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2月24日(火)、三井記念美術館で開催されている『在原業平と伊勢物語』展に行きました。展示室1「ダイジェスト伊勢物語」No.1-1-1は、『三十六歌仙図額在原業平像』。岩佐又兵衛の作。寛永17(1640)年。重要文化財。No.1-2が、『伊勢物語』の、1段・3段『初冠・春日の里』。4段『西の対』。それが、No.1-11の第106段『龍田川』まで。展示室2『伊賀耳付花入銘業平』これが、なかなか素敵な花入で、もらって帰ろうか、と。チラシから。展示室3如庵ケー
さて、土曜日から始まっていた展示会在原業平と彼の「伝記」である伊勢物語についての展示会三井記念美術館が2005年10月に開館してから20周年にあたる、及びこの年は在原の業平生誕1200年という事で特別展の第二弾との事なお、業平展は昨年秋、根津美術館でも開催されたが、これは両館が協力してそれそれの趣向を変えた内容にしたとの事根津の方は昨秋おけらは訪問済み『特別展伊勢物語美術が映す王朝の恋とうた根津美術館』ここのところ、あの灼熱の日々が嘘のように涼しいそうなると関東でも紅葉がそろそろ
ここでのブログはあまりに垂れ流しで…反省もこめて一度自分の考えを整理した場所を作ろうとおもいnoteで短歌を読むことにしました要はエロ短歌ですね【短歌】耳吸い|あんみつむかし、力のほどを知らぬ男ありけり。その男、恋人といと情け深き契りを交はす仲なりけり。女は、耳のほとりを舌にてかき撫でられ、また口づけらるるをこよなく好みけり。男は、女のあへぐ声を聞きていよいよ心たかぶり、耳を強く吸ふやうに口づけければ、女の鼓の膜やぶれ、血流れ出でにけり。伝う熱耳の底まで響き来て逢瀬の時は破れ侍りぬ
午年の馬4です。東下りの出だしの馬は、私の軸では、黒駒です。傷心の男の旅の馬は黒駒?伊勢物語の7段の絵です。落款はありません。では、また。
こんばんは☺️かっぺライダーです❗️天気予報は微妙ですがこの週末は雪❄ですか⁉️今日の昼間は少し暖かかったですとは言うものの一気に梅の蕾が膨らむことは無く新たに読み始めた本俵万智さん「恋する伊勢物語」なかなか面白いです😊ではまた👋
たんたん狂歌25「げた」からころも着る物食べ物無い頃も下駄を鳴らそうからんころんと(2015.3.8)
《新古今和歌集・巻第十五・恋歌五》1433題知らず読人知らず大淀(おほよど)の松はつらくもあらなくにうらみてのみもかへる波かな☆☆☆☆☆【新編日本古典文学全集「新古今和歌集」☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆(訳者・峯村文人・小学館)の訳】☆☆☆☆☆☆☆☆題知らず読人知らず大淀の松は薄情でもないことであるのに、恨むかのように、浦を見るだけで返る波であることよ。ーー待っている私は薄情でもないことですのに、いちずに恨んでお帰りになるあなたですこと。☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
こんな和歌を、知っていますでしょうか。「門松は冥土の旅の一里塚目出度くもあり目出度くもなし」これは、あの有名な、一休禅師の和歌です。以前、この「一休禅師」について、何か、評伝のような本を読んでみよと、探してみたのですが、どうも、適当な本が無い。これは、意外でした。良寛禅師については、大量の本が出版されていて、選り取り見取り。しかし、一休禅師については、有名な割には、それほど、多くの本が出版されている訳ではないのが、意外でした。一休改版(中公文庫み10-21)A
