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『仙道秘法】意識のハック『虚室生白』の真実:瞑想の奥義と脳科学的メカニズム【第1回】現代において「瞑想」や「マインドフルネス」というと、ストレス解消やメンタルケア、あるいは日々のリラックス法として語られることがほとんどです。ですが、古の修行者たちが本当に目指していたのは、単なる気休めのリラックスではありませんでした。それは、人間の脳と肉体、そして内に秘められた生体エネルギーのメカニズムをハックし、意識の限界を物理的・客観的に突破していく「実体を伴う技術」だったのです。
ご訪問誠にありがとうございますこの毎日の暦は、老若男女万人共通の過ごし方です。今日のマヤ暦で気持ちよく穏やかにすごせるよう書かせて頂いています。どうぞよろしくお願いいたします浜松の母セッションメニューおはようございます息子が大阪の旅から帰ってきました。まだ慣れない、イントネーションが微妙な関西弁を話してたww「せやねんなぁ~」とか言うてたわwww昨日ね、久し振りに、マヤ友達と電話してたら、すごく良い資料を頂いたから共有しますね。まさに、私も世代なんだけど。
儒者(じゅしゃ)の定義儒者とは、儒教(Confucianism)を専門に研究・研究し、その教えを体現・教授する学者・思想家を指します。基本的な意味語源:「儒」(じゅ)は、中国古代の司祭・儀礼の専門家を意味する言葉に由来し、孔子(こうし)以降は儒教の学問に携わる人を指すようになりました。核心:儒教の経典(『論語』『孟子』『大学』『中庸』など四書五経)を深く読み込み、仁・義・礼・智・信などの道徳・倫理を重視し、社会秩序や人間のあり方を論じる人。歴史的な位置づけ中国:孔子を祖とし、漢
道(5)未だ貧しくして道を楽しみ、富みて禮を好む者は若かざるなり子貢曰わく、貧しくして諂(へつら)うこと無く、富みて驕(おご)ること無きは何如(いかん)。子曰わく、可なり。未だ貧しくして道を楽しみ、富みて禮を好む者には若(し)かざるなり。子貢曰わく、詩に云う、切(せっ)するが如く、磋(さ)するが如く、琢(たく)するが如く磨(ま)するが如しと。其れ斯(これ)を之(これ)謂うか。子曰わく、賜(し)や、始めて與(とも)に詩を言うべきのみ。諸(これ)に往(おう)を告げて来(らい)を知る者なり
山科の護国寺で、今年の墓回向を執り行いました年々、酷暑になってきている日本毎年恒例の夏の宗教行事が、開催を危ぶまれる温度になってきていますねそれでも多くの檀家さんが朝から起こしになり、一心に先祖の菩提を祈りました(。-人-。)宗教行事、そして祈ると言うことは、人間にとって必要不可欠なものと思います。幼いときの、手を合わした経験が、きっと目には見えない大いなる存在、そして他者への思いやりの心を修養してくれるも
道(4)有道に就きて正す子曰く、君子は食飽(しょくあく)くを求むること無く、居安(きょやす)きを求むること無し。事に敏にして言に慎み、有道に就きて正す。学を好むと謂うべきのみ。学而第一仮名論語8頁4行目です。伊與田先生の解釈です。先師が言われた。「学問修養に志す人は、飽食を求めない。家で安閑と居ることを求めない。物事に当たってはきびきびとし、言葉は慎み、高徳の人について教えを受けて、自分の行いを正していくような人こそ、本当に学を好むということができる」この
毎日少しずつ易経を読んでいます。「時に六龍に乗り、もって天を御す。」龍は雲を呼び、雨を降らすといわれる。そこから龍は「天」と「陽」を象徴する生き物とされる。易経六十四卦の乾為天の卦には、龍になぞらえて、志の達成までの変化の過程が次の六段階で記されている。第一段階「潜龍」:高い志を描き、実現のための力を蓄える段階。第二段階「見龍」:基本を修養する段階。第三段階「君子終日乾乾」:創意工夫し、独自性を生み出そうとする段階。第四段階「躍龍」:独自の世界を創る
