ブログ記事21件
ありがとう暦本日は7月11日和暦6月17日満月5時37分満ち足りた日7/11母倉日7/12母倉日大安一粒万倍日7/14月徳日7/15一粒万倍日7/18下弦の月大安7/19土用の丑の日「ありがとう」は幸せへの近道厳嶋神社(抜弁天)新宿区御祭神弁財天ぬけべんてん由来は境内が南北に通り抜けられるからと源義家が戦い勝利後に参拝「苦難を乗り越えられる」の意味があるそうです縁起良さそうそれでは~レッツGO新宿山ノ手七福
桜が散って藤の花が咲き、もうすっかり初夏ですがバスの中から見た街路樹が、一夜にして雪を被ったように白くなっていました。ハナミズキが咲いたのですね♪都営地下鉄大江戸線の若松河田駅近くの新しい道路に並んだハナミズキが一斉に咲いたので見て来ました。新しい道路に並ぶハナミズキ。真正面に見えるのは富久クロス。この場所の住居表示は新宿区余丁町(よちょうまち)です。陽射しが強すぎて枝先の花が写せるかどうか?何とかやってみました。
昨日は急用で更新出来まず、すんませんでした。さてお握りの魅力に負けて寄り道してしまいましたが市谷台町の台町坂散歩の続きです。お弁当屋さんの並びにあった説明板永井荷風旧居跡明治35年~大正7年までこの地で暮らしたそうな。ところで、この1日前に向かい側を歩いていてビックリしました。商店街ともいえない街並みの中に書店,本屋さんがあったのです。この日は閉まっていましたがホントに営業してるのだろうか?壁のポスターをじろじろ見て、新しい月刊誌の物なのでやっぱり営業してるんだ?日曜日だから休み
日記文学の最高峰「断腸亭日乗」(永井荷風日記)右下写真が断腸花大正6年(1917年)9月16日から昭和34年(1959年)4月29日(亡くなる前日)まで続けた日記それが、永井荷風断腸亭日乗٩(๑ᵒ̴̶̷͈̀ᗜᵒ̴̶̷͈́)و̑̑✧※日乗とは日記のこと。今回ご紹介するのは岩波文庫『摘録断腸亭日乗上&下巻』になります。漢文調で綴られた本作は、とても歯切れの良い読み口であると同時に歯に衣着せぬ内容本作が気に入り、全集を手にして日記全て網羅するもよし♪('ω'و
都営地下鉄大江戸線若松河田駅にて下車新宿区河田町と言えば、お台場テレビ局が移転前あったけ・・・駅出口のすぐ隣、小笠原伯爵邸昭和初期に旧小倉藩藩主家だった華族、小笠原長幹伯爵の邸宅として建てられたスパニッシュ様式の洋館現在はスペイン料理レストラン広々としたガーデンでのゆっくりとお食事などが楽しめるそうです駅前、新宿区河田町から余丁町の路地裏余丁東児童遊園へ階段を上り遊園内へ子供遊具の先出世稲荷神社手水鉢蛇口の栓はない出世稲荷神社は、新宿区余丁町にあ
川本三郎「東京抒情」(春秋社、2015年)を読んだ。本書は、「東京」をテーマにした「東京本」や、「東京人」をテーマにした「東京人」ものを川本が読みときながら、失われてしまった「東京」の残像を求めて川本自身が歩いて、彼自身の「東京」論を書き記した随筆集である。第1部「ノスタルジー都市東京」、第2部「残影を探して」、第3部「文学、映画、ここにあり」(第3部は「小説、映画に描かれた東京」といった内容)から構成されるが、いずれも川本の東京ノスタルジック・ジャーニーである。東京は工業都
東京都新宿区にある「余丁町」は新宿区の東部に位置し、牛込地区に属する。大久保四丁町に由来する江戸時代当初は大久保村の中にあり、後に旗本の組屋敷となった。その地に横町が四本あったことから「大久保四丁町」と呼ばれていたが、1872年(明治5年)に大久保前町と合併した際に縁起の悪い「四」を「余」に改めて「大久保余丁町」としたことに由来する。『断腸亭日乗』の永井荷風が約10年住んだ町。また坪内逍遥もこの地に住み、演劇研究所を設置した。その第一期生に松井須磨子がいた。
