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今月の歌舞伎座、第2部の「丸橋忠弥」の演目。この物語に名前だけ登場する由比正雪や松緑さん演じる丸橋忠弥の名前を知りましたのは私が小学生の頃です。と云っても学校の歴史や社会の勉強の時間ではありません当時愛読していた『少年サンデー』に横山光輝さんのマンガ「伊賀の影丸」の第2部が「由比正雪の巻」だったのです。三代将軍徳川家光が亡くなってわずか11歳の家綱が世継ぎとなった時代。慶安の変と云われる幕府転覆をはかる由比正雪の陰謀が暴かれ一味の丸橋忠弥は大捕り物の末に捕らえられました。由比
昭和38(1963)年11月5日(火曜)のテレビ欄より。夕方6時から横山光輝原作のまんが人形映画伊賀の影丸(TBS)が放送スタート。当時の忍者ブームをけん引したともいえる代表的な名作は、この年7月に東映で松方弘樹主演で映画化されていたが、ことTVではアニメでも特撮ドラマでもなく人形劇だった。噂には聞いていたのだが、TV版の影丸はこんなにも可愛らしいビジュアルだったのか!人形の制作と操演はひとみ座。ってことは
イーコールの守護により、巨匠・横山光輝氏の作品を考察する。横山氏が最も活躍したのを知ってるのは、アラカンより上の世代だゼ。代表作は数知れず。横山氏は、カウンター・テロリストを主人公として描くのが得意。「鉄人28号」の操縦士正太郎君。「伊賀の影丸」の忍者影丸。「バビル2世」の超能力者バビル2世。正義の為ではない。任務遂行や自らの矜持を守る為にテロリストとの闘いに挑む。主人公の孤高なダンディズムが読者のハートを爆上がりさせて、一躍人気作品となる。加えて、横山氏
ネタバレ御免の勝手で偏った記憶違いかもしれない感想を。横山光輝大先生作。武芸モノの横山作品では伊賀の影丸と同じぐらいのお気に入り。生まれたばかりの土鬼が生き埋めにされるシーンを少年マガジンでリアタイで読んだ記憶がある。クワで片目をつぶされても生きている赤ん坊を見て、どんなストーリーが展開していくのかワクワクしていたはず。で、細かいストーリーは忘れていたのだが、大人になって文庫版を購入。ウン十年ぶりに読み返してみたら改めてその面白さに感動である。欲を言えば、血車党との決戦後の土鬼を見て見たかっ
週刊少年サンデーが創刊されたのは1959年表紙は長嶋茂雄で値段は30円でしたこの頃の雑誌はほとんど月刊でふろくがたくさんついてるけど100円以上しました10円あればお好み焼きやかき氷が食べられた時代ですよそれが30円(ただ週刊ですから結局月100円以上になります)1962年頃には40円(特別号は50円)になりました連載されてた漫画は横山光輝の伊賀の影丸小沢さとるのサブマリン707赤塚不二夫のおそ松くんとかでしたね
今と同じぐらい医学部ブームで数学の成績がいい=医学部受験みたいな雰囲気でした.その医学部ブームに拍車をかけたのが手塚治虫さんの「ブラックジャック」手塚治虫さんは確か大阪大学の医学部を出た漫画家さんで,「火の鳥」「ジャングル大帝」「リボンの騎士」「鉄腕アトム」など漫画ではあっても超大作がいくつも大ヒットしました.「ブラックジャック」は謎の天才外科医で,人気だった一番の理由はお金持ちからは途方もない金額をふんだくり,小さな女の子から依頼には彼女のお小遣い程度を請求するという,
朝、青空が広がっていました。今日の東京は晴天。でも、鼻がむずむずして、目が痒い。晴れれば目が腫れる季節です。目薬点眼!今日は「漫画週刊誌の日」とのこと。Amebaさんが一番好きな漫画を教えて!って訊きます。子供の頃(60年ほど前)なら「伊賀の影丸」(横山光輝、少年サンデー)いまはコミックモーニングに連載中の「壇蜜」(清野とおる)かな?しかし、漫画週刊誌も風前の灯火ですね。そもそも値段が高いし、ネットで読めてしまう。お気に入りの漫画読むのに、興味が無
阿魔野邪鬼と、影丸の最終対決!宙に飛んだかと思ったら、これもこれもこれも何故か、静止画。しかも、面白い静止画。最終決戦、何故に静止画?↓押してくれたら嬉しいです↓にほんブログ村
