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伯母の葬儀に行きました一日葬です最近は一日葬が増えてるようです伯母は母の姉です母は5人姉弟妹の真ん中すぐ上の姉は3年前に他界し今回の姉は一番上です母は5人姉弟妹の上2人を亡くした事になります98歳で大往生だと思いましたがやはり悲しい母が中3の時に両親を続けて亡くし結婚したばかりの長女の家でお世話になったそうでだから母が結婚した後も家族ぐるみの交流がありました私もよく電話で話したり📞物知りな伯母にいろんなアドバイスをしてもらったりしました遊びに行くといつも笑顔で
こちらの続きになります↓↓『母の実家の、お墓参り』昨日は、1番下の妹と一緒に今年3月に亡くなった母の実家のお墓参りに行ってきました。お天気が良くて、よかったお彼岸が、ほぼ雨だったせいかお墓参りの方…ameblo.jp3連休最終日に、1番下の妹と母方の祖父母のお墓参りに行ってきました。母方の実家のお墓で私の祖父が亡くなったのが私が高3の、44?年前。その後、娘が1歳くらいの時アメリカからの一時帰国中に行った記憶があ
いずみが保育園時代に母親の弟が亡くなった。人生初のお葬式だった。商売をしていた祖父がまだ存命だったり地域性や時代もあったりで、いずみの記憶にある限り一番大掛かりなお葬式だった。そんなお葬式からそんなに経たない頃に伯母と従兄弟のT君は祖父宅から去った。いずみは衝撃だった。おじいちゃんとT君一家で一家族だと思っていて何故居なくなるのかさっぱり分からなかった。まだ若い伯母のことを思い血縁のない祖父と居るよりも自分の人生を生きた方がいいと祖父が促したと後に聞いた。以来、T君
本日の装い…紫に染め直した単衣の着物、真綿の袋帯地紋が残る元々は、①袷の着物八掛の色、質、良し(母の姉=伯母の仕立て)本来の着物単衣に写真で見るよりも、竹模様の部分がかなり紅色に輝いているので、八掛=裏を外し、表布を裏替えしにして、②単衣の着物に縫い直しました(優しい色合いの淡いピンク地に蚊絣のような模様の単衣に変身です)母の姉=伯母は、着物を仕立てる人、着物がジャストサイズの伯母は、茶道に励
母を伯母と同じ施設に入居させたのは、あらゆる面から良かれと思ってやったこと。私と、仲良し姉妹2人にとっても、最良の選択だったはず、しかも奇跡のように空室があったし。だけど、完全に裏目に出てしまった母は、”生まれて初めて社会に出た少女のよう”とでも言ったらいいのか、介護の現場の”ルール”を理解できない。姉に対するおせっかいが問題視されている私の心労は増すばかりもう少しだけ様子見て、落ち着くのを待とう。世の中うまくいかないもんですね。最近また眠れなくて眠剤を飲んで
電話から届いた想い昨夜‥父の退院の報告もあって親戚に電話をしました‥📞退院したと言っても‥いろいろ‥心配な状況ではありますが‥💦いとこのお兄さんが‥『久しぶりにおばさんの声‥聞いてみるか‥?』と‥いろんな事があって‥私が元気がないと分かった⁉️いとこのちょっとした気遣いでした‥💦久しぶりに聞く‥懐かしい伯母の声‥伯母は娘を早くに亡くしていて‥ずっと私を気にかけ‥可愛がってくれました‥。嫁いでからはいつも実家の帰り立ち寄っておしゃべりを‥年老いた伯母は
人気記事にランクイン#日本を見ていて憂う事78位小説「或るベルガールの一日」141位読まれてない方に御案内イイね外して半月どなたがご訪問下さってるか解らず不躾ながらご報告させて頂きました😊めざわりかもしれませんがIndex替わりの目安となればそう願っています私のブログ内で取り上げられるベスト3にランクインしてたのはコレまでは「咲き誇れるときシラズシテ」が三つばかりラッシュアップでしたが…昨日辺りから入れ替わり「恥ずかしの
こんばんは先週…伯母の葬儀に行ったら写真が飾られていて…可愛い母の写真もありました生きてる人はスタンプしておく母は…ハワイア〜ンいとこの結婚式の写真ですが1人だけおかしなことになってるわ😅伯母の若い頃の写真は初めて見ました伯母の時代でイタリア旅行とか…すごいですよねあ〜ちゃん綺麗だわ〜母と2人でハワイに行ったり温泉に行ったりと比較的仲良くしてたと思います…母が亡くなった時に1番手だった母に姉妹を亡くす悲しみを知らないで幸せかもしれない…って言ってた😢それだ
