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2021年10月9日の旧中山道妻籠宿・馬籠宿・落合宿・中津川宿レポの続き。旧中山道妻籠宿「本陣跡」「吾妻村道路元標」「妻籠郵便局」と見学した後は、「妻籠宿枡形跡」に向かいました。妻籠宿本陣跡・吾妻村道路元標・妻籠郵便局のレポ『妻籠宿本陣跡と吾妻村道路元標と妻籠郵便局と~旧中山道妻籠宿~長野県木曽郡南木曽町の史跡・街並』2021年10月9日の旧中山道妻籠宿・馬籠宿・落合宿・中津川宿レポの続き。旧中山道妻籠宿の「脇本陣奥谷・林家住宅・南木曽町博物館」を見学した
2024年-令和6年3月2日スタート最寄り駅は河内国分駅、金山媛神社、チェックポイント、松谷光徳寺、チェックポイント、峠八幡神社、チェックポイント、神奈備神社、チェックポイント、龍田大社、チェックポイント、ゴールの信貴山下駅、約12kmで150分でした。デジタルスタンプが5個増えました。今年度の踏破証も76個目。
現役保育士エイせんせいです!保育の仕事大変・・・でも子どもたちかわいい保育や子どもの勉強するのも楽しい疲れたら空気のいいところに避難(笑)子どもと自然に癒されながらエイせんせいは今日も頑張ります気が向いたら研修や勉強会で得た知識を紹介するかも(しないかも)こんばんは!今回も2017年の振り返り。馬籠に行ったらこっちもねということで…岐阜県妻籠中山道42番目の宿場町です。街並み。重要伝統的建造群地区にしていされているので昔ながらの
じゃーん!医療支援!目覚まし時計が鳴る数秒前に目覚める。とそんな朝も元気にYOGA的腹筋カエル&ツイスト。つづけて、股関節ストレッチ。YOGAはショートバージョンのち全身をほぐすヨガ(正式名称じゃない)ケン先生の指導はココ(リンク)chama先生の指導はココ(リンク)HAYASHI先生の指導はココ(リンク)ミッチー先生の指導はココ(リンク)Yukie先生の指導はココ(リンク)井上英樹先生の指導はココ(リンク)柳本和也先生のアサナマンダラはココ(リンク)芥川舞子先生のヴ
年末年始休暇11連休の初日の今日は、群馬県、藤岡を散歩してきた以下のスケジュールでした1️⃣鶴商文庫でデカ盛りハンバーグを食べる2️⃣猿の寺、光徳寺参拝3️⃣バリニーズカフェで海水魚水槽みながらカフェ4️⃣カヌレティエクロリでカヌレ購入5️⃣ららん藤岡で「ららんイルミ2023」観賞6️⃣ドライブイン七輿でレトロ自販機軽食8時20分出発関越下り、川越付近渋滞との情報があったので、高速使わずに一般道で藤岡を目指す目的地、鶴商文庫に10時55分着11時開店だけど、すでにやってて
「ご朱印」平成29年・30年に参拝した中部四十九薬師霊場21番札所:光徳寺2018年にご朱印を頂いた中部四十九薬師霊場の元記事はこちらをご参照ください。https://ameblo.jp/kensuzu214/entry-12478526266.html?frm=theme(光徳寺)←クリックして下さい。
大河内氏ゆかりの高崎成田山「こうとくじのうごかずの尊とこしえにくにの平和とじゆう護らん」北関東三十六不動尊霊場を巡礼しています。つくばを起点に、車での移動になります。写真を中心に、各霊場の様子をお伝えします。今回は、第1番札所水上寺(群馬県みなかみ町)↓第2番札所金剛院(群馬県沼田市)↓第5番札所光徳寺(群馬県高崎市)↓第3番札所大福寺(群馬県高崎市)↓第4番札所不動寺(群馬県安中市)と回る予定でした
