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今回取り上げる本は、「今昔物語集<天竺編>」の現代語訳です。国東文麿現代語訳講談社学術文庫692ページ2019年2110円(税別・購入時の価格)読んだきっかけ聴講生として通っている大学で、「仏教文学」という講義を受けました。日本霊異記、三宝絵、今昔物語集といった仏教説話の授業でした。今昔物語集は中学か高校での授業で扱われ、日本で起きた不思議な話やおもしろい話が取り上げられた記憶があります。しかし、大学で授業を受けるまでは、今昔物語集は仏
◯2022年12月1日に、京都嵯峨野の祇王寺に詣でて来た。嵯峨野も奥まったところにある寺で、なかなか風情のあるところである。祇王寺も「平家物語」で有名になった寺になる。その割には「平家物語」を人はなかなか読んでくれない。◯「平家物語」の冒頭文は特に有名で、誰でも知っている。祇園精舍の鐘の声、諸行無常の響きあり。娑羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらはす。おごれる人も久しからず、ただ春の夜の夢のごとし。猛き者もつひには滅びぬ、ひとへに風の前の塵に同じ。◯こういう文を読んで
お彼岸に紹介している紙芝居法話に「月のウサギ」があります。どうして月にウサギがいるのでしょうか。仏教説話の「月とウサギ」にこんな逸話が書かれています。森の中でウサギと山犬、サルが仲良く暮らしていました。そしてウサギは「食べ物はひとり占めしないでお布施をすることが大事だよね」と言っていました。ある日のこと。ひとりのお坊さんが森を歩いていました。足元がふらつき、ヨロヨロしながら歩いています。ウサギは「旅のお坊さん、どうしたのですか?」と聞きました。すると、旅のお坊さんは消え入りそうな声
長いお箸の話ってみなさんご存知ですよね?仏教説話画像お借りしていますやさぐれた心に効くこの説話しかし私に言わせれば極楽の箸のやりとりだって計算尽くなら地獄と同じwあいつに食べさせたのに自分はあいつからもらえないみたいなこと言ってる奴の多いことwそういうことではなくて、いっそ長すぎて誰が食べてるかわかんないような状態で自分が欲しいものを敢えて誰かにあげてみようと思ってますw少なくとも私は今のところ誰からかわかるものわからないもの、長い箸が瞬間瞬間いっぱ
すっかりSNSを留守がちにしております。調べ物や執筆に入るとそれ以外の文字を見聞きしなくなる不器用さです💦鎌倉時代の「話芸の租」と言われる僧侶、無住道暁が書いた「沙石集」が面白過ぎて、好き過ぎて……「……じゃ、描けば?」という事で、作者にも迫るべく、画力も上げるべく、さらに研究研鑽を重ね、「沙石集」の漫画化、コミック本出版を進めております。何巻かに分かれますが、最初の巻は夏頃の出版を予定しています。私の心が折れないように告知させていただきました。(^^;)
『縄文人とレムリア人に共通するY染色体の「D」』『陰謀!!5000万年以上前の地球にはレムリア大陸なかったとされちゃった!』『レムリア縄文人としての私たちのDNA!』『「あたたかい」ー「あ」=「たたか…ameblo.jp帝釈天の試練でウサギは焼身自殺しちゃったよ!節分も過ぎて遅きに失した感を感じつつ「卯」の話をします。(笑)漢字の「卯」は、門を無理に押しあけて中に入りこむ様子を表した字で、「冒(おかす)」と同系の語です。なんか、オドロオドロシイですが
お彼岸に紹介している法話に「月のウサギ」があります。どうして月にウサギがいるのでしょうか。仏教説話の「月とウサギ」にこんな逸話が書かれています。森の中でウサギと山犬、サルが仲良く暮らしていました。そしてウサギは「食べ物はひとり占めしないでお布施をすることが大事だよね」と言っていました。ある日のこと。ひとりのお坊さんが森を歩いていました。足元がふらつき、ヨロヨロしながら歩いています。ウサギは「旅のお坊さん、どうしたのですか?」と聞きました。すると、旅のお坊さんは消え入りそうな声で「こ
こうした作品から親しんでいくことも,美術の良さを味わいますます好きになっていくのに大変有益ではないか。僕はそのように思いました。僕が美術鑑賞を好きになってから,そろそろ10年になる頃です。休日ごとに美術館やギャラリーに足を運ぶようになったと聞けば,古くからの友人知人はきっと驚かれることでしょう。他ならぬ僕自身,小学生時代から「制作は苦痛・鑑賞は退屈」としか感じていなかったことを思い起こすと「まさか自分が美術好きになるとは」という驚きを禁じ得ません。今の僕にとって、色々な美術作品を観るのはと