手を縛られて、口当てされた状態で、手前にいる女が、走り、敵の背後で、水に飛び込み、水中を泳ぐ場面。ん?あんた、いつ縄をほどき、口当てを取ったのさ。↓押してくれたら嬉しいです↓にほんブログ村
影丸と戦う、敵。敵の男が爆弾を投げようとしたら、影丸の手裏剣が敵の目のあたりに当たりまくり、視界を失い、後ろに落ちていく。そして、爆死。ん?ちょっと待て!爆死するのは良いとして、爆破シーンを見ると、周りには何もない。さっきまで戦っていた場所も見当たらないし、二人が戦っていた洞穴らしきものもない。どうゆうこと?↓押してくれたら嬉しいです↓にほんブログ村
影丸に斬られる、敵その死にゆく表情が、面白すぎた。↓押してくれたら嬉しいです↓にほんブログ村
殿が何かに気付くのだが、その時点では、こんな感じだった。来たのは馬に乗った、少年と影丸だったが、それにしても、殿、視力良すぎ。↓押してくれたら嬉しいです↓にほんブログ村
この作品に出演している山城新伍さんの、この髪型を見たら、"美味しんぼ"の海原雄山を思い出したわ。原作を含めて見ると、実写版美味しんぼの、松平健が一番近いかも。↓押してくれたら嬉しいです↓にほんブログ村
主人公、影丸が見せた木の葉隠れ一瞬で消えると思ったら、だいぶ時間をかけて、ようやく消えた。もう少し、消えるまでの時間を短くしてもいいと思う。↓押してくれたら嬉しいです↓にほんブログ村
影丸の父、百地三太夫を演じた、この俳優怪演すぎて、気になったので調べてみました。高松錦之助さん。東映時代劇の全盛期で活躍。1979年、死去。81歳居るだけで存在感がある、怪演俳優。↓押してくれたら嬉しいです↓にほんブログ村
悪役の阿魔野邪鬼を演じ山城新伍さん正義の白馬童子から悪役の阿魔野邪鬼へと転身?↓押してくれたら嬉しいです↓にほんブログ村
高い位置から爆弾?みたいのを手当たり次第投げつけて、高笑いする、こいつ狂気の沙汰。↓押してくれたら嬉しいです↓にほんブログ村
横山光輝先生の作品伊賀の影丸の実写作品なのに、アニメが現れたからびっくり。そもそも、原作漫画とも違うキャラクターだったから更に、驚愕。↓押してくれたら嬉しいです↓にほんブログ村
鉄腕アトム(虫プロ)テレビ実写版1959年3月7日〜1960年5月28日日本がまだ貧乏な時代、私は小学校の頃から野球や漫画が好きで、帰宅するとランドセルを放り出しては近所の友達と野球をするか、漫画を読み惚けるかのどっちかだった。1952年から1963年頃に人気となった主な連載漫画鉄腕アトム(手塚治虫)1952年4月〜1968年3月「少年」・光文社鉄腕アトム・テレビアニメ1963年1月1日から1966年12
印象に残っているヒーローは?怪傑ハリマオも七色仮面もナショナルキッドも観た覚えはあるけど…自分から進んで毎週観ていたのは▼本日限定!ブログスタンプ隠密剣士と大瀬康一母に連れられ東映の時代劇映画を観ていた私はテレビでは隠密剣士!漫画は横山光輝作「伊賀の影丸」が好きだった本当は「おそ松くん」が好きなのに都会からの転校生H·J君が影丸の絵を描いていたので真似して描いていた…話をするキッカケ作りだ!努力のかいもあり話をするようになったものだ🤩田舎の少年にはない都会的な雰囲気にちょっと憧
「伊賀の影丸」シャツを着て、日本100名城のひとつ、伊賀上野城へやって来ましたー!国内で一二を争う高さの高石垣は、実際に見ると、想像以上に高くて怖かったです!写真だと伝わりにくい😖昭和10年に再建された復興天守は、すでに90年近く経過しているので、なかなかの風格。最上階の天井には、横山大観や徳川家達などが、お祝いのために書いた書画がたくさん!お城の中では、「た伊賀ーくん」が可愛くお出迎えしてくれました😊とはいえ、藤堂高虎の作りかけた五層天守も見たかった。そろそろ暑
~過去に描いた横山光輝先生キャラ~EKOです。皆様今晩は~今日は仕事や用事などこなし、夜、ゆっくり過ごしたので遅くなりました🙇[開設記念スペシャル]第21弾は「過去作品集」今回は、ブログ開設前に描いた、漫画家・横山光輝先生のキャラクターズを紹介♪①20年前に描いた作品です。②伊賀の影丸を描き損ねたので、さっき線画描いてみました。模写です。完成、お待ち下さいね…🙇その後完成しました。横山先生の線に、
