ブログ記事28件
退院当日(死産翌日)、死産届の提出と火葬場の予約を旦那にしてもらいました。(葬儀屋さんを利用しなかったので、火葬場の予約や遺体のドライアイスの用意を自力でしなければなりませんでした。)『赤ちゃんの火葬の場合、朝一番の炉が温まっていない時の方がお骨が残りやすい』とネットでよく見かけましたが、住んでいる市の火葬場に事前に問い合わせたら「いつ焼いても変わりません。お骨が残るよう努力しますが、必ず残せるとは言えません」と言われました少しでもお骨が残ればと一応朝一番で予約しました。火葬の日
退院翌日は旦那出勤。実家の両親に来てもらって、食事の用意やポンスケのお守り、家事を手伝ってもらいました。午後から私、ポンスケ、両親の4人でデパートへ。棺に入れる用の生花旦那の職場で「妻の通院・入院で休みを頂き、ご迷惑おかけしました」と旦那に配ってもらう用のプチギフト(焼き菓子)ポコに帽子とケープを編んであげようと、ベビー用の毛糸この日は私の誕生日だったのでケーキを購入。ケーキは母が買ってくれました長時間歩くとフラフラしたので、度々ベンチに座って休憩しながらも、なんとか買い物
手術翌日の起き抜けまでは元気だったのに、だんだん貧血の影響で起き上がっているのが辛くなり…5時過ぎには寝るのを諦めて起床。リクライニングベッドで上半身を最大限起き上がらせ、ポコに身につけてもらうミサンガを編んで過ごしました。私とお揃いの物を編んでありましたが、予想以上にポコの足首が細く、編み直しトイレも手術当日は余裕で行けたのに、翌日はトイレの後ベッドで横にならないと辛い…ウェブ調べでは人の血液量は体重の8%だそう。私の体重なら約3.5L。それが1L以上突然なくなったので、むしろ手
すでに記憶が曖昧なところがありますが、自分自身の記録のためにもなるべく詳細にレポートします。私の出血の様子、100gに満たない赤ちゃんの姿、赤ちゃんが亡くなる描写がありますので、苦手な方はご注意下さい。9時頃朝ご飯後、助産師さんが手術着を持ってこられました。着替えて病室で待機。9時半頃処置室にて前日入れたラミナリアを抜き、陣痛促進剤(膣錠)を入れてもらいました。この日は分娩が立て込んでいて陣痛室の空きがないらしく、いきなり分娩室へ。分娩、手術、産後の経過観察後病室に戻るまで、ほぼ
昨日も前処置の日でした。「進み具合によっては陣痛促進剤を入れるかも」と先生から言われましたが、そこまで至らず。旦那が出勤の日だったので良かったです。1日目の前処置は主治医がして下さいましたが、2日目は1度だけ会ったことがある若手の先生。処置室で準備をしている時にカーテンを開けて「今日担当する◯◯です」と顔を覗かせて下さったのですが…私はちょうどパジャマのズボンを脱いでパンイチ状態ドタバタラブコメテキテンカイすぐ「すみません」と顔を引っ込められました。これからパ
とうとう入院日を迎えました。新年早々インフル旦那は4日には熱が下がったので、病院に付き添ってもらいました。病院に着くまで実感がなく、着いてからはただひたすら憂鬱で…旦那が入院(13時)から16時頃まで付き添ってくれましたが、私が「憂鬱」って言うのを30回くらい聞いたと思います病室は個室と聞いていましたが、『個室同意書』の説明がなかったので、差額ベッド代は要らないのかと思っていました。入院手続き中に「個室同意書のことは聞かれましたか?」と言う話になり、確認を取ってもらったら、同意
セカンドオピニオンの翌日、かかりつけの大学病院へ。採血、採尿、体重・血圧測定をし、セカンドオピニオンの先生からの手紙を受付の方に渡しました。しばらーーく待つと受付から呼ばれて、この日の血液検査の結果と開封済の手紙が挟まれたファイルを渡され、産科の入院フロアへ移動。移動中検査結果を見ると、hCG71万mIU/ml…絶望的ちなみに、hCGの推移は11w4d46万mIU/ml11w6d46万mIU/ml12w5d55万mIU/ml14w0d71万mIU/ml10万超
