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父が入院してた市立病院の前を通ると4年経った未だに辛い💧最後の瞬間を思い出してしまう。パパが小さい頃に遊びに来たレジャーランド跡地を見たいと言うので寄り道で私も幼い頃しょっちゅう連れて貰って来てたから懐かしい。17歳で故郷を出て早42年!今思えば両親が居なくなる不安なんて何もなかった幼少期が1番~幸せだったのかもしれない。
今回、一番の楽しみの有料コースの旧住友赤平炭鉱立坑櫓へ立坑櫓の高さ44m、1963年当時20億円を投じて建設された立坑櫓、近代的な合理化しながらの採掘でしたが、海外炭の価格には敵わず1994年に閉山しました。当時は東洋一の最新設備だったようです。入室します、ヤード・立坑櫓・操車場は当時のまま保されていて、見学ができます、廃墟マニアの方にもいいかも、合法的に見れますよ(^-^)ガイド役の炭鉱マンだった方が説明をしてくれます。後ろに見える、立坑のエレベターの4段ケージ、採掘した石炭
父が入院してた病院・・・未だに見ると闘病中の事を思い出し胸が詰まり涙で帰り道は~父の長年の通勤コースを。昔・・・父は人には大きな声で言えない職業?でしたが母の姉妹から養子縁組で私を貰ってから実家に戻り~炭鉱に入り長年~私を育てる為に毎日~命がけで働いてくれた父。生きてるうちは~照れ臭くて言えなかったけど「育ててくれて~ありがとう!大好きだよ!」父の葬儀の参列者の数で~わかりましたが~父は無口で寡黙な性格でしたが~持ち前の義理と人情と弱い者を守る人柄で友達や仲間が芦別
2014年に撮影した旧住友赤平炭鉱立坑櫓、ライトアップされた日に訪問。住友赤平炭鉱は1994年に閉山しましたが現在でも立坑櫓が遺されており、赤平市炭鉱遺産ガイダンス施設が併設されています。炭鉱遺産が現在も活用されている大変貴重な存在です。NikonD4s&AF-SNIKKOR70-200mmf/2.8GEDVRII
赤平市炭鉱遺産ガイダンス施設その1赤平市炭鉱遺産ガイダンス施設その2の続きです。2023年9月17日炭鉱遺産ガイド付き見学会の前半、旧住友赤平炭鉱立坑櫓の見学を終え、いったん、ガイダンス施設に戻り、車で5分ほどの、自走枠工場に向かいます。そらち炭鉱(やま)の記憶をめぐる_住友赤平炭鉱採炭用機械類(旧自走枠工場内)-空知総合振興局地域創生部地域政策課www.sorachi.pref.hokkaido.lg.jp自走枠とは、それまで人力にたよっていた採炭を
2023年9月17日前日に日本一のズリ山階段に行った帰りに、赤平市炭鉱遺産ガイダンス施設に立ち寄ったのですが、炭鉱遺産ガイド付き見学会があると聞いて、時間を合わせて再び訪れました。画像が多数ですので、3回に分けて記事にします。その1です。赤平市炭鉱遺産ガイダンス施設入口です。日本遺産「炭鉄港」のバナーが掲げられています。見学会は10時と13時の1日2回。市外の大人ひとり¥800.です。見学会の始まりまで、ガイダンス施設の展示品などを見
【赤平市】1918(大正7)年茂尻炭鉱が開坑し石炭の歴史が始まり、豊里炭鉱、赤間炭鉱、赤平炭鉱と大手炭鉱が次々と開坑した。最盛期の昭和30年代には大小22もの炭鉱が稼働していたが、昭和40年代のエネルギー転換によって、閉山が相次ぎ、1994(平成6)年赤平最後の炭鉱赤平炭鉱が閉山し、石炭の歴史に幕を下ろした。閉山後は、鉱業から工業のまちを目指している。2019(令和元)年5月20日日本遺産「炭鉄港」に認定赤平市の構成文化財は3ヵ所・北炭赤間炭鉱ズリ山・住友赤平炭鉱立坑櫓・
