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「どんなに才能があっても、毎日出ていて、同じような事をやっていれば飽きられるのは当然だ」。これは放送作家でテレビタレントの大橋巨泉(1934年3月22日-2016年7月12日)さんの名言。つまりマンネリ化だ。創作とは、それを乗り越えた時に始まる。最近のオールドメディアは、娯楽さえ駄目なようだ。しかしその理由も野暮な話だ。現状を乗り越えようとはしないのだから、そもそも「創作」以前だろう。さて趣味だが、そろそろスクリーンでも買おうと思う。ビデオプロジェクターを暫く可動をさせる事がないのでそろそろ
ブログランキング参加しました。『ブログランキング』と『にほんブログ村』の2つです。よろしければクリックお願いします。歴史ランキングにほんブログ村いつも応援ありがとうございます。最近何故かYOUTUBEにシナの抗日映画だかドラマだかが頻繁に上がるようになりました。暇なので見ているんですがなかなか面白いですね。ギャグとして見れますwwwまず日本軍の軍服が違います。あと砲兵陣地はこんなに密集していませんし土嚢も積んでいなければ碌な防御陣地も構築していません。普通は1個中隊
昨年7月に、拙ブログでは戦前に支那で起きた凄惨な日本人虐殺事件・『通州事件』について記事にしました。(↓)同事件は民間日本人の有志により世界遺産登録申請がなされましたが、今日は同事件と共に是非とも子々孫々にその史実を伝えていただきたい、今からちょうど80年前の今日・・・つまり戦前・戦中ではなく、日本軍が降伏した後に起きた通化事件について触れたいと思います。通化とは旧・満州国通化省通化市(現・吉林省通化市)のことであり、北朝鮮との国境近くに位置している都市。(地図中央↓)
日本と中華人民共和国が国交を回復した1972年の段階で、今のような東アジアの深刻な情勢を予測していたのは、保守派の論客福田恆存ただ一人であった。日本中が日中友好ムードに酔っていたからである。福田は1952年に締結された日華平和条約を破棄したことに異論を唱えた。そもそも我が国が支那大陸で戦った相手は、蒋介石の国民党軍であった。共産党の八路軍との戦闘は、わずか2回といわれている。日中国交回復で日本の自民党そのものが、共産圏(スターリン主義の全体主義国家)との関係改善に踏み切った。当然のごと
では、愛知学院大学准教授広中一成著『七三一部隊の日中戦争:敵も味方も苦しめた細菌戦』(PHP新書;1436),PHP研究所2025年7月を批判します。「まえがき」で「これまでの研究は日本陸軍全体からの視点、日中戦争における日本陸軍の作戦史の視点から細菌戦について分析できていなかったのだ」(4頁)と指摘します。これは、彼の結論を考察する時に重要でしょう。さらに「まえがき」で、「なお、本書では今日差別的と見なされたり、戦争を肯定的に捉えたりするような表現は、固有
【中国共産党の戦勝80周年はプロパガンダ】日本軍は中国共産党軍(八路軍)と全面的に戦ったのではなく、内戦に敗北し台湾に逃げた中国国民党軍と戦ったのです。八路軍は正面攻撃ではなく、ゲリラ戦で主に鉄道・橋梁などの破壊工作が中心。日本軍は鉄道守備隊や小部隊で一時的に損害を出しましたが、大規模な戦闘敗北は確認されていません。百歩譲って戦勝80年というのなら、共産党との内戦に負けて台湾に逃げた国民党がやるのならまだ仕方がないと思います。ただ、台湾の本省人は当時日本人であり日本軍人
