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毎年8月1日は滋賀県近江八幡市にある天台宗の寺院・伊崎寺で1000年ほど続くとされている、僧侶が約7メートルの高さからびわ湖に飛び込む棹飛びの儀式が行われます。一昨年に続いて今年も伊崎寺に行ってきました。一般に伊崎寺の棹飛びというと僧侶が飛び込むシーンばかりが大きく取り上げられますが、これは天台宗の一連の宗教儀式の一部にすぎません。まず、11時から本堂で僧侶が大般若経600巻を一気に読み上げる「大般若経転読会」が営まれます。折り本(横に長くつなぎ合わせた紙を一定間隔で折り畳んで作った蛇腹状の
16日、天気予報では曇りですが、降水確率が20%なので近くの伊崎山を歩いてきました。場所はさざなみ街道(湖岸道路)を彦根市から南進し、東近江市から近江八幡市に入ってファミリーマートの有るカーブを過ぎて干拓地の真直ぐな道になろうとしている所。此処に「近江八幡国民休暇村」へと通じる県道旧25号線が有り、進むと、「沖島来島者専用駐車場」が有り、その手前の分岐を右で「伊崎不動尊」駐車場。更に進むと「堀切漁港」が有ります。伊崎山への登山口は、この堀切漁港入口右へ登ります。登山道は下図の
ご訪問くださりありがとうございます。GW最終日家人次男と3人で近江八幡市の伊崎寺ラコリーナに行ってきました。琵琶湖の断崖絶壁に建つお寺で景色は最高でした。当初は豊臣兄弟!のドラマ館のある長浜に行く予定でしたが週末に長男家族と大阪で食事をする予定で保育園入園のお祝い食事代交通費等お金がかかりそうなので近場に変えました。家人がテレビで見たという近江八幡の伊崎寺に。入山料は無料無料駐車場もあります。琵琶湖の断崖絶壁にお
こんばんはお久しぶりの山子ですお家に鶏肉とネギがあったので「鶏南蛮そば」作ってたんですフタをして鶏肉に火を通している間に洗い物をしようと思って一度確認←まだ煮立ってない洗い物始めてほんの直ぐシュワーと吹きこぼれえ〜ついさっき確認したのにブツブツ言いながら隣のコンロにお鍋を移動させまた弱火にして煮込み開始お肉が少し厚みがあったのでしっかり火を通したかったんです先に吹きこぼれた方のコンロを掃除してたら…隣のコンロでまたシュワーと吹きこぼれえ〜!もう!勘弁してよっ
不動明王の霊地、「葛川明王院」④北嶺回峰行の祖相応和尚開創明王院に参籠した人々の記録が残る「先ほどもお話しした通り、山林修行の道場であった明王院にはいつの時代も行者や一般の方が参拝に訪れていました。その記録となるものが明王院に伝えられています。」「こちらの大きな木は参籠札と言いまして、この明王院に留まり修行や祈りを捧げた人々が明王院に残した札になります。明王院には鎌倉時代から江戸時代にかけて大量の参籠札が伝えられていまして、そのうち501枚が国の重要文化財に指定されています。現在皆さ
不動明王の霊地、「葛川明王院」③北嶺回峰行の祖相応和尚開創ご本尊・不動明王立像、千手観音立像、毘沙門天立像「今回は特別に内陣に入っていただき、ご本尊さまやおまつりされている仏さまにお参りしていただきたいと思います。どうぞお入りください。」今回、中島師と総代の葛野さんのご厚意により特別に内陣に入るご縁をいただきました。通常、内陣に入っての参拝はできないそうですが、7月18日にとりおこなわれるたいこ廻しの後の法要終了時に、一般の方が内陣に入って仏さまにお参りしていただく機会があるそうで