~千代紙さん月日の流れは早いものですね~私がAmebaブログを書き始めたのは、千代紙さんが亡くなったことがきっかけでした。2021年4月のことです。おっかなびっくり投稿した最初の記事は、同じ年の8月でした。あれから約5年。もうすぐ七回忌になります。伯母夫妻と千代紙さんが、実兄の判断で無縁塔に埋葬されたと聞いたときは、本当に衝撃でした。なんの声掛けもなく、突然の事後報告だけ。怒りと悲しみは、今でも忘れられません。私は何のために、苦労して千代紙さんを両親のもとへ返した
記憶というのは不思議なものだ。普段はすっかり忘れているのに、何かの拍子に突然、意識の底から浮かび上がってくる。そして、バラバラだった出来事が、後になって思いがけない形でつながることがある。34歳の私は、心療内科の待合室にいた。伯母に連れられて訪れた大きな病院。診察を終えた私の記憶に残っているのは、長身のイケメン医師がカルテをパタンと閉じて告げた言葉だった。「お話は、伺いました。年休を全て消費してから、また来てください」心は確実に病んでいた。でも、体はすこぶる健康だった。元気なのに仕事を休む。
岩国(錦帯橋)のあと、広島の叔母に会ってきました。母の妹であるサエねぇちゃん(←80歳)には幼いころから、ずーーーーーっと可愛がってもらっているので今回こそはご飯をごちそうするざます!サエねぇちゃん、シワは多いけど姿勢もいいし、ヒールでさっさと歩く姿がカッコイイ!今回は私たちがご馳走する気満々なので目に付くもの、気になるもの、美味しそうなもの片っ端からあれこれ頼んで、飲んでシメにはお好み焼きも♪(さすがにあれこれ食べたあとにこの1枚は食べきれないので叔
9月から始まった怒涛の勤務。先日の投稿では「日曜日を生贄にして、水曜日の休みを勝ち取った!」『日曜日を生贄にして、横浜へ』10月7日、水曜日。仕事は……鬼のように忙しい💦そんな日々の中、日曜日を生贄に捧げて(笑)なんとか水曜日の休みを勝ち取りました。そして向かった先は……横浜!今…ameblo.jpなんて書きましたが(笑)実は、その休みにはちゃんと理由があったんです。今年7月、東京で開催された太極拳の全日本選手権。観覧に行った際、ご挨拶をする程度のお付き合いだ
またGeminiが変な挿絵を作ってる。吹き出しの位置が微妙だったり、日本語がアレだけど、雰囲気だけ受け取ってください❤️集団が崩れるときには、必ず綻びの元がある。最初は小さな綻びでも、放っておくと気づかないうちに広がり、取り返しがつかなくなる。これはクラス運営をする上で大切な心構えだと思っている。つい昨日も、最近とみに目立ってきた一部の生徒を注意した。授業中なのに、まったく集中していない。他の生徒が真面目に授業を受けようとしているのに、そういう生徒がいるだけで全体の雰囲気が乱れていく。それを
今朝伯母が亡くなりました母の姉です98歳私が結婚してからは度々電話をくれました私の家が割と近いせいか何かと気にかけてくれていたのですしっかりしていた伯母でしたが少し前に脳梗塞で入院して最近はリハビリしていると言ってたけど老衰かな私の夫がバイク事故で入院した時に見舞いに来てくれたなあ子供の頃は勉強ばかりしてたって母から聞いた頭のいい伯母でした声出してよく笑ってましたもういないのかあ人間て死ぬんだなあ
こんばんは。モンタナはとうとう❄️雪ふったよー。つい最近のこと。夢のなかでびっくりして、その衝撃のせいで🫨目覚めたんだけどね、いやぁ、リアルだった。リアルすぎたから、物凄い勢いで、記憶した。笑私ね、リアルな夢とか、ピンとくる夢って、私の無意識からのメッセージだと思ってる所があって、そういう時は書き留めるか、脳内記憶を必ずする。後で読み解こうと思って。むかーし、怒り💢新党ってTV番組でさ、マツコと有吉と夏目ちゃんが、夢を語るやつについて、あーだこーだ言ってたよね。概ね、夢の話なんか面白
