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こんにちは。菊10銭のオーストラリアあて書状です。1902年(明治35年)1月23日KOBE⇒2月17日BRISBANE⇒2月19日正午SYDNEY郵便料金は、外信書状15gごとに10銭なので、いわゆる2倍重量便です。今回は、この郵便物の逓送経路を推定しました。〇神戸からBRISBANEまでの逓送経路の推定『海商通報』で日本からオーストラリア行きの汽船の航程を調べると、濠州線の汽船のうち、『八幡丸』が2月17日にBRISBANE、2月19日にSYDNEYに到着
一昨日、セネガルの地図が図案になった切手を紹介しましたが、そのセネガルの領土に囲まれるように位置している細長い国がガンビアということで、下はそのガンビアの地図が図案になった切手です。2009年にガンビアからメソジスト教会自治権獲得(イギリスメソジスト教会からの)を記念して発行された切手です。ガンビアはフランス領であったセネガルに対して、ガンビア川沿いのこの地は英仏の植民地争いの結果、1783年にイギリス領となり1965年に独立します。印面中央やや下部に横に細長く描かれているのがガンビア
昨日、セネガルの切手を紹介して首都のダカールについて言及しましたが、その続きで、下はダカールの鳥瞰図が図案になった切手です。1958年にフランス領西アフリカから発行された切手で、先日紹介したピーナッツが図案の切手と同じ、ダカール建設100年を記念する航空切手6種セットのうちの1種です。切手発行時のダカールはフランス領西アフリカの首都であり、ピーナッツの集散地、輸出拠点、そしてアフリカ大陸最西端という立地で国際的な貿易、海運の拠点でもありました。さらに重要な役割として軍事的な側面があり、
昨日、セネガルとマリが結成したマリ連邦の切手を紹介しましたが、その関連で、下はマリ連邦からすぐに離脱したセネガルの切手です。2000年にセネガルからダカールで開催されたライオンズクラブ複合地区403の年次総会を記念して発行された切手です。複合地区403とは、西アフリカ~中部アフリカの20数か国が所属するライオンズクラブの団体です。図案に黄色で描かれているのがセネガルの地図ですが、アフリカ大陸最西端のヴェルデ岬が大西洋に突き出しており、その南岸に位置するのが首都のダカールです。ヨーロッパ
昨日、フランス領西アフリカの切手を紹介しましたが、その関連で、下はその一部が独立したマリ連邦の切手です。1959年にマリ連邦から連邦結成を記念して発行された切手です。マリ連邦は現在のセネガルとマリに当たる地域で、両地域が連邦を結成して翌1960年に独立を果たしています。独立前年に発行されたこの切手は、スコットカタログではマリの1番切手として扱われています。独立した1960年に早くもこの連邦は破綻し、セネガルが離脱したためセネガルとマリの2国に分かれます。図案には短命に終わったマリ連邦の
先週、西アフリカの国々の農産物を描いた切手をいくつか紹介しましたが、その続きで、下は同じく西アフリカに多いピーナッツが図案の一部になった切手です。1958年にフランス領西アフリカからダカール建設100年を記念して発行された航空切手6種セットのうちの1種です。フランス領西アフリカは、アフリカ西端の地があるセネガルやモーリタニア、マリ、ニジェール、コートジボワールなど(現在8か国)を含む広大な植民地でした。このフランス領西アフリカの首都であったのが、現在のセネガルの首都でもあるダカールです
昨日、ガーナのエリザベス2世の肖像が描かれた切手を紹介しましたが、その続きで、下は同じくエリザベス2世の肖像が描かれたガーナ独立前の英領ゴールドコーストの切手です。1953年に英領ゴールドコーストから発行された切手で、図案にはエリザエス2世の肖像(切手発行当時は在位間もない20代)とともにゴールドコーストの位置を示したアフリカ西部の地図が描かれています。よく見るとゴールドコースト以外には同じくイギリス領のナイジェリア、シエラレオネ、ガンビア、独立国のリベリア、ポルトガル領ギニアが表記さ