"75歳以上の高齢者が自ら死を選択し、国が支援する「プラン75」”6/17に全国ロードショーが始まりました。これは必見と思い、久々に映画館へ。。。ほぼ満席の会場の多くを占めるのは、高齢者たちでした!脚本によると、このプラン75ができたのは、「増え続ける高齢者によって若者に行くはずの行政支援が滞り、老人施設などを狙った殺人事件が多発し、国がなんとかしなくてはと腰を上げた」という設定です。あたかも何年か前に
月にうさぎがいるという話はいつ、誰から、聞いたものだろう。物心ついたときには知っていたし、月を見上げるたびに「あぁ、うさぎいる」と思っていた。月にいるうさぎは餅つきをしているらしく、そう見えなくもない。その話の由来は仏教説話から来ているらしい。『昔、あるところにうさぎときつねとさるがおりました。ある日、疲れ果てて食べ物を乞う老人に出会い、3匹は老人のために食べ物を集めます。さるは木の実を、きつねは魚をとってきましたが、うさぎは一生懸命頑張っても、何も持ってくることができませんでした。そこ
9月は十五夜のお月さまをながめてお月見をします。風流な習慣ですね。月を見ながらぼんやりと団子を食べる。「いい月だなあ」と酒の杯を傾けるのでしょう。月にはウサギが餅をついていると想像しながら秋の夜長を過ごします。どうして月にウサギがいるのでしょうか。仏教説話の「月とウサギ」にこんな逸話が書かれています。森の中でウサギと山犬、サルが仲良く暮らしていました。そしてウサギは「食べ物はひとり占めしないでお布施をすることが大事だよね」と言っていました。ある日のこと。ひとりのお坊さんが森
2年以上ぶりに。。。アメブロさん、書きますひゃぁぁ。。。書きながら怖じ気づいてる。。言語化にチャレンジ。。アメブロさん、また改めまして学ぼうと→検索したら早速膨大に色々と出てきました。。吐き気がしてしまいました(^_^;)。。情報収集、、気を付けないとものすごい勢いでねSNS疲れなどよく目にしていますし無謀なものにまた手を出してしまったのか、、三日坊主、、?など様々頭をよぎりますが徒然を愛しておりまして不定期にとりとめなく綴る徒然愛ですな徒然愛
その昔、奈良時代から平安時代に移る頃。薬師寺の僧"景戒"が5世紀から8世紀までの不思議な話。奇談を集めまとめて「日本霊異記(にほんりょういき)」を著しました。「日本霊異記」は正式には「日本国現報善悪霊異記」といい、全3巻からなる日本最古の仏教説話集です。講談社学術文庫で、オリジナルの3巻に合わせるように上・中・下の文庫版3冊に分けて出版されているので(読み下し文、全注釈、現代語訳付き)それを少しづつ読んでいます。ほぼ30年ぶりの再読だけど、あらためて読むと発見することが多いのです。
西條奈加さんの『千年鬼』を読み終えました。千年鬼(徳間文庫)[西條奈加]楽天市場693円【電子書籍】千年鬼【電子書籍】[西條奈加]楽天市場693円黒鬼と、三匹の小鬼が人間界にやって来ては「鬼の芽」を摘んでいる。「鬼の芽」とは、人間の心の中に芽生えるもの。それは恨みつらみを栄養として育ち、実った末に弾けると、その人間は鬼に化してしまう。それが「人鬼」で、「鬼」とはまた違う生き物だ。世の中の人は、区別をつけずにどちらも「鬼」と呼んで
昔あるところに幼くして両親を失い、身寄りもなくたった一人で健気に生きていた若い娘がいたそうで。当然貧しく、町の片隅で小さくなって生活していましたが、それでも日々一生懸命働き、笑顔を絶やさず暮しておりました。ある日その町にお釈迦様がご説法に来られると聞いた娘は、ぜひ自分もその尊い説法を拝聴したいと思い、何かお供物を用意せねばと思い立ちます。。だがしかし、貧しい娘にはお供物を用意するだけのお金もなく、途方に暮れていたところ、ふと思いつきます。『みんなから褒められるこの髪の毛を売ってしまおう』
仏教説話から。あるところにたいそうな悪人がいて、何しろ自分の強さを誇っておりました。常に戦いを挑み、打ち負かしては相手の利き手の親指を切り取り、紐で繋げて首輪にしておったそうな。目指す1000人斬りまであと1人。最後の犠牲者が真っ正面から歩いてくる。ここぞとばかりに口上啖呵を切り始める悪漢。『おい貴様、貴様でちょうど千人目だ。命は取らんから大人しくその利き手の親指を差し出しな。悪足掻きをするってぇなら死んでもらうだけだ」巨漢の上にドスの効いた声。いままさに犠牲者とならんそのお方こそ
