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おはようございます昨日の病院は急きょどんぐりさんが付き添ってくれました前回の受診から1か月の間に新たな症状は出ていないか進行せず抑制されているか今現在の不調追加された処方薬の効果等々…いつも通りの診察が進んで行きました2月末から止まらなくなった四六時中続く発作的な咳・・・ケフケフケフコンコンコンコンブフォ!コンコンココン…ハァハァ…ゴフッガフッ↑起きている間止まる事なく・・・苦しい…球麻痺で上手く話せないところへ更に声を出せない発作的な咳
ベトナムに住むドクさんの半生ドキュメント映画。ドクさんの家族を含めての日常が淡々と描かれています。が、戦争がもたらした被害者としての誕生から波瀾万丈な彼の人生が始まっています。彼の母親は枯葉剤の影響のある水を飲んでいたそうです。彼は兄のベトちゃんと結合双生児として生まれました。下半身がつながっている奇形の状態でした。枯葉剤は彼が生まれる20年も前に撒かれたものでしたが、その影響、被害は出るとは恐ろしいものです。彼は医療と生活介護のサポートを受けて幼少期を過ごしたそうです。7歳の時に分離手術
https://x.com/historyinmemes/status/1719179002563178606?s=201940年代、結合双生児のマーガレット・ギブは、妹のメアリーが観察したように、ボーイフレンドからキスを受けました。1966年、マーガレットが膀胱がんを発症し、翌年にかけて肺に転移したことが明らかになった。健康上の問題にもかかわらず、双子は手術による分離を断固として拒否した。1967年8月29日、マ
あれは今から30年程前だったでしょうか・・・当時この2人の姿をニュースで見た時、私は少なからず衝撃を受けました。それは頭部や上半身は別々なのに下半身がつながった、いわゆる結合双生児のベトちゃん・ドクちゃん彼等は、ちょうど私が社会人になった1981年にベトナムのコントゥム省で生まれました。そこは、ベトナム戦争時にアメリカがベトコンのゲリラ活動に手を焼き、彼らの隠れ場となっていた森林を枯死され、彼らの食糧基盤となっている農地の破壊を目的として約10年間にわたりダイオキシンを大量に含
最近、不法行為が問題になっているビッグモーターが、道路から店がよく見えるようにしようとしたのか、店舗前の街路樹に除草剤を勝手に撒いて枯らしてしまったというニュースがありました。それを読んだ時、「除草剤」という言葉からすぐに頭に浮かんだのが、いつも小川が読むある方のブログに書かれていたベトナム戦争でアメリカ軍が使用した「枯葉剤」と、その有毒物質を摂取したお母さんから生まれたベトちゃんドクちゃんという双子の障害児のことでした。下半身が共有されつながった状態で生まれたベトちゃん
ベトナムで、枯れ葉剤が地中に撒かれ、奇形児が多く生まれた。その中でも、結合双生児のベトちゃん、ドクちゃんの姿が、日本でも、テレビや週刊誌等で報道されたり新聞にも、大きく掲載したこの時の衝撃が大きくて、新聞を切り抜き、ノートに貼り付け、時々見ては、今頃、どうしているのだろう…❓と、思ったりもしていた。すると、テレビで、ドクちゃんの姿が…忘れかけてた記憶が、戻って来た…手術が、成功したのは知っているが、ベトちゃんだけは、容体が良くない。
どうも~どうも~ヽ(。・ω・。)こんにちはー!!(о´I`)y━~~~.oO(コンヌヅワ★)スッカリ夏が来てる感じがする今日この頃・・・。皆さんはいかがお過ごしでしょうか?えぇ、この記事も5日遅れでアップで・・・、出来るだけ2記事ずつ書いて日にち追いつきたい所だったりするんですけど、やる作業もガッツリ溜まってたりするもんで作業したらもうね・・・、追いつけるのはいつになるやら?それはさておき本題です(じゃあ、とりあえず本日もこの方の登場で、
