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御殿山(函館山山頂)を目指し進む散策路で、二株のオニシモツケが花を咲かせていました。一株目は白色、二株目は淡紅色です。オニシモツケの花色の違いは、花に集まるチョウやハナカミキリには、どのように見えているのでしょうか。以前、東大の公開講座で望月博士が、「アオキの花色は送粉者であるキノコバエを誘う為の色」と説明されるのを聴き、花を見ると、花に集まる昆虫のことを考えるようになりました。5~6分程歩いて、千畳敷コースの終点となる、つつじ山駐車場に到着しました。つつ
今日から55歳です。去年はサザエさんの波平さんと同じ54歳でした。このネタを仕込んでいた53歳の年初に入院したので病院で年齢を聞かれる度、このネタで掴みはOKでした。さて55歳といえば、何だろうとGoogle先生に聞くと、日本地図を作ったでお馴染みの、伊能忠敬が地図作りに出発したのが55歳の時だったそうです。以下Google先生曰く、伊能忠敬は55歳(1800年)の時、初の本州・蝦夷地(えぞち)測量の旅に出発しました。49歳で家業を引退して隠居し、50歳で江戸に出て天文学や暦学を学んだ後、地球の
8月もそろそろ終盤だが、今年もアマゾン専用の電子書籍キンドル本の大規模セール企画が進行中である。キンドル本の買い時についてはいろいろ興味深い点があるのだけれど、その一般論を記しても退屈なだけだろうから、今回は、たまたま目についた“伊能忠敬”本のセール情報を記しておきたい。なお、電子書籍化された文庫あるあるなのだが、電子版では紙書籍の巻末にあった解説などが割愛されることが多い。特に古い文庫で顕著なのは権利関係の処理が難しいからだろう。近年刊行されたものでは解説等も保持されることが
情報番組などでパワースポットとしてよく取り上げられている香取神宮それと佐原市の観光に突然、行きたくなって😁主人とドライブ旅6月30日のことです😥遅くなりました😞始めは成田山新勝寺も行くつもりでしたが成り行きで?鹿島神宮に変更になりました😁香取神宮とにかく、表参道が長くてこの周辺を香取の森🌲というらしいのですがずーっと、木陰なので涼しいのですが拝殿まで、遠いので汗かきの私は、やっぱり汗だく💦日本神話の「国譲り」で活躍した武術、国平定の神様である経津主神大
門前仲町の駅前富岡八幡宮の入口です。神社の中に入りました。神輿が飾られていきます。アド街でも照会された伊能忠敬です永代通りが歩行者天国になっています。この道路を歩くのは初めてです。いつもは車で混雑しています。神輿のスタートです。神輿がいっぱい通り過ぎます。54基あるとのこと。水かけがすごいです。この祭りの名物だそうです。水かけ祭りと呼ばれています。昨日、アド街で門前仲町をやっていたので、便乗して門前仲町の深川八幡祭りにいって来ました。3年に1度だそうです。すごい人で出店もい
腎盂腎炎腰痛でソファーでうつ伏せになっていると伊能忠敬の地図の計測方法一歩69cmで歩きながら計測したとTV番組を観ながら、バタバタっと何やら足音が、、、夫が69cmの歩幅を始めた明日、どこに測りに行ってくるバレた職場までうける
※伊能忠敬像の前で。55歳を過ぎてから全国測量へ挑んだその生き方と言葉に触れ、46歳の今の自分を少し重ねて考えた。「人間は夢を持ち、前へ歩き続ける限り、余生はいらない」今日、伊能忠敬ゆかりの場所を訪れて、この言葉が妙に心に残った。伊能忠敬といえば、日本全国を歩いて測量し、日本地図づくりに大きく関わった人。名前も、何をした人なのかも知っていた。でも今日、改めてその生き方や言葉に触れてみると、今までとは少し違って見えた。55歳を過ぎてから、全国測量へ
伊能忠敬という男が大好きですある動画で伊能忠敬の日本地図を作るまでの過程を知りましたさらに伊能忠敬のことが好きになりました↓伊能忠敬という男のすごさは精密な地図を描いたという功績よりもその人生過程にある彼は借金で困っていた家を立て直しさらには飢饉災害で困った人達を何度も救い商人でありながら刀を持つことを許されるほどの功績を残し現代で言う数十億円の資産がある成功者であったしかしその地位や名誉を捨て夢であった天文学を学びに江戸にこの時の彼は50歳そ