少し前に書いた、高齢の伯母と息子のことhttps://ameblo.jp/asuhare1107/entry-12975533548.html『雑感・カット野菜は誰のため!?』カット野菜を使うのは、コスパタイパを考える人?面倒くさがりの人?時短したい人?忙しい働き盛り?そのようなイメージでしたが、先日、高齢の伯母と話す中で、大根など…ameblo.jp野菜切っただけで褒められる息子って💦と、毒を少し吐きました😆その後、暇な日に、何かあれば今日なら出来るよーと、お手伝いを申し出たと
こんにちは。ちえです。家族みんなで暮らすことを選んだ私たちは、広島から香川へ引っ越しました。『あの時、家族みんなで暮らすことを選んだ』こんにちは。ちえです。私の夫は転勤族です。私の実家がある香川県に転勤になった時のこと。私を育ててくれた両親は、すでに亡くなっていました。母が亡くなるまでの数…ameblo.jp私が高校生になった時に両親が建てた家は、すでに古くなった戸建てで、個室はひとつだけ。小学校までは4km以上ありました。小学校が遠いこと。そして、あまり馴染みのない伯
二日目の今日も、朝から暑くていいお天気〜まず、チャリンコでウクレレ教室に行って来た。今週末、地域の公民館のお祭りにでるので、結構ハードな練習を2時間ぐらいした。〜〜〜終わってからすぐに電車に乗って実家へ。父に車を借りて、おばの施設に行ったの。おばは、施設に慣れてきたようで落ち着いてた「コーラスの友達が遊びに来てくれたの」って、お土産のお菓子がいっぱいあって。んで、家に何か取りに行きたいって言うから外出申請して、車に乗せておばの家へ行ってね。2人で片付けしたり
先日母から電話きて/伯母が札幌に移住するって。で、400万円でどう?っていうんだよねー\娘(ショーコ)と相談してとの事突然連絡来たみたいイヤー一考するものでも無いいらないから条件としては現在母の住んでいる土地の方が広くてまだマシだわ両隣は空き家だけど土地は売れないらしい...゚+o。◈。o+゚+o。◈。o+゚+o。◈。o+゚+o。◈。o+そうそう我が町の人口住民基本台帳の数字は4000人台実際には4000人未満なのですが75歳以上の高齢
介護生活になる。つまり、他人の人生の「夜」に突然引き摺り込まれることがあっても、その夜を暗く寂しいものにするか、ナイトクラブでフィーバーの夜にするか。それは人それぞれだ。伯母は後者だった。あ、ちなみに「また伯母の人生かよ。母どこ行った母!」と思う人のために伝えておこう。高校卒業後、一人暮らしを始めるまで、私は祖父母の家で伯母と同居していた。トータルで言うと8年くらい。でも、かなり面倒を見てもらったし、今も頻繁に助けに来てくれるので、もう20年以上ベッタリだ。戸籍上では「伯母」となっているが、役
先日、親族のお通夜に参列しました。家族葬でした。80歳を過ぎた伯父でした。父方の私とは血のつながりがない伯父なのでそれほど思い出はありませんが、親族なので参列。伯父は、現役時代かなりエリートコースを生きていた方だったので通夜もすごい人が来るんだろうなって覚悟して行ったら家族葬だったので拍子抜けしましたまさかの家族葬最近は近親者だけのところが多いのでしょうか?そう言うわけでもないのかな?家族葬になったのも伯父の意向っぽかった自分が弱ってい
やはり身体を使わないといけません・・今更ですが言葉にして自分を鼓舞しないとという事で、本日のお着物紹介🥰ジャストサイズの伯母からの紬の着物2点出番の多い道行に⤴「う~~ん、チョット違うなァ~」とても無鉄砲な試みをしたものですそれにしても、朝ドラの展開が速い密かになんて言っていられません俄然、宇野千代さんに興味が湧いてしまいました(木道の〝錦帯橋〟素晴らしいでしょう⁈足音が何とも言い難い現在、立入禁止)可愛い絣の着物、肩上
古代ギリシャの有名な昔話に、スフィンクスの謎かけがある。「朝は4本足、昼は2本足、夜は3本足のものはなにか」。一般常識なので、皆さん分かりますよね。正解は、人間。私がこれを初めて聞いたのは、小学生くらいの頃だったと思う。私は普通に、脚の数が自在に変わる妖怪を思い浮かべていた。答えを聞いた時には、「なるほどなぁ🤔」と心底感動したのを覚えている。ちなみに、質問者は母。私のとっぴな答えを聞いて、「頭、大丈夫……?」と本気で心配していた。でもね。そういう、一見ただの間違いに見えるところも、心の中にイ