2026年度版馬場あき子の旅の歌31(2010年8月実施)【砂の大地】『飛天の道』(2000年刊)185頁~参加者:H・A、T・S、藤本満須子、T・H、鹿取未放司会とまとめ:鹿取未放235ゴビはいまも苦しむ大地皺深し文明は行き行きてここに止まらず(当日意見)★「行き行きて」は「伊勢物語」東下りに例がある。歴史的な問題もあるだろう。(藤本)(まとめ)「ゴビ」はモンゴル語で「草
仕事終わりに自転車で少し散歩神戸製鋼加古川製鉄所の西の端に小さい港?船の係留所?があり後ろには24時間稼働中の工場が見えた。夜中に静まり返った船🚢対照的に燦々と灯りをつけ、稼働中の工場🏭なんか対比が面白い🤣日が沈み、烏が鳴き、霜が降りる気配が…燈を落とした船が並んでいる。岸壁に佇み静かな風景を眺めていると、背後の工場からフォークリフトの音が私の耳まで聞こえてきた。BlackNightDeepPurple楓橋夜泊張継月落烏啼霜滿天江楓漁火對愁眠
イキって本を読んでみようと思い209冊目に入りました。今回読んでみたのは「伊勢物語」(作者不明坂口由美子訳)。平安時代に書かれた物語です。中学校の古文の授業で習った覚えがあります。人が鬼に食べられる話でしたよね…懐かしいけどそれ以外覚えてないです。それでは感想を書き散らかしていこうと思います。適当なあらすじ在原業平をモデルにしたといわれる『男』が多くの女性と恋を繰り広げる一代記。帝の妃になる女性との悲恋、東の国への旅とそこで出会った女性との恋、斎宮との禁断の恋などを経て、老
《新古今和歌集・巻第十五・恋歌五》1409題知らず業平朝臣出(い)でていにし跡だにいまだ変らぬにたが通路(かよひぢ)と今はなるらん☆☆☆☆☆【新編日本古典文学全集「新古今和歌集」☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆(訳者・峯村文人・小学館)の訳】☆☆☆☆☆☆☆☆題知らず業平朝臣出ていったわたしの足跡さえまだ変わらないのに、ほかの誰の通う道と今はなっているのであろうか。☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴
今年は在原業平の生誕1200年、京都検定1級にも出題されましたね。この17日、山本淳子先生の「在原業平の禁断の恋オンライン講座」を受講しました。先生は源氏物語の専門家としてよく知られておられ、私も数度受講し、ブログにも載せています。今回初めて業平の講座を受けましたが、「伊勢物語と古今和歌集」を比べながらの講義であり、そうやったん!と思うことも多々ありました。また、業平の秘めた恋も藤原高子、のちの清和天皇の二条后しか知りませんでしたが、もうお一方、伊勢神宮の斎王・恬子内親王がおられた
平城天皇・・・日本根子天推国高彦天皇、第51代天皇。桓武天皇の第一皇子。大同元年(806年)即位、病のため大同4年に弟の嵯峨天皇に譲位し上皇となり、平城の旧宮に引退した。その後、上皇は寵臣藤原仲成・薬子兄妹の意見をいれてしばしば国政に介入、「二所の朝廷」と称せられる事態が生じたた。弘仁元年(810年)に嵯峨天皇は平城宮に仕える官人を召喚、平城上皇は兵を従えて東国に赴こうとして失敗し、出家・・・所謂「薬子の変」と呼ばれる事件によってによって平城上皇は失脚し、以後政治に関与することはな
12月15日昨日は8℃に届かない真冬の寒さの雨の練馬🥶雨が上がった午後から孫娘のキャッチバレーの応援にキャッチバレーは練馬区発祥のボールをキャッチしながら行うバレーボールの派生?入門?球技です孫娘は3連続サービススローエース*を含む5連続ポイントの立役者になるなど活躍していましたが1分1敗の成績に最後は悔し涙😢(*サーブも打つのでは無く投げます)試合に向かう前サンタクロースへの手紙をくつ下に入れに来た孫娘用意してあったコットンの雪を飾りつけ今年のツリーを完成させて