「建築でたどる日本近代法史」の第3回は、第2次大戦後、日本の戦争犯罪人を連合国側が裁いた極東軍事裁判(東京裁判)の法廷が設けられた市ヶ谷の旧自衛隊駐屯地に建つ、三島由紀夫の自決で有名になったあの建物である。記事は朝日新聞1990年(平成2年)1月6日夕刊(上の写真)。「今のうちです“昭和の史跡”自衛隊市ヶ谷駐屯地」というタイトルで、「東京裁判の法廷」「三島由紀夫自決の地」という副題がついている。記事によれば、ここに防衛庁が移転することが決まって、戦争中は大本営本部が置かれ、戦後に極
GWの間は、なるべく人混みに近づかないことにして地元近くをのんびりお散歩することにしました。とはいえ今日もやっぱり暑かったですね今回は前から気になっていた神社を二か所回りました。まず最初に伺ったのは新宿余丁町の抜弁天です。ここは三年位前、地元民に連れて来て貰いました。でもその時は夕方で、ゆっくりできなかったので今回は午前中に出発スタート地点は大江戸線の若松河田駅。そこからひたすら東新宿方向へ歩いていくと…間もなく見えて来ました。左側のバス停の先、
そんなわけで、女子医大から徒歩5分の神社へ行ってみることに。その神社の名は【出世稲荷神社】新たに新道が作られているようで、近くで工事はしているものの、ひとたび神社の鳥居をくぐると静かなのが不思議石の鳥居をくぐる手水場は、残念ながら水はなかったので、そんな時にはエア手水(お清めのイメージ)ここは狛狐🐺さんズがいないちょっとさみしいな😩まずは、社殿にて御挨拶参拝実は、この神社。457年に江戸城主太田道灌が「郭向の岡」と呼ばれていた地に創建し、1526年、遠山左衛門尉直影が当地へ
.短い間でしたが、いよいよデス💦このファミマでモーニング最後になります😂紀尾井町に行ってもここでモーニング出来ると思ってたけど、まさかこんなに早くサヨナラとは悲しい😢💔というかナポリタンの鬼盛りを最後にチャレンジと思ってたが無いので、けんちんうどんが100円引に負けセレクト😅💦しかし、ネギが物足りないので⤵️青ネギ追加でネギの富士盛りが美しい🤣😂🤣変な話し第一食堂のよりも具がゴロゴロデス旨い😋..#本日の朝ごはん#ファミマ#余丁町ファミマ#具だく
本日,10月10日は「銭湯の日」久しぶりの銭湯話(たまっているんです・・・)先週6日,大雪山系旭岳,今季初冠雪。このニュースを聞いて,すぐに銭湯が頭に浮かぶボクは何者ところは,新宿余丁町の弁天湯。ペンキ絵をご覧ください。(弁天湯HPより)浴槽上部に広がるは「大雪山系旭岳と池に映る逆さ旭岳」。これは珍しい都内唯一では?標高や池の名前まで書き込んである念の入れ方。ご主人がご当地出身だったのか?旭岳の左手・男湯には雷神,右手・女湯には風神がおわします。弁
新宿北東部は秘境なの?ということから始まったお散歩の続きです弁天湯を通り過ぎたら、細い道の先に趣きのある瓦屋根が見えてきたのですわ古民家か?と思ったらお寺でしたとても落ち着いた佇まいのお寺法善寺山門の横に何か説明板があります新宿区指定有形文化財法善寺の七面明神像の説明板でした写真を拝見するとふくよかなとても気高い感じの明神像でしたところで、この説明板を見るとここはもう新宿六丁目なのね細い道の左側は富久町、右は余丁町そして正
新宿歌舞伎町を抜けて、さらに東新宿駅からすこし歩くと、濡れ頭巾ちゃんのお気に入り『弁天湯』がありまーす余丁町の雰囲気、脱衣所の中央に置かれた縁台、井戸水の良さ、サウナの感じなど、なんとなく京都の銭湯っぽくて好きなんだよねー周りには昔ながらのお店が多く、蕎麦の砂場、小体な寿司屋など、良さげな飲食店が散在していますが、きょうは弁天湯裏の『お食事おおの』でサウナめしをおおの(若松河田/とんかつ)★★★☆☆3.09■予算(夜):~¥999tabelog.comカウンター8席と小上がりがふたつ
今日は通院。東京行の新幹線はガラガラ。東京駅も土曜とは思えないほどガラガラ。正直東京行きたくなかったですが、どうしようもないので…。東京女子医科大学で腎移植を受けた患者は、専用のフォローアップクリニックがあります。余丁町クリニック。ここはマスク必須だったり、待合室になるべくいないように外に出て電話がかかってきてから再度病院に向かったりと、感染症予防に努めてます。普通の病院だとどんな人が来るかわからないし、感染症の危険を抑えるために最大限配慮されてます。たぶ
