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午前中は、市の介護課の方が来て、父の介護認定の調査。父の現在の状態や、これからのことについて話をしました。父本人がいないところで、余命についても話しました。本人には、聞かせたくないこと。でも、これから父を支えていくためには、避けて通れない話でした。今までできていたことが少しずつできなくなっていること。食事が思うように取れなくなっていること。トイレの回数などが急激に増えていること。そして、がんセンターから告げられた父の余命。介護認定のためとはいえ、こうして改めて父の現状を言葉にす
旦那は2023年3月に大腸癌ステージ4と宣告されて外来で抗がん剤治療をしていたこの3年間で旦那は腫瘍内科の看護師さん達と仲良くなっていて入院中にはわざわざ病棟まで仕事終わりに寄ってくれて旦那の様子を見に来てくれた脳転移の時の入院では旦那が元気だった事もあり談話室で話したり黄疸、腹水で入院した時は起き上がる事が出来ずご飯を食べさせてもらったり腫瘍内科の看護師さん達には本当に色々お世話になった旦那は緩和ケア病院に転院して亡くなったので亡くなった日にお世話にな
熱中症にやられて救急搬送になりました~💦😭😱立ち上がれなくなり激しい嘔気で嘔吐を繰り返して極端な低カリウム血症と低血糖になってました~💦😭😱不整脈と足の痙攣が激しかった~💦💦💦心臓がおかしなリズムになりめちゃめちゃ気持ち悪かった~💦💦💦でも、とりあえず癌転移の悪化でなくて良かった造影CTを久しぶりに撮ってもらい癌のリンパ節転移や大腸がんの大腸への広がりが極端に悪化してる様子はないそうでもうしばらくはこの世に存在させて頂く事ができるみたいです❣️❣️❣️❣️❣️
0歳と2歳の育児。そして、遠くで静かにでも確実に進む義母の病。介護をしてるわけでもないのに何を言ってるんだって自分でも思うのですが、、、情けないかな正直、、、疲れてきてしまいました。昨日、義母が「誘拐された」と義母側の親族LINEで少々騒いでしまったんです。ついに義父のことも分からなくなってしまった様でした。その火消しに旦那が当たっていたのですが2歳の長女も次女もぐずぐずだったので子供たちの泣き声に、普段なら抱けるはずの優しさが持てず、耳を塞ぎたくなるほどイラ
最近ソイちゃんが入り口のドアをカリカリとしながら鳴く行為をし始めて、ハーネスを買って起きました今日、着けてみて抵抗がないので抱っこして外へ連れ出してあげました。緑色の地面を匂いを嗅ぎながらゆっくりと歩いて回る。太陽が強くて真っ黒な毛並みのソイちゃん、撫でてみると凄く熱くなってました。でも平気そうで、暫く私は椅子に座り繋いでるリーシの範囲で移動させたままでいて、ソイちゃんはたまに草を噛み噛み。少しして、横になって落ち着いてきたので、もうすぐ家に戻るよ〜と声を掛けてあげて、また
しまりす夫婦のめざすものそれはこの海どこまでが空なのかどこからが海なのか昼さがりの丘の公園でただ何もせず灼熱の暑さのなかふたり。同じものが美しいと思えた。しまりすはふたりでみたこの海になりたいのです救急搬送され余命一日の宣告から50日肺癌S4が見つかり二年を待たずしまりすは七つの海をめざした冒険の旅にわたしを残してひとりででかけてしまいましたいつかアチラでしまりすの武勇伝を聞くことをたのしみに『癌サバイバーのお墓問題。』朝の情報番組で、最
今日は通院お昼は串カツをもりもり食べた。美味しかった。欲しかった本を探しに行って無事にゲット、シェフの書いた本を立ち読みした。私、まだ食べたことのないものが沢山ある。食べてみたい。癌がわかって半年。これがしたいってこんなに強く思ったことはなかったかも。食いしんぼうなんだよね。看護師さんと雑談。余命3ヶ月って言われた患者さん。7年目って。それも膵臓癌なのって。私は手術しなかったらって半年って先生に言われたけど。その半年が今月。胸水4リットルだったからね。今のところ体力はあ