この記事も、イラストなし!課金が怖いのアタイ。映えない記事だから、今書いたけど、母の人生よりは下に置きまーす。母の人生を書いていると、時々、考えることがある。もし、うちの母や伯母が男に生まれていたら、どんな人生を歩んでいたんだろう。まず、伯母。仕事ができる人だった。アパレル関係の会社でバリバリ働き、9年間勤めた会社を辞める時には惜しまれたという。そして、48歳の時には、かつての取引先の宝飾店の男性店員が、吉祥寺のサンロードでわざわざ店から飛び出してきて声をかけてくるほどだった。「君のおばさ
真夜中の里帰りこの冬、九十をいくつか超えた伯母が亡くなった。妹である私の母と伯母は十五ほども年が離れていた。幼かった私は、伯母は母の姉でなく、祖母の妹だと思い込んでいたが、それには理由があった。母との年齢差以上に、伯母の老け方は異常だった。「とても美しい人だった」という古い知人の話も鵜呑みにできぬほどの深い皺。早くから腰が曲がり、五十になる前にはもう、八十にも見えた。いつも穏やかに微笑んでいたが、どうにもぬぐえない苦労の匂いがしていた。伯母が亡くなり、しばらく
恒例、朝の【地の文一発勝負‼️】出たとこ勝負で頑張ります💪💫母の人生を書いていて思う。うちの家系の女たち、割と欲望に忠実に生きてるよ…。母は大学に行けなかったけど、後々通信制で入学してきちんと家政学部を卒業した。幼稚園教諭免許も取得している。私という子供がすでにいたけれど、そんなことはお構いなし。実の両親という使えるソースは全て使ってスクーリングにも通い、目標を達成した。祖母は祖母で、家庭には入ったけれど、アパートを建設して一応大家としてアパート経営を行った。3人目の子供は出来たけれ
ちょっと疲れてきたので、このくらいで今日は終わりにしようと思う。やっぱり、また終わらなかった。書きたいことがありすぎるのだ。もっとコンパクトに話をまとめればいいんだろうけど、朝すぎて頭が働かない。朝っていうか、今まだ4:25だ。日が昇ってないから、ほぼ夜だ。でも、書きたいという気持ち一つで、キーボードの先に文字がどんどん浮かび上がる。それが心地よい。構成の仕方とか考えるのは苦手だ。とりあえずたくさん書いて、あとでパッチワークをすればいいと思う。今は言葉の布を出している最中。脳内が日暮里の繊
そういえば、食道閉鎖症は定期的な胃ろうのケアが重要になる。私は胃ろうから食事をとっていたらしい。らしい、というのは、その現場の写真が一枚も残っていないので、結局どこをどうやっていたのかわからないのだ。祖母がケアしていたらしい。というか、小さい頃はほぼずっと祖母がつきっきりで面倒を見ていたようだ。胃ろうから食事をとる。適宜、消毒をする。痛くて私は泣く。怖くて触れられなかったと伯母は言っていた。「痛そう。可哀想」そう言う伯母に、祖母はこう言ったらしい。「可哀想って言って消毒してあげない方が可
そんなわけで「上がった」と思った母の人生は、やはりまたどん底に落ちてしまったのだった。正確には、どんな状況だって、そこを見ればどん底になれるし、上を向けば青空が広がっている。「こころーの角度次第〜だから〜」(fromつけまつける)。でも、その時は、そんなことを言ってくれる人はいなかったのかもしれない。一方、伯母は働くようになった。家で燻っている伯母を、祖母は許してくれなかった。「若くて健康なんだから、働け!」と押し出したのである。いろんな仕事をしたらしい。サーティーワンアイスクリームの仕
また電波が悪い路線に乗っている最中だから、地の文だけで勝負するね!今回、母の人生シリーズをスタートした時、こんなに続くって思ってなかった。そして母への見る目が回を追うごとに変わってきていて、「意外と私と似ているところが…ある?」「そんなに悪いやつじゃなくね❓」と思えるようになった。今日の最終ストーリーの10で、かなり美化した父と社交ダンスを踊っている💃🕺母を描いた時に、「母、色々あったけどいい人が見つかって良かったね🥹」と娘ながら思ってしまった。何しろ、結婚当初の母は今の私より1回り年下なの