北京の天安門楼上に、習近平、金正恩、そしてプーチンの3人が並び立つ図は、虫酸が走るほどおぞましく、醜悪だった。この3人は現代の典型的な独裁者であり、虐殺者であり、この3人が揃い踏みするということは、なおさら、この3つの国の本性を世界に晒すことになった。この日(9月3日)、北京で行われた「抗日戦勝パレード」を、中国側は「抗日戦争並びに世界反ファシズム戦争勝利80周年記念式典(「中国人民抗日战争暨世界反法西斯战争胜利80周年纪念日」と称した。「抗日戦」と「反ファシズム」を並列させたのは、習近平がこ
かの国との関係に知見がある人は全てご存知だとは思いますが、米国の有力関係機関が裏書きしてくれたということです。中国の「抗日戦勝記念」式典は歴史の歪曲米国の大手研究機関が報告書で「虚構」と非難(産経新聞)-Yahoo!ニュース言わずもがなですが、大日本帝国軍が戦ったのは、ほとんど蒋介石が率いる「中国国民党」であり、中国共産党の党軍である八路軍ではありません。
中国の「抗日戦勝記念」式典は歴史の歪曲米国の大手研究機関が報告書で「虚構」と非難https://www.sankei.com/article/20250830-KVGA3RQ4TJOUBJMSJBJ3ZYC5Z4/中国の「抗日戦勝記念」式典は歴史の歪曲米国の大手研究機関が報告書で「虚構」と非難「中国政府の抗日戦争勝利記念の式典は歴史をゆがめ、捏造(ねつぞう)した虚構の政治宣伝だ」―。米国主要研究機関が、9月3日に中国政府が催す日本への勝利を祝賀する…www.sankei.co
中華民国歩兵の雨天装備です
8月25日の出来事1758年七年戦争:ツォルンドルフの戦い七年戦争中、ドイツ・ツォルンドルフで行われた会戦。フリードリヒ2世の軍が東プロイセンからオーデル川を渡河してベルリンに迫るロシア軍を破った戦い。ロシア軍はオーストリア軍と連携する気配を見せたがフリードリヒはその連携前に辛勝した。1830年ベルギー独立革命が始まる。1894年北里柴三郎がペスト菌を発見。1912年孫文・宋教仁らが国民党を結成。1920年ポーランド・ソビエト戦争:ワルシ
記憶に残っている学校の先生は?▼本日限定!ブログスタンプあなたもスタンプをGETしよう"기억에남는학교선생님은?"초등학교5학년,6학년때의담임선생님이다.지금이라면텔레비전뉴스가될만큼문제가많은교사였다.그는담배를많이피웠다.교실에서도피웠지만지금과달리그시대는담배를피우는것이문제가아니었다.그런데그가문제였던것은아이들에게담배를사가게한것이다.나도몇번부탁을받아서담배를사러갔다.지금도
昨年7月に、拙ブログでは戦前に支那で起きた凄惨な日本人虐殺事件・『通州事件』について書きました。(↓)同事件は民間日本人の有志により世界遺産登録申請がなされましたが、今日は同事件と共に是非とも子々孫々にその史実を伝えていただきたい、今から78年前の今日・・・つまり戦前・戦中ではなく、日本軍が降伏した後に起きた通化事件について触れたいと思います。通化とは旧・満州国通化省通化市(現・吉林省通化市)のことであり、北朝鮮との国境近くに位置している都市。(地図中央↓)
なんだよ、満州の定食屋のはなしか~?ははは、中国語で‘飯店’ってホテルのことなんだぜ、とかしたり顔で言ってしまいそうだが、書名からではさっぱり内容がわからない。とりあえず、終戦前後の満州でのはなしらしい。冒頭の写真ページに日本婦人の写真があり、‘お町さんは処刑された’だと!?電力関係の仕事をする日本人ビジネスマンが主人公。青天の霹靂の敗戦、囚人部隊を先頭に南下して来るソ連軍、共産軍、現地人、朝鮮人などなどが入り乱れて混乱を極める。すべての日本人が雪崩をうって日本へ逃げ帰ったわけではな