ふるさとの姿を見つけ思い馳せ5月7日北海道新聞夕刊一面私のふるさと赤平が掲載された今、人口は9168人(2022年4月)炭鉱最盛期は昭和29年世帯数10,960人口56,226男28,758女27,468今は姉夫婦が暮らしている今年は行きたいものだ住友赤平立坑立坑内2019年にアニメ映画化された「ぼくらの7日間戦争」の聖地主人公の高校生たちが立てこもる廃工場「旧住友赤平炭鉱立坑跡周辺」これがアニメで高校生たちが立てこもっていた場所まさに立坑
街を出る前に給油でスタンドに入る手前の信号待ちで隣に叔母たち乗せる場所が横並びでT叔母の手を振る姿が見えました!給油中は昔懐かし「チェルシー」舐めりながら父が最後に働いた「住友赤平炭鉱」毎日の通勤コースを走る。家族の為に毎日~命がけで働いてくれ今更ながら感謝も言葉で~ちゃんと伝えれば良かった。思春期は互いにぶつかり合うばかりの親子で17歳で実家を出るも~私が結婚して孫が生まれてからは父も昔の影がない程~穏やかで自らも「じいちゃん」と言いすっかり~丸くなりまし
ふるさとの思いを繋ぎ今がある・幼少から青春時代を過ごした赤平市通った住友赤平小学校住友赤平中学校赤平西高校今はすべてなくなっている住友赤平炭鉱もとっくに閉山今、日本遺産炭鉄港として見直されている「炭鉄港(たんてつこう)」は、近代北海道を築く基となった三都(空知・室蘭・小樽)を、石炭・鉄鋼・港湾・鉄道というテーマで結ぶことにより、人と知識の新たな動きを作り出そうとする取り組み。これまでふるさとを思いふるさと納税をして
サツドラウォーク、到着です。赤平市(あかびらし)です。旧住友赤平炭鉱立坑やぐらがあります。
「ぼくらの7日間戦争」わいも学生だった頃、実写版映画🎬を観てときめいた大作だ。それが時を超え、アニメ化されて蘇ったとき、その舞台に選ばれた「住友赤平炭鉱遺産」。実写版の「廃工場跡🏭」といい、アニメ版の「炭鉱施設跡」といい、「城🏯・砦」として、実に絵になる。実際、工場も炭鉱も、稼働していた時は、職員・労働者・周辺地区の住民にとってもまさに「城🏯そのもの」だったのだ。城跡も、産業遺構も、「人」あってこそ🤭輝き続ける。その「人の営み」を絶やさず、地元住民・サポーター・リ
住友赤平炭鉱の立坑は、立坑やぐらの下と立坑ヤード内部、立坑脇の巻き上げ機設備を全て見学できる、「本邦唯一無二」の施設。年産200万トン体制を達成するだけではなく、炭塵爆発💥、ガス爆発💥、ガス突出などの大事故を未然に防ぐために、ボーリング調査を念入りに行っていたのも、住友赤平炭鉱の特徴。他の炭鉱よりも更に保安検査が厳しく、寒い時でも脱衣身体検査をさせたことが別の意味で問題視された話もあるほどなのだ。立坑を見学した後は、自走枠工場の跡へ移動。ボーリング調査をする為の管
さあ、やって来ました「住友赤平炭鉱立坑巡り」へ。かつて立坑大やぐらのいただきには、住友の井桁マークと(菱形の輪郭が残ってる)「住友赤平炭鉱」と書かれたネオン管が燦然と輝き、三交代制で24時間稼働していた「不夜城」のシンボルであったのだ🤭。石狩・空知炭田の炭層断面図。断層が炭鉱の息の根を止めたこともあれば、断層を逆手に取ってメタンガスを取り出し、炭鉱および炭住街の電力を生み出す事例もあったのだ🤭。実際、住友赤平炭鉱では、採炭を焦ることなく入念なボーリング調査を行い、ガ
赤平市の2枚目も炭鉱施設です。これはアニメ好きの人、特に聖地巡礼をする人には既にご存知の場所かもしれません。住友赤平炭鉱立坑櫓・周辺施設。立坑櫓は1963年建設といいますから、私より年下。まだまだ元気!……かな?稼働時は赤平駅から見えました。特に夜行列車で深夜赤平に着く時「住友」の文字が櫓に掲げられていたのを見ると、24時間3交代の3番方の人が働いているんだなと。この施設が今でも見学できます。1日2回ガイドさんの案内で櫓の内部を見ることが出来ます。本