うむ。これは良いTシャツだ。気分が高まる👍🥷先日、訪問した「横山光輝生誕90周年ポップアップストア」での購入品。・伊賀の影丸Tシャツ&クリアファイル。・キャラクター集合絵柄クリアファイル。・バビル2世アクキー。・購入特典の、影丸しおり。どれもテンション高まる~😆雨が降ってるので、今日の水曜ランニングは中止。さすがに冬の雨に濡れながら走るのはムリです☔
\\メイクしながらスキンケア//山あり谷あり、波乱の人生ドンブラコ!ようやくたどり着いたあこがれの年金生活‥夢見た悠々自適ゆうゆうじてきの年金生活は、なぜか幽遊自虐ゆうゆうじぎゃくの年金生活にさま変わり‥だがしか~し転ころんでもただでは起きないのが団塊だんかい育ちのいじましさ!つかんだ節約せつやくテクニックを余すとこなくご披露いたしましょ~ぅ子どものころ猿飛佐助や、伊賀の影丸に心を躍らせ、忍者ごっこに興じたものです。忍者というと、日
(クイズこれは何の写真でしょう)一週間ぶりの八ヶ岳南麓。昼間東京を出発した時の外気温は33℃、それが中央道甲府南ICを通過した時にはなんと39℃にまで上がっていた。ところが八ヶ岳南麓に着くと気温は急下降、午後4時には21℃にまで下がっていた。今朝の気温は19℃。身体は東京の暑さに慣れていたようで肌寒い位である。涼しさに誘われて朝メシ前にウォーキングへでかけた。(東京との気温差は約10℃)これだけ涼しいと日陰を縫って、なんてみみっちいことはしなくても
"忍者"に最初に出会ったのは、横山光輝の「伊賀の影丸」でした。公儀隠密の影丸が、服部半蔵の指揮のもと、仲間の忍者たちと共に世の秩序を脅かす敵(例えば由比正雪とか)と闘う物語にすっかりはまりました。続いてのめりこんだのは、テレビ放映されたアニメ「風のフジ丸」です。白戸三平の漫画「忍者旋風」をアニメ化した作品で、原作の主人公は風魔の小太郎でしたが、スポンサーが藤沢薬品だったせいか、フジ丸に改名されていました。戦国の世の争いを制する鍵となる毒ガスの製法を記した「竜煙の書」を、戦国武将たちを後ろ
皆の衆⋅⋅⋅わしは通称をうさGと言う者じゃ。今は国民の祝日、天皇誕生日前日の2月22日水曜日の昼過ぎで冬晴れの快晴ながら、放射冷却のためか冷え込みは厳しい、老衰ジジイの体は冷え込みが一度、緩んでからの寒の戻りにやられてしまった背中からゾクゾクした寒気がして、体全体が寒くなり、たまらなかった。2月22日は語呂合わせから猫の日、忍者の日にもなっているらしい、現在全世界的に知られている忍者のイメージ、黒い忍者装束の内側に防御用の鎖かたびらを着用、刀を背負い手裏剣を投げる⋅⋅⋅と言
ひとつ前の当ブログで、アニメ『タイガーマスク』のエンディングで流れる歌がとても暗い内容で、そこに伊達直人の「みなしご」時代の画がかぶるという話を書きました。今、思えば、少年時代の伊達直人がボロボロの服を着て歩いているのが戦後すぐの焼跡のような風景だったなあ。子どもの頃、観ていたときは深く考えなかったけど、タイガーマスク=伊達直人は戦災孤児だったのでしょうか。月刊誌『ぼくら』の連載が始まったのが1968年だから、伊達直人が20歳ちょっと過ぎだとしたら敗戦間際とか終戦直後あたりに生まれたことが考え
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皆さん、元気ですか〜?今日も元気で頑張りましょう。踊っているのはMultimediosTV第6チャンネルのマリルー・カウフマンさんです。MultimediosTV第6チャンネルのニュース番組は先ず踊りから入るんです。今日の曲はSopadecaracolでした。(ソパ・デ・カラコルはノリが良い系のクンビアの曲です😣)城太郎はブランクがあってビリヤードの練習をまたやり直しているんですけど中々上手く行かないので大変なんです。ビリヤードの練習のあとは城太郎はラ・ミチョアカーナ