連日、西アフリカギニア湾岸の国の動植物が描かれた切手を紹介していますが、その続きで、下はガーナのカカオが図案の一部になっている切手です。1961年にガーナからエリザベス女王(2世)のガーナ訪問を記念して発行された額面、刷色ちがい3種セットのうちの1種です。ガーナは英領ゴールドコーストから1957年に独立を達成しますが、その4年後ということになります。印面右側に若き日のエリザベス2世(切手発行時35歳:在位9年目)の肖像、左側にガーナの位置を赤色で示したアフリカの地図、右下にガーナの国旗
昨日、コートジボワールの独立10周年を記念するコーヒー切手を紹介しましたが、その続きで、下は同じく同国の独立40周年の記念切手です。2000年にコートジボワールから独立40周年を記念して発行された切手で、印面には国旗をデザインした同国の地図、その中央に国の象徴である”象”が描かれています。国名が意味する”象牙海岸”の名称は14世紀にフランス人が象牙の取引を始めたことに由来しており、同国の国章の中央にもシンボルとしての象の頭が大きく描かれています。なお、現在のコートジボワールでは野生の象
使い道がなかなかなくなっちゃった切手。ゆうパックで使うことにした!集荷の方に「切手の足りない分は現金でいいですか?」「だめなんですよー。どちらかなんです。」そうなんだー。足りるかな〜、と、はらはら計算してもらって、足りた、やった!残りの切手は14円分。すごく、得した気分で、片付け達成感です。嬉しい!あれ。国立印刷局製造?大蔵省じゃないの?そもそも、大蔵省が今はない!?そうでした。だって昔は、ほら。ね
一昨日、リベリアのコーヒー農園の切手を紹介しましたが、その続きで、下は同じく西アフリカギニア湾岸の国コートジボワールのコーヒー切手です。1970年にコートジボワールから独立10周年を記念して発行された切手です。コートジボワール(象牙海岸)は旧フランス植民地でフランス領時代からの名称がそのまま国名となり、日本でもこのフランス語の名称を使用しています。日本も当初は英語読みのアイボリーコーストを使用していましたが、1985年に同国から国名のフランス語読みへの統一が各国に要請され、それに日本も
昨日、リベリアのコーヒー農園にシェードツリーのヤシの木が植わった図案の切手を紹介しましたが、その続きで、下は同じくリベリアのヤシの木が図案の一部に描かれた切手です。1952年にリベリアから発行された普通切手の1種ですが、リベリアは独立が1847年と、多くのアフリカの国が第二次大戦後、特に1960年以降の独立国が多い中、それより100年以上も前に独立しています。これはアメリカの影響によるもので、アメリカで奴隷制度廃止運動が進む中1816年にアメリカ植民協会が結成され、解放奴隷の一部をリベ
先日、マレーシアのリベリカ種のコーヒー切手を紹介しましたが、そのリベリカ種の原産地はアフリカのリベリアということで、下はリベリアのコーヒー農園が図案の切手です。1909年にリベリアから発行された公用切手の無目打切手で、同年に発行された普通切手に公用の加刷を入れています。左上の赤い文字がそれで、公用を示すOSのデザイン文字が加刷されています。図案にはコーヒー農園が描かれているのですが、その中にコーヒーの木より高くヤシの木がそびえ立っています。これはシェードツリー(日陰樹)と呼ばれるも
昨日、マレーシアのリベリカ種のコーヒー切手を紹介しましたが、その関連で、下はその栽培地の1つである北ボルネオ(現サバ州)周辺の地図が図案の切手です。1954年に英領北ボルネオ(現サバ州)から発行された切手で、図案の地図にはボルネオ島北部地域が描かれており、北ボルネオ、サラワク、ブルネイの3地域とその境界線が示されています。北ボルネオ(サバ)とサラワクは現在マレーシアの一部(州)ですが、ブルネイは独立国となっています。切手に押されている消印が注目で、丸型印の下部に北ボルネオの表記、
こんにちは。菊2銭のハワイあてはがきです。福岡・田主丸大正2年1月13日⇒MOJI1月13日⇒HONOLULU1月28日官報、ハワイへの移民記録、それから生成AIを使って、この使用例の逓送経路を推定しました。❶福岡・田主丸局引受大正2年1月13日【消印】❷門司局中継1月13日【消印】❸横浜出発(汽船:Mongolia号)1月19日❹HONOLULU到着1月28日❺HONOLULU局到着1月28日午前11時30分【消印】※Mongolia号のH