2021.03.24伊豆神社光徳寺伊豆神社天満宮と稲荷大神本殿幸福を呼ぶ石光徳寺伊豆神社のすぐそばにございます堅田源兵衛父子殉教之像堅田源兵衛之墓暗くて良く見えませんね
生誕120年棟方志功展メイキング・オブ・ムナカタCelebratingthe120thAnniversaryoftheArtist'sBirth:THEMAKINGOFMUNAKATASHIKO【東京展】2023年10月6日(金)〜12月3日(日)東京国立近代美術館生誕120年を迎えた板画家・棟方志功さん(1903〜1975)とゆかりのある富山、青森、東京を巡る大回顧展。「プロローグ出発地・青森」「第1章東京の青森人」「第2章暮らし・信仰・風土――富
『モニター価格★あなたの出生星お伝えします』犬のお散歩中にチャネリングする「ながらチャネリングを推奨する」N♡RIKOですいきなりですが自分の出生星興味ありますか出生星とは自分の魂が生まれた星や…ameblo.jp犬のお散歩中にチャネリングする「ながらチャネリングを推奨する」N♡RIKOです先日長野県の阿智村に星を見に行ってきました阿智村の後は昭和51年に「重要伝統的建造物群保存地区」に選定された町並みの長野県木曽郡にある妻籠宿(つまごじゅく)へ中山道4
嶺嶽山龍源寺の次は龍田山光徳寺へ。この日の最後の参拝です。総門をくぐるとこんな感じ。参道の庚申塔、供養塔、石仏など。山門。山門をくぐるとこんな感じ。御本堂。御本堂前の可愛い摩尼車。摩尼車お隣の子育地蔵さま。観音堂。見開きの御朱印をいただきました。珍しい象形文字の御朱印。
こんにちは!先日富山は福光に行ってきました。というか隣の市なのでしょっちゅう行ってるわけなのですが、、生誕120年ということらしく。改まって棟方志功を見に行こうかと。近くにあリ過ぎて本当に改まらないとなかなか行けない所なんです。南砺市福光町光徳寺。青森出身で富山とはなんの関係もないのに、こちらに家族で7年近くいたということで、福光はすっかり棟方志功の町となりました。その理由は後ほど、光徳寺の住職が傾倒した民芸運動。棟方志功以外にも河井寛次郎や柳宗悦
2023年2月26日(日曜日)その後、とりあえず永源寺ダムのほうへ行くことにした。ダムの近くに、綺麗な雪景色が撮れそうな場所があったのでちょっくら散策。せっかくここまで来たんだしお気に入りの場所にも立ち寄ってみよう!『永源寺』今日は、母親が以前に勤めていた職場のOG会があったので送っていってきた。母親がそれに参加している間、私は国道421号線を走って三重県まで行ってきた。と言って…ameblo.jp今日は風がきつくて、めちゃくちゃ寒かったの
黄葉の光徳寺へ多賀大社から、永源寺に戻りその先の東近江市政所の光徳寺へ。大きなイチョウの木があり、おととしは全部散っていて去年はほとんど散っていた。今度こその今年。見事にほとんど散っていなかった。外に出てこられた、住職と思しき男性に聞くと、樹齢250年とのこと。こちらの松も樹齢250年とのこと。今年も一年ありがとうございました。よいお年を。
「カメラの記憶」の写真以外は再掲を含みますカメラの記憶/2021年(R3年)ー7/1月25日ー3/中山道(鴻巣駅~吹上駅)中山道歩きは、2018年4月28日に日本橋から歩き始め、今回投稿は翌2021年(R3)1月25日の8回目の歩きです。(実は前々年の2019年(R元年)12月23日に第7回目として、樋川駅~鴻巣駅を歩きましたが、どういうわけか写真が見当たりません(一一))今回投稿は8回目歩きの3回目の投稿になります。今回(1月25日ー3)は下記地図右頁の光徳寺(続)、龍昌