さんずのかわ[6]、[0]-[2]―ヅ―カハ【三〈〈途の川】死者が、冥途メイドへ行く途中、死出の山を越えてから渡る川。善人は橋を、軽い罪人は浅瀬を、悪人は深い所を渡るという。しで[1]【死出】死んで冥途メイドへ行くこと。「―の旅」めいど[0]【冥途・冥土】〔仏教で〕死んだ人の霊魂が行くという所。あの世。よみじ。「門松は―の〔=に赴く〕旅の一里塚/―のみやげ〔=生きている時の楽しい思い出〕に一度訪れたかった土地」生前の「人生の履歴」は人さまざまなのに、三途の川の渡り方
(平凡社、東洋文庫)。江戸時代の百科事典!平凡社、東洋文庫で全18巻!現代の活字技術でこれだけあるということは、元々がいかに膨大だったかということが分かりますね。昔の日本人、やりますね。12巻目は、神社仏閣の歴史みたいなところで、ゆかりある僧侶の逸話も多く、仏教説話を読んでいるみたいで面白かったです。山中に修行道場を作ろうとしたが、傾斜と岩石の多さが問題だったら、数千頭のイノシシが現れて、岩をどけ、土を運び、翌日には平地になっていたとか……。
仏教説話に赤ん坊を亡くした母親がその子をなおしてほしいとお釈迦さまに嘆願するお話がある。お釈迦さまは母親にひとりの死人を出していない家からケシの実を貰ってくるように説く。そんな家は1軒としてなくやがて母親は幼子の死を受け入れる。幼子はモヤモヤとも言えないか。どのマスターを訊ねてもモヤモヤのない人はいない。モヤモヤはなくならない。というせつわ。モヤモヤはなんとかしようとするのではなくてモヤモヤのある自分を見ている自分がいればいいんだ。モヤモヤもいつもあるわけ
仏教説話のジャータカ物語にこんな話があります。ある森が大火事になり、すべての生き物が逃げ出す中、一羽の小鳥が、なんとか火を消そうとしていました。自らの体を、池でぬらし、燃え盛る火に向かって、その小さな翼についた雫を二,三滴落とす。何度も何度も体を濡らしては、その雫を落とすということを繰り返す。それを見ていた森の動物たちが言う。「おまえはなんて無駄なことをやっているんだ。そんな雫ごときで、この大きな山火事を消せるはずないじゃないか」すると小鳥は、「どうぞ私に構わないでください。この
どうも。琵琶の音なんてわかんねーよ、という方も祇園精舎のこの部分だけはイントロだけでも聞き覚えあるんではないでしょうか。祇園精舎における「諸行無常」とは「盛者必衰」の「理(ことわり)」のことしか指していません。ですが、仏教における「諸行無常」には様々なセットがあるんですよ。たとえば、「諸行無常是生滅法」とすると、「生滅滅已寂滅為楽」となります。意味は、「この世にあるものは移ろい行き変わらぬものは何もない(諸行無常)、生じたものは必ず滅していくことが、本来
ひろさちや氏の心に響く言葉より…こんな仏教説話がある…。狩猟を趣味とする王さまがいた。政務のあいだをぬって、よく狩猟に出かける。一方、この王さまは仏教の信心に厚い。日ごろから仏教教団に布施し、しばしば聖地への巡礼もする。この王さまを家臣たちは笑う。仏教の禁じる殺生(せっしょう)をさんざんやっておいて、聖地巡拝(じゅんぱい)はおかしいではないか…というわけだ。その家臣たちの声が王さまの耳に入った。王さまは家臣を集めて話す。「こ
◎スリランカ◎活動271日目配属先スタッフ「木曜の14:00にお坊さんが来るから白っぽい民族衣装を着てオフィスに来てね」と言われ、14時、5分前に行くと案の定誰もいない(笑)ゴザが用意されていたので適当に並べて皆んなを待つことに。(お坊さんの話を聞くときはゴザの上で聞く習わし)並べたはいいものの、……一向に誰も来ない。((いつもの感じ))そうして、14:45くらいに人がぞろぞろと集まりだすそして、15:00にお坊さんのお話が始まりました。このゲリラ的に行われる
こんばんわ今宵は、肌寒いですね。。。そして、3月17日は魚座の新月でしたね「心の奥底からのトラウマの解放」「思い切った解放」や「浄化」「癒やし」「なりたい自分への生まれ変わり」「ロマンティックで壮大な夢」甥っ子三男は、神秘的な事や神仏的な事やチャクラに何故か?興味津々です。来月には5年生になるので徐々に興味はなくなる?なんて思ってるのですけどね兄貴いわく。。。「あんたの影響」と言いますが突然、「月のうさぎ」がどうの。。。と言い出した確かに、秋の十五夜の季
どうも。「その1」というか・・・予定になかった部分なので「序」といったほうが正しいんでしょうな^^;清水富美加さんが演技が「ちょー、ヤベェらしい」ってんで、飛んでった情熱大陸のスタッフもこの直後に、事実上の芸能人でなくなるっていう事態は想定外だったでしょうねw女優さんもそうだし、げーのーじんやらアスリートといった浮き沈みのある世界に自分自身を委ねた人ってぇのは、なんでだか宗教くせぇものに縁があるもので・・・w清水さん(もう、ここまで清水さんできたから、出家後の名前とかどう