マレー半島の農産物を描いた切手の紹介が続いていますが、さらにその続きで、下はマレーシアのコーヒーの実が図案になった切手です。1986年にマレーシアから発行された農産品を描いたシリーズ切手7種のうちの1種です。このシリーズは同農産品図案、同額面の切手が各州ごとに発行され、国名とは別に州名も表記され、さらに各州の紋章、スルタンの肖像もそれぞれ描かれています。マレーシアには13の州および連邦直轄領があり、14種発行されたことになります。上の切手はそのうちの連邦直轄領発行分で、印面下部の国名表
昨日、マラヤ連邦の天然ゴムの苗木が描かれた切手を紹介しましたが、その続きで、下は天然ゴム採取の様子が図案になった切手です。1957年にマラヤ連邦から発行された普通切手の1種で、ゴム農園で天然ゴムの木から樹液を採取している風景が描かれています。ゴムの木は植付けてから5~6年で樹液の採取を始め、多年生のためその後は毎年採取が可能になります。採取方法は、木の幹の表面にナイフで斜め(らせん状)に切り目を入れて溝を作るとゴムの樹液(ラテックス)が出てきます。これを切り口の下に設置した受け皿に集め
昨日、マレー半島ケダ州の米が描かれた切手を紹介しましたが、その関連で、下はマレー半島に生産の多い天然ゴムの苗木が図案の切手です。1960年にマラヤ連邦から天然ゴム研究会議を記念して発行さてた切手で、マレー半島の地図を背景に天然ゴムの苗木が描かれた図案になっています。マレー半島における天然ゴムの栽培はイギリス領時代の19世紀後半に始まります。原産地のブラジルからイギリス人が種子の持ち出しに成功し、イギリスへ持ち帰って植物園で発芽させた苗木をマレー半島に移植して栽培化を成し遂げ、その数を増
米を描いた切手の紹介が続いていますが、もう1枚ということで、下は稲束が図案になった切手です。1922年にマレー半島のケダ(クダ)州から発行された切手の1種で、稲の束が切手印面に大きく描かれた図案になっています。18世紀のマレー半島は王国が分立する状態でしたが、イギリスが進出して保護領となります。各王国はその中の州という形態をとり、郵政も独立して各州が独自の切手を発行していました。第二次大戦中に日本が占領していわゆる南方占領地マライ切手が登場するまで、その発行は続きます。ケダ州はマ
一昨日は、セイロンの米が描かれた切手を紹介しましたが、その続きで、下はセイロンの切手と同様、国際米穀年を記念した日本の切手です。1966年に日本から国際米穀年を記念して発行された切手です。セイロンの切手にはFAOのロゴが小さく描かれていましたが、この日本の切手の図案は国際米穀年のロゴマークそのものがデザインされています。束ねた稲穂と米粒がデザイン化され、円形に文字列が表記されていますが、上部半円に”国際米穀年1966”、下部半円に”飢餓からの解放”という英語の表記です。印面下
昨日、セイロン島の地図が描かれた切手を紹介しましたが、その続きで、下はセイロン島の地図を背景にした米が図案の切手です。1966年にセイロン(現スリランカ)から国際米穀年を記念して発行された切手で、セイロン島の形が非常に分かりやすい地図を背景に黄金に実った稲穂が描かれています。1966年の国際米穀年はFAO(国連食糧農業機関)が設定した国際記念年で、アジアの国を中心に世界の主食作物である米の重要性や生産を高めることを目的としたものです。印面左上にはFAOのロゴマークが描かれて
昨日、リプトン紅茶のポスタースタンプを紹介しましたが、その関連で、下は茶園の分布に関係するセイロン島の地図が図案になった切手です。1991年にスリランカからスリランカ測量局設立190周年を記念して発行された切手で、実際にはイギリス植民地時代の1800年に設立され1990年が190周年となり、その数字が印面中央部に表記されています。印面左側と右側に2つの地図が描かれていますが、左側は設立時の測量によって製作された地形図で、左下には当時の測量方法である平板測量の測量版も描かれています。右側
昨日、セイロンの茶摘みの様子を描いた切手を紹介しましたが、その関連で、下はリプトン紅茶が発行したポスタースタンプです。イギリスで多くの紅茶会社が誕生する中、1890年にセイロン島での茶園経営を始めたのがトーマス・リプトンです。「茶園から直接ティーポットへ」のスローガンで産地直送の紅茶をイギリスで販売します。製茶工程の機械化などのコストカットにより安価な紅茶を提供して、紅茶の大衆化に大きく貢献します。そのリプトン紅茶が20世紀初頭に広告、宣伝用のために発行したのが切手と同じようなデ