「カメラの記憶」の写真以外は再掲を含みますカメラの記憶/2021年(R3年)ー6/1月25日ー2/中山道(鴻巣駅~吹上駅)中山道歩きは、2018年4月28日に日本橋から歩き始め、今回投稿は翌2021年(R3)1月25日の8回目の歩きです。(実は前々年の2019年(R元年)12月23日に第7回目として、樋川駅~鴻巣駅を歩きましたが、どういうわけか写真が見当たりません(一一))今回投稿は8回目歩きの2回目の投稿になります。今回(1月25日ー2)は下記地図右頁の永林寺、光徳寺等を
彼岸花が咲くことで有名だという、隣りの市にある「興徳寺」に行ってきました。この日は9月15日。天気は曇りで富士山は見えずでした。前の記事で書きましたように、彼岸花はまだ蕾がいっぱいでした。「興徳寺」について調べてみると、歴史のあるお寺だということが分かりましたのでその歴史を少しお伝えしますね。*鎌倉時代の1289年に「蓮華山光徳寺」として開かれたのが始まり。慶長年間に現在地へ移転。江戸末期の1859年3月に災害に遭い消失。
11月13日。場所は政所町光徳寺。こちらのイチョウは巨大で見応えがあります。この年の黄葉は見頃の時期もピッタリとハマっていました。これだけでもこちらに来た甲斐があると言うものですよ。秋の永源寺2021〜鉄の棺桶迷走記こちらの寺の説教はチョーク書き。近年はあいだみつおを流用するお寺が増えてきましたが、「お前もか・・・」真宗仏光寺派照曜山光徳寺今年は見頃に当たるでしょうかね?場所は木地師の古里蛭谷へ。スーパーカブ漫遊記に時
こないだ行った下呂へ行った後、妻籠にも寄ってきました。めーちゃくちゃ人が少なかったですが、そこにある光徳寺というお寺へ行きました。欲しかったのはこちら⇩身代わり地蔵というそうです。フェルトみたいな生地でできてて、ころんとした可愛いお地蔵さんなんでも、交通事故や病気、その他災いから守ってくれるそう。身代わりになってくれるとお地蔵さんが固くなるんだとか!!??そうなったら御礼をしに行き、また新しい身代わり地蔵をお迎えするといいそうです。子供のお守りにも可愛いし、私も守ってもらえるなら
小丸山城址公園の入口すぐ脇にあるお寺。大きな本堂が目印です。ここの山門がね、素晴らしいのですよ。ハイクオリティな彫刻でビッシバシに固められてて、カッコ良さハンパない!完全に重要文化財レベルです。特に鳳凰が美しく、なんと門の前後ろに2体。しかもよーく見ると仕様を変えてあります。詳しくは→木越山光徳寺
妻籠宿散策中に小高い丘の上に臨済宗妙心寺派の光徳寺があった。今まで妻籠宿に複数回訪れているが参拝した事がないので石段の坂道を上って寺に向かった。寺の周囲は石垣と白壁で囲まれて風格と気品を感じる。その白壁の門をくぐると正面に本堂があり右手に庫裡があった。門にご朱印ありますと貼紙があったので庫裡に行くとご住職が対応していただき直書きで2種類セットのご朱印を授かった。ご朱印を書いていただいている間ご住職より本堂内で参拝して下さいと言われて堂内で参拝した。光徳寺は1500
先週に千葉県の房総方面にあじさいを見にドライブ(車中に1泊)してきました。まず市原市の光徳寺に参拝。五百羅漢像が壮観なお寺ですが、今の季節はあじさいもきれいです。あじさいの花の数は、あまり多くはありませんでした。次に長生郡長南町の野見金公園へ。小高い山を登ったところに、公園が広がり、展望台からは茂原の町など眺望できます。そしてあじさいが群生しています。ここのあじさいは、見応えがあります。ここから更に房総半島を南下し、大山千枚田へ。植えられた