心学「八つ当たり」周囲に八つ当たりする人間がいたら、人間学を修学できる時である。批判することなく、相手の心を読む。また自省の修養として、過去の自分を観る。自分は人生の主人公であり、出会う人間は人生劇場の共演者であり、自分を鍛え、自分を励ます、自分を褒める人たち。人生劇場には多くの悪役や善役、通行人と登場する。全ての人は自分自身の心に尽くしてくれる。人の八つ当たりを観たら、批判するよりも、その不満心を観て学ぶことである。心一つ
私:儒学の云う君子とは主君と異なる、然し君子とはそもそもは主君を現した。現代に於いて君子は徳の高い者とされますが、その使い方に苦慮してます。●●●ご指摘の通りです。儒学(特に孔子)における「君子」と、言葉本来の意味、そして現代での用法には、明確なズレと進化があります。整理して説明します。1.原義:主君・貴族を指す言葉「君子」はもともと「君の子」で、君主の息子、ひいては統治者・貴族階級の男性を指す身分・地位を表す語でした。『詩経』や『尚書』など先秦の古典では、社会的地位の高さを強調す
7月29日《逆順入仙》渡部昇一一日一言amzn.to/4y0Rp4w幸田露伴が道教について述べた言葉で、私が非常に好きで字にも書く言葉があります。それは「順に逆らえば仙に入る」(逆順入仙)という言葉です。人間は順々に年を取って衰えていくものですが、それでも修養を続けていれば仙人のような不老の生き方もできるというわけです。
心学「謙虚」常に言動は謙虚で控え目にしていれば、仕事や人間関係で大きな間違いはない。心学の実践修養である「余計な言動」を慎む。慎むとは「心に真」の字である。心に真があり、相手の為になり、自分の為になる。それをすぐに言葉として発することなく、しばし内容を確かめてから言葉にする。内容に自信がなければ、あえて言葉にしない。話すだけが誠意ではない。余計な言動を慎むことは基本修養である。謙虚と遠慮は異なる心、必要な言動は確かめ、早急に
ヨーガの「ヤマ」と「ニヤマ」とは?──人生を整える最初の二つの実践ヨーガというと、ポーズ(アーサナ)や呼吸法、瞑想を思い浮かべる方が多いでしょう。しかし、パタンジャリの『ヨーガ・スートラ』では、それらに先立つ最も重要な土台としてヤマ(Yama)とニヤマ(Niyama)が説かれています。ヤマとニヤマは、ヨーガの八支則(アシュターンガ・ヨーガ)の最初の二つであり、心を静め、瞑想を深めるための基礎となる実践です。ヨーガの八支則ヨーガ・スートラでは、次の八つの実践が示されています。ヤマ(
ブログを見てもらいありがとうございます感じた事を感じたままに伝えたい「緒方康人」ですよろしくお願いしますこんにちは本日で277日目です今日も「心学」自分に言い聞かせるように書いている「強さ」心弱い人間は自分を強く見せようとする確かに周囲は怖がるが内心は弱さを見抜く心強い人間は自分の表情に強弱を見せないいつも微笑んで人の話を聴いていてくれる暴言暴力の言動もなく和顔をで接する弱気人間は幼少期から青少年期に心の修養で仁徳を学ぶことなく儀礼の教育もなし
心学「強さ」心弱い人間は自分を強く見せようとする。確かに周囲は怖がるが、内心は弱さを見抜く。心強い人間は自分の表情に強弱を見せない。いつも微笑んで人の話を聴いてくれる。暴言暴力の言動もなく、和顔で接する。弱き人間は幼少期から青少年期に心の修養で、仁徳を学ぶことなく、義礼の教育もなし、荒ぶる気持ちを抑えられる教育や躾も受けず、社会に出てしまい、他人と自分を比較する。教育は人間にとって最重要な修養であり、誰でも受けることができ、為すこ
最近、読んだというか研究した本を紹介します。中村天風氏の師匠であるし、一時期日本の首相とかよりも力を持ってられた方ですね。頭山翁語録Amazon(アマゾン)頭山翁清話Amazon(アマゾン)昔から、この人は好きで知ったのは中村天風さんの本がきっかけで確か最初に頭山満述『幕末三舟伝』から入り『西郷南洲遺訓』や『玄洋社物語』等読んで来ました。この方は修養がすごくて、確か1週間とか一切動かずに座禅を組めたようで、有名な禅僧と飲まず食わず寝ずで座禅の姿勢で我慢比べをする
