ブログ記事6件
抽象的なものから、個別の具体性を感じるのは自由だと思う。しかし、それが、抽象的なものを表現した人の意図するものと完全に一致しているとは限らない。それは、自然の流れに対しては、自然な流れだけが反応することで、不自然な流れには、不自然な流れだけが反応するからだと想う。そして、それらの数は無数に存在するからそう思う。そして、その中に存在する不協和音も存在している可能性もあるからそう想う。個人的に想うことです。
Q™️のXより…😎👍x.comx.com👇👇👇👇👇👇😎😎😎😎😎😎😎🤩🤩🤩🤩🤩🙄😑😆😳☺️🥰😁😌🙏🌟
だから傷付くし理解されんのな。相手を理解出来んのなという事がまた分かりました♪だから基本考えず感覚で行ってしまいます♪人それぞれ個性があってそれで生きれるんが一番輝くし楽なんやろうなってやーっと思いました。今までは一生懸命だとか努力してなんぼ私はまだまだ足りないといつまで経っても届かないものを手にしようとしてた。でもー疲れるんや。
個々人的に・地域社会的に・国家的に・地球規模的に助かるのか?!知恵と実践がほしい!
結局のところ最後は国民も個々人の心証で各自の判断になるんだろうな。同じ野党でも維新は維新。最後は強行採決という筋書きだろうから、そこに向けての起伏の1つとして見ている。
ゴクウ:そうだよ…オジチャン。相手を…自分の土俵に立たせるの…得意じゃない。ミコト:我は…朴訥(トツ)な…語り口でしかない…がな。つまり…口数が少なく…真っ正直…。ゴクウ:アッハッハ…自慢なの…自分が…よく分かってんの。ともかく…話すこと…だよね。ミコト:エゴ(自我)とバディ(肉体の精)の…良好な関係を…望みたい…ところだが…。ゴクウ:ほとんどの人が…それが…できて…ない。ボクたちの…ことなんて…夢にも…さ。ミコト:先(マ)ずは…肉体の…擬人化…でも…いいか。ともかく…話し掛けよう…か