推しの大東俊介くん前田利家。史実にはない、柴田勝家との切り合いシーン、いい役もらってんな。最後は初登場、千利休(吉岡君)その存在感、表情だけで、圧倒された
「これまでずっと抑えられてきて話題にとりあげたり自ら話題にすることもなかったけど、金沢は太閤秀吉さんに感謝してる街でありこれからも日本一感謝し続ける街であろうから、そのあたりが少しずつにじみでてくるかもしれない。秀吉さんが褒められるより馬鹿にされる傾向が続いてるが、ちゃんと描かれるようになりそうな予感を感じる。それを経て初めて金沢と名古屋尾張とのつながりが再スタートする。」百万石の石高ということは百万石規模の百姓一揆が起きる可能性があったということ。厳しいとりたてを命じられてたでしょう。
最近は、テレビを持たない、見ないという方が多いようですが、私は、国民的情報源としては、手放せないと思っている昔の部類の人であります。難しい言い方をすると、テレビは、一応、情報源の責任の所在が明らかであることが、唯一の救いだと思っております。どこの放送局が流しているのかにより、こちらも覚悟の上で見ることができる、その魂胆もおよそわかる。テレビ局の方も、何か問題が起きたら検証する。「責任の所在」が明らかだというのは大切です。(責任をとるかどうかは別として。とら
こんばんは!NHK大河ドラマ「豊臣兄弟!」を見ましたか-!戦国時代を「豊臣秀吉」と「豊臣秀長」が兄弟で手を取り合って立身出世して、天下統一事業を成し遂げていくというのが基本的なお話ですね。今日は、20時からのNHKの放映を見たので少し投稿が遅くなりました。前回は、「賤ケ岳の戦い」は「柴田勝家」の与力だった「前田利家」が「勝家」を裏切って「秀吉」に寝返り、最後は「勝家」と「利家」との文字通りの「賤ケ岳の決闘」となり、2人は袂を分かちあいます。その結果、「勝家」は敗走して本拠城である
皆さぁ〜ん、大河ドラマ「豊臣兄弟」見てますかぁ〜秀吉さんと勝家さん、いよいよ激突💥ってことで第32話の感想ぉ!好き勝手に動いてやられる織田信孝に雪国の地でやきもきする柴田勝家。そんな2人より確実に伸びていく羽柴秀吉。信孝さんから三法師ちゃんを取り戻し、地固めは進んでるよね、秀吉さん。今回は秀吉と勝家の間に挟まれた武将、前田利家が注目でした。秀吉が密かに会いにきましたが、秀吉と利家、ドラマ中で描かれているよりも、もっと親密。利家とまつの娘、豪姫を秀吉と寧々に養女に出すくらいですから