「茶花を生ける」白玉椿(しらたまつばき)山の芋(やまのいも)花入れ胡麻竹(ごまたけ)自作銘「通ひ路かよいじ」伊勢物語から神奈川県伊勢原市大山松鈴庵松陰の間にて生ける。
【あらまし】近衛府の中将ともなれば、栄誉職とはいえ、帝側近の武官としてしばしば内裏に宿衛しなければなりません。正妻・葵の上との仲は相変わらずしっくりいかず(桐壷ー42)、内裏の宿直を理由に足も遠のきがち。左大臣家からは、他に女でもできたかと疑われるものの、本人はいたって出来心の浮気などは好まない性分なのに、時には思うにままならない、あやにくな恋心に悩まされました。【本文】まだ中将などにものしたまし時は、内裏(うち)にのみさぶらひようしたまひて、大殿(おほいどの)には絶え絶え
<宮城野の旅>東北6県のうち、陸奥国は、時代によって範囲が広がって行ったが、福島県、宮城県、岩手県、青森県としてよいだろう。山形県と秋田県の2県は出羽国。昨年の秋は、陸奥と出羽を支配し平泉文化をつくった奥羽藤原氏の平泉と、不来方の城跡がなつかしい盛岡を訪ねた。旅から帰って、ふと思った。平泉も盛岡も再訪だったが、東北6県のうちまだ一度も訪ねていない県がある。──宮城県、そして、その県庁所在地の杜の都仙台。それで、今回の旅は昨年の旅のあとずっと心に温めてきた。……昔、さとう宗
ブログに書くのが遅れておりますが、少しずつでも記録に残しておこうと思いますすっかり寒くなったのですがわたくしのブログは未だに秋です先月、根津美術館で「伊勢物語」を鑑賞してきました伊勢物語は分からないかな?と思っていましたが、意外にもどんどん思い出してきました筒井筒、高安あー習った習った!そうだった苦労した思い出が次から次へと思い出されて、なんとなく一人で赤面在原業平の肖像画も展示されていましたが、自分の思っているイメージと全く違いましたとても趣のある繊細な歌を詠む人には見えない絵
昨日、12月6日、久しぶりに福岡市中央区の大濠公園にやって来た。目的は水鳥がそろそろ出揃ってないか?と思って足を伸ばしてみた。今日の大濠公園はこの通り!快晴に恵まれた。ユリカモメである。別名、漢字の「都鳥」である。https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A6%E3%83%AA%E3%82%AB%E3%83%A2%E3%83%A1先ず、ユリカモメのWikipediaで確認しよう。何故、ユリカモメが都鳥なのか?というと、有名な在原業平の歌にある。名
大好きな根津美術館のお庭。紅葉も見事です。最寄り駅が「表参道」が嘘のようです。えんし
どうも、ミワです。現在、実家の東京🗼へ帰省中です。根津美術館へ行って来ました。入り口へのアプローチは、左右が竹🎋、趣きがあって素敵❤️です。片側が切った竹の幹で、もう片方は、竹の生垣。お庭には、まだ紅葉🍁も残っていたので、散策するのが楽しかったです。展示は、伊勢物語でした。公任の自筆といわれる断簡があったりと、見応えがありました。あと、伊勢物語を元にした能や、伊勢物語が主題の工芸品なども。ちょっと雅な気分が味わえました。伊勢物語ビギナーズ・クラシックス日本の古典
展覧会報告が、めじろ押しな今日この頃。。久しぶりの根津美術館にも行きましたー。隈研吾設計のエントランスは、いつ行っても外国人が写真撮ってる気がする…間隙をぬって写真!伊勢物語の展示、勉強になりました。作者も制作年も不明ながら、10世紀にはすでに完成した物語、和歌とその背景の物語をまとめたもの。特定の主人公がいるわけでなく、昔々ある所に…ふうな物語を集めたものということすら、初見。。初期の書き写された本、展示の一番古いもので12世紀の写本がありました。ほぼ、1000年を経て目の前にある