『誰も起きてない4時、5時台に目が覚めたら、ポコのことを想ってしくしく泣く』という日課が旦那に見つかってしまいました。背中をさすってくれましたが、なんだか恥ずかしかったですさて、セカンドオピニオン当日。ポンスケと義実家に泊まっていた旦那が迎えに来てくれ、出発。ポンスケは「おかあさんは?」なんて全く言わず、普段通りしっかり食べ、よく寝たとのことでした。車で約2時間。お互いの意思を再確認したり、先生に何を聞くか考えたり、冗談を言い合ったり…普段、朝はお弁当を作って送り出し、夜は帰
今回は実家の母を家に招き(父は不在)、一緒に昼ご飯を食べた後ポンスケを母に託し、旦那と病院へ。3回目ともなれば慣れたもので、最短距離で採血へ。(2回目は1回目に通った道を使い遠回りした)採血、採尿、体重・血圧測定後、産婦人科の近くのテレビがある待合に座り、飲み物を買って飲みながら待ちました。そこでお節料理を作る料理番組を観て「美味しそうだなー。これ観てたら…気持ち悪くなってきた」(「お腹空いてきた」にならないのが食べつわりあるある)なんて言ってみたり…旦那「仕事なんとかして休
いつも使っているリュックに、母子手帳をもらった時一緒に頂いたマタニティマークを付けていましたが、先日外しました。体調はまだ優れませんが、買い物中などに知り合いに会って「あら、おめでた?」みたいな話題になると、どうしたらいいか分からないので…さて、ポンスケを預かってもらうこともあり、胎児共存胞状奇胎のことは両家に伝え済です。義実家には最初に産婦人科で指摘された日に家に来てもらっていたので、その日に「胎盤に異常があるかもしれない」と伝え、翌日の大学病院受診後に結果を伝えました。実家に
2回目の受診の翌日、総合病院への受診となりました。夫はさすがに休みを取れず、私自身も休みではなかったため夜勤前に受診しました。何を隠そう、この総合病院は自分の職場です産婦人科にかかるのは初めてで、ほとんど関わることもありませんでした。常勤の女医さんがおそらく4~5人、定年過ぎのおじいちゃん先生が1人だったと思います。後から知りましたが私が通っていたY先生も、週に1度来ているようでした。私はW先生に診てもらうことになりました。W先生は優しい声で「はじめまして、担当するWです。よろ
総合病院への紹介状を待つ間、鬼のようにGoogle検索をしていました。共存奇胎ってなに?胞状奇胎なら赤ちゃんを諦めなきゃいけないんじゃないの?少しすると看護師が来て、声をかけてくれました。看護師「これはお母さんのせいじゃないからね。自分を責めたりしないようにね」私「…はい」優しい言葉ですが、出来れば前回の時に聞きたかった(まぁ前回は診断がついていなかったので声のかけようがなかったかもしれませんが)今回は夫がいてくれたし、何より心拍を確認出来たことが心の支えになっていました。
こんにちは先日、出産から1年たったので頭部、胸部、腹部の造影CTと血液検査を受けてきました。結果は問題なく、順調とのことで仮許可だった妊娠の許可が正式に出ました。といっても、前回の検査で「もう大丈夫でしょう」と言われていたので、正式に二人目に向けて不妊治療を再開しました。一人目の妊娠で共存奇胎となり、出産・育児と沢山のトラブルがあったので、二人目をどうするかずっと悩んでいました息子を見ていると、やはり兄弟がいたらいいのになぁ~と思うことがあります。でも普段不妊治療をする気力
こんばんは以前のブログで、「共存奇胎についての論文を和訳したものがあります。」とお知らせしたのですが、個人的に送ることが難しいので、こちらにアップしますこちらに掲載することについて、もし、問題がありましたらご一報頂ければと思います。医療関係の文章なので、専門用語が多く読みやすい!とはとても言えないクオリティです。間違っている箇所、不適切な箇所などあれば教えて頂けるとありがたいです訳したデータが見つからず、印刷したものを撮影して載せるため見辛い箇所などあると思いますが、ご了承ください