心学「仁の道」仁の道は永遠と続き、人生最期まで修め歩む。自分が亡くなった後には、その子孫が仁の道を、歩み続け、またその子孫に伝える。その家系は仁によって慶事が続き、多少の困難も乗り越えられる心を持つ。故事に「積善余慶」という名言がある。仁によって周囲の人間は恩恵を感じ、その子孫に恩返しをする。仁は徳の実践であり、心の修養ではあるが、誰しも仁の心を持ち、自他共に心を養う。仁は他人だけではなく、自分をも養生する。ただ、仁の道が雑
No.495令和8年7月17日(金)晴れ7月も後半に入りました。連日、暑い日が続いており命の危険がある厳しい暑さです。(T_T)大阪では天神祭の7/24、7/25が1番暑いと言われますが来週がもっと暑くなると考えると恐怖すら感じます。体調崩されないようどうぞご自愛ください。m(__)m今回は論語です。論語の師・名古屋のSさんから学んでいますが講義形式ではなく、ひとつ
私が裏千家のお茶のお稽古を始めて、早いもので20年以上が経ちました。「お点前が大好きで、茶筅を振るのが楽しくて仕方がない」から続けているのかと聞かれれば、実は少し違います。私にとって茶道は、「心を整える自己修養」としての側面が非常に大きいのです。その修養の一手段として、点前の稽古をしています。実際、20年の間には、師匠との間に確執が生まれたり、青年部の人間関係に心をすり減らしたりと、決して平坦な道ばかりではありませんでした。それでも茶道から離れなかったのは、それらの葛藤もすべて「自分を
たまたま言うには、村落は荒れ果て、五穀は実らない。飢饉が毎年押し寄せ、災害が毎月のように痛めつける。垣根は寂れて、住む人も少ない。師(高僧)がこの土地に居を構えて教化されてからは、その恩恵は家々の戸口にまで行き渡るようになった。人々はその教えの説法を聞いて、「私たちの仲間は皆、仏法に帰依するべきではないか」と言い合った。そこで、器に盛った果物や野菜を捧げ、礼拝して退いた。海が活動を始めると、念願通りに寺の結縁は豊かになり、仏の宝は盛んに興った。私は今より、俗世を遮断して静かに言葉を慎み、勇
賢・達・士(30)士、道に志して子曰わく、士、道に志して、悪衣悪食を恥ずる者は、未だ與(とも)に議(はか)るに足らざるなり。里仁第四仮名論語41頁3行目です。伊與田覺先生の解釈です。先師が言われた。「いやしくも道に志す人で粗衣粗食を恥じるようでは、まだ共に語るに足らない」この章では、士は「士、道に志して、悪衣悪食を恥ずる者は」とでてきます。道を追求する士が粗末な衣服や食事を恥じるようでは、まだ深く議論する資格がないと孔子が述べた言葉です。この言葉は、物質的な豊かさよ
心学「心を美しく」外見を美しくするのは人間の本能。身体を強くするのも人間の本能。当然、それには時間と費用を要する。しかし、やがてそれも衰えてしまう。心を美しくするのは本人の心、心を強くするのも本人の心。心が心を強くも弱くもする。心を修養するには時間と実践を要する。しかし、邪心が湧き出ない限り、一生衰えることなく保つようになる。人は外見よりも心を観るようになる。心によって親しくなり、溝もできる。心を美しく、心を強くする、
魂の足場:規律がいかに自己を構築するかはじめにこの書籍は私(ブログ投稿者)がAI(BrightAnswers.ai)にコンセプトを依頼し、独自に電子書籍にしたものです。___________________________目次第1章:規律の基盤1-1.規律は人格形成の鍛冶場:衝動に抵抗することが内なる強さを生み出す理由#1/151-2.自己修養の歴史的ルーツ:古代の哲学と伝統から学ぶ#1/151-3.神経科学と意志力予備力:脳が困難にどのよ