この時期の遺構探訪は久しぶりです。先日の「ぼくらの7日間戦争」のモデルとなった遺構のある赤平市へ行ってきました。今日はガイダンス施設は休館日、駐車場もロープが張られシャットアウト状態だったので外回りだけでも散策しました。マンホールのデザイン(遺構)はカラーで綺麗住友赤平炭鉱竪坑櫓とガイダンス施設砿務所(ピンク色)とガイダンス施設の間からのアングルが、アニメで描写されています。施設のガラス窓からは、眼前に竪坑櫓が見えます。迫力ありますよ。櫓の高さはH
とうとう、雪が降る前の写真が残っていたー秋のニコンカレッジですねとても楽しかったのを覚えている本当は、雪のうちに赤平の住友立坑を撮りに行く予定がわんこの体調不良にダーリンさんの体調不良そして私のインフルからの体調不良と続き前半遊べなかったからね〜でも、今見てもインパクトがある絶対にかなわないけども坑道も見てみたいと思ってしまうでも迷子になって2度と出れなくなりそう自分が立っている場所の下には無数の坑道があることを想像したらゾクゾクしてしまったこの時は、前半が標準
赤平市に残る住友赤平炭鉱立坑。昭和38年から平成6年まで使用されていた。エレベータで地下650Mまで行けた。巻き揚げ機。たくさんのレールが敷かれている。何かしら惹かれる。これはもう芸術作品の域。お隣のガイダンス施設で申し込むと見学できる。絶対オススメの場所。
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2019.01.07のNHK北海道版ニュースより。赤平市のニュースをお届けします。私の住む赤平市にあり、私の父も勤めた、住友赤平炭鉱の立坑櫓。その他、石炭の生産及び輸送等に関連する遺構を、まとめて「炭鉄港」として、日本遺産に申請しよう!…という動きが始まっています。実は、赤平市の市議会議員さんがかなり主導的に関与して進めている話です。以上のテレビ画面写真に登場しているのは、全て、住友赤平立坑櫓の映像。以下は沼田のクラウス15
赤平炭鉱のすぐ横に今年オープンしたガイダンス施設があります立坑の見学もこちらで申し込むだりカフェがあったり赤平の特産品が売っていたりしてます炭鉱の資料館にもなってます。、立坑の見学は有料ですがガイダンス施設の利用は無料ですもちろん、無料の駐車場もありますよニコンカレッジの教室の前にダーリンさんと資料を見学実際に使っていたものが手の届く範囲にあったりでワクワクドキドキなのです今夜は麻婆春雨にしようかと思ってます昨日の晩御飯予定が、そのままスライドされただけですやみつき
ニコンカレッジのカメラ教室での赤平炭鉱の写真夕方で雨だったのもありますが全体的に暗めの画像ですねワクワク感の方が大きかったような気がする今日は晩御飯支度をしたら爆睡してしまった薬の副作用で眠気が強かったお昼ご飯食べ損ねた〜いとこ煮は美味しくできたかな?楽しみなり〜まだ、眠い〜
住友赤平炭鉱立坑の人車ダイヤ。地下650mまで移動する。これに乗っていく。操作はここで。鉄道とは違う時刻表に大興奮。
◆昭和37年から48年まで住んだ赤平。◆住友赤平炭鉱の立坑櫓が今も残って、昔を忍ばせる。◆通った赤平西高も、今はもうその姿がない。◆寂しい限りです。◆空知川◆赤平市役所"◆赤平駅◆今も駅前に残る日高屋さん◆住友赤平小学校◆山には、冬になるとよく通った赤平スキー場が見える。が、とっくに営業は止めている。◆やっぱり、ジンギスカンにたどりつく。ベルのたれ、旨し。◆赤平、感謝。◆姉夫婦と、語らってきた。
赤平市の住友赤平炭鉱の立坑。昭和38年に建設された。650メートルの深さまで垂直に行くことができた。三笠市にある北炭の錦立坑。195メートルの深さ。北海道の土木遺産でもある道内最古の立坑。大正8年からこの場所に立つ。地底数百メートルの世界。暗がりや閉所が苦手な僕には全く想像ができない。炭鉱マンの勇気には絶対勝てない。