【3ヶ月で心と体を癒し魂を解放して本来の自分に戻る】スピリチュアルヒーラーの『白愛(HAKUA)の魔法の森』の白愛です(*^ω^*)6月23日に行ったアトリエの先生の展示会の時の記事をUPしていきたいと思います実は、今回は毎年“銀座アートホール”で開催されている『麻の会展』のお知らせのお手紙で初めて知ったのですが・・・一番の大先生の『伊能洋』先生がなんと昨年の1月23日にご逝去されたそうでした90歳だったそうです全く知らなかった白愛はとても驚きました2年前の時にお会いした時にはお
伊能忠敬の小さい頃の夢は天体観測でも、その夢に向かって一直線に突き進んだわけではなく、夢とはなんの関係もない婿入りした先の酒屋の仕事に一直線に突き進んだ人生だった婿入り当時は、伊能家の家業は危機的な状態だったが、忠敬は約10年かけて経営を立て直し、さらに家業の拡大に成功し、50歳を迎える人生50年といわれていた江戸時代でも、忠敬は50歳になってから、小さい頃の夢だった天体観測にチャレンジし始めた50歳になっても夢を諦めなかった伊能忠敬自分を取り巻く環境を受け入れ、そ
角館の武家屋敷,石黒家に続いて青柳家も見学しました。今回は見学記というより,展示の地図を見ると,秋田県に「八郎潟」が二つあることを発見した記事です。博物館の集合体の青柳家青柳家の入館案内入館のみの20分コースを選びました。500円。写真撮影は「よしなに」というのが難しいですが,🆗のマークがあります。角館歴史村・青柳家案内図母屋のお屋敷だけではなく,武器蔵,解体新書記念館,幕末写真館,秋田郷土館,武家道具館,ハイカラ館など,いろいろあります。武家屋敷と
深川不動尊の東口から道を横断大島・鹿島神社などの境内社前が整備された富岡八幡宮の西鳥居から境内へともう、3~4年前か『富岡八幡宮へやってきた』不動尊の門前から公園を抜け富岡八幡宮に左手に小さな鳥居境内社富士浅間社・金刀比羅社、恵比寿社・大黒社、鹿島神社・大島神社富岡八幡宮の本殿左脇から正面へ…ameblo.jpいきなり客殿の前に・・・仮御本殿令和8年3月より令和9年6月頃まで御本殿大改修工事のため客殿が約一年間ほどの仮本殿だそうですご参拝工事の囲いに
2477)ウォーキングと消費カロリー伊能忠敬氏は、体重が55kgほどだったらしい。体重55kgの男性が1日に40km(約8~9時間、約5万歩)歩いた場合の消費カロリーは、普通の速さ(時速4~4.5km)で約1,617kcal、少し速歩き(時速5.6km)で約1,986kcal。★整形外科に入院した場合の病院食のカロリーは、特別な制限がない一般食(常食など)の場合、成人男性で1日あたり約1,600〜2,000kcal、成人女性で約1,400〜1,8
2476)ダイエット/ウォーキング/伊能忠敬ウォーキングで痩せるには、1日「8,000歩(約1時間・距離にして約5km)」を目安に歩くのが効果的だという。初心者なら1回30分(約3,000〜4,000歩)から始め、少しずつ量を増やすのがおすすめ。福岡市の大濠公園、1周2kmで30分。★伊能忠敬は測量の旅の間、1日平均でおよそ30〜40km(約10里)の距離を歩いていた。日や地域によっては約10〜20km程度のこともあったが、基本的には日の出から日暮れまで測量しながら歩き、全行程での総歩
歴史を学ぶと希望が生まれます。親子で学びたい日本の偉人たちです。大人になってから読んでも、元気が出ます。日本って素敵な国だと思います。日本の歴史に自信と誇りが生まれます。15人が紹介されています。北里柴三郎永井隆伊能忠敬島津斉彬宇喜多秀家立花宗茂蒲生氏郷F・イサム和田八田興一村上天皇正岡子規西郷隆盛中江藤樹個人的には教育に携わっているので、中江藤樹の「良知を磨き、良知に従って生きる」が一番ジーンときました。歳をとると、人の道を考えたくなります