森信三さんの本です。『修身教授録』超簡単要約本書の構成志学(人生の志)仕事の処理人間修養長所と短所使命と人生教育と人格形成【必読ポイント!】1.志学とは何か森信三は、「真の人生は“志”を立てた時から始まる」と言う。ここでいう志とは、単なる夢や願望ではない。自分を修め社会や国家に貢献し一生をかけて実現する覚悟のことである。一言で言うと→人生は「志」を持って初めて本格的に始まる。2.仕事は人間修養そのもの仕事を雑務と思ってはいけない。日々の仕事
皆さん、ご自身の気質が生まれる以前に決まっていたとしたら、そしてその気質の偏りを整え、ご自身を浄め、成長させることが出来る方法があれば、知りたいと思いませんか?実はその占術があるんです。それは淘宮術(とうきゅうじゅつ)、九星氣学と同様、日本発祥の占術です。淘宮とはご自身の生まれた星を洗い浄めることを意味します。ご自身の生年月日から遡り、受胎した日を算出し、ご自身の気質を読み解きます。九星氣学が方位を用いて氣を補う開運方法であるのに対し、淘宮術はご自身の気質を知り、それ
心学「人格を学ぶ」人の意見や書き込みに、すぐに反発をする、欠点を探す、意見の内容を聴かず、反発や欠点探しを優先する。人の良い意見を学ぶことなく、人を見下すことに専念する。そのような時は腹を立てずに、相手の人格を観て、自省するのが良い。なぜ人の欠点を探すのか、なぜ反発するのか、相手の意見を聴こうとしないのか、相手が嫌な書き込みをするのかを学び、相手を咎めず、恨まず、心を落ち着かせる。それによって自分に来る反発や中傷は、
心学「道」日本には道と付く芸術文化や競技がある。道は老荘思想の道ではなく、思想に於ける道理を意味する。特に日本はこの道理に「仁・義・礼・智・信」を、付け加え、精神的な修養としている。この道を教え導く人間に道理の心がなければ、教わった人はただの技法や術を覚えるだけ。人間的に仁徳を積み、人を慈しみ、平等に人を愛し、思いやりの心を持つ。当然、人を差別することもなく、人の悪口や誹謗中傷は避け、争うことなく、勝敗にこだわることもなく自
⚾️BBC2603⚾️おはようございます☀️やると本気で決める!達成するまでやり続ける!ワクワク楽しみながら!感謝を忘れず!結果を出す!野球を通して活躍できる人財を増やす!メンタルの藤田泰士です。宝石は、磨かれてこそ本当の輝きを放つ!人も同じです。知識や技術だけでなく、心を磨き、人間性を高める修養を重ねることで、本来の自分らしい輝きが生まれます。目に見える成果は、目に見えない日々の積み重ねから生まれるものです、今日も一歩、自分を磨き続けよう。その先に、新しい道はき
心学「治水」人類は命を守る為に治水工事を、昔から行い、それによって民の命や作物を、守り続けて来た。それでも強い自然災害が起きる。人の心も同じで、自分の心を治め、心が乱れたり、暴れたりしないように、修養を積まなければならない。それにより人に迷惑を掛けることなく、自分自身も無事な人生を送れる。治心修養を継続する為には、日々、自分の心を観察する。まさに河川の流れや堤防の管理観察と同じ。人生には予期せぬ事変も多々起きる。
憲問第十四(第三十一意)①原文子貢方人。子曰、賜也賢乎哉、夫我則不暇。②読み下し文子貢(しこう)人(ひと)を方(くら)ぶ。子(し)曰(いわ)く、賜(し)や賢(けん)なるか、それ我(われ)則(なわ)ちは暇(いとま)あらず。③難解単語解説方(くら)ぶ:他人の品定めをする、他人のよしあしを批評・批判する。賜(し):子貢(孔子の優秀な門人)の本名。暇(いとま)あらず:そんな時間はない、余裕がない。④現代語訳門人の子貢が、よく他人の批評をしていた。先
剣道修錬の心構え剣道を正しく真剣に学び心身を錬磨して旺盛なる気力を養い剣道の特性を通じて礼節をとうとび信義を重んじ誠を尽して常に自己の修養に努め以って国家社会を愛して広く人類の平和繁栄に寄与せんとするものである優美な剣道出ばな一閃Amazon(アマゾン)