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室町将軍第10代足利義材は強力な後ろ盾もなく、それでも、何とか権力を保持しようと、気に入らない大名を征伐するという悪手に出ます。このことで、自分で自分の首を絞めることとなります。足利義材は前将軍足利義尚の政策を踏襲し、丹波、山城など、畿内における国一揆に対応するため、1491年4月に近江の六角行高討伐の大号令を発し、軍事的強化を図りました。この六角征伐は細川一門をはじめ多くの大名が参加し、圧倒的な武力で六角行高を甲賀へ、さらに伊勢へと追い払い、成功裡に終わりました。また、細川政元がこの征伐に反
足利義政が無茶苦茶なことを数々してくれたおかげで、室町幕府というものがすでに名目上のものとなり、時の権力者が足利将軍を張子の虎に据えて、好き勝手するという時代になってしまいました。ですから、時の権力者に担ぎ上げられた将軍はコロコロ変わるという混沌の時代になっていきます。その先駆けが足利義材です。この足利義材は良い様に使われては捨てられてを繰り返しますが、権力という絶対的な力は終始持てず、振り回されていく人生となります。名前も3回変えることから、形だけは変えても、その流れは変えることが出来ず、戦
室町将軍、第6代の足利義教が強引なやり方であったにせよ、全国を統一し、室町幕府最高の威光となり、室町幕府の権威は最高潮でした。ところがその息子、足利義政が将軍をやっている最中に、室町幕府の権威は失墜し、二度と立ち上がれなくなります。親父が立派でもその息子はまるでダメというのは現在でも通用するパターンですが、まさにその通りの構図でした。祖先が築き上げたものをすべて、自分がぶち壊したのを何とも思っていない、足利義政の行動には呆れるばかりです。元はと言えば、足利義政の失政で、起きた応仁の乱。この時、
前回まではこちら⬇️目次世は争乱…我は室町幕府、第9代征夷大将軍・足利義尚(あしかがよしひさ)である。細川政元(ほそかわまさもと)は養子の聡明丸(そうめいまる)を正式に細川京兆家(ほそかわけいちょうけ)の嫡男とした。嫡男、ようは後継ぎだね政元は急ぎ養子を決めたようだった。話は少し前に戻る。文亀2年(1502年)夏…21歳に成長した将軍、足利義高(あしかがよしたか)は自ら政を行いたいと考えていた。足利義高しかし、実権は政元や幕府政所の伊勢貞宗(いせさだむね)に握られており、何
備中荏原編が始まってからはや10か月、単行本でも新九郎にとって激動の時代がやってきました。新九郎と九郎盛頼との関係が上手くいかず九郎だけに苦労するのは史実ですので予測がつきましたが、備中那須氏に関しては存在そのものを知らず、ましてやオリジナルキャラクターであろう弦(つる)姫と新九郎の関係など全く予測不能な話ではありませんか。いずれにせよ、この時期の新九郎の行動は史料が乏しくほぼオリジナルなのですが、新九郎が主体的に行動するようになり、活動の範囲が広がってきたわけですが、この
前回まではこちら⬇️目次世は争乱…我は室町幕府、第9代征夷大将軍・足利義尚(あしかがよしひさ)である。細川政元(ほそかわまさもと)は自邸の御堂で念を唱えていた。政元さんは修験道に凝っているんだよね明応2年(1493年)の明応の政変により、自ら擁立した足利義遐(あしかがよしとお)を将軍にした。それまであった奉公衆などの将軍の軍事的基盤を崩壊させ、将軍権力は政元の細川氏が支えることになった。ただ、政元が政(まつりごと)を全て握ったわけではなかった。義遐の後見役を伊勢貞宗(いせさだむ
前回まではこちら⬇️目次世は争乱…我は室町幕府、第9代征夷大将軍・足利義尚(あしかがよしひさ)である。明応2年正月、「御所様!出陣はお止めください!」細川政元(ほそかわまさもと)は第10代征夷大将軍・足利義材(あしかがよしき)に訴えた。正月に義材は河内の畠山義豊(はたけやまよしとよ)討伐の大号令を出し、諸大名に出兵を要請したのだ。政元は日野富子(ひのとみこ)を通じ、伊勢貞宗(いけさだむね)と一緒に義材に拝謁できたのだ。いつもは義材の側近・葉室光忠(はむろみつただ)に阻まれていた
前回まではこちら⬇️目次世は争乱…我は室町幕府、第9代征夷大将軍・足利義尚(あしかがよしひさ)である。細川政元(ほそかわまさもと)が我が母、日野富子(ひのとみこ)に呼ばれ小川御所に来たのは我が髷を切った後だった。政元「御台様、お呼びにごさいますか?」富子「政元殿…義尚のことは聞きましたか?」政元「…はい。徳大寺公有(とくだいじきんあり)の娘に執着し、果ては髷を切ったと…」義尚さん、徳大寺公有さんの娘が自らの父・義政(よしまさ)さんの側室なのを知っても執着したんだよね富子「まった
こんにちは、城跡で日本を元気にする「城跡地域活性活用専門アドバイザー」であり「日本マイナー歴史研究専門家」の原一六四(ひろし)です。本日の「歴史の裏側教えます!!」は、戦国時代の幕開けについて書いてみました。おそらく、これは人によって捉え方が違いますので、戦国時代の幕開けのキッカケの一つとなった出来事を書いてみたいと思います。戦国時代が始める前、応仁元年から11年間に渡って繰り広げられた「応仁の乱」。畠山家の家督争いに端を発し、各守護大名たちが、己の利権を含めて東西に別れて争