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4月8日の岡田有希子ちゃんの命日に続き、5月2日はhideさんの命日です。悲劇から早いもので28年が経ちましたが、1998年となると我々世代からすれば、ついこの間の出来事ですね。有希子ちゃん同様、本当にショッキングでした。今なおhideさんのファンの間では「不慮の事故だったのでは?」「事故であってほしい」といったように、自殺説を否定する見方が強いです。私もそう考えます。このことが、有希子ちゃんの場合も不慮の事故によるものではないか?という私の主張にもつながっています。そこ
岡田有希子(佐藤佳代)1967年〈昭和42年〉8月22日-1986年〈昭和61年〉4月8日)40年経った…。
2026年4月8日、あの悲劇からちょうど40年。日数にして14,610日が経過しました。長いようで短いような。もう40年も経ったのが信じられないと思う一方で、1986年当時の世相や出来事を意外と覚えていることもありますね。今年も岡田有希子ちゃんの命日を迎え、謹んで哀悼を捧げます。昨年の命日は当時と同じ火曜日、そして今年は40年と、例年以上に特別な思いが込められてきますが、どうしても仕事の都合で「秘めたあの場所には」行けないのが非常に残念です。ほかのファンの方々の生の声が聞きたかったですね。
今年も全国各地で花見の季節がやってきましたね。早咲きから遅咲き、南から北へと順次、展開されていきます。年度末から新年度にかけては何かと多忙ですが、こういうときは花見でもして癒されたいものです。生前の岡田有希子ちゃんは、お花見すらできないほど余裕がなかったのかもしれません。せめてこの写真をご覧になってくれればいいなぁ。
以前、GoogleのAIによる解析を使った記事を投稿しましたが、今回は岡田有希子ちゃんが存命ならこんな活動をしたかもしれないということで、次のようにAIに解析してもらいました。Q:もしも岡田有希子が存命であれば、東日本大震災の被災地復興活動に尽力していたかもしれない。A:岡田有希子さんがもし存命であれば、その誠実で心優しい人柄から、東日本大震災の被災地支援に心を寄せ、積極的に行動していた可能性は大いにあるでしょう。彼女が生前見せていた姿勢や、もし彼女が現代を歩んでいたらという視点から、その
3月11日。東日本大震災が発生して15年が経ちました。本当にあのような災害は2度と起きてほしくないですが、いつ、どこで発生してもおかしくないのが自然災害の恐ろしさです。今年も哀悼を捧げます。その東日本大震災について、毎年この時期になるといつも思うことがあります。まず「東北の震災」という言い方をされる人がとにかく多いですが、ご存知のようにこの震災は東北地方だけでなく、茨城県や千葉県といった関東地方も被災地にあたり、太平洋沿岸部は東北と同じように津波による甚大な被害を受け、亡くなられた方もかなり
1981年8月『ニコンフレッシュギャルコンテスト』オーディションに応募した佐藤佳代さん(岡田有希子)。翌年1982(昭和57)年3月7日、東京・池袋西武屋上特設イベント会場にて「ニコンフラッシュギャルコンテスト」が行われ岡田有希子さんは準グランプリ受賞を獲得しました。副賞としてグアム旅行。★ユッコデビュー前のまだ中学2年生14才ニコンフレッシュギャルコンテストで準グランプリに選ばれた時の写真です。ご存知の通り、写真雑誌「写楽」1982年3月号『立木義浩が撮った佳代、14才』のタ
「おねがい!サミアどん」というアニメ番組をご存知でしょうか?1985年から1年近くNHKの夕方に放送されていたイギリス童話を基にしたアニメ作品です。サミアどんという砂の妖精が1日1回限り願い事を叶えてくれるというファンタジーとドタバタコメディもので、小学生だった私は毎週欠かさず見てました。そしてこのサミアどんの主題歌「瞬間はファンタジー」を歌っていたのが長山洋子さんです。おねがい!サミアどんOp-YouTubeYouTubeでお気に入りの動画や音楽を楽しみ、オリジナルのコンテンツ
1983年(昭和58)2月1日、デビュー前の佐藤佳代(岡田有希子)さんのニコンフラッシュギャルモデルとして、Nikon(ニコン)中・高生向け情報誌が発行されました。非売品のため、この情報はオークションからになります。非売品ということで、オークションの値段は390,000円です。とても高額なため、購入できませんね。オークションには次のような商品説明がありました。商品説明昭和58年2月1日発行のNikonの中・高生向けの情報誌になります。発行時期から逆算すると撮影されたのは