進撃の巨人=中国共産党説はいかがだろうか!?地鳴らし=戦争に勝つためなら人類がどれだけ死んでも構わないと考える中国共産党の人名軽視。毛沢東曰く、「戦争が始まればどれだけの人が死ぬか考えてみよう。地球上には二十七億の人間が暮らしており、その三分の一、いや多ければ半分が失われる可能性がある……私が言いたいのは、たとえ最悪のケースで半分死んだとしても、半分は生き残るということだ」。朱成虎(中国人民解放軍建軍の父で軍事面で毛沢東のNo2の朱徳元帥〘後述〙の孫の太子党軍人)曰く、「我々(中国)
塾長の書斎:「後期日中戦争華北戦線太平洋戦争下の中国戦線2(160)」をUPしました。https://fusanokuniinoujuku.vitaly.jp/book_blog/book160/#太平洋戦争#中国戦線#角川新書#広中一成#後期日中戦争#華北戦線#日本軍#治安戦#三光作戦#国府軍#八路軍#毒ガス
ランクBの上~Bの中日中戦争を、2期に分類した。前期昭和17年(1937)の盧溝橋事件~昭和16年(1941)太平洋戦争開始まで後期太平洋戦争開始~敗戦後の1948年まで後期太平洋戦争で、北京がある河北省と近隣の3省の華北で日本軍が共産党八路軍、蒋介石の国府軍とどのように戦ったかを記述した本です。研究書のような地味な本ですが、漠然としか知らなかった中国戦線を初めて知ることができました。
日露戦争の満州軍の大山巌&児玉源太郎コンビと、日中戦争での八路軍の朱徳&彭徳懐コンビは色々と似ていると思えないだろうか!?大山巌が作戦立案を児玉源太郎に一任してたのは有名だが、日中戦争での八路軍もNo.1は朱徳だったが実質的な指揮はNo.2の彭徳懐が執っていたようだ。また大山巌が余り多くは語らない性格で児玉源太郎がうるさ型の軍人だったのも有名だが、「彭徳懐の中国革命」という本に朱徳には茫洋さがあるが彭徳懐は剛直な直言居士であると評されたと書いてあった。さらに大山巌が海外への留学経験もありあ
世界のホワイト軍隊といえば!?俺の知る限りでは中国共産党軍とベトナム人民軍、あと第二次世界大戦時のアメリカ軍とドイツ軍、そして現代のイスラエル軍かな!?中国共産党軍は三大規律八項注意という鉄の規律を守らせていて、https://www.nicovideo.jp/watch/sm32778428初音ミクによる三大纪律八项注意(中国軍歌日本語吹替え版)初音ミクによる三大纪律八项注意(中国軍歌日本語吹替え版)[音楽・サウンド]本日は中国版「軍人勅諭」の歌を、うちの孫(ミクさ
日中戦争で毛沢東率いる中国共産党軍は日本軍と戦っていないというのは大嘘である。まず、蒋介石率いる中国国民党軍は数は多いものの非常に質の低い軍隊で、兵士は一般人を拉致して集め、ロクな訓練もされず前線に出され、逃亡防止の為陣地に鎖で繋がれたり後方から督戦隊に見張られたりしながら戦い、兵士への給与や食糧支給は不十分で、民間人(もちろん自国民)から略奪やレイプをするコトが兵士の特権とされ、敵前逃亡や装備の横流しは日常茶飯事という有り様であった。このような状態では日本軍相手にいくら戦っても負けてばか
昨年7月、拙ブログで戦前に支那で起きた凄惨な日本人虐殺事件・『通州事件』について書きました。(↓)同事件は民間日本人の有志により世界遺産登録申請がなされましたが、今日は同事件と共に是非とも子々孫々にその史実を伝えていただきたい、今から78年前の今日・・・つまり戦前・戦中ではなく、日本軍が降伏した後に起きた通化事件について触れたいと思います。通化とは、旧・満州国通化省通化市(現・吉林省通化市)のことであり、北朝鮮との国境近くに位置している都市。(地図中央↓)
中国共産党軍が無ければ大東亜戦争は日本が勝利してたと自分は思う。なぜなら中国戦線において蒋介石の国民党軍は数が多いだけの無能で日本軍が来ると逃げ回っていたが、中国共産党軍は小規模ながら神出鬼没なゲリラ戦で日本軍を占領地に釘付けにして進撃を抑え戦争を長期化させていたからで有る。中国共産党軍は主要都市と鉄道以外を除く広い地域の奪還に成功している。下の画像の地図の緑色の地域が中国共産党軍が日本軍から奪還した地域である。また日中開戦前は蒋介石は親日で、彼以外にも松井石根など日本軍と国民党双方に互い