🟥まあ、沢山ね、回りは亡くなりましたよな〰️🎵ああ!あれが、彼らとの最後の仕事になったのか、、、そうか、大喧嘩したりな、怒鳴りあうなりな、まあ色々あったがな、あの時のあのお金は彼なりの餞別なり今生の別れになる六文銭だったのかな、と、思うとな、まあ、大喧嘩すらな、よき想い出になるな。彼らはもう、余命に入っていたのに最期の意地を見せたのかな、とかな。まあ、ワシがな、余生になればな、あれだけ若手とな激突するようなパワーはないだろうなあ、とかな、みな、思いますな‼️
ホリー・ジャクソンの『余命一週間の探偵として』を読みました。ジェットは、27歳の女性。ロースクールを中退し、会社勤めも辞めて、建築会社を営む父の家に暮らしています。母は地元自治会の副会長をやっており、地元の名士です。父母が主催するハロウィンイベントから自宅に戻ったジェットは何者かに頭を殴打されます。困難な手術で一命を取り留めたものの、脳内に動脈瘤が形成されるので、余命は一週間と宣告されます。ジェットはその一週間で犯人を見つけようと、幼馴染のビリーと調べ始めました。巻き込まれ系のミステリーを描
翌日の朝、父の診察が始まりました。総合病院でも症状について説明を受けていましたが、がんセンターの先生の話は、それよりもずっと厳しいものでした。先生は静かに話し始めました。「80代のお父さまの体に、抗がん剤治療はかなり負担が大きくなります今は歩くこともできる。食事もできる。会話も普通にできる。見た目には、健康な人と変わらない毎日を送っています。でも、癌という病気は違います。症状は、ある日突然、大きく変わることがあります。だからこそ、今のうちにやり残したことがないように、ご家族で
ブログを書くにあたり自分のSNSやAIの検索履歴を遡って記憶を辿るという作業をしています。その時どんなことを思っていたのか忘れていたことを思い出す作業はおもしろい発見がたくさんあり本編とは別に記録しておきたいと思います。😂←いっぱい出てくるけどお許しください。2026年4月14日市民病院初診の前日やっぱり前日ともなると思うところがあったのでしょう。いろいろと調べてました。まず余命。ポジティブシンキングの私ですが一応命の最後は考えました。残りの時間が限られて
しばらく更新ができませんでした。楽しみに読んでくださっていた読者の皆様…きっとあなたは、目が三つあって、口が二つ、更にお尻にシッポが五本生えているような、希少で特異な「超キュート」なお方かと思われますので、私が責任をもって特大のオンライン・ハグをします…・・・?…と書いたのは、一年前の九月八日のことだったんですね。オンライン・ハグ。今でも無料で受け付けておりますよ。…?どうぞ、遠慮なさらず。ほれ、チコ〜寄れ。血を吸ーたりしません
隣のおじちゃんは92歳になる。胃癌を持っていて、肝臓に転移していた。更に脳に。病院では余命一ヶ月と診断された。年齢の割に若く、公民館でピンポンをやっていたが、最近歩く姿を見ないなと思ったら病気が進んでいたようだ。家族が病院に入れ替わりでお見舞いに来ていた。緩和ケアーの病院は空きがなく待っていたが空いたようで明日転院する。本人には癌のことは伝えてないようだが、痛みとかなんかで気が付いているだろう。一日でも長く一分でも長くいて欲しいな。(+_+)
義母は7月30日からついにせん妄(場所の混乱)が出てきてしまいました。会話も噛み合う時と噛み合わない時があります。旦那には「いつでも義実家に帰っていいよ」と言っているのですがそれでも彼は私たち家族といることを選んでいます。現実と向き合うのが怖いのではと思うのですがその気持ちも分かるような気がするからこそ毎日の様に「帰った方がいい」とは言えないでいます。みなさんが普段使っているAIは何ですか?義母の症状を旦那も私もそれぞれのチャッピーに相談してたのですが6月中旬に
母から聞いた説明だけでは、正直よく分かりませんでした。「手術はできない。」「余命は、一年。」言葉の意味はわかっても、どうしてそういう結論になったのか、これから何ができるのかが頭の中でつながりませんでした。私の中には、聞きたいことがたくさんありました。ほかに治療法はないのか。抗がん剤は使えるのか。父はこれからどんな経過をたどるのか。家族として何を準備しておけばいいのか。そこで、私も先生から直接話を伺うことになりました。私も妹も仕事の調整をして、その日を迎えました。その日、先生