不動明王の霊地、「葛川明王院」②北嶺回峰行の祖相応和尚開創1000年以上同じ場所に建つ「相応和尚が不動明王さまを安置されてから、この地は山林修行の道場として著名であったそうです。そのことを私たちに伝えているのがこちらの本堂になります。」「現在の本堂は、正徳5年(1715)に建立された建物になります。実は平成17年から平成23年にかけて修理が行われたのですが、その際1000年以上昔に伐採された材木が多く再利用されていることが判明したのです。さらに、本堂や庵室という建物の基壇周辺の発掘調
不動明王の霊地、「葛川明王院」北嶺回峰行の祖相応和尚開創1日本海側から都に物資を運ぶ道として多くの人々が行き交ったという鯖街道。その鯖街道沿いに位置する坊村町に不動明王の霊地の一つとして知られる葛川息障明王院が伽藍を構えています。貞観元年(859)、相応和尚により開かれる「今回訪れていただいた明王院は正式には「葛川息障明王院」(かつらがわそくしょうみょうおういん)といいまして、第3代天台座主をつとめた慈覚大師円仁の弟子である相応和尚により開かれました。相応和尚は千日回峰行に代
YouTubeにUPした伊崎寺棹飛び行の動画が30万再生に近づいているw視聴回数299775回YouTubeはこちらhttps://youtu.be/2IO7VPusTSQ?si=EkPPyzvvFReahxkpブログはこちら『琵琶湖伊崎寺「棹飛び」行』毎年8/1に行われるう琵琶湖伊崎寺の「棹飛び」の行をカヤックで拝んで来ました🍀先ずは御祈祷から棹飛び行動画https://youtu.be/2IO7VPusT…ameblo.jpびっくり仰天
毎年8/1に行われるう琵琶湖伊崎寺の「棹飛び」の行をカヤックで拝んで来ました🍀先ずは御祈祷から棹飛び行動画https://youtu.be/2IO7VPusTSQ?si=ozZXLkveqOEtlNTI-YouTubeYouTubeでお気に入りの動画や音楽を楽しみ、オリジナルのコンテンツをアップロードして友だちや家族、世界中の人たちと共有しましょう。youtu.be琵琶湖近江八幡の伊崎伊崎寺で毎年8月1日の千日会に行われる「棹飛び」をカヤックで拝んで来ました13名の
こんな感じで10数人が竿の先から飛び込みます。くじ引きに当たれば船から間近で見ることができるらしい。これが終わるとお昼私、オクラ嫌いなんよねーσ(^_^;噛んだらヌメヌメしてるし青臭いし、毛みたいな奴がのどごしを不愉快にしかさせないし。おにぎりで良かったんやけどなー14時の護摩焚きが始まるとお役御免です。帰り際、お寺の関係者に呼び止められて、『我々の世代も変わったし、毎年お忙しい中お手伝いに来ていただくのも申し訳ないので、今年限りで御遠慮させていただきたいです』とあちらから断り
本日8/1日は千日会に行われる棹飛びがありました。阿闍梨さんが飛び込み前の準備をされます。棹飛び始まりました。ご利益があればいいです
さぁいくぞ!w子供の頃は木の根っこだらけの参道だったけど、綺麗に整備されてとても歩きやすい!しかもちょっと涼しいw木々の間からは琵琶湖がかいま見えます到着!感覚的に1Kmちょっとくらいの道程でした。本堂前琵琶湖も一望できます参拝に欧米人らしい男女も来てましたねー時代だからか、その二人は動画撮影してたwお手伝いメンバーで、唯一、外国人相手にも抵抗感を示さないワタクシが護摩木の説明をさせていただきましたよ!ちょっと忙しくなってきたから、いまはここまで。
毎年8月1日、滋賀にある天台宗の伊崎寺にて千日会があり、その時に竿跳びという行(ぎょう)も行われます。もしかしてご存じの方がいらっしゃるかも知れませんが・・・・・寺の裏手、琵琶湖沖に向かって伸びた一本の柱から僧たちが飛び込む行の一つ。千年近く続けられてるそうです。で、私はそのお手伝いに行くって話なんですけどねw暑い(熱い?)一日になりそう。因みにラフな服装はアウトw流行りのファンの付いたベストとか着られたらなぁ