更新が滞っており、すみません子供が成長してきて、なかなかスマホをさわる時間もなく毎日があっという間に過ぎていきます。今日はきょんさんのブログを紹介させてください。きょんさんは第一子妊娠時に共存奇胎と診断されました。その後、侵入奇胎と診断され抗がん剤治療をして、現在は病気を克服されています侵入奇胎のあれこれ、抗がん剤治療の経過などが詳しく分かるブログです。抗がん剤治療怖い!という方には読んで頂けたらいいかなと思います💡きょんさんのブログはこちらからどうぞhttps://ame
体験談始めての記事になります。今回はさくらさんのブログ、サクラサクをご紹介します。さくらさんのブログには、共存奇胎と診断されてから、お子さんとのお別れ、術後の治療についてなどが書かれています。病気やお子さんのお別れなど、つらいことも、まっすぐにお話しされていて、とても素敵なブログです。共存奇胎で天使ママになられた方は、読むとすごく共感できるんじゃないかな?と思います。記事は胞状奇胎、共存奇胎、天使ママの方限定でアメンバー限定にされてあります。アメンバー申請するときは、先にメッセージを
こんにちはだいぶご無沙汰してしまいました。初めての育児にテンヤワンヤしながら、なんとな毎日を過ごしています。先日、血液検査を受けてきました。共存奇胎と診断されて1年、出産から約10ヶ月hcgの値0でした!次は7月末にMRIやCTの検査を受けます。以前、経過は1年と言われましたがそれは妊娠許可の話で、hcg自体は5年経過を見ると言われました…そ、そんなにーーー!長い…長すぎます(T_T)息子の方もゆっくりながら順調に成長しています。10ヶ月になりましたが、修正では7ヶ月体重は
ようやくmtx抗ガン剤投与が終わりました。4クールで基準値に下がり、それからダメ押し3クールをこなしました。私は最初から特に副作用と思えるものが出なかった為、あまり皆さんへ共有できる情報はありませんでしたが、私の様に何故か副作用が出ないかもしれないという希望も捨てずにこれから治療が始まる方は頑張って下さい。1週間毎の入院生活はとてもストレスを感じました。血管は見た目いい血管らしいけど、中は弱ってきているので、刺してからどうも見つからないようで、中でグニグニされたり刺し直しになり恐怖でした。
こんにちは!今日はみなさまにお願いがあって、ブログを書きます。昨年の5月、共存奇胎と診断されはじめにしたことはこの病気の情報を集めることでした。ネット、図書館、本屋の医学書コーナー色々なところで探しましたが、なかなか思うような情報を得ることが出来ず…とにかく何でもいいから情報教えてくれよ…って感じでした。私はたまたま、良い先生に恵まれ、出産という道を選びました。情報が少ないこともあり、治療はいつも手探り、対処療法がほとんどでした。病院でも同じ病気の方なんていなくて、共存奇胎ですと
出産時に摘出した奇胎組織は、染色体検査に出してもらいました。なんとこの検査、自費で…お値段40000円えーーー!おかしくない?と思いながらも聞けずに支払ってしまいました検査の結果は46XXの正常女児…って…おかしくなーーーーい?!絶対、見た目からして正常女児ではなかったし、産まれてきたのは息子。先生もおかしいと思って、研究所に何回も検査してもらったらしいのですが、何回やっても結果は46XX正常女児にしかなりませんでした。その日は、検査結果を見つめながらああ、お空に返ったも
私のhcgですが、ピーク時は630000まで上がりました。15週ころから緩やかに下降し、出産直前は150000台まで下がっていました。出産後は、産後1日34987産後3日8411産後15日187産後4週11産後6週3産後10週0と順調に下がり、現在まで0を維持していますが、暫くは3週間ごとに血液検査、定期的な頭部、胸部のCT検査が必要です。検査はだいたい1年を目安
