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≪境内には大きな木が印象的な川口市青木に有る浄土宗・西方寺!≫浄土宗・西方寺にやって来ました。願生山成就院と号します。住所:川口市青木4-19-10了誉上人は、小石川傳通院を創建するなど著名な高僧です。本尊:阿弥陀如来西方寺!右は参道!!入り口には大きな像が建っています。下は可愛らしい仏さん!!ドアップでみましょう。
≪家康公の母の法名がお寺の名になった傳通院!指塚(日本指圧協会)も有るよ!≫浄土宗無量山寿経寺傳通院にやって来ました。慶長8年(1603)徳川家康が生母お大をこの地に葬った。住所:東京都文京区小石川3-14-6浪士隊結成の処静院の石柱伝通院小石川三一十四十六!!石柱の文字は、修行と戒律の厳しさを伝えている。郷土愛をはぐぐむ文化財東京都文京区教育委員会平成元年三月
☀️大人の遠足👣文京区③☀️秋晴れの気持ちいい日に聡美さん、幸子さんと秋の遠足へ出かけました👣白山神社、源覚寺に続き月参堂善光寺→傳通院と坂を登ります18日でしたので観音様にお参りできてよかった♡月参堂善光寺は傳通院の塔頭の一つ徳川家康の生母、於大の方の念持仏三体を安置されております静かで穏やかな心地よい境内✨そこから坂を登って一息、傳通院へ👣傳通院は、1415年寿経寺として開山し、1602年、徳川家康の生母於大の方の菩提寺となりました今回は時間が足りずに徳川家墓域には立ち
宇宙と地球と人の架け橋すべてのご縁つなぎ人💗巫和(みわ)です(*´▽`*)自己紹介ブログ💫伝えていきたいこと11/7に茨城県水戸へ行く前にも6/10筑波山🌟『6/10筑波山行ってきました』宇宙と地球と人の架け橋すべてのご縁つなぎ人💗巫和(みわ)です(*´▽`*)自己紹介ブログ💫セッションメニュー伝えていきたいこと6/10筑波山に雨…ameblo.jpこの6/10前には平将門さん関連の場所をまっきーさんと一緒に巡ってましてご挨拶まわりとでもい
す飯田橋駅近くにある警視庁遺失物センターに寄ったので…⇒遺失物センター『遺失物センターへ』火曜日のお昼に此処へ行きました😆飯田橋駅から歩道橋を渡って少し歩いて…警視庁の遺失物センター着いてから気がついたのですが…地下鉄🚇だったら(都営大江戸線)歩く…ameblo.jp久しぶりに少し遠くまで歩いてみました。傳通院(伝通院)無量山傳通院傳通院・伝通院www.denzuin.or.jp傳通院といえば…そうこの方のお墓🪦があります。於大の方のお墓🪦於大の方www.denzuin.or.j
今日はM先生とのオフ会がありました昨日は↓夜遅いので…ブログ記事を書いておりませんでしたのでM先生にリクエストをお願いすると「傳通院で」といただきました昨日、橋幸夫さんの葬儀が行われましたがその会場が「傳通院」でした都内でも有名なお寺さんですから聞き覚えもありましたがお寺さんのサイトを見ると徳川家康の生母於大の方の墓所・菩提寺でもあったのですね「傳通院」東京都小石川にある浄土宗のお寺さ
6月25日に浄土宗寺院巡りした続きです西信寺から同じ大塚にある智香寺に移動します🏃🏃🏃智香寺の寺号標と山門本堂浄土宗寺院の智香寺は、大乗山広大院智香寺と号し、知恩院の末寺です智香寺は、徳川家康の生母於代の方を荼毘に付した跡地に、その菩提を弔う為に創建されたお寺です傳通院4世叡譽聞悦上人の発案により、於代の方の43回忌にあたる正保元年(1644年)に、叡譽聞悦上人を開山として当寺2世信譽貞存和尚が創建したと伝わります元々小石川にありましたが、昭和25年(1950年)に現在地