こんにちは、ギャンブル依存症⇒自己破産からAIで人生を立て直そうと奮闘中の福多朗です。この記事は以前予告した通り、AIを全く使わずに書いたものです。「50代からの新しいことへのチャレンジって、面倒くさいしリスクがあるから、ちょっと怖いな…」そんな不安を抱えていませんか?気持ちはすごくわかります。50代からの挑戦は大きな決断。人生80年といわれる現代で充実した人生を送りたいのはもちろんですが、それ以上に安心安全な人生設計をしたいですよね。そこでこの記事の執筆にあたって
お久しぶりです!本日、親友が帰りました『大親友、3度目のパリ来たる』パリは再び暑くなりましたとは言え、前回の熱波と様子が違う。なんだか秋を感じます。なんとなく秋の運動会の頃の感じです。朝晩は凄く涼しい。友達が来る前にビザの更新…ameblo.jp10日間、楽しかったぁ暑かったので再びノルマンディに避暑。でもなんだかんだパリは秋で朝晩涼しいのが救い。今回も色んな所に行ったので今回はとにかくグータラ追々書いていきます!その前に、ちょっと聞いてください!!神サンダルを見つけた話
赤=私黒=GPT南海トラフもこの文脈で、30年以内に90%の確率で起きると、言っている。そりゃ、南海トラフの定義もあいまいだから、この地域のどこかで30年以内に90%の確率で大地震は起きるさ。ご指摘の「確率の出し方」への疑問は、地震リスク評価で実際に議論されている問題です。南海トラフ巨大地震の「30年以内に高い確率」という数字は、一般の人が受け取るような、「30年以内に必ず南海トラフ沿いで巨大地震が起きる」という意味ではありません。これは主に、過去の発生履歴や地質学的データをも
不登校支援を始めて28年5歳の時からやってます(ここ、笑うとこです)不登校にもプロがいる『忠臣蔵の経済学』を読んで童門冬二『忠臣蔵の経済学』を読みました。忠臣蔵の経営学:大石内蔵助と赤穂藩“倒産”(人物文庫ど1-37)Amazon(アマゾン)きっかけは『伊能忠敬』この本を読む前にちょっと必要があって童門先生の『伊能忠敬』を取り寄せてみました。そういえば桜の季節でした。『【ブログ】歴史小説に仕事のあれこれを投影する』不登校支援を始めて28年5歳の時か
伊能忠敬(いのうただたか)は、江戸時代に日本全国を歩いて測量し、日本地図の礎を作った人物です。最近、その名を不思議とよく目にする気がする…?(大河にでもなるのか?と思ったけど、そういうわけではないみたい?)で、ふと思い出したんです。10年ほど前、僕の歩くときの相棒が、「タダタカくん」であったことを。ゲームポケット万歩『新・平成の伊能忠敬』江戸(東京)からスタートして海岸沿いを進み、日本一周分の実距離(約19.000㎞)を歩くことで日本地図を完成させていくという、ゲーム機能付き万歩計
-YouTubeYouTubeでお気に入りの動画や音楽を楽しみ、オリジナルのコンテンツをアップロードして友だちや家族、世界中の人たちと共有しましょう。youtu.beなぜ日本だけ、たった1人で世界水準の地図を作れたのか?【世界史で読み解く伊能忠敬の謎】ニッポン歴史速報
過日、伊能忠敬さんのブログ内容に関連して...右側の国指定史跡『伊能忠敬の墓』の左側に忠敬の19歳下の師である高橋至時さん👇と、その子で、やはり幕臣で天文学者の高橋景保さんのお墓があるんだけど、今回はその高橋景保さんの話。【高橋景保】天明五年~文政十二年(1785-1829)幕臣で天文学者。通称・作左衛門。伊能忠敬の天文学の師・高橋至時の子。景保もまた父に天文学を学ぶ。伊能忠敬とは兄弟弟子の関係になる。二十歳で父の跡を継いで幕府天文方となった。その後の景保の活躍はめざま
こんばんは、mmm(まーママ)です。帰り道、再びこちらへ。道の駅スワン44ねむろ北海道根室市酪陽1番地霧が晴れて、湖が見える風蓮湖(ふうれんこ)淡水と海水が混じり合う汽水湖で、北海道6番目の大きさです。ここでは約300種の野鳥が確認され、全国屈指の野鳥の楽園として知られています。施設の全面ガラス張りの窓から風蓮湖や春国岱の雄大な自然を望遠鏡で眺めることができますよ。次の目的地は、ワタ