産まれた子供は体重899グラムの超低出生体重児でした。出産を終え、NICUで対面した我が子は、シャンプーボトルくらい小さくて、細くて…大きく生んであげられなくてごめんねって、そればっかりでした。小児科の先生から説明があり、生存率やこれから起こりうるであろう様々な症状について説明を受けました。本当に厳しい内容で…正直、産んで良かったの?と自分を責めました。自分だけが退院したあとは、産後すぐに電車とバスを乗り継いで、毎日息子に会いに行きました。明日、死んでしまうんじゃないかという恐
かくして、私の子宮からは赤ちゃん胎盤奇胎組織の3つが先生の手によって摘出されました。子供は、すぐに集中治療室NICUに搬送され分娩室で主人と面会しました。「産んでくれて、ありがとう」そう言ってハンカチで目をおさえる主人に、私ももらい泣きでした。初めて主人が泣いているのを見ました。本当は、分娩室で子供と3人で会いたかった。摘出された胎盤と奇胎組織はあわせて1キロ。胎盤は300グラム。なんとお腹のなかには胎盤の倍以上に成長した奇胎が共存していたのです。こんな厳しい環境で、子
ベッドに戻るやいなや、更に第2波がおそってきました。これが陣痛なのか…本当に痛くて、息もできないんですね2回ほど大きな波が来たところで、分娩台に移されました。その頃にはずーーーっと痛くて、よく鼻からスイカと聞きますが、私はお腹をトラックでゆーっくり轢かれているような感覚でした。もう、ハチャメチャな状態でいたーい!いたーい!無理だよーと叫んでいるなか、先生の顔が見えてふっと力を抜いたときお腹から滑り出てくる何かを感じました。先生が生まれたよ!といって我が子を取り上げたその瞬間
その夜も、ゆるーい腹痛を感じながら迎えた朝。その夏、最大の台風が上陸した日でした。26週も2日目になり、28週を目標にしていた私は、いつも通り朝食を食べ、トイレに行き、いつも通り朝の診察に呼ばれました。前日から、やたらとおりものが増えていたので先生に聞いてみよう!と診察台に上がると、先生がなんかざわついている…するとカーテンの向こうから先生が顔を出した。なんだか深刻そう…「しまちゃんさん、落ち着いてね」「はい…」「これから出産になります!」えーーーーーーーっ!!!何でですか
間もなく25週という頃、夜間に時々お腹が痛むようになりました。深夜に1回くらいキューっと痛くなって、目が覚めるので心配で看護婦さんに言うと診察をうけることになりました。結果、入院中、じわじわと短くなっていた子宮頸管がつい0センチになり、子宮口も1センチほど開いているということで…とうとうマグセントの投与が始まりました。副作用がすごいと聞いていたのですが、体にあっていたのか、ほてり程度でさほど苦しさを感じませんでした。これに喜んだのですが、後から考えてみたらあまり効果がないから副作用もな
入院していて良かったこと、もう1つMFICUでは赤ちゃんの心音を確認するドップラー検査が毎日3回、エコーが週に2回あったので、妊娠中、たくさん赤ちゃんに会うことができましたちょっと気分が塞いだときも、赤ちゃんの心音を聞いていると元気になれました。エコーは本当に楽しみで、手足を動かして元気に動き回る我が子を目にすると「入院生活なんて楽勝っ」って、パワーがわいてきました!私はおへそ側に奇胎があったので、エコーをしても子供の顔を3Dで見ることが出来ませんでした。しかし、そこはさすがMFI
MFICUはすごい看護で食事は上げ膳据え膳診察は全部部屋の中いつもオルゴールのBGM私は点滴とかもなかったので、トイレやおシャワーは共用場所を使用していたけれど、それだってベッドからは歩いて20歩くらいで本当に楽だった✨入院した際の診察で、子宮頸管が2センチ弱だと判明した私はとにかく横になってること!を自分に言い聞かせて、出来る限り横になっていた。それでもみるみるうちに、子宮頸管は1センチまで縮小して、子宮口もかなり柔らかく指が1本入る程度まで柔らかくなってしま