07.20(日)は、リアルライブ1本と配信ライブ1本を観ました。その110:00鈴木あい「文京朝顔・ほおずき市」@傳通院繊月会館その211:50安本美緒「音実13周年記念ライブVol.6~情熱の音の実~」@二子玉川「東京音実劇場」【有料ツイキャス】まず『鈴木あい「文京朝顔・ほおずき市」@傳通院繊月会館』ですが、鈴木あい(すずきあい)さんのライブを観るのは、06.29レコ発ワンマンライブ×オトナの童謡「もう一度あなたの心を揺さぶる」@北参道GRAPES(配信視聴)
徳川家ゆかりの女まさる幸糸乃こまり徳川家のお墓は寛永寺以外にもあるそうです徳川家では女性も大変だったでしょうねそれでも幸せもあったでしょう『石破さん頑張ってください川柳』無党派で竜馬の名ならみな入れる糸乃こまり竜馬じゃないけど石破さん頑張ってください他の自民党の人より優れていると思います『東京大空襲戦争川柳』三月十日…ameblo.jp『東京大空襲の前日都々逸』授業終わって別れに振った手と手握れるまた明日糸乃こまり三月十日といっても「誰の
皆さん、おはようございます。今日もお忙しい中、ブログにお越しいただきましてありがとうございます。7月20日、最後のお詣りは傳通院。東京都文京区にある浄土宗寺院で境内には小石川淑徳学園の校舎も建っています。傳通院・伝通院www.denzuin.or.jpこちらの境内でもあさがお市が賑やかに開催されていました。御本尊は浄土宗とあって阿弥陀如来
お立ち寄りくださりありがとうございます!季節の花を求めてお出かけするのが好きその他、気ままに載せてます♪梅雨が終わりいよいよ夏本番とにかく外は暑いですが今日は朝一で投票を済ませ東京ドーム近くで行われている文京朝顔・ほおずき市に行って来ました。傳通院(でんづういん)こちらでは朝顔市が行われていました。4〜5歳のお子さま達が描いた風鈴も展示されていました。風になびき良い音がしていました。風鈴(こちらは大人が描いた模様↓)と奥は千姫様などが描かれたラッピ
祭りをやらない地方はないと思います。有名なのは農作物の収穫を神に感謝する秋祭りですね。その他には花が咲いたら花祭りってのもあります。東京の文京区にはおそらく農家はほとんどないと思われますので、神様に農作物の収穫を感謝する祭りってのはなくて、夏の疲れを癒す地元商店街の祭りってのが多いです。文京区役所が公認している文京区の祭りには五大花祭りってのがあります。2月の湯島天神の梅まつり、3月の播磨坂の桜まつり、4月の根津神社のつつじまつり、6月の白山神社のあじさい祭り、最後が11月の湯島天神の
【東京】新選組の前身浪士組が結成された『傳通院』でステキな【コラボ御朱印】がいただけます傳通院×JR東海コラボ御朱印【傳通院コラボ御朱印】EX旅先予約から事前予約が必要です【対応時間】9:30~16:00【傳通院御朱印】御朱印は観音堂でいただきます。【山門】【本堂】【宗派】浄土宗【山号】無量山【院号】伝通院【寺号】寿経寺【御本尊】阿弥陀如来像1415
傳通院は徳川将軍家の菩提寺で、将軍の母や妻、夭折した子息などが葬られている。なお、傳通院の院号は家康の母於大の戒名「傳通院殿」に因む。於大は現在の愛知県東浦町で水野家に生まれ、松平広忠に嫁いで家康を生むが、離縁された後に久松氏と再婚した。千姫は秀忠の娘で豊臣秀頼に嫁ぐが、大坂城落城の際に救い出され桑名城主本多氏と再婚した。孝子は関白鷹司