あまりの暑さに2週間ほどは散策もお休みしてましたが琵琶湖のパワーをもらいに久しぶりに滋賀県へ近江八幡市にある天台宗の古刹を訪ねました◆伊崎寺(いさきじ)(参拝自由P無料)奈良時代にイノシシに導かれた役行者がこの半島を行場とした事から猪先→伊崎(いさき)が寺名の由来鎌倉時代からは天台修験の場となり現在は比叡山延暦寺の支院でもあります駐車場から雰囲気のある山門を通り山内へ半島全体は国有林とのことですが参道は歩き易く整備され
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近江八幡市大中町の湖周道路から左折して休暇村に向かう道路です。この標識のある交差点をさらに右折します。突き当たりに駐車場があります。伊崎寺は、天台宗の寺院です。比叡山延暦寺の支院のひとつ。伊崎不動とも称されます。比叡山無動寺、葛川明王院と並び天台修験の三大聖地とされています。毎年8月1日に棹飛びで有名です。「伊崎の棹飛び」は、比叡山を巡る「百日回峰行」を終えた僧侶たちが、切り立った岩場から約7メ
阿闍梨【外伝】一隅を照らす❖真(まこと)を振り返る引用天台宗公式サイト法話集僧侶が琵琶湖で「棹飛び」滋賀・近江八幡の伊崎寺滋賀県近江八幡市の伊崎寺で1日、比叡山を巡る「百日回峰行(ひゃくにちかいほうぎょう)」を終えた僧侶が切り立った岩場から約7メートル下の琵琶湖に飛び込む修行「伊崎の棹(さお)飛び」があった。7都県の20~50代の僧侶12人が岩場に設けられた角材(長さ約14メートル)の先端まで1人ずつ進み、手を合わせて飛び込んだ。伊崎寺は比叡山延暦寺の修験道場として知られる。
8月1日に行われた滋賀県近江八幡市の伊崎寺の棹飛びに行ってきました。「伊崎の棹飛び」とは比叡山を巡る「百日回峰行」を終えた僧侶が切り立った岩場から約7m下の琵琶湖に飛び込む修行です。駐車場から約1kmの山道の参道を歩くと、伊崎寺に到着。ここで受付して、抽選に挑みます。限定30名です。当たれば、棹飛堂から真下の棹飛びを眺めるか、地元漁船に乗って湖上から眺めるかを選択できます。しかし、残念ながら外れてしまいました。これは棹飛堂から眺めている当選者です。右下の梁のような所から飛び込みます。
まるで梅雨明けの様に連日猛暑が続いてばて気味です。これでは変形菌の出現は全く期待できません。滋賀県近江八幡市の琵琶湖に面した天台宗の寺院伊崎寺で毎年8月1日に行われる棹飛びは、水面から数メートルの高さに突き出した棹の突端から琵琶湖へと飛び降りる雄壮な行事です。以前は一般の人も飛び降りできたのですが、今は修業した行者だけが飛び込むという形をとっています。先日どんなところか下見に行ってきました。駐車場から急な参道を1km位歩いた先に、本堂があり、そこから棹飛堂という案内があって、小さ
天台宗比叡山支院【伊崎寺】での荒行25歳くらいの時、忘る事が出来ない荒行比叡山焼き討ちから逃れたお寺
こんにちは忙しい毎日ですが仕事の行き帰りに桜を見て春を満喫した山子ですすっかり散って今は新緑そして山男君にとっては待ちに待った山菜シーズン忙しい中時間を見つけては嬉々として山を駆けずり回って採取本当に…元気だねそんな山男君が作ってくれた春パスタタラの芽や新たまねぎが入ったペペロンチーノです美味しゅうございましたありがとうなかなかブログが書けず気づけば開催日から1か月以上経過桜がまだまだ蕾も付けていないとある日琵琶湖に浮かぶ沖島にあるケンケン山と堀切港から直