フランflanってどんなスイーツの事かな~🍀彼に聞いたら❣️❣️❣️❣️❣️☀️イギリスフランス料理のフランとは☀️カスタード料理の一種上部が開いており縁のあるペストリーやスポンジの土台にフィリングを詰めたもの主にカスタードタルト系とスポンジフランの2種類がある❣️❣️❣️❣️❣️そうなんだ~、知らなかったな彼はフランスで修行しているからフランも得意みたいで幾つか作ってくれました~(*≧∀≦)💕いつもNHKテレビでイングリッシュベイクオフを見てるからヨーロッパ
数日後…。検査結果を聞くため、父と母で病院へ。母からの電話は、私たちが想像していた結果ではありませんでした。癌は思っていた以上に進行していて、手術で取り除くことはできない状態でした。そして、先生から告げられたのは、「余命は一年ほど」という厳しい現実でした。母は、「お父さん、耳が遠くて補聴器をつけているでしょう。先生の話が全部は聞こえてなかったと思う」父は、その場でどこまで先生の言葉を理解していたのか分かりません。でも、母は父に余命を改めて伝えることはしませんでした。あの日、電話越
今日まで酷暑見舞いセール人ってなかなか本音は言えないやん言わないんじゃなくて言えないだから本音は何なんやろって読まなあかんような気がして読みまくったりするやんヘトヘトになる人が多いよなこの問題はやり方、二つやなどっちかや読みまくるか全く読まない外人のように表に出た言葉を額面通りに受けとるイヤミや皮肉も全てそのまま受けとる中途半端が一番あかん裏を読みまくるやり方も読まないやり方も結局同じ結果になるよだいたいのことは疲れないように楽しい方に注力し
先日、妻からの電話で、(僕らは長い間お互いの両親を面相見て別々に)、もう抗がん剤は辞めたいって、言ってきましたそれがどういう意味かは、よくよく知っていましたので、でも、その決断にだめだよ、がんばってとはとても言えません。前回から、抗がん剤の量を減らして、それに、3泊4日の抗がん剤点滴の入院も、2週間に一回から、3週間に一回に伸ばしてもらったばかりそれでも、抗がん剤の副作用で、もうどうにも生活もままならないほどきついらしく、本人が頑張っていて出した結論だから、僕が続けてい
9年前の今日はたしか都内の病院の近くのアパホテルにいたかな?前日に旦那さんの診察があり頑張って電車で行ったものの診察終わりに動けなくなり病院入り口で休ませてもらい少しずつ駅方面に向かったけど電車ではもう帰れなくなり近くのアパホテルに泊まったんだっけ頭が痛くて痛くて信号渡る途中でも座り込むほどだったアパホテル泊まった次の日そこの病院へ入院予定だったから1日早く入れて下さいってお願いしたけど却下されたのよねなので身内に迎えに来てもらって車で帰ったっけ7月30日→診察→帰れずアパホテル7月
前の子が15歳まで生きたので、漠然と同じくらいまでは、と思っていたが、11~12歳は中型犬としては寿命でおかしくはない。しかし手術前までは年齢による衰えを全く感じさせなかったので、病気にさえならなければ…。食べて寝て、散歩して遊んで、それだけで満足できるささやかな生命が、なぜ癌に奪われなければならなかったのか。いや理由なんてないことはわかっているが。老衰で徐々に衰えていくのなら微笑ましくすらあったはずなのに、と思わずにいられない。犬の気に任せれば、どこまででも歩いていきそうなくらい散歩が好きだ
私が大好き🍀😌🍀な朝採り樹上完熟無花果を仕入れてくれた彼が無花果スイーツを作ってくれました~(*≧∀≦)💕まだ走りだけど、もう十分に旬のルックス子供の頃、庭に無花果の樹があってもぎ放題食べ放題だった私にはスーパーで買う無花果は物足りないのケーキ、タルト、パフェエトセトラどれも心弾む美味しさ~(*≧∀≦)💕愛情シーズニング&スパイスが溢れるほどたっぷりだからかな料理人の伴侶を得た幸運を味わい尽くしてます~❣️昨日はソーシャルワーカーの面接でした卒業2年目の超若手新人で