昨日、インドの茶摘みの様子が描かれた切手を紹介しましたが、その続きで、下は同じく紅茶産地として知られるセイロン(現スリランカ)の茶摘みが図案の切手です。1935年に英領セイロンから発行された切手で、昨日のインド切手と同様に、籠を背負った女性が茶摘みをしている様子が描かれています。セイロン島での茶の栽培は、インドのアッサム種を導入した1867年に始まり、以後セイロンティーとしてインドとともにイギリスの紅茶文化を支えてきました。消印のヌワラエリヤ(NUWARAELIYA)は地名がそ
昨日、インドのコーヒーの切手を紹介しましたが、やはりインドは紅茶のイメージが強いということで、下はインドの茶摘み風景が図案になった切手です。1965年にインドから発行された普通切手の1種で、茶園で女性が籠を背負って茶摘みをする典型的な茶摘みの様子が描かれています。イギリス植民地時代の1850年頃にアッサムで本格的な茶の栽培が始まりますが、このアッサム地方はインド最北東部、ヒマラヤ山脈に夏のモンスーンが吹いてきて山麓斜面に多くの降水量をもたらすことにより世界的多雨地になっている地域です。
一昨日、インド南部のコーチンの鳥瞰図が描かれた切手を紹介しましたが、その関連で、下はインド南部で栽培が多いコーヒーの実が図案の切手です。1968年にインドから発行された普通切手の1種で、コーヒーの実を付けた木の枝が描かれています。インドと言えばアッサムなど紅茶の生産が多い国として知られますが、実はコーヒーの生産も多いのです。インドにおけるコーヒーの歴史は古く、1670年頃にイスラムの巡礼者がイエメンのモカからコーヒーの種を持ち出してインド南部で栽培を始めた後、1840年頃にイギリスが大
昨日の記事で、ヴァスコ・ダ・ガマのインド航路開拓が、その後のポルトガルの香料貿易独占につながったことを紹介しましたが、その続きで、下はその香料貿易の拠点の一つであったコーチンが図案になった切手です。1956年にポルトガル領インドからポルトガル人入植450年を記念して発行されたセット切手の1種で、17世紀に製作されたインド南西岸の港湾都市コーチン(コーチ)を描いた鳥瞰図が図案になっています。印面をよく見ると、城壁が築かれており、その内側に行政官の建物、商館や教会が立ち並ぶ貿易都市としての
昨日、ヴァスコ・ダ・ガマによるインド航路開拓の航海ルートを示した地図が描かれた切手を紹介しましたが、その続きで、下はそのインドのカリカット到着が図案になった切手です。1914年にポルトガル領インドから発行された加刷切手で、台切手は1898年にインド航路発見400年を記念して、ポルトガル及びポルトガル領地域から共同発行されたセット切手の1種です。額面の改値に加えてREPUBLICAの文字が加刷されていますが、これは1910年に本国のポルトガルが革命により共和国になったことに伴うもので
昨日、ヴァスコ・ダ・ガマがインド航路開拓を達成した旗艦サン・ガブリエル号が描かれた切手を紹介しましたが、その続きで、下はその航路のルートが図案になった切手です。1993年にシスカイから発行された探検家・航海者シリーズのセット切手の1種で、ヴァスコ・ダ・ガマの肖像、サン・ガブリエル号とともに、リスボンからカリカットまでの航路を示した地図が描かれています。シスカイはかつて南アフリカ共和国内に、人種隔離政策アパルトヘイトに伴い、バンツー系黒人各民族のホームランドとして南アフリカ共和国の都合に
昨日、ポルトガル領ニヤサ会社発行のヴァスコ・ダ・ガマの肖像が描かれた切手を紹介しましたが、その続きで、下は同じくニヤサ会社から発行されたヴァスコ・ダ・ガマの旗艦サン・ガブリエル号が図案の切手です。昨日の切手と同様、1921年にポルトガル領ニヤサ会社から発行された切手の1種で、ヴァスコ・ダ・ガマのインド航路開拓の航海で旗艦となったサン・ガブリエル号が印面中央の大きく描かれています。このサン・ガブリエル号は、ヴァスコ・ダ・ガマが航海に出発する5年前にアメリカ大陸を発見したコロンブスの航海の