阿闍梨【外伝】一隅を照らす❖ご縁とは引用天台宗公式サイト法話集「ご縁」とは護摩木や祈祷札の願意を拝見いたしますと「良縁成就」と書かれてあるのをよく見かけます。また「悪縁断絶」などというものもあります。「縁結び・縁切り」。良いことは自分に来るように、悪いことは自分には来ないようにというのは、誰もが共通した願いでしょう。この「縁」という言葉は「縁起の法」「十二因縁」などといい、お釈迦様が悟りを開かれて最初に弟子たちにお説きになった根本教理の一つ、悟りの内容そのものであります。「
自己紹介します『自己紹介します❤️宜しくお願いします✨』こんにちはsato(さと)です。自己紹介をさせて頂きますsato(さと)はこんな人です。神社仏閣巡り、温泉が好きです。一人でコツコツやる作業が好きです。…ameblo.jp太郎坊宮のあとは、伊崎寺に行きました。比叡山無動寺、葛川明王院と共に回峰行者・天台修験の三大聖地と呼ばれています。この三つの寺院を地図上で結んでみると、きれいな三角形に位置するそうです。⇩参道入口伊崎寺(いさきじ)山号を「姨倚耶山
伊崎寺あんなところにお寺?お天気は良いし(暑いくらい💦)琵琶湖からの風も気持ちいいそしてこの眺め仕事に行かなくていいなら琵琶湖の近くに住みたいなんだあれ?ここから伊崎寺に歩いて行くらしい彦根近江八幡線は歩いて行くのは少し怖い…前に永原から長浜まで自転車で山越えしてるときに大きな猿に会ったので歩いていて大きな猿にでも会ったら・・・この山の反対側が彦根近江八幡線ですねん?栄養剤?注入されてましたこの通りは桜並木ぽいし通学路であり牧場が数軒ありました
波瀾万丈の人生においてこの時期は1番厳しく誰も体験出来ない世界に身を委ねていた時ですもし、この世界にいなければ自害してたかと思います。、
おもりしてる【光永】阿闍梨さまに感謝です🙏無事にこの時、満行しました。
私が26歳の頃天台宗比叡山支院【伊崎寺】にて、寝ずの行を1週間しました。最初に、御守りしていた【光永阿闍梨】さまと話しをした。頑張って修行してくださいと励まされた千日回峰行してる阿闍梨様に。午前零時に、琵琶湖に入り、般若心経を唱え、不動真言も、真っ暗の中、懐中電灯で、足の悪い階段を降りて琵琶湖に入りますそれから、かく堂まわりをしますが、本堂は、1300年の歴史がある本堂で中に木の三体🌲彫った【大日大聖不動明王】が、ご鎮座してまた、聖徳太子も祀ってありますそこでは、五体投地108回しま
◇雨ニモマケズ、、(酒井雄哉大阿闍梨)ねがはくは妙法如来正偏知大師のみ旨成らしめたまえ根本中堂の前に、上記の文が刻まれた、宮沢賢治の歌碑が建っている。賢治は、熱心な法華経信者で求道者だった。この句は、大正十三年四月、宗祖最澄千百年の御遠忌のとき、賢治が父親と二人で、日本の『心のふるさと』伊勢神宮、日本仏教の源流の比叡山、日本文化の開花の地、法隆寺の三ヶ所に巡礼したときに詠んだ十二首の歌の第一首で、昭和三二年、二千日の運心回峰行を終えた葉上照澄師が建立したものである。宮沢賢治の詩や童
◇酒乱の老師、、(酒井雄哉大阿闍梨)千日回峰行を続ける酒井阿闍梨には、小僧同様の苦行も同時に課せられていた。箱崎文應師の世話である。箱崎老師は酒を飲む。在家の頃、酒に溺れて修羅の人生を送ったことのある老師は、やはり根は酒が好きなのか、このころまた深酒をたしなむようになり、ひどいときには、『酒乱』の気を呈した。それはまだいい、来客があると必ず酒になり、小僧の酒井阿闍梨は、酒の肴を作ることを命じられる。酒が延々と九時すぎになっても続くのだ。明日に備えて休むどころではない。師の命令は絶対である。