ようやく週末。せわしい1週間でした。休みは寝ていたいのですが、コーヒーとお茶しかないので買い物を兼ねて外出。スーパーの前に、先ずは光徳寺へ。関孝和先生のお墓へ。ちっとは数学的な考えが出来ますように、と。ドイツ・ライプニッツ、イギリスのニュートンと同時代だったとは知りませんでした。いつかの赤穂義士と同じく撮影は無し。他人様のお墓ですからねえ。次は藤岡歴史館へ。96式艦戦等の設計者、堀越二郎技師も藤岡生まれ。一部のパネルは撮影可能でした
大河内氏・・・主に4つの系統があり、凡河内氏、伊勢大河内氏、三河大河内氏、武蔵大河内氏に分かれる。三河大河内氏は摂津源氏源頼政の孫顕綱を祖とする。似仁王の乱で頼政は敗死、孫の顕綱は三河の大河内に逃れ、その子孫が大河内氏を名乗ったとされる。三河の名族となり、室町時代には吉良氏の家老として仕える。大河内信貞のとき徳川家康に仕え、孫の正綱は長沢松平家の養子となり、以降は大河内松平家と呼ばれるようになる。「知恵伊豆」と呼ばれた松平信綱、高崎藩主であった松平家が大河内松平家に当たる。
下落合駅から上落中通りを進むと光徳寺があり、住宅地の中の寺院で境内には大きな地蔵尊があります。光徳寺光徳寺·〒161-0034東京都新宿区上落合1丁目23−4建造物maps.app.goo.gl
今日は湿度が高めでジメジメそろそろ雨が降ってきそうな空模様って思ってたら夜から雨ふと、テレビのニュースを見ていたら関東の方は気温がかなり下がって冬に逆戻りしているみたいですねっ前日との気温差が14度って身体のリズムが狂って体調悪くなりそうですね関東にお住まいの方は気を付けて下さいませこんばんわ味醂です{異常気象恐るべし。。前回からの続き、まだまだ続きます金山媛神社を出て、目指すは御座峰道なりにテクテクしていると少し道から逸れた場所に何やら気になる素敵な寺院を発
御香宮神社の桜を見てから寺田屋界隈を散策しました🚴寺田屋であい橋近くの光徳寺枝垂れ桜がとても綺麗🌸動画でも撮ってみました🚴ちょっとブレ気味😅
(9)【中山道の旅】自転車で行く東京→京都12日間《妻籠宿→大井宿》木曽路編その4
昨日は仕留めたイワナを肴にイワナ塩焼、蕗の薹を散らしたイワナ汁、地物ミズダコついつい深酒。人生折り返しを過ぎても無教養に狩漁採取に追われる日常、、、幸いにも博識の兄を師と仰ぎ今回は福光に棟方志功の足跡を訪ね。躅飛山光徳寺民芸運動の巨匠柳宗悦富本憲吉河井寛次郎浜田庄司諸氏の作品が一堂に無盡蔵にて「華厳松」を直に鑑賞先の大戦の疎開先その世相を想う時、もはや言葉で言い表す事など叶わぬ「真の他力」の存在を朧気ながらも確信する所。躅飛閣の民芸品に感銘を受け。昼餉はうどん
大東亜戦争の従軍画家であり「國の楯」で有名な小早川秋聲(1885-1974)の展覧会が鳥取県立博物館で開催されています。3月21日(月)までです。京都、東京、鳥取と巡回した秋聲(しゅうせい)展にタイアップして日南町美術館でも小企画展が開催されています。こちらは3月27日(日)までです。中国、西欧、米国など「旅する画家の鎮魂歌」と銘打ってありますが私のイメージではやはり従軍画家です。しかし「國の楯」には秘められた画家の魂の変遷が塗り込められているようです。初めはお役目に沿って国民