今日のランチは砂場でお蕎麦俺はお蕎麦が大好きなんだけど、美味しくない蕎麦なら食べないほうがマシって思っているので、殆ど食べないんだそれでも偶には食べたくなり、今日は後悔覚悟で出陣!向かうは「なんちゃら砂場」!この「砂場」って言う屋号を使うところは、そこそこあるのでお馴染みて言えばお馴染みかな!今更書くことは無いけど「砂場」の名前の由来は大坂城築城の際の砂場(砂置き場)に蕎麦屋さんが出来たのがどうのってことらしい。俺は室町砂場が好きでそこそこのお蕎麦と絶品の蕎麦つゆが味わえるんだ南千
残暑ですねー。暑いです。😅今日は新宿区の余丁町に出かけました。抜弁天さん。この辺りの地名が抜弁天なんです。弁天さまに抜ける道かと思ったら苦難を抜けるための神社で抜弁天ですって😅😅😅😅立ち寄っておまいりしました。結構男っぽい龍。🐲🐉🐲🐲🐲🐲🐲🐲⛩🐲🐲🐲🐲🐲🐲🐲チンチン電車に乗ったことある?▼本日限定!ブログスタンプあなたもスタンプをGETしよう
台風一過、都営ワンデーパスでぐるりと回って新宿初湯弁天湯最寄りは大江戸線若松河田駅徒歩7分入り口入ってゆったりロビー男女日替わりで入れ替え本日女湯は向かって左側(露天風呂が反対側だったのが残念偶数日が女、奇数日が男)脱衣場広い真ん中に畳のベンチなんと全てのロッカーに充電用電源がこれは今まで見たことない洗い場少し前後の間隔狭いかなシャワーが備え付けと手持ちとランダムお風呂は向かって右からつぼ湯スポットハイパワー浴足浴泉寝浴七色スポットに指を当てると
苦難を切り抜ける・・・この神社の始まりとなった八幡太郎、源義家公も、幾度の戦でどう戦局を切り抜けていくか、それこそ命がけだったのでしょうね。昔は今とは違って⭐死⭐というものがすぐ隣あわせに存在していて、⭐命⭐というものが簡単に取り扱われた時代ですからいざとなったら神にもすがる思い、神頼みで敵陣に攻めいったのでしょうね。奥州平定をここで祈願して無事にそれを成し遂げた義家公、命を落としかけたこともあったでしょう。無事に帰ってこられるようにとこの地で祈願してそれが叶った
と〜〜〜っても気になってますのこちらの居酒屋さんこのお店の色づかいたまら〜〜〜んす余丁町(@新宿区)にある「蛍」って居酒屋さんも〜なんかドキドキしちゃう雰囲気醸し出されてるの〜フラッと立ち寄ってみたいわ〜そんでもあたしゃ一人で店とか入れないっ子てかおっさんなんすよ〜人が怖いの・・・アブナイから一時はコンビニも入れない時あったますますアブナイから「ほろ酔いセット¥2.000」ですって隣が銭湯でしたネットでいろいろ調べてみましたらお店の方がステキでクセになるお店みた
東京都荒川区南千住ママの為のクラフト教室Atelier~Sakura~のアヤママです国際スクラップブッキング協会ISA2キットパスアートインストラクターストーンセラピストLuxeTime認定校アルバム大使【しょくいくフェスタ出展しました】先日新宿区余丁町のしょくいくフェスタに出展しました♪第1回目開催できたが地元の小学生がいっぱい遊びに来てくれました今回中学の時からのお友達からお誘いを受けヘアセット&販売をしましたヘアセットも大人気!なんと300円第2回目も開催
ラッキング配管内を雨が移動している可能性があって改善を試みる事に。上方から配管が室内に入り込む形状は雨漏りリスクが非常に高くなります。真に怪しい状況が現れてしまいました。冷媒管と保温材の隙間、保温材とラッキングの隙間、電線廻り、全てが雨の通り道になっているかもしれません。全ての雨の浸入経路を断ち切る必要があります。歌舞伎町の雨漏り改善、富久町の雨漏り改善、余丁町の雨漏り改善、大久保の雨漏り改善、百人町の雨漏り改善も可能です!