歴史の聞き書きベトちゃん・ドクちゃん看護秘話(はしがき)私たちにとって一番馴染み深いベトナム人は、ベトちゃんドクちゃんではないだろうか。ベトナム戦争中に米軍が散布した枯れ葉剤の影響で結合双生児として生まれた二人は、枯れ葉剤被害のシンボルとなり、日本からは様々な支援の手が差し伸べられた。チュウ・マイン・コア(越独友好病院・教授兼集中治療室室長)さんは、こう話した。「こういう子がわが国で生まれたということは、ベトナム民族としての大きな精神的災害だったと思っています。それまでのベトナ
「筋萎縮性側索硬化症」通称ALSは、社会に恐れられている病気の1つかも知れない。なぜなら、少しずつ体が動かなくなるし。喋れなくなるし。食べれなくなるし。息が出来なくなるから。簡単に書いたが、僕の場合、まさにこの順序だった。これを絶望と考える人もいる。確かにそうかも知れない。しかし考え方次第で、自分らしい生活は出来る。また、人生を楽しむ事も出来る。絶望から抜け出す方法もある。そんな馬鹿な!体が動かなくなるし。喋れなくなるし。食べれなくなるし。息が出来なくなるのは絶望だと思うけど
10月4日の誕生日の花は、ワレモコウです。花言葉は、「変化」「愛慕」です。ダウ+765.38ナスダック+239.816(終値先週末比)1957年インドのネルー首相初来日1957年ソ連人工衛星打ち上げ(スプートニク1号)1988年双子のべトちゃんドクちゃん分離手術1994年北海道東方沖地震
BBCNEWSJAPANより頭でつながった双子の分離手術に成功、VR技術で手術に備えるブラジル画像提供,PAMEDIA画像説明,分離手術を終えたベルナルド・リマ君とアルトゥール・リマ君ブラジル・リオデジャネイロでこのほど、頭部がつながった状態で生まれた双子の分離手術がイギリスの病院の指導のもと行われた。バーチャル・リアリティー(VR、仮想現実)の助けを借りて、手術は無事成功した。手術を受けたのは、3歳のベルナルド・リマ君とアルトゥール・リマ君。英ロンドンのグレイト・オーモン
『1%の可能性があるなら99%信じろ。』この言葉すごくないですか?なんて、力の湧きあがる言葉かと。可能性は無限大です。底上げですよ。自分の。こちらのニュースであったフレーズです。頭部でつながった3歳の結合双生児、27時間の分離手術が成功ブラジル↓頭部でつながった3歳の結合双生児、27時間の分離手術が成功ブラジル(ロイター)-Yahoo!ニュースブラジルで、頭部でつながった3歳の結合双生児の27時間にわたる分離手術が成功した。脳の一部や静脈などを共有しており、医師は数カ
頭でつながった双子の分離手術に成功、VR技術で手術に備えるブラジル頭でつながった双子の分離手術に成功、VR技術で手術に備えるブラジル-BBCニュースブラジル・リオデジャネイロでこのほど、頭部がつながった状態で生まれた双子の分離手術がイギリスの病院の指導のもと行われた。バーチャル・リアリティ(VR、仮想現実)の助けを借りて、手術は無事成功した。www.bbc.com
時々、食べると美味しい、モスバーガー。今回は、妻が「白いモスバーガー」を勝ってきた。いいね。もちろん、このままじゃ食べられないので、PA兼ヘルパーさんがキザミ食にしてくれた。そして出来上がりが、これ。刻んでも美味しそう。スープは、パンプキンスープ。ほかは、バナナ。いつもの茶碗蒸し。普通に美味しかった。ペロリと完食した。茶碗蒸しは、喉に残った物を食道に運んでくれるので、毎食出てくる。ALS生活30年になります。皆さんからゲンゾウさんと呼ばれています。★ブログの、10倍
■ALSの進行が止まったと聞きましたが、本当ですか?どんな治療をしましたか?と、直球で聞かれました。★ALSって、不思議ですね!どうしてかというと、ALSは進行性の病とされていますが、僕のALSは発症14年目頃に進行が止まったからです。そして、発症22年目の頃から、機能が部分的に回復したからです。もちろん、発症から14年間は進行し続けていました。ところが、発症14年目の頃から進行が停止したのです。そして、発症22年目の頃から、自発呼吸が楽になり、元々の笑顔が戻ってきたので