それより攻勢に出ることにしたのです。余命予告みたいなことを昨日言われたので・・・担当医からの一言から、どうせならって閃いたからでも、それを取り扱ってる。ショップが中途半端に遠い内一軒は交通の便がとても悪く今の体調では無理
納戸から引っ張り出してきて、読了しました!夢をかなえるゾウ4ガネーシャと死神著者:水野敬也前作が「0」だったので、何の繋がりもないですがwhttps://ameblo.jp/yzfr25/entry-12971235405.html『読了:夢をかなえるゾウ0』図書館で読みたい本を予約しまくっていたら、待ちの時間が長くて借りられず、読む本がなくなってしまいました〜。自宅で、何かないか探してみたところ夢をかなえるゾウ0…ameblo.jp本作を読了したら、いろいろ考えさせられまし
前回は、前立腺生検の話を書いた。当時は前立腺がんのことなんて全く知らなかったのも同然だった。だから生検がどんなことをするのかも知らないし、その結果がどうなるかも知らなかった。まさかピストルを撃ち込まれるような衝撃があって、終わったら血尿がいっぱい出てなんて、全くの想定外の話だった。この生検を受けた日から一週間後にその結果を聞きに大病院に出かけた。そして、とうとうその日がやってきた・・*お断り*本文中の医療用語や表現は15年前当時のものです。現在とは異なる場合がありますので、
・妻の倒れて救急車で運ばれた・医師から告げられたのは余命3ヶ月・妻には余命を告げた・子供にはまだ言えてない・私(夫)には彼女が居るが妻は知らない・今後のことは何も考えていない・そんな時に妻が書いた手紙を見つけた...この状況にて相談に来られた方が居ました。(20年程前)手紙には夫へと謝罪の言葉が並べられていたそうです。「私がダメだから...彼女も作ってしまうよね。ゴメンね」「子供にとって良い母だったでしょうか?」「子供が成人するのを見届けられずゴメンね」「私と結婚したから面倒ば
かやった😃✌~❣️安青錦、優勝おめでとう🎉‼️優勝決定の巴戦は、厳しいよね強敵相手に、2番続けて相撲をとってハアハア息を上がらせたまま休みなく2連勝しないといけないんだもんね~💦安治川親方も、良い青年と巡り会えたね部屋に優勝力士や三役力士がいれば部屋は華やかに恵まれて色んな事が安泰になるものね安青錦は、まさに部屋の財産だよね私は次の本場所を見られるかな9月場所は、えーと日程:2026年9月13日(日)~9月27日(日)会場:両国国技館ですね~(*≧∀≦)💕体調が
大腸内視鏡検査。辛かった。排泄物を見られる。肛門を見せる。検査時のガスがうまく出なかったので苦しい腹痛が数時間続いた。しかし、やった方が良いみたいだ。貴方は余命3か月ですよ、って事が無いよう検査はいろいろ受けたい。雪が降ってから3か月なら諦めるが春や夏に3か月と言われたら最後のスキーに行けないからな。お前らは弱ったところは見せない本能らしいな。だから逝った姿でご対面する。ピンピンコロリだな。
恐らく私の余命はあと30年くらい。そのうち健康寿命は20年強くらい??早っ。猛暑で苦しんでいる時間すら惜しいわ、勿体ないわ。オペの結果が出て、何でもないならば、、もうちょっとアクティブに無理やりなろう、と思う。所詮、独りが好きだし、マイナス思考だし、家でじーっとしてるのも好きだし、友人もいませんが。独りで自由なんだら!もっと遊ぼう、わたし。しかし、遊びを阻止するのがこの猛暑。。。こりゃ酷いわ。。。毎年こんな感じじゃ辛いが過ぎるんですけ
義母は、ステージ4の乳がんと闘っています。6月中旬に余命3ヶ月から半年と告げられ最近は会話が噛み合わないことがあったり、今いる場所が分からなくなってしまったり、、、病気の進行を感じる場面が増えてきて、家族として受け止めるのが苦しい日もあります。そんな中、昨日こんな出来事がありました。義母が電話で、ぽつりと「お父さんに会いたい」と言ったんです。旦那が急いで調整し木曜日に会いに行けることになったと伝えると、返ってきた言葉は「まだ死なないよ!」でした。その一言が、胸に刺