今年最初の投稿です。1月17日、阪神・淡路大震災が発生した日ですね。もう31年も前になりますが、当日の朝のニュースを見た時に、どこかの国で戦争でも始まったのかと思うくらい衝撃的でした。震災で亡くなられた方々への哀悼を捧げるとともに、災害の記憶を次世代につなげていくことの大切さを改めて思います。岡田有希子ちゃんが存命なら、この頃は27歳となります。優しい有希子ちゃんなら、被災地復興支援などに奔走し、被災者の心に寄り添うような活動をされていたことでしょう。ところで、テレビや書籍などは「阪神・
1984年ORICONWEEKLY(オリコンウイクリー)1/6表紙/早見優岡田有希子、田中久美、渡辺典子ほか田中久美、岡田有希子、渡辺典子、ガメラ、麗美★デビュー前の貴重な記事岡田有希子松田聖子、桑田靖子に続けと、サン・ミュジックがデビューさせるのが岡田有希子。デビューは4月とまだ先だけど、今から注目しておいてソンはない。カワイイし、歌もうまいんだ。風の谷のナウシカ主題歌/安田成美作詞/松本隆作曲/細野晴臣1984年1月25日発売風
去年の8月以来となります岡田有希子ちゃんと同学年の黄金世代シリーズ。しばらくこのシリーズの更新するのすっかり忘れていました。41人目にご紹介するのは、元大相撲力士で現在はスポーツキャスターやタレントの舞の海秀平さんです。【生年月日】岡田有希子昭和42年8月22日舞の海秀平昭和43年2月17日舞の海さんといえば、小兵ながら大きな相手に多種多様な技を仕掛けて倒す「技のデパート」の異名を持ちます。若貴ブーム真っ只中の90年代を代表する力士の1人で、最高位は小結。自分よりはるかに大き
Google検索ではこの頃「AIによる概要」が概要どころか、かなり詳細な解説をしてくれます。ただ言葉を検索するだけでなく、さまざまな文例などについてもAIが解説するようになりましたね。ある日、タイトルのように芸能プロダクションが「知らぬ存ぜぬ」「見て見ぬふり」と保身に走るのは責任逃れだ。とGoogleで検索したところ、次のように丁寧に2つ解説してくれました。1つ目の解説A1:芸能プロダクションが責任を回避するような姿勢をとることへのご意見は、もっともだと思います。ご指摘の通り、「知ら
気付けば、禁じられたマリコが放送されてもう40年になるんですね。小学生だった当時、超能力ならまだしもポルターガイストなど超常現象を扱っていたので「怖いドラマ」というイメージがあったので、あまり見ないようにしていたような気がします。しかし、今改めてネット動画で見てみると、怖いというのは全くなく、なんだかとても切ないドラマなんだなと思いました。ヒロインのマリコ役に岡田有希子ちゃんはピッタリだと思っています。このドラマから本来であれば、有希子ちゃんの女優としてのキャリアを積んでいったであろうと思
https://youtu.be/Duv3AZHnXhE?si=tX_uK2sSNU-Nd31Shttps://youtu.be/Duv3AZHnXhE?si=tX_uK2sSNU-Nd31S-YouTubeYouTubeでお気に入りの動画や音楽を楽しみ、オリジナルのコンテンツをアップロードして友だちや家族、世界中の人たちと共有しましょう。youtu.be『化け物扱いするな』岡田有希子ちゃんが亡くなって2ヶ月が過ぎた頃、あるとんでもない騒動が起きました。そう、有希子ちゃんの幽霊騒ぎ
昨年、岡田有希子ちゃんの秘めたあの場所巡りとして行って来ました南青山ロータリーマンション。その1階に今年4月、Quattrocanti(クアトロカンティ)という、イタリア料理のお店がオープンしました。さすが本格イタリアンということで、お値段もすごいようですが、一度はそこでお食事してみたいですね。
8月22日は岡田有希子ちゃんの誕生日ですね。毎年この日には必ずおめでとうの記事を投稿しています。今年も有希子ちゃんおめでとうと言わせて下さい。
8月15日。終戦からちょうど80年の節目を迎えました。(厳密にいうと本当の終戦日は9月2日となります。)この日となると必ずと言っていいほど、政治家の靖国神社参拝や玉串奉奠をメディアがいちいち取り上げますが、なぜなんでしょう?ニュース番組などで、さも問題行動を起こしたかのような言い方をして、挙句の果てには韓国や中国の反応をいちいち報じたがるのですから、おかしいとしか言いようがありません。なぜ日本のメディアなのに我が国の立場に立った報道ができないのでしょうか?それともしたくないのでしょうか?