■進行性の病気で、今後を考えると一番の気がかりは何ですか?生活はどうなっていくとご自身は思われていますか?★はい、一般的には、ALSは進行性の病気として広く知られていますが、最新の研究で、ALSでは病状の進行停止や改善が起こりうる!ことが明らかになったのです。実は、僕のALSは2008年ごろから進行停止しています。僕以外にも進行停止している人はたぶんおられると思います。よって、今後も僕の生活は変わらないと思います。いや、変わりません。皆さんからゲンゾウさんと呼ばれています。ALS生
今もALSを発症する方が後を絶ちません。国内だけでも、毎月100人以上が発症されています。それで、よく発症して間もない方やご家族の方からメッセージが届きます。その度に僕は「ALSは乗り越えられる病なので乗り越えて欲しいです」みたいな事を書きます。でも、はたして、どこまで思いが伝わったのだろうか?と考えます。ALSは、謎が多い病気。最初に現れる症状も人それぞれで、進行具合も様々で謎です。また、発症年齢も性別もそれぞれ違います。加えて持病の有無や、生活環境と経済状態と「ALSという
今日の明け方、PAのNさんが、暗闇の中、僕の喉元でゴソゴソしていたので目が覚めた。目が覚めて、すぐ思った。あれ?カフから空気が漏れていたのかなぁ?全く気がつかなかった!ありがとう!!って。カフの空気が減って、人工呼吸器から送られた空気が漏れ出すと、ブーッと音がする。それでNさんが、カフに空気を入れるために細い管をゴソゴソしながら探していたって訳。でも、そーっと空気を追加していたので、僕は、気づかないふりをして寝ていた。しかし、急にオシッコがしたくなった。我慢しようかなぁ。い
最近、PA兼ヘルパーさん達が、僕が健康・元気で生活出来るように食事の改善を始めています。感謝です。そして、とても有り難いです。そんな中、日曜日は僕の好物が出て来ます(写真)。帆立の刺し身、マグロのづけ、ナスと挽肉の煮物、とうもろこしご飯、サラスパ、ズッキーニのスープ、トマトスープ、バナナ、トレィに乗らなかった茶碗蒸し、左端は、お汁粉(^O^)。さすがに完食はできませんでしたが、美味しかったです。みんなに感謝の言葉を伝えました。皆さんからゲンゾウさんと呼ばれています。
質問がありました。■中野さんと家族の方は、ALSという病気をどのように受容されてこられたか。息子さんや娘さんには、病気をどのように伝えたのか。と聞かれました。★ALSの受容は難しいと思います。僕は、よく受容していると思われていますが、違うのです。ALSを完結させたのです。言い方を変えると、完全に諦めきったのです。では、いつ諦めたのか、と言うと、ALS確定診断された半年後に諦めました。当時、このまま諦めないで、ALSを何とかしようとしたり、治療法が見つかるまで待とうと考えたら、僕も家
質問をいただきました。最初の身体の変調はどういうものでしたか?★足の突っ張りと言うか、足が地面から離れづらくなり、あれ?どうしたのだろう、と思ったのが最初でした。ALSと診断された時の思いを聞かせてください。その時のご家族の反応はどうでしたか?その後、気持ちはどう変化しましたか?★体の異変を感じてからは図書館へ行って、医学書を読んで自分で調べたり、佐賀大学病院のほかに、当時、家族にも会社のみんなにも内緒で福岡県の2カ所の病院で診てもらって、ほぼALSだと思っていました。当
10年前の日記を読みながら、改めて会社のスタッフと周りの人達の有り難さを再認識しました。その日記とは、以下の日記。昨日、妻が京都から元気に帰ってきた。妻が5日間も家を空けたのは、僕がALSを発病して初めてじゃないかなッ?妻が留守の間の泊まりは、PA兼ヘルパーのNさんと、KYさんが交代で頑張ってくれた。また、朝と夜は、看護師さん達も交代で頑張ってくれた。おかげで普通の日常と変わらず、穏やかに過ごす事が出来た。これも、みんなのおかげだね。おかげで、体調も凄く良い!ありがたい。ありが
