嘉永元年1848年11月8日、店屋九兵衛の長女に生まれる。10才頃両親に死別し、木田幸助の養女となり、赤間関城の腰(赤間関市西南部町上町、現下関市南部町8-1)で育った。(数えの)18才の初夏から亀山八幡宮の境内のお亀茶屋で働いていて、刺客から逃れる伊藤博文をごみ溜めに匿った縁で知り合う。父の借金の返済のため稲荷町の置屋いろは楼に身売りされ芸者見習いとなり小梅を名乗るが、伊藤博文が萩で暮らしていた前妻すみ子(入江九一の妹)を離縁することを条件に、身請けされ結婚した。慶応2年春、梅子を正妻として