一目散に在原業平展に駆け込みました🍂ミシュランやプラダに興味はなくても“推しである業平がたりをする私”のことはあちらが追いかけてきたり?苦笑中は撮影禁止でした^_^しかし、何故“伊勢物語特集”を天下の根津美術館が開催してくれたのか分かりませんが..燕子花屏風所蔵だからかな?佐野こよりくんのドラマを見つつおやすみなさいませ😴あっ今日美容院💇♀️で“常に襟足ある目黒くんなのにマゲ似合うのか論”勃発したよ。あと佐野くんも意外と下積み長いって何故か聞きました。
今年になって年間会員となった美術館が二つあります一つはブログでも取り上げた根津美術館。そしてもう一つは日本橋にある三井記念美術館です。アラフィフが一人の時間を楽しむ趣味として、個人的にはこの美術館巡りは本当に良い時間が過ごせるなと思っています。自分の興味のある作品を自分のペースで鑑賞する一人好きの私にはぴったりなんですよね~根津美術館の年間スケジュールで、ずっと楽しみにしていた企画展がありました。それが「伊勢物語—美術
あっという間に師走、ということが信じられない気持ちですが、「とき」はある意味残酷にも、平等に流れて今年も残り少なくなってきました。先日は根津美術館へ。在原業平生誕1200年記念特別展「伊勢物語美術が映す王朝の恋とうた」第一章在原業平と伊勢物語古筆と古絵巻第二章描かれた伊勢物語歌とともに第三章伊勢物語の意匠物語絵と歌絵のあわい伊勢物語の名場面が和歌とともに様々な形で、時代を超えて愛されてきたのが理解できます。どの作品も素晴らしく、伊勢
東京の紅葉名所を挙げるとすると六義園がまず挙がるが、根津美術館の庭園も紅葉が本当に綺麗なんです。美術品などに関心がない人でも入場料払って見に行く価値があるんだな。茶室の横の路地を通って池に行くとうっそうとした紅葉が池に覆いかぶさるように裏の木戸にも、紅葉が・・・今伊勢物語の展示をやってるからね、また行きたい
1時間ぐらいで見れるだろうと思っていたら、とんでもない!約2時間ぐらいいましたよ。一保堂茶舗を予約(15時)していなかったらもっと時間かけて見てましたね💦後半、急ぎ足で見てしまいました。私が写りこんでいたので、消したのですが、消えてほしくないところも少し消えています💦素敵な竹林が出迎えてくれます!「伊勢物語」は短大生時代に国文専攻でしたので、その時に少し習いました。でも覚えていた和歌は百人一首で覚えた歌ばかり💦百人一首と言えば、高校生時代に百人一首を全て覚えてカルタ取りのクラス代表数
素晴らしいお祝いのお茶席にお招きいただきました。紅葉が美しい根津美術館の日本庭園にある趣のあるお茶室にて、なごみの会による、紅葉茶会という名の、お茶名披露のお祝い茶会。ご研鑽の末、お茶名を拝受されたお友達がご亭主となり、大変細やかなお心遣いのおもてなしをいただきました。4畳半のお茶席に、ご亭主と半東さん、9名のお客さんが、文字通り膝を突き合わせ、プライベート感、特別感あふれる貴重な機会でした。根津美術館で開催中の、”伊勢物語展”に合わせた
南青山『根津美術館』初訪問ですずっと前々から一度行きたいと思っていたのですが開催される展覧会がことごとく私には古風すぎて渋すぎてwなかなか行く機会を作れずそしてやっとこれならば!と思う展覧会在原業平生誕1200年記念特別展伊勢物語〜美術が映す王朝の恋とうた〜2025/11/1〜2025/12/7恋多き貴公子在原業平が主人公といわれている伊勢物語昔、男ありけりイケメンだったそうですねこうゆう展覧会を待っていたのですよ…うひゃひゃ😍隈研吾氏設計の建物さて、展覧