先輩から懐かしい写真を送ってもらった。これはALS確定診断された、13日後の写真。全員、水泳部の先輩達。僕は、すでに歩くことが出来なくなっていて、車椅子に乗っている。しかし、いまこの写真を見ても、もう覚悟が固まった顔をしている。この頃から、ALSに関する情報を全てシャットアウトした。なぜか。秘密です。そして、これから12年間、ほかのALS患者とも交流はしていません。なぜか。秘密です。もちろん、ALSに関する情報を全てシャットアウトしていました。迷いがなかったのです。懐か
ALS治りました。嘘でーす(^-^)先日、息子が「お父さん立ってるよ」と言って、ニコニコ笑いながらこの写真を持ってきました。本当だッ(^-^)普通に立ってる僕です(^O^)こんな時もありましたね(^_-)信じられないかも知れませが、この頃、家族も僕自身も、会社も、こんなにうまくいっていいのだろうかと思うくらい、暮らしの中で幸せを実感していました。この後、ALSを発症して手足が動かなくなりましたし、話すことも出来なくなりました。そして人工呼吸器をつけました。しかし現在は、全
いつも、看護学部の学生が我が家に来た場合、ケアや食べ方などを見せたり、体験してもらう事が多く、それはそれで学びがあると高評価をもらっていた。しかし今回は、午後からの訪問だったので、いつもと違うことを試してみた。いつもは、動けないALS患者でも、喋れなくても、人工呼吸器をつけても、不自由なく生活している様子を見せて、社会が印象づけているネガティブなイメージを払拭していました。が、今回は、学生の知りたいことに答えることにした。加えて、今の生活に辿り着く考え方を紹介した。つまり、肝を伝えた。
今日の昼過ぎ、ニヤニヤしながらPAのNさんが僕の部屋に入ってきた。そして、玄三さん、メニュー変更しました。お好み焼きは、Mちゃんが作ります。それと、ビーフシチューです。ビーフシチューは、誰が作ったと思います?だれ?セブンイレブン。(^_-)ヒッヒヒヒッ。日曜日だから(^O^)って。いいさ♪それで、これがお好み焼きとビーフシチュー。ビーフシチューは、濃厚で普通に美味しかったー。皆さんからゲンゾウさんと呼ばれています。ALS生活約30年をしなやかに生きています。
高級な馬刺しと黒毛和牛をALS患者さんから頂きました。馬刺しは、素人にやってもらうには高級すぎるので、プロの料理人に我が家のキッチンで盛り付けてもらいました。僕の刻み食馬刺し、美味しいですねぇ!絶品でした!みんな「こんな上等の馬刺し初めて食べた」と大喜びしていました。とても高価な品をご馳走様でした!!黒毛和牛は地元で有名でスタッフも「あっ、森山だ」と感激していました。黒毛和牛は玄三さんが食べてくださいと言われて、サッと焼いてもらって食べました。旨いですねぇ最高でした。
ALSを発症されたご家族の方が僕達の暮らしを見に来られました。僕達の生活の様子や空気感が伝わってよかったです。皆さんからゲンゾウさんと呼ばれています。ALS生活約30年をしなやかに生きています。★ブログの、10倍以上の内容が詰まっている電子書籍を販売中です。ALSでも、不自由なく、誰も犠牲にならず、本人も周りも自分らしく、笑顔で暮らしたいなら、考え方とプロセスを間違わないことです!なぜかというと、考え方とプロセスを間違うと辛い病気になるからです!ALSが辛
約2年半訪問者をお断りしていましたが状況をみて訪問されていますこの前は入院中の患者さんを在宅に戻すために、何が必要か?と、ケアマネさんが来られたので、全て伝えました。ちなみに病院ではどんな人でも人工呼吸器をつけたら在宅は無理。看護師さん達がいても在宅は無理。という考えらしいです。それで僕達夫婦に聞きに来られたのです。これは別の賑やか訪問者達です。皆さんからゲンゾウさんと呼ばれています。ALS生活約30年をしなやかに生きています。★ブ