久しぶりに、吉岡温泉の街をお散歩してみました前を歩くのはにょろパパとにょろママ足湯にょろパパ笑温泉街が真っ暗なので、ところどころあるお宿がめちゃ明るく感じる吉岡温泉の源泉第二足湯こっちはお湯が抜かれていました何年か前に、森山直太朗がYouTube撮影でこの足湯に浸かって歌ってましたねこれでアップロードできるのかな?公衆浴場一ノ湯以前来たことあります21時まで20時50分でしたがすでに札止めされてました伊能忠敬もこのあたりに泊まったのね寸風の館夏にはお
先週の日本経済新聞の記事で見かけたある言葉が気になり、「いったいどういう意味だろう」と思った。紙面の右上にあったタイトル、若者ヒット、次は「伊能忠敬界隈」?である。「〇〇界隈」という言葉が浸透しつつあることは知っていた。今年の初めにはこんな本も読んだばかりだ。日本語界隈|寿建設社長ブログだが、「伊能忠敬界隈」はあまりにも意味不明だ。日本地図を作ったあの伊能忠敬が、一体どう関係してくるというのか。以下、記事からの抜粋である。(前略)伊能忠敬ばりに長距離を歩く人々の行動
す鹿児島に帰った時に指宿山川でヒマワリ🌻見た後の続き大吉農園さんのヒマワリ🌻見て近くに西大山駅がありましたので寄ってみました駅の観光案内板を見ているとタクシーが観光客を乗せて到着しましたそしてこの観光案内板を指差し説明「この近くには唐船峡そうめん流し、そして瀬平自然公園、番所鼻公園があり番所鼻公園は日本地図作った伊能忠敬が絶景と言った場所です」と色々説明してくれましたそれじゃ行かなきゃ!と車を走らせましたすぐに瀬平自然公園に道路近くにパーキングこんな絶景見れる所で無料駐車場あり
お正月に行った成田旅行未だ続いています。ホテルをチェックアウトした後は成田駅に向かい、そこから成田線で佐原へ行く予定にしていました。ホテルの前から駅へバスで駅に向かうのですが前の夜の雪の影響でバスが来ない・・・。しかもHPのみで知らされていた様でタマたちがそのことに気が付いたのはほぼ1時間後・・・、別の路線のバスが来たのでそちらに乗って駅に向かいました。ので予定よりかなり遅れて佐原に向かうことになりました。(電車もあまり本数がなかったので・・・)出も
千葉県香取市の佐原の大祭夏祭りは7月10日(金)〜12日(日)の三日間行われます。初日の午前中に訪問したのですが、初日ということもあり今ひとつの盛り上がり😮💨。早々に成田祇園祭へ移動しました。最終日の12日に時間が空いたので、再び佐原の大祭へ。最終日の日曜日とあって、人の数が全然違います、ようやく夏祭りっぽくなってきました🤗。中心地の忠敬橋で待ちます。佐原は近代日本地図を作り上げた伊能忠敬の出身地。その名をとって、忠敬橋と呼ぶのですが・・・観光客の方が「ただたかはし」と呼んでいて
生まれ育ちは北海道なんだけど15年くらい前に北海道から上京したぷりゃち家族で上京して現在は千葉に実家があるんだ。なので千葉県内でプチ観光はよく行くのだ両親といっしょに初夏に行った佐原✨川沿いに町が造られていてとってもいい雰囲気✨雰囲気的には埼玉の川越にも似てるけど佐原はのどかで観光客も程よい感じ舟めぐりも楽しそう🚤風情ある素敵なお店発見母とともに物色することに。女子はショッピング好きなのよ〜おぉ✨となりのトトロに出てきそうな年代的な階段ほぼ直
地図で見ると成田の少し上利根川を渡れば茨城県そんな内陸の田園地帯にあるJR成田線佐原駅に降りる。歴史ある街並みとお祭。偉人伊能忠敬凄すぎる。神話の世界を題材にした山車が町中を巡行します。笛鐘太鼓のお囃子を聞いてイカ焼きを食べて。いやぁ面白い。55歳から勉強はじめて日本中を測量して歩き精密な日本地図を作り地球の大きさを観測と計算で割り出したとゆう超すごい人猛暑のなか4時間かけて帰る。遠いでもまた行きたい街