清河八郎は羽前清川村の庄内藩郷士の家に生まれ、江戸に出て学問と剣術を修行した後に、全国を遊説して尊皇攘夷活動を行った。幕府に追われる立場にありながら、その幕府へ献策して浪士組を結成し、それを尊皇攘夷活動に転用しようとしたが、近藤勇や土方歳三らと対立して江戸へ戻った後に暗殺された。墓は浪士組が結成された地の傳通院にある。
でんづういん、って濁るのねでんつういん、って思ってました慶長7(1602)年徳川家康の生母於大の方が逝去した際菩提寺として定められ、於大の方の法名が寺名になりました▲山門は、2012年に再建されました▲通用門▲浪士組を結成した処静院(廃寺)の石柱新選組の前身である浪士組を結成した清河八郎の墓があります▲幕末を偲ぶ場所でもあります▲法蔵地蔵尊中央のご本尊は法蔵地蔵尊、脇侍は右が観世音菩薩、左が勢至菩薩▲昭和63年建立の本堂▲観音様のお姿は撮れなかったので、こちら▲墓地の
2025年3月8日文京区の傳通院さんへ参拝新選組の前身浪士組結成の地である傳通院傳通院×JR東海コラボ御朱印をJR東海EXで予約して参拝へ伺い拝受しました。他に櫻田神社さんと日野八坂神社さんも同様の御朱印を出されていて並べると一つの御朱印となるそうです。通常の御朱印は右手庫裡の方で御住職様に直書きしていただきました。
私は、皺が増えた手の甲や、寒い時に硬くなる踵に、「有難う。本当に有難う」と言いながら、クリームを塗っています。この体が無ければ、この世のことなど、体験できないのですから。本当に、体って有難いです。体を大切にしないと、いつか、体が動かなくなると思います。自分の体は大切にした方が良いです。感謝も伝えた方が良いです。傳通院にて※「鑑定申込みページが分かりにくい」とのお声を頂きましたので、下記から直接お申込み頂けるようにしました。鑑定申込み・私のホームページは、こちらです。沢山の方々に
インスタの広告に出てきたので休みの日に娘とデジタルスタンプラリーをやってきました。古地図で巡る!ぶらり東京街散歩|JR東海東京のいたるところに残る歴史の痕跡には、知られざるストーリーが…!黒羽麻璃央出演の、現地で楽しめる特別な解説動画を視聴しながら、当時の歴史に思いを馳せる旅に出発しましょう!recommend.jr-central.co.jp今回のコースはこちらの2択この前、大河ドラマ館に行った後に吉原にある耕書堂に行ったばかりなのでまた同じ場所に行くのもなぁと今回は新撰組をチ
2025/01/04無量山傳通院(東京都文京区小石川3丁目)都営地下鉄春日駅から徒歩12分程度で傳通院へ↓↓↓詳細はこちら↓↓↓2025/01/04無量山傳通院(東京都文京区小石川3丁目)|ーきーのーよー2025/01/04無量山傳通院(東京都文京区小石川3丁目)note.com↑↑↑詳細はこちら↑↑↑御本尊新年限定御朱印
傳通院は昨年の春に参拝した時も急に雨が降った。雨は歓迎のサインでもあるとは言うが。正月の朝でも混まずに静かだった。おみくじは「末吉」書いてある内容はそう悪くはなく。帰りは雨も上がっていた。
トッパンホールでの演奏会を聴きに行くにあたって考えた。最寄り駅は飯田橋駅か江戸川橋駅。いつもは飯田橋駅から歩くんだけど(南から攻めるんだけど)、地図を見ると、小石川植物園から傳通院を抜けて、北の台地から下りてくルートがある。一ノ谷の戦いでの義経の別働隊も、平氏の陣地の北の丘陵から攻め下ったんだった。よし!今回はそのルートを歩こう。【本郷台地の上り下り】スタートは地下鉄千代田線の根津駅。ここら辺は低地で根津谷と言うらしい。谷根千の一角である。帝国大学のある本郷台地方面は……おお!上り坂!上り坂を