今回の参院選を振り返り、改めてオールドメディア(マスコミ)の卑劣さや汚さといったマイナス面が浮き彫りになったといえます。中でも、ある政党が掲げるスローガンや政策論などに対し、まるで悪であるかのような印象操作を行い、選挙妨害ともとれるようなコメントをした報道テレビ番組には、本当に反吐が出ました。酷すぎます。テレビやラジオ、新聞、雑誌といったオールドメディアが、令和のこの時代、もはや信頼できる情報媒体ではなくなってきているというのは、皆さんご存じのとおりですね。裏を返せば、マスコミなんて最初か
雨が降らないうちに洗濯完了。台風が来るとか来てないとか💦ゲームのキャラクターの話ですが知る人ぞ知る人がモデルのキャラクター佐藤佳代ちゃんが登場します。バンドメンバー候補は10人いて街で出会ったなら好きな人と上手くいけばバンドを組み一緒にライブすることが可能です^_^出逢えるかどうかはあなたの行動次第!わからない時は攻略本をネットで公開しております。ラストノート、まだ鳴らない-無料ゲーム配信中!スマホ対応[ノベルゲームコレクション]日本最大級のティーンズバンドコンテスト
毎月投稿は維持したものの、ほぼ2か月ぶりの更新となりました。この間に家族の不幸がありました。大切な人を亡くすことの悲しみや寂しさ、また、生前の昔の思い出など改めて深く感じています。1986年に岡田有希子ちゃんが亡くなったとき、家族や親族、友人らにとって、どんなに悲しく、辛く、苦しかっただろうか。先日亡くなった私の家族は、言わば天寿を全うした大往生でしたので、本当に素晴らしい人生を送ったのだと思います。しかし、有希子ちゃんはまだ、18歳と8か月足らずしか生きられなかった。これから大人になっ
日本児童文学者協会・編「迷宮ヶ丘二丁目百年オルガン」末吉暁子、にしがきようこ、佐藤佳代、ばんひろこ、越水利江子5人の作家による児童短編集です。不気味で不思議なジュブナイル小説になっています。10冊のシリーズ物の2冊目です。5話のうちハッピーエンドが1話だけという、シリーズ屈指の不気味な巻となっていました。本作は、学校や神社、町の中などの不思議スポットに入り込んだ主人公達が不気味な事件に巻き込まれる話です。他の巻が思春期の人間関係を描いていたのと違い、純粋なホラーファンタジー小説が
岡田有希子ちゃん同様、hideさんの命日にも追悼記事を書いています。1998年5月2日です。もう27年も経ちます。有希子ちゃんとhideさん。どちらもファンの後追い自殺が相次いで起こり、社会問題にもなりました。このような悲劇がなぜ起きたか?それはマスコミによる過剰報道に他なりません。今でこそ芸能人、著名人が亡くなった際、報道は控え目になりましたが、80年代や90年代はさも一大事が起きたと騒ぎ立てていました。そしてあまりにも「飛び降りた」だの「首を吊った」だの、マスコミが繰り返し強調して
今年も岡田有希子ちゃんの命日を迎え、5回目の追悼ブログを書くことになります。私のブログ活動も開設して早いもので5年目に入ります。去年の夏に行ってきた大木戸ビルですが、今年の命日も仕事の都合で行けませんでした。現地に集うファンの皆さんの声や追悼の様子、有希子ちゃんへの想いを直に感じたかったですね。また、愛知県にある有希子ちゃんのお墓参りにもいつか必ず行きたいです。ほかにも有希子ちゃんにゆかりのある場所がまだまだあると思うので、リサーチしてみます。命日に関する記事では、いつも有希子ちゃん
Spotifyhttps://open.spotify.com/artist/5KoAVBi3BfwZfbQxwJab0B?si=bg0GlteZSJqU6mIeV6Kz5w&pi=yIiukYbtTtyYaYukikoOkadaArtist·79.6Kmonthlylisteners.open.spotify.comYouTubehttps://youtube.com/@okadayukiko_ponycanyon?si=SMiy3T6URwPgtstW岡田有希子ポニー
岡田有希子(このときはまだ、佐藤佳代)が11歳のときに描いた水彩画。死後に編まれた追悼本「愛をください」に掲載されている。描いたのは小6の4月かと推定される。その5年後の春に彼女は歌手デビューして、さらにその2年後の春、1986年の4月8日の昼過ぎに、自ら命を絶った。(カクヨムでこの絵について触れたが、あちらは画像が載せられないので、こちらで紹介してみた)
2025.4.8(火)1986年と同じカレンダーですね。わたしは当時まだ生まれていませんが岡田有希子さんが大好きです。そして2月に四谷に訪れることが出来ました。小さいお手紙を添えてユッコちゃんにご挨拶。ユッコちゃんに理解があるとても優しいお友達に着いてきてもらったので安心して落ち着いてお話(ほぼ独り言ですが…)してきました。びっくりするほどキレイなそよ風が吹いていました。お墓参りの時と同じ風。空気が綺麗な透き通った風でした。そして植木の前で写真を撮って貰いました。スピリチュア
皆さんご存知のとおり、1986年4月4日は岡田有希子ちゃんが最期にテレビ出演した日です。奇しくも今年は同じ金曜日。番組がオンエアされたのが有希子ちゃんが亡くなった後ということで、このようなテロップが表示されています。有希子ちゃんに限らず、収録後に出演者が亡くなったりすると「この番組は…」といった字幕を今でも見かけたりしますが、とても切なくなりますね。有希子ちゃんのこの番組は残念ながら当時は見ていなかったのですがYouTubeで拝見しました。何とか笑顔を振りまいてはいるものの、やはり元気が
それはなんで「ポスト松田聖子」が「岡田有希子」だとしたらである…いまさらだけどわからんけど「コイツらの人格」からしたらである…たとえばな…たとえば「ポスト松田聖子」においてそもそも「岡田有希子(佐藤佳代)」なんて話はそもそもそういう意味で「カヨ」は僕の叔母である…しいて言えば姉であるウチのオフクロがそうやって亡くなったって意味でそうね…そういうのを「三石カヨ」と呼ぶのならば…あーな…そう