進撃の巨人=中国共産党説はいかがだろうか!?地鳴らし=戦争に勝つためなら人類がどれだけ死んでも構わないと考える中国共産党の人名軽視。毛沢東曰く、「戦争が始まればどれだけの人が死ぬか考えてみよう。地球上には二十七億の人間が暮らしており、その三分の一、いや多ければ半分が失われる可能性がある……私が言いたいのは、たとえ最悪のケースで半分死んだとしても、半分は生き残るということだ」。https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%AF%9B%E6%B2%A2%E6%9D%B1
狭山与太郎さんの素晴らしいブログから、連想したことを書かせてもらいます。まずは、与太郎さんのブログをお読みください。まったく同じですね。日中戦争のとき、日本兵は、中国大陸の農村で中国人の子供や女性も殺しました。その理由は、「敵である八路軍(中国共産党軍)兵士に、将来、子供がなる。だから殺す」「女性は、将来八路軍兵士になる子供を産む。だから殺す」という論理からでした。ほとんどの日本人は、日本兵が中国大陸でしたことを、明確には、知らない。私も、明確には意識していませんでした。4年前まで
中国近代史における残念な名将と真のスゴい名将を紹介する。まずは残念な名将から。まずは彭徳懐。朝鮮戦争の英雄であると同時に、大躍進政策において毛沢東を直接批判した気骨のある人物として有名。第一次国共内戦では彼の部隊だけが長沙を占拠出来たり、日中戦争においても百団大戦を指揮するなど有能な将軍であった。彼は攻撃型の指揮官で尚且つ正規の軍事理論を重視し毛沢東のゲリラ戦術に批判的な人物だったという。その指揮は、第1次国共内戦の長沙の攻防や第2次国共内戦のウイグル侵攻など敵の手薄な地域への攻撃には見事
歴史を思い返して思うことは?薩長連合が幕軍に惨敗した後に西欧に習って近代国家の道を歩んでたら??満州国を第一次大戦の戦勝国である米国と手を結んで利権を分けてあげてたら・・??蒋介石相手にせずと言わず、相手にして講和を結んでたら・・??蒋介石に協力して共産党軍を駆逐してたら??独逸や其の他の国から迫害されてソ満国境に逃げて来たユダヤ民族に満州国の土地を割譲して国を作ってあげてたら・・??日独伊の三国協定を結んで無かったら??大東亜戦争で連合軍に占領された本土地域があっても日本各地でゲ
終戦後、すべての日本人がすんなりと引き揚げてきたわけではないのはご存知のとおり。兵隊はもちろん、官吏、看護婦などさまざまな職種についていた日本人が引き続き中国大陸や南方で働いていた。しかし八路軍(パーロー)で戦った日本人がいたとは。結論から言うと、このブログで紹介してきた数百冊の本の中でもTOP3に入る面白さだった。☆5つ!著者は昭和4年生まれで15才で開拓団員になり単身渡満、終戦後の混乱の中、収容所を脱走、逃亡生活に。この八路軍に入る前の日々がべらぼうに面白い。海千山千の中国人相手に
昨年7月に、拙ブログでは戦前に支那で起きた凄惨な日本人虐殺事件・『通州事件』について書きました。(↓)同事件は民間日本人の有志により世界遺産登録申請がなされましたが、今日は同事件と共に是非とも子々孫々にその史実を伝えていただきたい、今から77年前の今日・・・つまり戦前・戦中ではなく、日本軍が降伏した後に起きた通化事件について触れたいと思います。通化とは、旧・満州国通化省通化市(現・吉林省通化市)のことであり、北朝鮮との国境近くに位置している都市。(地図中央↓)