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Aloha!9月を目前に、朝晩のみようやく涼しい風を感じるようになりました。台風の影響か、突然の雨もありますが、雨の度に涼しくなる季節の変わり目でもありますね。さて、前回告知させていただきました、文京区小石川にある「傳通院」さんでのイベントで、踊らせていただきました!本堂の前、桜の木を目の前に綺麗な石畳の上という素敵な場所がステージです。夕方、イベントとしては最後の回でしたので、涼しい風が吹き気持ちよく、続いてのイベントがビンゴ大会だったからでしょうか、お子様もたくさん集
そそくさと小石川の光圓寺を出ますそれにしても、見掛けによらないお宝御本尊が在るんだなぁ〜(またまた失礼発言お許しを〜🙏)光圓寺から小石川七福神札所の宗慶寺へ移動します🏃🏃🏃宗慶寺の寺号標と本堂浄土宗寺院の宗慶寺は、吉水山朝覚院宗慶寺と号します宗慶寺は、常陸国の了誉聖冏上人が応永22年(1415年)小石川の清水のほとりに創建したと伝えられていますこの清泉を法然上人の遺跡にちなんで吉水と呼んだことから吉水山伝法院と称したと言います吉水は極楽水とも呼ばれ、付近一帯の地名にもなり、小
小石川界隈の浄土宗寺院巡りはまだまだ続きます🤣🤣🤣見樹院の次は小石川七福神の一つでもある真珠院へ〜真珠院の山門観音様本堂浄土宗寺院の真珠院は、無量山真珠院全忠寺と号します真珠院は、松本藩主水野忠清が開基、運蓮社霊誉単上人が開山となり、水野忠清を葬った際、菩提を弔うために傳通院の塔頭として正保4年(1647年)に創建それ以来、水野家の菩提寺となりました明治維新後に一寺となりました関東大震災では、殆ど被害は有りませんでしたが、東京大空襲では全焼🔥してしまいました創建年ですが
福聚院から次の寺院に向かいます傳通院の山門の隅っこに何やら石柱が立ってますこの辺りは傳通院の塔頭処静院があった様です処静院跡の案内板この処静院跡は、浪士隊結成の地だそうです傳通院の境内にあった塔頭処静院で、新撰組の前身浪士組が結成され、ここから京に上りました新撰組の創設メンバーの多くが処静院に集まったそうです石柱不許葷酒入門内(くんしゅもんないにはいるをゆるさず)新撰組のメンバーがここに集結してたんだぁ~😱😱😱山南さんも沖田総司も土方歳三も…この道を歩いていたんだね…
「第39回文京朝顔・ほおずき市」で社中で獅子舞と曲芸でお世話になりました🍀会場となりました「傳通院」「源覚寺」、各所とも酷暑の中、お付き合い下さいました皆様方、誠に有難うございました!!暑い毎日が続きます💦皆さまくれぐれも熱中症などお気を付け下さい🍉🎐仙若※太神楽を度々ご撮影下さっている白井保さんが今回も沢山のお写真をご撮影下さり、一部こちらで拝借致しました🙇いつも有難うございます‼️🍀⇒白井保さんのフェィスブックFacebookにログインFacebookにログインして、友達
またまた間を空けてしまいました😂5月12日に小石川界隈の浄土宗寺院を巡った続きになります次はメジャーな傳通院へ〜山門が見えてきました傳通院の山門法蔵地蔵尊鐘楼堂本堂浄土宗寺院の傳通院は、無量山傳通院寿経寺と号します室町時代の応永22年(1415年)浄土宗第7祖の了誉聖冏が、小石川極楽水に創建慶長8年(1603年)徳川家康の生母於大の方埋葬に際し、寺を当地に移して再興増上寺源誉上人が兼務したと言います浄土宗関東18檀林の一つで増上寺の次席830石の朱印状を拝領し、